聖女の希望
聖女の名はミコト。
いつも笑顔を絶やさない、太陽のように明るい女性であった。
まっすぐ過ぎて時に周りが見えなくなってしまう幼なじみの恋人の無事を、ミコトは毎日窓一つない部屋で祈り続けていた。
聖女の祈りは、神殿に置かれた大聖核を通して、各町に設置された聖核に届けられる。それが町を守る結界となり、そうしてモンスターや魔王から守っているのだ。
世界を覆う空を伝わって、自らが溢れる祈りの力がどのように広がるのかを見てみたい。
だが、もう、どれくらい空を見上げていないだろう。
月さえ拝めず、太陽みたいだと彼が評してくれた笑顔は久しくミコトの顔に浮かんでいない。
ミコトを神殿へと連れてきた神官は、でっぷりとした腹が特徴の中年男性だった。
思えば神官をひと目見たときから違和感はあった。
聖職者というのは基本的に慎ましい生活をしているものだとミコトは思っていたのだが、その神官は慎ましさには相応しくないきらびやかな金細工で己を飾っていたのだ。
でっぷりとした腹も体質ではなく、明らかに生活習慣による肥え方のようにも見えた。
神殿の上層部は腐っていた。
信仰者や貴族からの献金のほとんどが神殿のためではなく、上位の神官たちのために使い込まれていた。
神殿の壁や柱のあちこちが傷んでいるのに修繕もされぬまま放置されているのを見て、ミコトはそのことに気付いてしまったのだった。
嫌な予感はそのときに生まれていた。
────ミコトは、彼らが贅沢をするための金集めに使われた。
まず、逃げ出さないよう窓もない部屋に閉じ込められた。
簡易な風呂と排泄所があるだけという、まるで囚人部屋のようなところだった。
最低限の食事のみ与えられ、四六時中監視がつく。
聖女として祈りの儀だけは毎日せねばならず、朝になったら叩き起こされ訳も分からぬまま聖堂で祈りをさせられる。朝から夕方になるまで休む間もなく祈りを強いられる。────何の縁もない見知らぬ世界の平和を。
移動の間もぴったりと監視が張り付き、逃げ出す一瞬の隙もない。
というより、逃げる体力がなかった。
祈りを強いられるという行為は、なかなかに辛いものだったのだ。
そして夜は裸に剥かれた。
怪しい儀式でもするかのように、人目を避けるための黒いローブを纏った男たちの前に晒される。
まだ誰にも見せたことのない肌を、誰かに見せるなんて嫌だった。
だが、────そうしなければ勇者を暗殺する。そういうことを喜んで請けてくれる人間がこの世界にはいるのだと言われたら、従うしかなかった。
涙を堪えて毎夜を乗り越えた。
純潔でなくなってしまうと聖女の祈りの力は無くなってしまうからと、最後の一線だけは守られていたが。
ミコトは寝る前に壁を削るようになった。
食事提供の際、わざと割って拾った食器の破片を使って、監視にバレないよう静かにゆっくりと壁に傷を入れて。
日々虚ろになっていく意識のなか、毎日毎日線を引いた。
何の縁もない世界のために戦う恋人の姿を脳裏に描きながら。
────今度は自分が守る番だからと告白してくれた彼に、早く守られたかった。
元の世界で数えるときに使われることもあった“正”という字が二十も並ぶ頃には、彼に会えると希望を抱いて、毎日線を引き続けた。




