26:結成、望月乙女音楽隊!?
ローリエたちはウィンの言う「さいっこーにみんなに伝わる方法」を教えてもらうべく、彼女に連れられて王都にほど近い丘の上へとやって来ていた。
ウィンはぶっ飛んだテンションこそしていているものの、指摘自体は案外真っ当だった。この一ヶ月を何の成果もなく過ごしてしまったローリエたちは、藁にもすがる思いで彼女の話を聞くだけ聞いてみることにしたのである。
「さてっ!」
青々と広がる空の下、ウィンの声が高らかに響き渡った。
「それじゃあ始めよっか! さいっこーにみんなに伝わる方法の練習!」
そう言ってウィンが手で示して見せたのは、荷車に積まれた道具の数々。
細長い筒状ものに、糸や革の張ったもの。穴の空いたものから、鍵盤のあるものまで、実にバラエティ豊かだった。
「一体何を運んでるのかと思えば……それ、全部楽器よね?」
「楽器ってことはもしかして、ウィンさんの言う方法って」
「音楽、なのです?」
「いぇすっ! みんなに伝えたいことがあるなら、歌と演奏でみんなのはぁとをメロメロにしちゃうのが一番だよねっ!」
自信たっぷり、といった顔で言ってのけるウィン。
言い方はともかく、提案自体はそこまで突飛なものではない。例えば酒場などで吟遊詩人の披露する歌物語は、庶民に人気の娯楽として一定の需要があったりする。……とはいえ。
「あのあの、わたし、生まれてから楽器なんて触ったことないのですけど……」
「ボクも、こういう本格的なのはちょっと……」
楽器になんて縁のない生活をしてきたがゆえ、つい及び腰になってしまうローリエたち。
「まぁまぁ、初めはみんな初心者だからっ! ほらほら、習うより慣れろってことで、いっちょトライ!」
それでもウィンの勢いに押され、とりあえず試すだけ試してみることにした。
「えっと、これってどう演奏したらいいの?」
「はいはーい、ウィンちゃんにお任せっ! 見てて、持ち方はこうでー、口の形はこんな感じでー……」
「……~♪ あっ、ホントだ! 音が出た!」
「おおーっ、ローりんナイス! その調子っ!」
「~♪ ……へえ。これ、かなり上等な品じゃないの」
「あ、コロちゃんにはわかっちゃう? えっへへー、すごいでしょー!」
「アンタ、こんなの一体どこで手に入れたのよ?」
「それはー……キギョーヒミツですっ☆」
「ううー、なんだかクラクラしてきました、のです……」
「わわっ、ミミちー大丈夫っ!?」
「頭の、中で、音が、響いて……あうぅ」
「たいへんたいへんっ! あっちの木陰で休もうよっ!」
「あの、私は何をしたら良いのでしょう?」
「アリスっちはー、とりあえずみんなのことを応援してみてっ!」
「了解しました。……フレーフレー、みーなーさーんー。頑張ってくださーい」
「……っ、いいね! カワイイっ! いい感じだよアリスっち!」
そうして小一時間が経過して……
「~♪ ~♪ ……ボク、これ結構気に入っちゃったかも」
ローリエは見事横笛を吹けるようになり。
「~~~♪ ま、これくらいは余裕よね」
コロナは弦楽器をそつなく弾きこなし。
「はぅぅ……わたしはダメな子なのです……」
ミミィは残念ながら致命的に音楽の才が無く。
「おつかれさまでした、みなさん」
アリスは三人の健闘を讃えてぱちぱちと拍手を送る。
「うんうん、あたしの見込んだとおりっ!」
そんな四人の様子を腕を組んで眺めながら、うんうんと満足げに頷くウィン。
「ローりんもコロちゃんもスゴイよっ! ミミちーはミミちーで別にやってもらいたいことがあるから、結果おーらいってことで!」
「私は応援だけでいいのですか?」
「ふっふっふ、安心してっ! アリスっちには絶対に外せない大役が待ってるから! ……とゆーわけで、ハイこれどーぞっ!」
アリスに渡された一枚の紙切れ。軽く目を通してみると、そこには走り書きで五線譜と文字が記されていた。
「これは……歌詞、ですか?」
「いぇす! アリスっちには今からそれを歌ってもらいまーす!」
「アリスちゃんの歌かぁ……それは結構興味あるかも」
アリスに歌ってもらう――その言葉に、ウィンのみならずローリエたちからも期待の眼差しが注がれる。
「え、あの」
だが、月の探査を主目的として造られたアリスには、当然ながら歌唱の経験などない。
いきなり歌えと言われても、どうしたらいいのかわからず硬直してしまう。
「だいじょうぶだよ、アリスっち」
そんなアリスの戸惑いを察したのか、ウィンがそっと耳打ちしてくれた。
「上手い下手とかじゃなくって、君の故郷に対する想い――もう一度あの景色を見たいとか、大切な誰かに会いたいとか、そういった気持ちをそのまま歌詞に乗せてくれればいいからさ」
そう言うウィンの声は、意外にもとても柔らかで優しくて。
未だ戸惑うまま、今一度歌詞に目を落とす。
短いながらも物語の形式を取った歌詞は『故郷で暮らしていた少女が人攫いによって異国に売られるも、逃げ出して故郷へ帰ることを誓う』と、概ねアリスの生い立ちカバーストーリーのとおりに進行していた。
ただ決定的に異なるのが、ところどころに主人公たる少女の心情が表わされている点だった。
歌物語の中で、少女は頻繁に遠い故郷へと想いを馳せている。
記憶に色褪せない景色、懐かしい風の匂い、耳に残る友達の笑い声……そして、最愛の父母の顔。
無論、そんなものはアリスの記憶には一切存在しない。
当然、満月の晩になる度にそれらを想い涙するなんてこともあり得ない。
そこが物語の少女と実際のアリスとの決定的な差であり、故に少女の想いなどアリスには到底理解の及ばないものであるはずだった。
けれど。
「……"わたしは――"」
どうしてか、胸がざわついた。
物語の少女が求めるものは、決してアリスの望むものではない。
アリスは月へ行きたいのであって、少女のように故郷に帰りたいわけではない。
少女と違って、アリスの使命には郷愁など必要ない。
少女と違って、アリスには懐かしむべき景色など存在しない。
少女と違って、アリスには会いたい人なんているわけがない。
……それなのに、わかってしまうのだ。
アリスには、理解できないはずの少女の気持ちが。
どうしようもなく切なくて。
どうしようもなく恋しくて。
どうしようもなく焦がれてしまう――その気持ちが、わかってしまった。
「――すごい。すごいよ、アリスちゃん……!」
「……え?」
ローリエの涙交じりの声が聞こえ、アリスはふと我に返った。
「アリス……アンタ、まさか、こんな……っ」
「う、うぅ……っ、ひっく……っ」
何度も目元を拭うコロナ。ミミィに至っては、咽び泣いて言葉も出ない様子で。
何がどうしてこうなったのやら、アリスにはとんと検討がつかなかった。
「あの、この状況についての説明を求めたいのですが」
「んっとねー、アリスっちの歌がさいっこーに魂インしてて、みんな聞き入っちゃってもう大号泣! って感じ? いやー、あたしも恐れ入りました。元々光るモノを持ってるとは思ってたけど、まさかこんなに破壊力が高いなんて」
どうやらアリスは生まれて初めての歌を、思索に耽る間に熱唱してしまっていたようだった。それも、満場一致の超高評価で。
「アリスちゃんっ! ボク、絶対にアリスちゃんの故郷を見つけてみせるから……っ!」
「あの、落ち着いてください、ローリエ。発言に混乱が見られます」
「……っ! ……っ!」
「ミミィも、そんなに激しく頷くとフードが取れる可能性が高いです。やめた方がいいと助言します」
「アリス。アンタの歌は一級品よ。ええ、間違いなく。このあたしが保証してあげる」
「ありがとうございます、コロナ。……良かった、コロナはまだちゃんとしているようですね」
「当然。いくらアンタの歌が素晴らしいからって、絆され過ぎるわけにはいかないわ。……だって、これからがこの〈望月乙女音楽隊〉の活動の幕開けだもの!」
「前言を撤回します。みなさんまとめて一度頭を冷やしてくることを推奨します」
そしてアリスの歌は、ローリエたちにとって刺激が強すぎたらしい。
歌物語に感情移入し過ぎたのか、思考回路におかしなスイッチが入っている。
「これなら、あたしの予想以上の結果が出るかも……! さぁさぁ練習続けるよっ! 目指せ、酒場の星ってね!」
「「「おおーっ!!」」」
「あの、みなさん。当初と目的が違っています。冷静に、どうか冷静になりましょう、みなさん――」
アリスの必死の説得は、ついに届くことはなかった。
……こうして。
ウィンのスーパーハイテンションに否応なく巻き込まれるような形で始まった一行の演奏練習は、アリスの歌という劇薬の投与を経て、日が落ちる頃まで続いたのだった。