23:結成、望月乙女冒険隊!
エルティナと別れてしばらく。一行の馬車は深い緑の香りに包まれた、こんもりと繁った森を進んでいた。
コロナは地図を広げると、ローリエたちに馬車と王都、それぞれの位置を示してみせる。
「今あたしたちがいるのが、この『さざめきの森』よ。林道を抜けたら王都はもう目の前ね」
「ふんふん、そうすると午後の早い内には着きそうですねぇ」
「王都かぁ……懐かしいなぁ」
馬車の行く先を眺め、感慨深げに呟くローリエ。
マルート王国、王都マルタ。
大河アーケリアの河口付近に位置するその都市は、ローリエ曰くタラスクよりも更に大きい街とのことで。
「ローリエは王都に行ったことがあるのですか?」
「うん、もう五年くらい前だけどね。神殿寮のみんなと一緒に建国のお祭りを見に行ったんだ」
「へぇ、建国祭ね。マルート王国だと、確か建国神話を模したパレードが有名なのよね」
「そうそう! 『遥か古塔の頂を~、羽衣の姫飛び立ちて~♪』って! あの時見たお姫様、すっごく可愛かったなぁ……」
そんなローリエの思い出話を聞きながら、一行はのんびりと林道を進む。
曲がりくねった道を行き、小さな沢をいくつか越えて。
淡く光る森精鹿の親子がひょっこり目の前を横切って、薬草採取に来たと思しき年若い冒険者の一党とすれ違い――
「……見えたわ、王都マルタよ!」
無事に森を抜けた一行の目に映ったのは、街を囲む長大な城壁。
そしてそんな城壁の中から聳える、天を衝く尖塔が印象的な王城の姿だった。
「ふむ、ここが王都ですか……」
「アリスちゃん、物珍しいのはわかるけど、キョロキョロし過ぎて迷子にならないようにね?」
馬車を降りて街門を潜ると、そこにはタラスクの街とはまた違った光景が広がっていた。
整備された馬車道と歩道があるのは同じなのだが、タラスクの街のように雑然と並んだ露店が無く、全体的にスッキリした印象を受ける。
そして流石は王家のお膝元と言うべきか、街中には衛兵の詰所が点在しており、治安もかなり良さそうだった。
「じゃあ、まずはエル姉の手紙を届けに行くってことでいい?」
「私は構いません、ローリエ」
「王都の冒険者ギルド……うぅ、何だか緊張するのです」
「冒険者ギルドなんて都も地方も変わらないわよ。さ、とっとと用事を済ませちゃいましょ」
冒険者ギルドの場所は、その辺を歩いていた衛兵に尋ねたら快く教えてくれた。
言われた通りの道を行くと、冒険者向けの店が軒を連ねる地区にたどり着く。その一画、大きな広場に面した建物に、王都マルタの冒険者ギルドは存在していた。
――――カランカラン。
竜と剣と杖の紋章が描かれた扉を開け、中へ。
時間帯のせいか客もまばらな受付カウンターで、女性職員が一人、暇そうに欠伸をしていた。
「あのー、すみませーん」
「っ……ふぁ、はいっ! なんでしょうかっ!?」
「これ、タラスク支部のエルティナ支部長から預かってきたんですけど……」
「あっ、郵便ですね! こちらでお預かりしますので、みなさんの身分証を確認させてくださいっ!」
言われるがまま、エルティナの手紙と自分たちの登録証を預ける一行。
やたらと元気のいい職員は封筒の宛名を確認し、登録証と照らし合わせて何やら記録を付ける。
「お待たせしました、こちらお返しします!」
「はーい、ありがとうございました! ……じゃあ、とりあえずエル姉の頼み事も終わったし、次は――」
手続きを終え、くるりと踵を返すローリエたちだったが、
「あっ、仮登録1864番のみなさん、ちょっと待ってくださーいっ!」
後ろから先ほどの職員の声がした。
仮登録1864番と言われても、始めは何のことか良く分からなかった。が、そう言えばタラスクでパーティ登録(仮)をした時に付いた仮称がそんな感じだったことを思い出し、一行ははたと足を止める。
「えっと、わたしたちのことなのです?」
「はい、郵便のみなさんです!」
「郵便のみなさんって……まぁいいけど。まだ何かあるのかしら?」
「ひょっとして、手続き漏れとか?」
首を傾げるローリエたちに、職員はふるふると首を横に振ると、
「いいえ、そうじゃなくてですね……みなさん、仮のパーティ登録をされてると思うのですが、有効期限がちょうど今日までみたいでしてっ」
彼女曰く、出来れば今日中に本登録をして欲しいとのことで。
「「「…………」」」
無言で視線を交錯させる、ローリエとコロナとミミィ。そして――
「やっぱり〈救世の乙女達〉が一番似合うと思うのよ」
「いえ、ここは〈望月の導き手〉を推させてもらうのです、はい」
「ええー、〈不思議の冒険隊〉じゃダメかなぁ?」
あーでもない、こーでもない、やれそれはどこが微妙、やれこっちはそこがどうこう……
タラスクの街以来、三日ぶりに再び勃発した命名議論。一生モノと言っても過言ではないパーティ名の登録故に、三人ともそれぞれの美意識等々にかけて譲れないものがあるようだった。
「……ふむ」
アリスは熱い議論を続けるローリエたちの姿を見て思案する。
恐らく、この件について彼女たちに任せきりにしていたのでは、タラスクの時と同様に埒が明かないだろう。そうなれば、再び待機列渋滞を引き起こして怒られるハメになるのは、演算をするまでもなく明らかだった。アリスは経験から学習する探査機なのである。
と、いうわけで。
「あの、一つ伺いたいのですが」
「はいっ、なんでしょう?」
「パーティ登録なのですが、この申請書を提出すればよいのでしょうか?」
「ちょっと確認させてもらいますね! ……はい、必要事項の記入も出来てますし、こちらで大丈夫ですよ!」
「では、それで手続きをお願いします」
「わかりました! では、所属される方の登録証を頂いてもよろしいですかっ?」
………………
「――だから、それだと大義が――」
「――大げさなのです。やっぱりここは――」
「――二人とも、もうちょっとわかりやすくさ――」
「あの、みなさん」
しばらくして、論戦に割って入るアリス。
普段より幾分大きな声だったので、議論に夢中になっていたローリエたちも流石に気が付いて彼女の方を見る。
「パーティ登録ですが、これで完了だそうです」
「「「……えっ?」」」
アリスが得意げに示して見せた登録証。そこには、
≪所属:望月乙女冒険隊≫
と、はっきり文字が刻まれていた。
望月乙女冒険隊。それは三人の提案した案の要素を抜き出し、繋ぎ合わせた名前だった。キツネにつままれたような様子のローリエたちに、アリスは滔々と語る。
「パーティ名称について、私には相応しい命名の基準がわかりません。みなさんの案のうち、どれが一番優れているのかの判断もできません。ですが」
アリスは一旦言葉を切ると、三人それぞれの顔を見て、
「ローリエ、コロナ、ミミィ。みなさんのうち誰か一人でも欠けていれば、きっと私はここにいませんでした。……そしてこれからも、私はみなさんと共にありたいと思っています。よって私たちのことを表す呼び名としては、誰か一人のものを採用するのではなく、みなさんの案を併せたものが妥当であると考えます」
そう伝えるアリスの瞳は、どこまでも素直で真っすぐで。
そんな彼女の態度に、命名議論でヒートアップしていたはずのローリエたちは、肩の力が抜けていくのを感じていた。
「アリスちゃん……ふふっ、そっか。そうだよね」
「まぁ、そうね。考えてみれば、これはアンタが主役の旅だものね」
「はぅ……わたしたち、ちょっと大人げなかったのかもです」
三人は互いに顔を見合わせて、苦笑する。
「じゃあ、これからボクたちは〈望月乙女冒険隊〉ってことで、オッケー?」
「勿論なのです。アリスさんがわたしたちみんなのことを考えて付けてくれた名前なのですから」
「あたしも異議なしよ。……アリスったら、ちゃっかり先に登録まで済ませちゃってるし。こうなったらもう実質選択肢なんて無いに等しいじゃないの」
「あはは……アリスちゃんって、時々凄く行動力あるよね」
「アリスさん……恐ろしい子なのです」
「底知れないというか何と言うか……いつか絶対何かやらかしてくれるわよ、この子は」
驚くやら呆れるやら、そんな三人の言葉を聞いたアリスは、
「当然です。私は最高傑作ですから」
淡々とそう言って、澄まし顔で胸を張ってみせるのだった。
かくして、冒険者パーティ〈望月乙女冒険隊〉は結成された。
懸案が無事解決し、和気あいあいとギルドを後にする四人。
そんな一行とすれ違いに、ギルドを訪れる一人の少女の姿があった。
澄んだ泉を思わせる髪。活動的な印象のツインテール。
冒険者然とした装いの彼女は勢いよくカウンターに飛びつくと、先ほどまでローリエたちの応対をしていた職員に呼びかける。
「やほー、ミーちゃん! 何か面白い依頼ちょーだいっ!」
少女と職員は知己らしい。謎にハイテンションな少女のノリにも、職員は手慣れた様子で応対する。
「もう、ウィンさん! そういうのはいきなり言われてもダメですって! ……あっ、でもついさっき、ウィンさん宛てのお手紙が届いてましたね」
「手紙? 誰から?」
「ほら、ウィンさんがよく文通をしてるっていう、タラスクの冒険者ギルド支部長さんですっ。ギルド宛ての文書と一緒になって入ってましたよ」
「……ふぅん?」
少女は職員から手紙を受け取ると、さっとその中身に目を通して、
「ねぇ、これっていつ届いたの?」
「だから、ついさっきですっ。それこそ、今ウィンさんがすれ違った人たちが届けに来てくれたんですよ」
「へぇー、あの子たちが?」
少女が振り返った時には、もうローリエたちの姿は扉の向こうに消えていた。
それでも、彼女の瞳には好奇の輝きが浮かぶ。
「……あはっ、これから楽しくなりそっ!」
「ウィンさん? どうかしたんですか?」
「ううん! なんでもないから気にしないで! じゃ、あたし急用が出来たから行くねっ! ばいばーいっ!」
「あっ、ウィンさん! お手紙受領のサイン! サイン忘れてますっ! ウィンさーんっ!」
少女は嵐のように訪れ、嵐のように去っていく。
王都での騒がしい日々が、今まさに始まろうとしていた。