21:賊の正体
「では、行きます」
先に動いたのは、アリスだった。
アリスはその場で少し屈んだかと思うと、人間離れした爆発的な瞬発力で一気に加速。
一瞬で賊の眼前へと距離を詰め、スピードを乗せた拳の一撃を見舞う!
「ぐっ!?」
突き出された拳は、賊の持つ刃の腹で受け止められてしまう。
それでも衝突の運動エネルギーまでは殺しきることは出来なかったようで、賊は地を滑るようにしてノックバック。
そのチャンスに、アリスは追撃をかけるべく懐に飛び込む。
繰り出すは小さな体を生かした、死角からの飛び上がりアッパーカット。
「っ!」
仰け反って回避する賊。唸るような風切り音と共に小さな拳が空を切った。
きれいに着地するアリス。そしてそのまま、間髪入れずに次の攻撃へ。
「「「…………」」」
徒手空拳で徹底的に攻勢を仕掛けるアリスと、ひたすら防戦を強いられる賊。その様を、ローリエたちは呆気に取られたように見つめていた。
「……アリスちゃんって、結構武闘派……?」
「これ、あたしたちが下手にちょっかい出さない方がいいわね。アリスまで巻き込んじゃう」
「凄いですね、アリスさん……けど」
うーん、とミミィが首をひねる。
「おかしいです。盗賊の人、反撃の隙はあるはずなのに、アリスさんに攻撃しようとしてないような」
ミミィの指摘通り、賊はアリスに対して反撃することを躊躇っているようで。
「そういえば、さっきもやけにアリスのことを気にしてたわよね。子供は下がってろー、とかなんとか」
「実は、結構紳士な人だったり……」
「……なのです?」
訝しげな視線を送る三人。
賊は不審に思われていることに気が付いたのか、アリスの貫手を右、左、右と連続で避けたところで、
「……くっ、仕方あるまい! 『光よ、閃け』!」
「っ!」
【閃光】の魔法を放ち、アリスの視界を眩ませる。そして、
「食らえっ!!」
「あ――」
一瞬動きの止まったアリスの腹部に向け、容赦なく蹴りを叩き込んだ。
衝撃で宙に浮くアリスの体。そのまま後方へと吹き飛ばされ、地面へと激突する。
「アリスちゃんっ!?」
幼い少女が大の大人に蹴り飛ばされるというショッキングな光景に、思わず悲鳴のような声を上げるローリエ。
ローリエたちは賊の追撃に注意を払いつつ、急いでアリスの元へと駆け寄る。
「アリスさんっ、大丈夫なのですっ!?」
「……はい。問題ありません、ミミィ。機体の損傷はごく軽微なものに止まっています」
アリスは何事も無かったように起き上がる。本人の言う通り、ダメージ自体はさほどでもなさそうだった。だが白いエプロンが土でぐちゃぐちゃに汚れ、腕や脚に擦り傷を負った彼女の姿は、もう見るからに痛々しくて……
「「「………」」」
それを見たローリエたちの中で、何かがプッツンした。
キッとした三つの視線が賊を射抜く。
「アンタっ!! こんな小さな子になんてことするのよっ!!」
「えっ、い、いや、だって……」
烈火の如き剣幕のコロナに詰め寄られ、賊は思わず後退り。
そして更に、
「アリスちゃんをこんな風に傷つけるなんて……」
「……覚悟、してもらうのです」
ゆらり、と。
ローリエとミミィが静かな憤怒を湛えた表情で賊に迫る。
その迫力たるや、実力で勝るはずの賊が気圧されてしまうほどで。
「待って、話せばわかる!」
「「「問答無用っ!!」」」
焦り狼狽える賊に対して、怒りに燃える少女たちの逆襲が始まった。
「『光よ、貫け』! 『貫け』、『貫け』、『貫け』っ!」
「なっ!?」
ローリエの手から、次々と放たれる光の矢。
賊は間断なく襲い来るそれらを、慄きつつも俊敏な身のこなしで躱していくが、
「『火壁に阻まれなさい』!」
突如として出現した炎の壁に足止めを食らってしまう。
そこへ射かけられる【光矢】の群れ。仕方なく手にした刃で弾き、応戦する賊であったが、
「――はっ!」
そこへ、ミミィの剣が閃いた。
「っ、速い!?」
やむを得ず刃で受け止める賊。
飛び散る火花。双方譲らぬ鍔迫り合い。
先に心を乱した方が敗北する剣の勝負。当然、賊はミミィとの駆け引きに集中してしまう。……だが、これは決して一対一の決闘などではないのであって。
「『火槍に穿たれなさい』!」
「『光よ、槍となりて敵を穿て』!」
ミミィの左右後方から、炎と光の槍が賊目掛けて飛来する。
直撃すれば死が見える、大ダメージ必須の十字砲火。当然、賊はそれに対処しない訳にはいかなかった。
「っ、『聖光よ、守護せよ』!」
【聖光結界】――放出型高位の防護魔法。
賊の周囲に展開される、光の守護障壁。突き刺さった【火槍】と【光槍】が、魔力を失って虚空に消える。
コロナとローリエの連携攻撃は失敗に終わった。
しかし、高位魔法の行使は尋常でない集中を伴うのが常であり、鍔迫り合いの最中にそんなことをすれば、当然心は乱れるわけで。
心が乱れれば、剣も乱れる。そしてそんな賊の刃の揺らぎを、ミミィが見逃すはずもなかった。
「――隙ありですっ!」
「っ、しまっ……!」
ミミィの剣が賊の刃をいなし。
体勢を崩した賊の手から、半透明の刃を叩き落とした。
「勝負あり、なのです」
「……っ」
賊の首元に剣の切っ先が突き付けられる。
謎の襲撃者との戦いは、ここに勝敗を決したのだった。
「さーて……それじゃあアンタの素性とか諸々、洗いざらい話して貰いましょうか」
ロープで後ろ手に縛られ、観念したように項垂れる賊。
コロナによる尋問が始まった。
「アンタの所属はどこ?」
「……」
「手紙を狙った理由は?」
「……」
「どうやってエルティナ支部長の――ギルドからの手紙を、あたしたちが持ってるって情報を掴んだのかしら?」
「……」
しかし、賊は一切の問いに答えない。
つまらなさそうに鼻を鳴らすコロナ。
「あくまで黙秘を続けるつもりね。まぁいいわ、大体アンタの正体も掴めてるし」
「……っ」
その言葉に、賊の身体がびくりと震えた。
「この人のこと、何か知ってるの?」
「まぁね。冒険者としての知識と勘……みたいなものよ」
コロナは項垂れる賊をビシっと指さして、
「こいつの正体は――ズバリ、亜人よ!!」
「「「な、なんだってーっ!?」」」
ローリエとミミィと賊の驚愕の声。
驚き目を見開く彼女たちに、コロナは自身の推理を伝える。
「これはあまり知られてないことだけど……亜人の中にはね、人間に化けるヤツがいるのよ。そいつらは狡猾で、残忍で……人々の間に不和をばら撒いて、争いを引き起こすの」
「そ、そんな恐ろしい亜人がいるのですね……それで、この盗賊の人がその『人に化ける亜人』というわけなのです?」
ミミィの問いに、重々しく頷くコロナ。
「ええ、そのとおり。恐らくこいつは、あたしたちからエルティナ支部長の手紙を奪って、それを渡ったらマズいところに流す予定だったのよ。冒険者ギルドの支部長ともなれば、色々な機密情報を扱うことも多いだろうしね」
「な、なるほど……!」
何となくそれっぽく聞こえるようなコロナの推理に、感心した様子のローリエとミミィ。
「……ふむ」
ただ、アリスだけはその推理が(残念ながら)十中八九間違っているであろうことを認識していた。
というのも、アリスの搭載する命波探知機による分析において、賊は亜人という未知の生物ではなく、確かに人間であると示されていたからだ。
無論、その『人に化ける亜人』とやらが人間と殆ど同一の命波形を持っているか、あるいはアリスのレーダーを誤魔化すほどの変化能力を有している可能性も否定は出来ないが……
「あの、みなさん」
とりあえず、今はこの賊の正体を確かめなければならない。
アリスは謎推理で盛り上がっているコロナたちに呼びかけると、
「こうした方が早いと思います」
無造作に賊の仮面を外した。
同時にずり落ちるフード。そうして露わになった人相は、亜人のそれではなく――果たして、ローリエたちが良く知る人物のものだった。
「えっ?」「はっ?」「はい?」
「……てへっ」
冷や汗を垂らしながらテヘペロウインクを決めてみせる、妙齢の女性。ローリエたちに手紙を託した張本人。
「な、な……なにやってんのさ、エル姉ぇーーーっ!!」
黄昏の街道に、ローリエの絶叫が木霊した。
アリスの肉弾戦は、ターミネーター的なイメージ