20:襲撃
それは一日目が順調に過ぎ、二日目の行程もそろそろ終わりに近づいた夕暮れ時のことだった。
「――それで、その防衛戦っていうのにあたしも参加したんだけどね。実は亜人の侵攻っていうのが子供の悪戯を勘違いしただけで、本当は――」
「あははっ、なにそれ! ね、その悪戯っ子ってひょっとしてさ――」
「――なんと、そのお芋はある魔獣の巣でしか手に入れられない、とっても貴重なものだとわかったのです! 言われた通りに油で揚げてみると、素材の塩味と独特の食感がもう病みつきに――」
「ふむ、その芋類については詳細の分析が必要と判断しました。ぜひ、追加の情報を――」
ガタゴトと揺れる馬車の中、ローリエたちは『コロナがこれまでの旅で見聞きした珍事』や『ミミィの作った野営料理について』といった、他愛のない話をして過ごしていた。
このまま行けばあと一時間もすれば本日の宿場まで着くかといったところで、
「……?」
談笑の最中、ふとアリスが不思議そうな顔をしてきょろきょろと周りを見回した。
「あれ、アリスちゃん。どうかしたの?」
「この馬車、停止しているようです」
「……え?」
そう言われてみれば、先ほどから鳴っていた車輪のガタゴトが止んでおり、代わりにしんとした静けさが辺りに漂っている。
幌から外を覗いてみると、確かに馬車は動いていなかった。
「おかしいわね、今日の宿はまだ先のはずなのに」
「何かトラブルでもあったのでしょうか……?」
「御者さーん、一体どうし――」
不審に思ったローリエが御者台の方を見てみれば、そこには力無く体を崩した御者の姿があった。
「っ、御者さんっ!? しっかりしてくださいっ、大丈夫ですかっ!?」
慌てて彼を助け起こすローリエ。声をかけてみるも、意識は無いようで。
ただ、規則的な呼吸音が聞こえることから、どうやら命に別状は無さそうだった。
「えっと……眠ってる、のです?」
「……見て、御者だけじゃないわ」
二頭の馬もまた、地面に伏して眠っていた。
道の真ん中で、人一人と馬二頭が同時に居眠りを始めてしまう。……そんなことが自然に起こるなど、まずあり得ない。
つまり、これは。
「……みなさん、気を付けてください。馬車前方より敵対的な生体反応を検知しました」
「「「!!」」」
アリスの警告に、一行の間に衝撃が走る。
この状況は、もう間違いない。……襲撃だ。
「……外へ出るわよ。奇襲に注意して」
油断なく構えながら、馬車から降りる。
御者と馬をわざわざ眠らせる、という手口から察するに、相手は恐らく人間だろう。仕立ての良い馬車を見て、貴人の移送と踏んだ盗賊といったところか。
警戒するローリエたち。
街道の先に敵の姿は見えない。
アリスの索敵では馬車前方とのことだったが、果たして――――
「っ、木の上なのですっ!」
ミミィの鋭い声が飛んだ。直後、彼女たちの前にふわりと降り立つ人影。
ボロボロの暗黒色のローブ。すっぽりとフードを被り、のっぺりとした黒い仮面を身に付けたその姿は、通りすがりの旅人Aと言うには明らかに怪しすぎた。
無言で佇む仮面の賊に対し、威勢よくコロナが前に出る。
「御者を眠らせたのはアンタね。どうしてこんなことをしてくれたのか、答えてもらおうかしら?」
「……どうして、か」
コロナの詰問に、賊はくぐもった低い声で笑う。
そして、
「冒険者ギルドから手紙を預かっているだろう。……それをこちらに渡してもらいたい」
「……!?」
賊の狙いは、まさかのエルティナの手紙だった。
手紙を持つローリエが、思わず一歩後ずさる。
それを見た賊は、ニヤリと笑みを浮かべ。
「ほう、貴様が持っているのか。痛い目に遭いたくなければ、大人しくそれを渡せ」
「っ、嫌に決まってるでしょ! これは、エル姉から託された大切な手紙なんだからっ!」
「ふん、抵抗するか。愚かな……では、力ずくでも奪わせて貰う! 『光に貫かれよ』!」
ローリエに向かって放たれた【光矢】の魔法。
それが、戦いの嚆矢となった。
「っ、『光よ、貫け』!」
狙われたローリエは素早く【光矢】を詠唱、抜群のコントロールで賊の魔法と相殺。
ほぼ同時に、コロナもまた杖を振りかざし魔法を発現させた。
「『火槍に穿たれなさい』!」
「『光槍に穿たれよ』!」
コロナが賊の胸目掛けて真っすぐに放った【火槍】は、ちょうどローリエがしてみせたように賊の【光槍】で相殺されてしまった。
炎と光、二つの属性の衝突が魔力爆発を起こす。
巻き起こる白煙の中、長剣を構えたミミィが迷わず賊へと突っ込んだ。
「はぁぁっ!――たぁっ! やぁっ!」
煙中からの強襲。続く低重心からの切り上げ。返す刃の一閃。
力強くも素早いミミィの剣。それを、賊はひらりひらりと紙一重で躱していく。
寸分の無駄もない、絶妙な間合いの維持。
「ふっ、どうした? そんなものか?」
「っ、この人、強い……っ!」
「では……次はこちらの番だ」
「っ!?」
ミミィの背を駆け上る、ぞわりとした怖気。
咄嗟に後方へと上体を反らす。その刹那、鼻先を高速で何かが掠めていった。
「ほう。これを避けるとは、なかなか良い反応ではないか」
見れば、丸腰だったはずの賊の手には、淡く光る半透明の刃が握られていた。
「それは……!?」
「――行くぞ」
賊の鋭い剣閃がミミィに襲い掛かる。
天地左右、縦横無尽に繰り出される刃の嵐。
「くぅっ……!」
その圧倒的なスピードと技量を相手に、剣で防ぐのがやっとのミミィ。
徐々に追い詰められる彼女に向け、コロナが叫ぶ。
「ミミィ、離れて! ――『炎獄に囚われなさい』!」
ミミィが跳び退った瞬間、地面から吹き上がる猛烈な業火。
灼熱の檻は賊を飲み込み、そのまま激しく燃え盛る。
「やった!?」
「……いえ、まだです。敵生命反応、消失していません!」
炎が真っ二つに切り裂かれた。
飛び出す人影。【火炎牢】を破った賊は疾風の如く駆けコロナに肉薄、そして、
「――っ!!」
刹那に振るわれた刃。コロナは咄嗟に護身用の短剣を構え、間一髪のところで受け止める。
鳴り響く金属音。打ち合いの一瞬、静止する二人の動き。
「『光よ、貫け』!」
その隙を狙い、ローリエの【光矢】が賊の脚に向け放たれた。
それを大きく後方に跳び躱す賊。彼我の距離が開き、戦局が仕切り直される。
「みなさん、早くわたしの後ろに!」
乱れてしまった陣形を整える。ミミィ一人を前衛に、後方へと下がるローリエたち。
ここまでの戦い、旗色は決して良いとは言えない。多対一という有利な状況にも関わらず、賊に翻弄されてしまっていた。
「くっ……アンタ、一体何者よ!?」
賊は薄く笑うのみで何も答えない。だが、その目的と高い実力から、相手がただの盗賊でないことだけは確かだった。
何者かの陰謀か、奸計か……真相が何であるにせよ、相手はローリエたちを無事に逃がすようなことはしないだろう。
敗北の先には、絶望が待つのみだった。
「……ふむ」
両者の睨み合いが続く中、アリスがとてとてとミミィの横へと歩み出た。
「あ、アリスさん……?」
「相手は強敵です。現状ではミミィの負担が過剰であるため、私も前衛戦力として加勢することが合理的であると判断しました」
「……えっ、アリスちゃんが!?」
「何バカなことを言ってるのよ! 早く戻りなさい!」
アリスが戦えること自体は、ローリエたちも理解している。事実、鉄巨人を一撃で倒した攻撃の威力は凄まじいの一言だった。
だが、それとこれとは話が別だ。いくら物凄い攻撃が使えるとはいえ、アリスの見た目はお洒落をした小さな女の子(しかも素手)である。そんな彼女に剣を持った賊相手に前衛を任せるのは、いくらなんでも気が咎めた。
「大丈夫です。私は最高傑作ですので」
ローリエたちが止めるのも聞かず、アリスは賊と相対する。
流石の賊も、これには大変困惑した様子で。
「……き、貴様が相手をするというのか?」
「はい、お相手します」
「悪いことは言わん、貴様のような子供は下がって見ていろ」
「それは出来ません。私もパーティの一員ですから」
「怪我をするぞ? きっと痛いぞ?」
「問題ありません。痛覚センサーはコントロールが可能ですので」
暖簾に腕押し、糠に釘。
何を言っても聞かない頑固な少女に、ついに賊も説得を諦めた。
「……くっ、どうなっても知らんからな!?」
「任務の障害は排除するまでです」
見るからに焦った賊にアリスが淡々と答え、第二ラウンドが始まった。