19:エルティナのお願い
翌朝。ローリエたちは約束通り、エルティナに会いに冒険者ギルドへとやって来ていた。
コロナが職員に取り次ぎを頼むと、程なくして二階の応接室へと通される。
そこでしばらく待っていると、
「あら、早速来てくれたのね……ありがとう、助かるわぁ」
エルティナがよろよろとした足取りで入って来た。
髪はボサボサ服はよれよれと、正しく疲労困憊といったその様子に、ローリエが驚いて声をかける。
「ちょっ、エル姉大丈夫!? 目、すっごいクマだよ?」
「大丈夫だいじょうぶ……ちょっと徹夜しちゃっただけだから――あっ」
ゴッ、と鈍い音。ローデスクの横で、脛を押さえてうずくまるエルティナ。
「「「「…………」」」」
「……だ、だいじょうぶ」
「いや、悪いけど全然大丈夫そうに見えないんだけど!?」
耐えきれなくなったコロナのツッコミが炸裂した。
エルティナは目尻に涙を浮かべて立ち上がると、ローリエたちの対面に腰掛ける。それから「こほん」と咳払いを一つして、
「……昨日に引き続き、ご足労頂いたことに感謝いたします」
まるで何事も無かったかのように一礼した。
本人なりに威厳を挽回しようとしたのか、文句のつけようがないほど優雅な所作だった。……先の醜態とのギャップが酷すぎて、残念さが一層際立つ結果になってしまったが。
「…………」
「「「「…………」」」」
場を支配する非常に微妙な空気。それを払拭しようと、ローリエが口火を切った。
「……えっと。それで、エル姉がボクたちに頼みたいことって何なの?」
「そ、そうね……それを話す前に、ちょっと確認をさせてちょうだいね?」
「確認?」
「ええ。あなたたちの、旅の目的についてよ」
瞬間、ローリエたちは思わず身を強張らせる。
いつか訊かれるとは思っていたこの質問。まともに「月へ行きます」なんて答えようものなら、下手をすれば狂人扱い一直線である。ゆえに、慎重な回答をしなければならなかった。
そんなローリエたちの緊張に気付いているのかいないのか。エルティナは構わず話を続ける。
「実は昨日、あなたたちの登録申請書を拝見させてもらったのだけど……ええっと、アリスちゃん?」
「はい。なんでしょう、エルティナ」
「これは私の勘なのだけど、あなたたちの旅の目的って、アリスちゃんの故郷を探すことなんじゃないかしら?」
「……? いえ、私たちは――むぐっ」
否定しようとしたアリスの口を、コロナの手が神速で塞いだ。
ついでサッと視線をローリエに飛ばす。一瞬のアイコンタクトでコロナの言わんとしていることを察したローリエは、
「わ、わぁーっ! エル姉、すっごーい! どうしてわかったのー!?」
わかりやすくオーバーな仕草で驚いてみせた。
エルティナが非常に都合のいい勘違いをしてくれたので、これ幸いとばかりに全力で乗っかることにしたのだ。
「ふふ、だって優しいローリエちゃんのことだもの。アリスちゃんの境遇を聞いて、きっと放っておけなかったんだろうなって思ったのよ」
可愛い妹分のキラキラした目に、得意気な顔を隠せない様子のエルティナ。……その反応がローリエの良心にクリティカルヒットしていることなど、知る由もなく。
(エル姉、騙しちゃって本当にごめんなさい……!)
ローリエは偽りのキラキラ視線を敬愛する姉に向けながら、心の中で土下座していた。
「それから、コロナちゃんにミミィちゃん。こうしてローリエちゃんに付き合ってくれているんですもの。二人もきっと同じくらい優しい子なのよね」
「え……えっとぉ……」
「あの、その、えぅ」
更にエルティナの無自覚良心攻撃がコロナたちにも拡散し、思わず目を逸らしてしまう二人。エルティナは彼女たちが照れているとでも思ったのか、ひとしきりくすくすと笑ってから、
「さて、あなたたちのことを教えてもらったところで……それじゃあ、本題ね」
そう、真剣な表情で切り出した。
それから懐から一通の封書を取り出し、ローリエたちに示して見せる。
「頼みたいことっていうのは、これよ」
「手紙……なのです?」
「ええ、そうなの。これをね、王都の冒険者ギルドに届けてほしいのよ」
エルティナの頼みというのは、何の変哲もない郵便の依頼だった。
「ギルドの定期便だと、どうしても時間がかかっちゃうから……もちろん、あなたたちが嫌と言うのなら無理強いはしないわ」
「そのくらいなら全然大丈夫だと思うけど……でも、なんでボクたちなの?」
「私の個人的な手紙だからねぇ。出来るだけ信頼のおける人に任せたかったのよ。……ローリエちゃんなら、その点はまず間違いないでしょう?」
「エル姉……!」
敬愛する姉に全幅の信頼を伝えられて、ローリエの瞳が(今度は偽りでなく)キラキラと輝いた。
「ねぇみんな! エル姉のお願い、聞いてもいいかな?」
「まぁ、いいんじゃない? 王都なら色んな情報も集まってくるだろうし、あたしたちの活動場所としても都合がいいしね」
「わたしもコロナさんの意見に賛成なのです。アリスさんはどう思いますです?」
「私はみなさんが判断したならば、それに従います。王都、という場所にも興味がありますし」
「やった! ……それじゃあエル姉、手紙のことはボクたちに任せてよ!」
自信たっぷりに胸を張るローリエ。そんな彼女の言葉に、エルティナは嬉しそうに目を細めると、
「引き受けてくれてありがとうねぇ。……道中、くれぐれも気を付けるのよ?」
そう言って、微笑みながらウインクをしてみせたのだった。
……なおローリエたちは、エルティナがその仕草の裏で必死に欠伸を噛み殺していたことに、気付いていてもあえて触れなかった。
それが、彼女たちの優しさであった。
王都マルタへ向かうには、タラスクの街から街道を北上する必要がある。所要時間は馬車で移動すれば三日ほど、徒歩ならもう一日~二日ほど。
手持ち資金が乏しいローリエたちは、本来なら徒歩移動が推奨される身の上であるのだが、そのあたりはエルティナが上手く手を回してくれたようで。
「「「おおー……」」」
「馬車ですか。原始的な乗り物ですが、徒歩よりは効率が良さそうです」
街の入り口に、二頭立ての馬車が停めてあった。
なんと贅沢なことに、ローリエたちの貸し切りである。
「アンタのお姉さんに感謝しなくっちゃね。これは、王都までかなり楽が出来そうだわ」
「王都についたら、エルティナさんにお礼のお手紙を出さないと、ですね」
「あはは……ボクたち、これからエル姉に頭が上がらなくなっちゃいそう」
馬車は彼女たちを乗せると、王都へ向けて緩やかに走り出す。
タラスクと王都を結ぶ街道は人々の行き来も多く、また王国騎士団の定期巡回も頻繁に行われているため、危険性はほぼ皆無と言って良かった。
加えて街道沿いには宿場も点在しており、御者によればそちらもエルティナによって手配済みとのことで、野宿の必要も無さそうであった。
ここまでくると、もう至れり尽くせりである。
冒険者らしい緊張感とはまるで無縁の、旅行のようなのんびりとした快適な旅。
……そうなるはずだった。