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3 うちの姉にバグが発生している


 『厄災の村人』


 それは律の前世にあった、所謂死にゲーというやつである。

 主人公である凪は十七歳の十月一日を転機に、妹の律共々突然村人達から命を狙われるようになる。プレイヤーはそれを複数ある選択肢の中から正解を選んで一つ一つ回避しながら、村の真相や両親の死の理由を暴き無事に村の外に逃げることを目指す。


 期間は一ヶ月。その間にクリア出来なければ、最終日に問答無用で殺されてバッドエンドだ。しかしそもそも最終日まで行くことが難しい。その前に用意された無数のデッドエンドによって死にまくるからだ。


 特に一日目を越えるのが難しい。それを越えれば十月前半は少々ましにはなるが、後半にもなると殺そうとする人間が増えて来るので余計に生き残るのが困難になる。



 姉妹を殺そうとする村人達にもそれぞれ細かい動機の違いがある。

 向かいのおばさんは呪いのついでに、両親の遺産を受け継いだ二人の家から金目の物を奪いたいから。猟師は普段から熊や猪を撃っていて死に触れることが多く、他の村人の手を汚すならば自分が、という使命感から。神主は言うまでも無く、呪いを誰よりも本気で信じているから。そして村長と彼の息子は、村の平穏を守る為であり、両親から話を聞いていたかもしれない姉妹を口封じするため。最後にお隣のストーカーは、主人公が他の村人と親しくするのが許せないから。

 ……どれもあれだが、特に最後が一番ぶっ飛んでいる。一人だけジャンルが違う。




「あ……あった!」



 そしてクリア条件の一つである証拠だが、それが入っている金庫を開けるには四つのヒントを探し出さなければならない。家の中にもあったはずだと十月に入ってからひたすら家の中をひっくり返していた律は、半月経った今日ようやくクローゼットの天井にメモが貼り付いているのを見つけた。


 

「お姉ちゃん、あった! 家の中にあるヒント!」

「さっすがりっちゃん!」



 律がキッチンに居た凪に声を掛けると、途端にものすごい勢いで姉が飛んできた。テンション高く律を抱きしめた凪はぐりぐりと妹の頭をこれでもかと撫でまくる。



「お姉ちゃん苦しい! ストップ! ステイ!」

「……ごめんごめん、嬉しくてつい」



 律は若干怒り気味にその手をはね除けようとするが、あまり体の強くない律は到底姉の力に敵わず、結局姉が自発的に離れるまでしばらくその状態が続くこととなった。



「はああ……」



 律はにこにこと笑う姉を見て、複雑な心境で大きくため息を吐いた。


 目の前にいる姉は、ゲームの中の方丈凪とはまったく違っていた。名前や容姿などは同じだが、その他は何もかもが別人だ。

 何よりも先に挙げたいのはこの重度のシスコンっぷりである。律のことをりっちゃんりっちゃんと連呼しへらへら笑いながら愛でまくるこの性格は、勿論ゲームの方丈凪ではありえなかった。


 ゲーム内の方丈凪はあまり彼女自身が喋る場面は多くないが、それでもこれだけシスコンであったのなら流石に分かるはずである。律としては記憶が戻ってから一番困惑したのが姉のこの性格であった。方丈律としての過去の記憶が消えた訳ではないが、それでも以前の記憶の中にある方丈凪とかけ離れすぎて一瞬「誰だこれ」と思ってしまったのは仕方が無い。



「けど、まだヒント三つも見つけないといけないんだよね……もう十五日過ぎちゃったのに」

「大丈夫大丈夫、りっちゃんのことはお姉ちゃんが守るから。……あ、もうすぐ病院の時間だね。そろそろ出ようか」

「……うん」



 守る、と簡単に言うが、何人もの村人から常に狙われているというのに随分とお気軽な言動だ。……と、当初は律も思っていた。





「あ、神主さん。息子さんと一緒に野球でもするんですか?」



 病院までの道中、背後から襲いかかってきた金属バットをあっさりと受け止めてにっこり笑った姉に、律は今月何度目かの頭痛を覚えて頭を押さえた。


 ゲームとは大きく違うことはまだある。それはこの姉がおかしいぐらい強いということだ。

 最初のおばさんトラップを例に挙げるまでもなく、ゲームとはまったく違った方法で村人達を切り抜けている。シナリオを破壊しかねない勢いでばったばったと死亡フラグをなぎ倒しているのである。……本当に、選択肢などなかった。

 なんでそんなに強いのかと律が尋ねてみたことがあったが、事も無げに「だって強くないとりっちゃんを守れないでしょ?」と返された。シスコンがこんな所にまで影響を及ぼしてしまったのか。



「でも危ないので気を付けた方がいいですよ? もしりっちゃんに当たってたらどうするんですか!」

「そ、そうだね……は、はは」



 まさしく当てようとしていたとは流石に正面切って言えないのか、私達をバットで撲殺しようとした神主は引きつった笑みを浮かべながらそそくさと去って行った。ちなみに警察に突き出してもなあなあにされるだけなので律達も追いかけない。



「りっちゃん、手繋ごう?」

「はいはい」



 にこにこと笑う姉に手を差し出され、律は疲れたように肩を落としてその手を取った。


 姉の滅茶苦茶な所は確かに困惑しかないが、それでもこの絶望的な状況で大丈夫かもしれない、と希望を持てるのはその姉のおかげだった。







 □ □ □ □ □







「……うん、今回も問題無しだ」

「よかった、ありがとうございます! りっちゃんよかったね?」

「昔と比べると律さんも随分と体が強くなったね」



 病院で定期検診を終えると、律の主治医である御倉は目尻の皺を深くし優しい表情で頷いた。



「律さんの日常生活はどうですか?」

「はい、特に問題は……」

「それが聞いて下さいよ先生! りっちゃんったらすごいんですよ! 今日も探し物を見つけてくれましてね――」



 律が答えようとすると、それに被さるようにキラキラした目の凪が身を乗り出してぺらぺらとしゃべり始める。具体的に証拠の話をしている訳ではないので止めはしないが、先生が聞きたいのは多分そういうことじゃない。

 相変わらずのシスコントークに律が呆れかえった顔をしながら御倉を窺うと、彼はまるで孫を見るかのように微笑ましげな表情で凪を、そして律を見ていた。

 ……確証はないが、そろそろほどよく好感度が上がって来ているのではないだろうか。


 十月に入ってからというもの、凪は律の言う通りに出来るだけ御倉と親しくしている。律の検診の後に少し世間話をしたり、差し入れをしたりと好感度を上げられるようにと色々行動していた。

 ちなみに好感度というのは別に恋愛感情ではなく、友好度という方が近い。そもそも相手は初老の男であるし、このゲームに恋愛を期待すると碌なことにならない。


 ちなみに恋愛ルートがあるのは初期設定で凪が微かに恋心を抱いているとされている(現実では全くそんな感情はなさそうだったが)幸多と隣人の村井だけだ。前者は村と主人公の間で板挟みになり選択肢を選び損ねるとすぐに裏切られる。そして後者は言うまでもなくヤンデレストーカーである。どちらにしても律が生き残ることができないので却下だ。特に幸多は凪を助ける代わりに律を生け贄に差し出すので本人としては本当に許しがたい。



「先生、お忙しい中ありがとうございました」

「ああ。それじゃあ律さん、お大事に」



 段々姉の律自慢がヒートアップしかけて来たのを察知して話を中断させ、律は凪を引っ張るようにして病院を後にした。これ以上話し続けると確実に引かれて好感度がマイナスになる。ちなみに当の本人は律が服を引っ張るのを「構って欲しかったの?」と嬉しそうにしているだけで全く何も考えてはいない。


 今度は道中も無事に家に帰ると「そうだ」と凪は思い出したように先ほど律が見つけ出したヒントの紙を手にした。そこには“10”という数字が書かれている。



「さっきのヒント、早速試してみようか」

「え? でもあと三つ見つけてないけど」

「一つは分かったんだし、後は適当に回してみるよ。案外上手く行くかもしれないし!」

「……そんな運良く行くわけないでしょ」



 ぱたぱたと軽快な足音を立てて地下室に行く姉を呆れかえった顔をした律がのろのろと追いかける。

 地下室に隠されていた金庫は早い内に見つけていた。だが金庫を開けるにはダイヤルを四つの数字に合わせなければならず、今まで全く手つかずだったのだ。 


 ガチャガチャと金庫のダイヤルを回している姉の背中を、律は傍にあった椅子を引き寄せて腰を下ろしながら眺める。



「……おかしい」



 ぽつりと呟いた声は、金庫に夢中の姉には届かなかった。

 現在はもう十月半ばで、そして御倉の好感度もそこそこ上がっている。……だというのに、一向に二人の前に姿を現さない人物がいる。

 隣人でプログラマーの村井――最も注意するべき、ヤンデレストーカーである。


 あの男は隣人だ。田舎だから隣と言っても多少は距離があるが、まったく出会わないというのは不自然だと律は首を傾げた。そもそもゲーム中ではあれだけ頻繁に色んなルートに出没しては、多くのプレイヤーに「またお前か」と言わしめた男である。会わない方が絶対におかしい。


 何かゲームと違う所があるのか。いや姉が違い過ぎる所為でその影響を受けたのか。……例えば凪のシスコンが過ぎてどん引きした所為で好きにならなかった可能性は。


 そこまで考えて律は小さく首を横に振った。それは違う。彼女の記憶では、十月以前は割と頻繁に村井は姉に会いに来ていたのだ。凪がマシンガントークをするのをにこにこしながら聞き続けていた彼の態度は、姉自身は気付いていなかったようだが好意を漂わせていたように律には見えた。



「……」



 律は考え込みながら不意に顔を上げて再度姉の背中を見つめた。

 そもそも、どうして姉はこんなにも“方丈凪”からかけ離れた人物なのだろうか、と。


 律に行き過ぎるほど好意的で、かつゲームよりも簡単に死ななそうと安心していたので今までスルーしていたが、よくよく考えなくてもそこに強い疑問を抱くのは当然だ。


 死亡フラグを力でねじ伏せ、いっそわざとらしいとすら思えるくらいのシスコンで、前世やらゲームやら荒唐無稽な律の話をあっさりと信じた凪。強すぎるのは律を守る為だと言ってはいたが、あんな常識外れな強さが必要な状況など普通はない。精々熊に襲われた時や、今のような状況に陥ると知っていなければ――。



「!」

「あ、開いた!」



 律の脳が結論を叩き出したのと同時に、嬉しそうな凪の声が聞こえてきた。がちゃりと音を立てて、凪が奮闘していた金庫がゆっくりと開かれる。



「お、おね」

「いくつか試してみたら開いちゃった。運が良かったよ」



 へらっと笑いながら振り返った姉に、どくん、と律は自分の心臓が大きく脈打つのを感じた。


 金庫の中には分厚い紙の束と一つのボイスレコーダー、そしてフロッピーディスクが入っていた。開かれた金庫に嬉しそうな顔をした凪を見た律は、悪い想像が頭の中に駆け巡る。

 もしかして、姉は。



「よかった、これで証拠が――」

「……お姉ちゃん、正直に答えて」

「ん? どうしたの?」

「お姉ちゃん……本当は、私と同じように前世の記憶があるんじゃないの。このゲームを、知ってるんじゃないの」



 律が僅かに震える声で尋ねる。その言葉に凪は一瞬驚いたように目を見開いたが、ややあって小さく笑って首を横に振った。



「りっちゃんとお揃いじゃないのは残念だけど、前世の記憶はないよ?」

「……嘘」

「りっちゃん?」

「嘘でしょ、お姉ちゃんもこのゲームのこと知ってるんでしょ!? だってそうじゃなくちゃおかしいもん! 方丈凪はお姉ちゃんとは全然違う! そんなに強くもないし、そんな偶然で金庫なんて開けられる訳がない! 全部、私が思い出す前から全部知ってたんでしょ!」



 姉は全て最初から分かっていた。そう考えれば全ての辻褄が合うのだ。性格が違うことも、昔から体を鍛えていたことも、あまりにもあっさりと律の話を受け入れたことも、全てが。


 今凪がそれを肯定するのなら、律も納得するつもりだった。けれど誤魔化すのなら……律の嫌な予感が的中している可能性は高かった。



「りっちゃん」

「私に言わなかったのは疚しいことがあるから? 例えば……私を犠牲にして終わらせようとしてるとか!」

「何言って、そんな訳」

「じゃあどうして何も言わなかったの!? 言えない理由があったんでしょ! このゲームは最初から私を捨ててストーカーに頼れば楽にクリア出来る! そうじゃなくても、この家の遺産を独り占めしたいって思ったんじゃないの! 体も弱くて迷惑ばっかり掛ける厄介者をこの機に排除しようと思ったに決まってる!」

「律! 話を聞きなさい!」

「ほら、化けの皮が剥がれた。私を甘やかしてたのだって、油断させる演技だったんだ!」



 誤算だったのは、律が同じように記憶を思い出してしまったことだろう。そして、ゲームとは違う凪に疑問を抱いてしまったことだ。



「律!」

「触らないで!」



 自分に向かって伸ばされた手を振り払って、律は地下室から飛び出して走り出した。彼女にとって、自分を陥れようと思っている姉も村人も大差はない。外に出て、もう薄暗くなっている村の中を逃げるように走る。


 頭の中はぐちゃぐちゃだ。自分が言ったことが正しいのは本当の所は分からない。だが、一度疑いを持ってしまえばもう誰も信用できなかった。迂闊に信じて騙されれば……殺される。



「はあっ……はあ」



 元々体力の無い律の足はあっという間に止まってしまった。苦しくて苦しくて、胸を押さえて体を縮めるようにして深呼吸を繰り返す。


 その瞬間、ぱっと白い光が律を照らした。



「――あ」



 彼女が顔を上げた時には、もうどうすることもできなかった。

 ヘッドライトを光らせた車が猛スピードで律に向かってくる。避けられない。逃げられない。


 殺される。









「――律っ!!」



 車に轢かれるほんの一瞬前、律の体はすぐ傍の雑木林に突き飛ばされた。そして刹那、ドン、と何かがぶつかるような大きな音が村の中に響いた。


 そして、彼女の傍に何かが転がって来る。



「……あっ、あああ……」



 何が起こったのか、律は嫌でも直視せざるを得なかった。エンジン音を立てて走り去っていく車の音を聞きながら、律はがたがたと大きく震える手で、傍に落ちたそれを――姉に恐る恐る触れた。



「お姉ちゃん……お姉ちゃん!!」

「……り、っちゃ」



 血が草や土をどす黒い色に染めていく。律の手も服も溢れる温かい血に汚れ、しかし彼女はそんなことに構わずに凪の手を握った。



「なんで、なんで庇って」

「……あたり、まえ、でしょ……りっちゃん、は、わたしの……たい、せつな」



 途切れ途切れに言葉を振り絞った凪は、もう殆ど動かない手で妹の手を必死に握り返した。



「ふあん、にさせて……ごめん、ね?」

「お姉ちゃん……やだ、死んじゃ……! 私が、私が悪かったの! お姉ちゃんを疑って、私が全部」

「だい、じょうぶ」



 物心ついた時から、ずっと律を守ってくれた凪を疑った。何度も命を狙われて精神的に不安定になっていたなんて、言い訳にならない。

 その結果が、姉を殺すことになった。


 ぼろぼろと涙を流す律に、今にも目を閉じてしまいそうな凪は安心させるように微かに笑ってみせた。



「またしっぱい、しちゃった、けど……こんど、こそ……がんばる、から」

「……お姉ちゃん、何言って」

「つぎは、ぜったい、に」




 そのまま、凪はゆっくりと目を伏せた。


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