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2 フラグは折り曲げるもの


「あと一ヶ月かー、まあ終わりが見えてるだけ気が楽だよね」

「お姉ちゃんホントにポジティブだよね……」



 あの後いつものように準備をして学校へ向かう道すがら、ひたすら辺りを警戒してきょろきょろしている律とは裏腹に、凪は相変わらず呑気なことを言いながら隣を歩く妹を見て「今日も可愛い」と連呼しながらへらへら頬を緩ませていた。これから一ヶ月間も命を狙われる生活が始まったというのに緊張感の欠片もない。



「ところで、なんで一ヶ月間なんだろうね」

「十月は神無月だから、だったかな」

「ん?」

「呪いを信じてる人達は信仰心が強いし、自分たちの行いを神様に見られたくないんじゃない?」



 「あとメタ的な考えだとゲームの都合上一定期間にしたかったとか」と律は十一歳ながらやけに大人びた表情でそう言った。



「学校では私も一緒にいられないけど、大丈夫?」

「うん。流石にこんなに人が多い所で狙っては来ないよ。呪いとか全然知らない子供達とだっていっぱいいるし、そもそも積極的に狙って来る人は村の中でも限られてる」



 凪と律が通う学校は、村にある小中高が一緒になった学校だ。だが校舎は同じだが勿論クラスは違う。「りっちゃんと離れるのが寂しいよー」と毎日律の教室の前でしばらく粘っている凪の姿はもはやこの学校の名物とも言える。慣れすぎて誰も反応すらしない。



「行動や選択肢を間違えると立ち絵もない村人に殺されることもあるけど、基本的に狙って来るのは――っ!?」



 律が説明しようとした瞬間、突然彼女の視界が大きくぶれた。

 いきなり凪に体を持ち上げられたかと思うと、すぐさま道の端に飛び込むように動く。と、途端に真横をものすごい勢いで車が通過した。髪がぶわっと風に煽られ、あっという間に律達を轢こうとした車は走り去って行った。



「……」

「りっちゃんそれで?」



 律が心底驚いてばくばくと心臓の音を大きくするが、同じく車に轢かれそうになった凪は妹を地面に下ろすと何事もなかったかのようににこにことそのまま話の続きを促して来る。律は一瞬車よりも姉の方が恐ろしいものに思えて来てしまった。朝も思ったが、そんな死亡フラグの折り方はゲームに存在しない。……現実なのだから当たり前なのだが、選択肢などなかった。



「……積極的に殺そうとしてくるのは、今狙ってきた村長と」

「あ、あれ村長さんだったんだ」

「それから向かいのおばさん」

「さっき会ったね」

「猟師の宮間さん」

「あのおじいちゃんね」

「神社の神主さん」

「あー、呪いとか信じてそうだよね」

「後さっき言ったけどゲームが進むと隣のあの人が来る。あ、それともう一人……」


「おはよう。凪、律ちゃん」



 その時背後から掛けられた声に、律はびくっと大きく肩を揺らし、即座に姉の腕にしがみつくようにして俯いた。



幸多こうた、おはよー」

「……おはよう」



 彼女達の後ろからやって来て軽く片手を上げたのは凪の一つ上の高校三年生、そして村長の息子である幸多だった。昔から子供達のまとめ役で兄貴分だった彼は二人暮らしの方丈姉妹のことを気に掛けており、困ったことがあれば頼ってくれ、とよく口にしている。



「ん? 律ちゃんは今日あんまり具合良くないのか?」

「……」

「そんなことないけど、お姉ちゃんに甘えたいのかも?」



 ねーりっちゃん、と腕にしがみついている妹に凪が顔を緩ませていると「本当に凪は相変わらずだな」と幸多は若干呆れたような表情を浮かべた。



「幸多、先に行ってよ。私はりっちゃんとのんびり行くから」

「……はは、分かったよ。それじゃあ後で」



 一向に動かない律を見て凪が幸多に促すと、彼は一瞬二人を窺うようにしてから先に歩いて行った。彼の背中が小さくなっていくと、恐る恐るといった様子で俯いていた律がようやく顔を上げる。



「……お姉ちゃん、一つ聞きたいんだけど」

「何?」

「幸多君のこと、好き?」

「幸多? りっちゃんの方が好きかな!」

「そういうことじゃなくて! ……その、彼氏にしたいとか」

「えー? 無いよそんなの」



 全く照れた様子もなくさらりとそう言って首を振った姉に、律は僅かにほっと息を吐いて凪の腕から離れた。



「別にくっついててもいいのにー」

「そんなことよりお姉ちゃん!」

「そんなことって……」

「私達を狙ってくる人……最後の一人があいつ、幸多君なんだ」

「……そっかー」

「最初は様子見だけだけど、後半に入ると村長に言われて殺しに来る。だから絶対に油断しないで!」

「油断なんてしないよ。とにかく私は、りっちゃんを守るだけ!」



 だからそんなに不安そうな顔しないの、と凪は律の頭を撫で回した。



「どんな人でもお姉ちゃんが全力でぶっ飛ばしてあげるからね!!」

「……その、殺さない程度にね?」



 どんと胸を叩いた姉の頼もしすぎる言葉に逆に犯人を殺してしまいかねないと、今朝包丁を叩き折ったのを見ていた律は僅かに冷や汗を掻いた。







 □ □ □ □ □







 一日目の学校は無事に終わりを告げた。



「まず、金庫を開けるためのヒントを探さないと」



 そして放課後、凪は律と共に村の外れの山に近い雑木林に居た。



「授業中に考えてたんだけど、ヒントは四つで、確か此処に一つあったはずなんだよね」

「分かった、じゃあ早速探そっか!」

「……うん」



 張り切る凪に律が言葉を濁す。そう確かにゲームではこの場所にヒントの紙が隠されていたはずである。……だが、ゲームとは現実は違う。

 律は少し遠い目になりながら雑木林をぐるりと見回した。ゲームでは選択肢が出て『右を探す』『左を探す』『もう少し先に進んでみる』などをいくつか選んで正解を見つければヒントが見つかる。


 しかし現実では勿論そんな選択肢など出るはずもない。つまり何の手がかりも無しにこの広くて草や木が生い茂っている中を探索しなければならないのだ。



「りっちゃん、危ないから手繋ごう?」

「……うん」



 にっこりと笑いながら凪が差し伸べる手を律は渋々、という表情を浮かべながら握った。

 いつ狙われるかなんて多すぎて一々覚えていない。だからこそ律は凪から離れるべきではない。一人になった瞬間、律は凪とは違いあっという間に殺されてしまうだろう。



 ――と、律がそんなことを思った矢先だった。



「え」



 繋いでいた律の手がものすごい力で引き寄せられる。そして彼女を引き寄せた凪は律に覆い被さるようにして地面に伏せた。

 直後ドン、と大きな銃声が二人の鼓膜を叩くと同時に、二人のすぐ傍の木に穴が空いた。



「お、おねえ」

「りっちゃん、ちょっと大人しくしててね」



 殺されそうになったと理解した瞬間震えが止まらなくなった律を安心させるように、凪は酷く優しい笑顔を見せた。

 そして凪はその表情のまま、片腕で律を抱え上げたかと思うとそのまま凄まじい勢いで走り出した。


 再び鳴る銃声。しかし凪はそれを全く意に介すことなく左右にジグザグと走るようにしてどんどんスピードを上げた。



 バキッ。



「――こんなところで奇遇ですねえ、宮間さん」



 律の視界がやっと追いついたその時、凪は片手に律を、そしてもう片手は……猟銃を掴んで銃口を無理矢理上へと曲げてしまっていた。


 ぽかん、と律は勿論猟銃の持ち主……二人を狙っていた猟師、宮間も口を開けたまま固まっていた。



「すみません、驚いて銃を壊してしまいましたねー」

「ひ……ば、ばけも」

「でも私達に当たる所だったんですから仕方が無いですよね。もしうちの可愛い可愛い妹が怪我なんてさせられたら……ね? この銃みたいにしちゃうかもしれませんから。誰をとは言いませんけど」



 にっこり、と凪が宮間に笑いかけたその瞬間、彼は悲鳴を上げながら村の方へと逃げていった。その恐怖が貼り付いた顔を見送った律は、今命が狙われたばかりだと言うのにほんの少しだけ同情すらしてしまいそうになった。




「じゃありっちゃん、ヒント探すの再開しようか」

「……お姉ちゃん、こわい」

「ええー? そんなことないよ、りっちゃんを曲げたりなんてしないから」



 ぶるりと体を震わせた律は地面に下ろされると、先ほど離れるべきではないと思っていたのについつい逃げるように凪から距離を取ってしまった。



「死亡フラグってなんだったっけ……」



 少なくとも、こんな物理で折るようなものではなかったはずである。







 □ □ □ □ □







「りっちゃん、そろそろ帰るよー」

「……結局、見つからなかった」



 大分暗くなって来たこともあり凪がそう言うと、律はがっくりと肩を落とした。

 やはりゲームとは違いそう簡単に見つかるものじゃない。無駄足だったと思うと今まで頑張っていた反動が来たのか急に頭痛が襲ってきて呼吸がしにくくなった。



「……っ」

「りっちゃん苦しい? おぶっていこうか?」

「……お願い」



 いきなり記憶が戻って忘れていたが、方丈律はあまり体が強くないのだ。昔よりは少しましになって来たものの、こうして無理をするとすぐに体に跳ね返ってくる。

 よろよろと姉の背中に乗ると、しっかりとした足取りで凪が歩き出した。

 今世の律に母親の記憶はなく、おんぶはいつも姉がしてくれていた。前からずっと頼もしい背中だと思っていたが、今日一日で本当に頼もしいどころではなかったと実感せざるを得なかった。



「りっちゃん、夕ご飯何が食べたい?」

「……何でもいいー」

「そう? じゃあ……」



 その時、がさっと二人の目の前にあった草木が音を立てた。

 律がびくりと体を揺らしていると、草陰からぬっと大きな黒い影が出てくる。



「があああっ」

「く、くく、熊ぁ!?」



 凪達の前に姿を見せたのは正真正銘、本物の野生の熊だった。

 よく死んだふりをすればいいだとかそれは逆効果で目を逸らしては行けない等色々言われるものの、結局出会ってしまった時に確実に助かる方法など律は知らない。

 村人よりも余程本能的に恐ろしいと感じるそれに、律は言葉を失って姉の背中でがたがたと体を震わせた。



「……ねえりっちゃん」



 しかし、そんな律の恐怖など全く知ったことかと言わんばかりに凪は熊を見ながら呑気に律に話し掛けた。


 そして、熊に向かって一歩踏み出す。



「お姉ちゃんに良い考えがあるんだけど」



 もう一歩凪が踏み出す。と、同時に今まで威嚇するように声を上げていた熊がじり、と後ずさった。



「それじゃあ今日の夕飯」



 もう一歩。そして更に熊が下がる。



「熊鍋に、しようか」



 背中から微かに見える姉の横顔が笑ったのが見えた瞬間、熊は先ほどの宮間のようにあっという間に背を向けて逃げていった。



「……」



 動物の本能だろうか、どちらが捕食者か理解してしまったのだろう。



「あ、逃げちゃったね。追いかけて捕まえて来」

「来なくていいから」



 我に返った律は、先ほどとは全く違う意味で頭痛を覚え、凪の背中で大きくため息を吐いた。



「……お姉ちゃん、ホントにおかしい」



 ゲームの方丈凪としてとかいうレベルではなく、人間として確実におかしい。



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