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海の見える坂道  作者: 風音沙矢
3/3

海の見える坂道 03

以前、当越しました2部までの続きです。

実は、以前投稿した時に、続けては投稿しなかったものです。

読んでいただければ、幸いです。




「和ちゃん、大丈夫?」

 第一声が、母の私を心配する言葉だった。

 母の言葉に、思わずポロポロと涙がこぼれた。


 マナが、行っちゃった。

 アメリカへ行っちゃった。

 大丈夫だと思っていた。

 18歳で、将来のことを考えていた娘が誇らしく思っていたはずだった。


 半年前、聡のところへ行って泊まってくると思っていたのに、夕方にはマンションに戻っていて、私の帰りを待っていた。神妙な顔つきで、

「お母さん、話したいことがあるんだけど、今、良いかな」

「何、なんか怖いなあ」

「今日、お父さんにも話してきたんだけど、私、アメリカの大学に行きたい」

「!」

「学校で進路の話を聞いていると、何がやりたいかではなくて、どこの大学って話ばかり。私、将来何をやりたいのか、まだぜんぜんわからなくって、専攻も決められないから、受験できないってもやもやしていたら、副担の島崎先生が、アメリカだと専攻を決めるのは3年からなんだよなって話してくれたの。それで調べてみたら、入学した大学から、他の大学への転入も結構できるみたいで、何をやりたいか判らない自分にはあっているんじゃないかと思ったの。」

そこまで一気に話して、私の顔を見てる。アメリカの大学に行きたいなんて、最初はびっくりしたけど、すごいなあ。と感心した。すっかり大人になって、自分の考えをきちんと伝えられるようになっている。

「マナ、すごいよ。私が18の時には、そんなこと考えられなかったな。応援する。聡もそう言っていたんでしょ。」

「うん。父さんも喜んでくれていたと思う。まあ、喜怒哀楽、はっきりしない人だけどね」

くすくす笑って、マナが言う。つられて私も笑った。マナが、ふーっと息を吐いて話し出した。

「私ね。父さんに聞きたいこともあって行ってきたの。」

「父さんに、うちの家族、こんなにばらばらになってしまっても良いのかなって。」

「聡、なんて言ってた。」

「距離じゃないよ。家族一人一人を思いやれているかどうかだと思うよって」

「そう、そんなこと言ってた。」

「うん。」


 聡とあの街へ引っ越したのは、もう10年前になる。私は、友人と会社を立ち上げ、子育てしながら仕事をしていたあの頃、楽しくもあったが、体力的なことよりも精神的に疲労がたまっていた時期だった。父のお見舞いに行って、あの街に流れている時間がゆったりとしているのを感じていたから、聡があの街に帰りたいと言ったとき一も二もなく賛成していた。それでも、仕事は続けていて、残業で、豊洲のマンションに泊まることが多くなり、結局、マナと雄介を連れて、豊洲に戻ってきてしまった。自分のわがままで戻ってきて、聡の面倒を母に任せっきりで、申し訳ないと思いながらも、ここまで来てしまっていたから、聡がそんな風に思っていてくれたことにほっとしている自分がいた。


 目の前にいるマナを見ていて、改めて思った。小学校2年で、まだ幼なかったマナに、4歳下の弟の面倒まで見て貰って、私はずいぶん、甘えていた。もう、マナを開放してやらなければ。娘の成長を誇らしく思う自分の気持ちとはうらはらに、やはり、寂しさは否めなかった。

それでも、留学のための準備を始めたが、仕事の合間にこなさなければならないこととしてはボリュームもあり、ここまでは、寂しさを心の片隅に押しやっていたのだと思う。

留学する前に見ておいたほうが良いと、親子3人で久々の家族旅行のようにアメリカ西海岸を歩いた。楽しかった。

「雄介も一緒に来れたらよかったのにね。」

「そうね。ほんと、残念」

そんな、楽しいことがあったのも、今は、恨めしい。聡の友人がロスに住んでいたので、かなり詳しい情報も得られ、マナも納得する大学を選ぶことができた。帰国すると、ばたばたと、事務的な手続きに追われ、その後は、大学の寮に入ると言うことで、その準備をしているうちに、

「じゃあ、行ってきまーす」

と、飛び立っていった。


「マナロス」

 そう、私は、今、マナロスに陥っている。

「雄介!」

「だめだよ。俺は、姉ちゃんじゃないからね。」

男の子なんか生むもんじゃない。何の役にも立たない。

「あー、マナ!」


 でも、そうでもなかったらしい。母に電話をしてくれていた。

「おばあちゃん。かあさんSOS」

って。

「和ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫じゃありません。」

わんわんと声を出して泣いていた。もう、ぼろぼろ。

母は、私の愚痴をうんうんと黙って聞いてくれた。

「今度の休み、雄介もつれてこっちへおいで。」

「和ちゃんの好きな物、作って待っているから。」


 週末、都心から少し離れたこの海辺の街の駅にやってきた。バブル全盛期に、住宅地はどんどん、都心を離れ開発されていた時に、父が選んだマイホームの地だ。私も一時期住んでいた10年前当時とほとんど変わりない街の風景に、ほっと、息を吐いた。

「いいなあー。カモメが鳴いてる。」

「トンビも飛んでる」

雄介も、子供のようにはしゃいでいる。

「まだ、暑いけど、夕暮れには、海風が吹いてきて、気持ちいいのよね」

「俺、この街が好きだ。て、言うか、この坂道が好きなんだよ。」

「そうなの?」

「豊洲に帰ってからも、時々こっちへ来る時、電車で来たから、この坂道を歩いておばあちゃんちに行ってるからね。」

「ほら、まっすぐに伸びた先には海が見えるだろ。坂道を下りて海に近づくと、海は見えなくなってしまうから、この丘の上から、眺めるのが一番景色が良いんだよ」

そう言うと、うれしそうに伸びをして坂道を下りて行った。


 もしかしたら、雄介にはこの街のほうが良かったのかもしれないと、後姿を見ていた。


「おかえり」

 母が、めずらしく「お帰り」といった。でも、それが自然で、思わず

「ただいま」と、言っている雄介。

そうだね。雄介、君は、この街のほうが良いのかもしれない。

ダイニングのテーブルには、母の心づくしの料理がたくさん並んでいた。

「うわー、すごーい。俺、腹減った。もう、食べても良い?」

「父さんが、まだ席についていないんだから、もう少し待ちなさいよ」

「和ちゃん。先に始めましょ。聡、もう少しかかると思うわよ」

「やったー。いただきます」

肉じゃがもきんぴらも、キスやアナゴのてんぷらも、お刺身も、あっという間に平らげて、苦しくて動けないとソファーに横になった雄介と入れ替えに、聡がダイニングに入って来た。


「マナロスだって」

 そう言いながら、冷蔵庫からビールをもって座った。

「そうそう、ごめんね。雄介があんまり豪快に食べるもんだから、肝心の話聞くの忘れちゃった。」

「うん。でも、なんか、もう大丈夫。」

「駅へ着いて、あそこの坂道から遠くの海を見たりしているうちに、どうでもいいかなって思えてきて、この家の前まで来たら、すごくいい匂いがしてきて、雄介じゃないけど、早く食べたーい!って、」

「お母さんの力、改めて、すごいって思いました。」

「マナには、この10年、ずいぶん助けられていて、留学したいと言われたとき誇らしいって思えたのに、実際に行ってしまうと、ぽかんと穴が開いてしまって、寂しくて仕方なかったの」

「雄介は、ちっとも相手してくれなくて、何よって思っていたら、ちゃんと聡やお母さんに相談してくれていた」

「それが判ると、以前、聡が言っていたとマナから聞いた、距離じゃないよ。家族一人一人を思いやれているかどうかだと思うよって話思いだして、雄介ももう、家族を思いやれるようになっていたんだなとうれしかった。」

「そして、お母さんから電話をもらって、私には、雄介もいて、お母さんもいて、聡もいると思ったら、何か、心がおれたら、ここへきて甘えれば良いんだと、なんかほっとしました。」

「そして、あの坂道から見えるこの街は、何も変わらずにいてくれて、安心しました。」

「私の故郷なんですよね。」

「そうよ。和ちゃんは私の娘よ。貴女が東京で頑張っていることをうれしく思って来たんだから。わがままな聡の願いも聞いてくれて、本当に子育てと仕事、大変だったわね。」


 黙って聞いていた聡が、突然、

「明日は、3人で釣りでも行くか!」

母が、呆れたとばかりに言った。

「聡、他に言うことないの?」

「えっ、だって、せっかくこっちに来たんだから釣りも良いかなって思ってさ」

「聡は、どこまでも、マイペースな人ね」

私の言葉に、突然、聡がくすくす笑い出した。

「そう言えば、マナがこっちに来ると電話してきたときも、他に言うことないのって叱られた。」

それを聞いて、母も私も雄介も、爆笑した。

「そんなに笑わなくても良いだろ。勘弁してくれよ」


「とにかく、明日は釣りに行こう。」






ありがとうございました。


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