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8.イブキのメモワール➇



 8.イブキのメモワール➇




 イブキが帰ってくることがないまま、授業は終わり、昼休みになった。

 授業を受けていろ。それはイブキに言われたことだ。だが、イブキは本当に存在していたのだろうか。もしかしたら、イブキという存在もいなければ、メモリアンという異星人も存在せず、記憶を書き換えられたというのも嘘で、ようやくその幻から覚めたのではないだろうか。

 だがそれは、エイラという人間を認めるということになる。イブキが銀髪に見えるのは、練の記憶が改竄されている所為だという。エイラという人間も、アベマリアだかなんだかの所為で存在しているように見えるだけかもしれない。

 練は席と立つと、イブキを探しに行こうとした。

 しかし、それを止めるものがあった。

「レンくーん。ねえ、お弁当作ったんだよお? 食べよ?」

 腕を絡ませてくるのは、金髪の少女エイラ。

 練は一瞬だけ嫌な予感を感じ取った。その腕を掴まれた時の感触が、メモリアンの怪物たちに似た、どろどろとしたものに似ていたからだ。

 そうだとも。何故エイラは周りの人間に馴染んでいるのだろうか。

 まるで、記憶が書き換えられてしまったかのように。

 そんなことができるのは、練の知る限り、一人しかいなかった。

 名前は、アブ……違う、アベ……いや、これでもない。なんだっただろうか――

「ねえ、どうしたの?」

 ツインテールの片方がふわりと揺れた。少女の顔を見ただけでは、そこに悪意があるとは思えない。しかし、このどろどろとした感覚は、確かに練の記憶の中に忘れられない記憶として残っていた。

 彼女の申し出を受けるべきか。受けないか。

 もし、イブキならば受けるなと言うだろう。しかし、エイラから情報を引き出すことができればイブキの力になれるかもしれない。何でもいい。この怪物の親玉を倒すことに繋がる何かを聞き出すことができれば。

 死ぬのは怖い。自分の命を掛けた戦いになるかもしれない。それでも、イブキの助けになれるなら、それでもいい。練は一瞬の間に、決意を固めた。

「……ああ。行こうか。どこにする?」

「校庭に行こう? できれば、人のあんまり居ない所がいいなあ……」

「それはいいな。悪い、二郎。今日は二人で飯にする」

「そ、そうか……お前、いつの間にそこまで急接近したんだよ……」

「あら? 別に不思議じゃないでしょ。昨日だって一緒に帰っていたみたいだし」

「あっ、ということはお前! 図書室に行くとかいいながら、やっぱり放課後……くそう! うらやましいなあ!」

 二郎とエミリの会話の端々にも、記憶が改竄されているような後がある。やっぱり変だ。こんなことが出来るのは、アメフラシ……マミムメモ……クラミジア……。

「ほら、早くしないと授業終わっちゃうよ」

 ぐいぐいと練の腕を引っ張るエイラ。二郎とエミリから他にもエミリのことを知っているのかを聞ければよかったが、これ以上はエイラに不審がられてしまいそうだ。

とりあえずエイラの言う通りに従い、練とエイラは校庭の、人の少なそうな場所にあるベンチに座ることにした。冬ということもあり、外には生徒がほとんどいない。

 エイラはそこにちょこんと座る。練もその隣に座った。

「それで、エイラ。お前は何者なんだ?」

 ちょっと直球すぎただろうか。エイラはきょとんとした顔で練を見つめた。

「えっ、私のこと、知らないの?」

「ああ。昨日まで、イブキという女子生徒が居たはずだ。それなのに、今日は居ない。居ないことになっているんだよ。お前は、何か知っているんじゃないか?」

 ここに誰もいなくてよかった。もし、こんなことを人前で言っていたら、どう考えても変人扱いされてしまう。でも、このエイラは別だ。絶対におかしいと言える。二郎やエミリ、その他の人が知っていても、練だけはそれを否定できる。

 エイラは困ったという表情を浮かべながら、言葉を選んでいるようだった。

「イブキなんて子、私知らないよ。どうしちゃったの? レン君?」

「本当に、本当に知らないんだな?」

 だとしたら、エイラも被害者なのだろうか。知らないうちに知らない場所に、知識だけ与えられてやってきたのかもしれない。どちらにせよ、イブキに報告する必要がありそうだ。練がそう考えている所を、エイラは不思議そうに覗き見ていた。

「私はずっとここにいるよ? ねえねえ、それより、一体イブキって誰なの? もしかして、レン君の彼女? 違うよね? ねえ、他のクラスにいるの? ねえ、何年生? 何組、なんていう苗字なの?」

「俺達と同じクラスの貝住イブキだ。本当に覚えていないのか?」

「うん、知らないよ。うちのクラスにはいないはずだよ。ねえ、そんなことよりご飯たべよう?」

 エイラが例の怪物の正体だと思っていたが、手がかりは得られそうにない。だとすれば、のんきに弁当を食べている場合ではない。早くイブキと合流しなければ。被害者だとしたら、きっと本来の場所から離れて、混乱しているはずだ……ただ、本人がそんな風にまったく見えないのが余計に不気味だった。これが記憶を変えられる、ということなんだろうか。レンは一人でメモリアンの行動に考えを巡らせた。

 ――やっぱり、このままじゃまずい。イブキに伝えよう。

 練はどうやってエイラを断らせるかを考え、一ついい案が思いついた。

 今日見た夢。誰なのかは分からないが迷子の少女と会話をした夢。もしエイラが本当に練の幼なじみだというなら、その存在を知っているかもしれない。もし知っていれば、夢の正体が明らかになるし、もし知らなければ、それを口実にして強引に抜けてしまえばいい。知る知らないを語る反応でも、エイラが何者なのか明らかになるかもしれない。気をつけるべきは、相手のペースに乗せられないようにすることだった。

「そういえば、エイラって俺の幼なじみなんだよな?」

「えっ? そ、そうだよ」

「俺の地元の夏祭りでさ、迷子になっていた女の子って知らないか?」

「それって私のことだよ! あの時からずっと一緒なんだもん」

「そうか? あの時さ、迷子になっていたエイラと何したっけ? 一緒に焼き鳥食べたのは覚えているんだけどさ。あの後何やったか覚えていないんだ」

 一緒に食べたのは焼き鳥ではなくフランクフルトだった。これに反応すればエイラは迷子の女の子ではない。この後の記憶のことを出されると練が思い出せない分、正確な記憶か確かめる術はないが、記憶の続きを知ることができる。まったく知らなければ、たんなる練の夢であるということも

「美味しかったよね! 焼き鳥! あの後、私たちは射的をやったじゃない! わたし、こう見えても狙うの得意だったんだよ!」

 この答えで練は確信した。

「悪い、イブキに会う約束していたのを忘れていた」

 練はベンチから立ち上がった。

 もしフランクフルトを修正しその後を語ればエイラは迷子の少女だ。しかし、フランクフルトを修正せずに後のことを語る場合は偽物だ。後のことを練が覚えていないため、射的をやったことが正解だったとしても、フランクフルトと修正せず、焼き鳥を食べたと言った時点で、エイラは迷子の女の子ではない。そして、平気で嘘をつける人間だということが明らかになる。

 平然と他人の出来事を自分のことのように言うその大胆さには狂気すら感じる。メモリアンにとって、記憶なんて簡単に改変できるということを如実に表しているといえるのではないか。練はこの推理に確信があった。

「えっ、だ、駄目だよ! せっかく作ってきたのに!」

「本当に悪い。また明日頼む!」

 強引に振り切ろうとする。だが必死にすがりつくエイラ。

「ねえごめん! さっきのは冗談だよ? 本当はよく知らないの。でもさ、それがイブキって子と関係あるの? ねえ、どうして! ご飯、ご飯作ったのに!」

 練はエイラに背中を向けて走りだそうとしたが、それを制するようにエイラが練の腕を握った。ぞっとするような寒気が、エイラの肌を伝わって背筋へと伝わった。

「待ってよ、浜国練。もう少し私の話を聞いてくれてもいいんじゃない?」







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