6.イブキのメモワール➅
6.イブキのメモワール➅
屋上に佇むイブキの元に、一羽の鳥がやってきた。
茶色と白の混じった羽に、ずんぐりとした体、長い耳のように見える羽毛。本来都会には住んでいないミミズクだった。
『イブキよ。あれが印を施された男だな?』
ミミズクはイブキの隣にやってくると、まるで当たり前のようにイブキに話しかけた。
「ええ。でも、アムネジアが本当にこんな所までやってきたのかしら?」
実際にミミズクが喋っているわけではなく、メモリアンだけが持つ特殊な共鳴での会話だった。
『奴の行動パターンは決まっていない。どこに現れても不思議ではない。しかし皮肉なことだな。奴がこのタイミングでやってくることになろうとはな』
イブキは黙った。昔の思い出がイブキの言葉を遮った。
『お前にとっていい記憶ではないだろう。しかし、今回も記憶省のメンバーが動くことはない。奴らもまた恐れているのだ。お前と同じように。さて、どうするイブキよ。奴と戦うというのなら、一人でやることになるだろう。逃げるなら、今のうちだぞ』
「シロノ。私は逃げたりはしない。この町でなら、なおさら」
ミミズクは丸い目でイブキを見上げた。
『そういうと思っていた。記憶省の連中は放っておいてもよかろう。だが、問題は一人では決して勝てないという事だ。私も手伝おう』
「シロノが? しかし、記憶省はどうするの? あなたが抜けたら――」
『人間が心配することではない。これは我々の問題でもある。共存派は自分の地位が確立され、力と集団を得たことで完全に安心しきっている。その半面、侵略の脅威に敏感になっている。奴らはもう昔とは違う。現場の殺伐とした空気を忘れてしまった。遅かれ早かれ、侵略派のメモリアンが共存派を打ち負かす時が来るだろう。そして、その先頭にいるのは、アムネジアを始めとする《八皇族》だ。奴らを倒すための足かせになるなら、記憶省など自分から辞めてやるさ』
「そう言ってもらえるのは力強いわ。でも、肝心のアムネジアはまだどこにいるのか分からない。この学校が、怪しい気がするけど、まだ見つかっていない」
ミミズクのシロノは給水塔の上まで飛び上がった。
『いつにもなく自信がないな。やはり、あの男のことが心配か?』
「……できれば、巻き込みたくなかった」
『優しいな。しかし、そうも言っていられないぞ。アムネジアは知っている。小学生から高校生にかけて起こる感情の変化と記憶量の豊富さを。この学校に目をつけたのだとしたら、小学校一つがこの世界から消えた事件の二の舞いになる。そうなる前に奴の居場所を調べなければ――』
「分かっているわ」
『しかし、印と情報の改竄か、何か怪しいものを感じるな。アムネジアらしいやり方ではあるが、まあ良い。私も善処はしよう』
シロノは翼を広げた。
『それと昨日、一人のメモワールがこの町に入り込んだのを確認した。おそらく、アムネジアを狙ってきたフリーランスだ。協力できればいいが、こちらが狙っていることを知られれば、敵になる可能性は十分にある。注意してくれ。それではまた会おう』
ごうと風を薙ぎ、空へと飛び去っていくミミズク。しかしその途中で姿は消えてしまった。シロノはメモリアンの中でも特異な記憶操作《実体化》を持っている。現実世界で姿を表すことができるのは、いかに強いと言われるアムネジアにもできない能力だ。
シロノは、メモリアン共存派《記憶省》の設立に立ち会ったメモリアンの一人。今まで多くの侵略派のメモリアンを撃退してきた。
しかし、彼とペアを組んでいた人間の死をきっかけに現在は前線から退き、他の人間達のサポートに回ることになった。
「フリーランスのメモワール……一体、誰が?」
この町にイブキがいると知っているのだろうか。もし知らずに、戦うようなことになれば、アムネジアどころではないかもしれない。イブキにとっての脅威は、どうやら一つだけではなさそうだった。
その時、学校のチャイムが鳴ってしまった。イブキはもう遅刻確定だ。
しかし、イブキにとって学校の生活はどうでもよかった。これからするべきことは、学校の授業ではなく、少しでもアムネジアの情報を集めることだった。