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3.イブキのメモワール➂



 3.イブキのメモワール➂



 気がつけば、練は夢を見ていた。これまでに無かったほど鮮明な夢。

それは、練がまだ小学生の頃の記憶のようだった。


 ――祭りの日だっていうのに、友達も家族も祭りにはいかないって言う。

しょうがないから俺ひとりで祭りに行こう。せっかく一年に一度の夏祭りだというのに、ノリの悪い友人達だ。生まれたばかりの鞠は夏風邪で親はそれにつきっきりになっている。その所為で、なるべく夜遅くまで遊ばず、すぐに帰ってくるように親に念を押された。一人きりで祭りを楽しもうとしたって無理な話だ。ちょっと見て、すぐに帰ってくる予定だった。親から貰った五百円玉一枚と百円玉五枚、合計千円分を小銭入れにつっこむと、俺はさっそく家を出た。空は茜色に染まり、祭り囃子が遠くから聞こえてくる。

 俺はその方向目指してかけ出した。友達がいなくても祭りに行けることが嬉しくてどうでも良かった。貰ったおこづかいを何に使うかで、道中悩みっぱなしだった。

 まずは焼きそばを買おう。そして食べ終わったら、鞠のためのおみやげを買って行こう……それから……と悩んでいる間にお店の並んだ一角に突入してしまった。

 夕方にも関わらず沢山の人がいた。中でも浴衣を来たカップルが多い。ちらほらと見かけるのは近くの中学生や高校生。ちょっと怖いので近寄りがたい。小学生はほとんどが大人数で行動しているか、家族と一緒に見ているようだった。少しだけ寂しい気持ちになったが、それくらいで祭りを中断するような根性なしじゃない。

 俺は美味しそうな焼きそば屋を見つけようとした。こっちのお金は限られている。できれば美味しそうな奴を食べたいと思うのは自然なことだ。神社までの道をたらたらと歩きながら、焼きそば屋を探し歩くと、ちょうど美味しそうな焼きそばのにおいがした。少し人が並んでいるが、出来たてを食べることができそうだった。

 早速並んで、焼きそばを手に入れた。残りは七百円だ。

 焼きそばを持ったまま俺は神社の境内を目指した。長い階段のある神社からは、綺麗な花火が見える。七時から始まる予定だけど、そんなに長居するつもりはなかった。でも、あそこから町の風景を見るのが好きだった。いつもと違う町を一度に見ることができるからだ。

 今日もそれが見たくなった。それを見たらおみやげを買って帰ろう。

 丘の上にある神社へ行くには二つの道がある。緩やかだけど長い道と、短いけど階段が急な道だ。俺は長い道をちんたら走るのが嫌だった。だからいつも階段を駆け上がっていくことにしている。体力には自身があった。

 焼きそば片手に階段を昇っていく。緩やかな道ならば屋台も沢山あって賑やかだ。だがその分人が密集しているから余計に長い道になる。対して階段の道は浴衣や慣れない下駄では歩きづらいのか、あまり登る人はいなかった。

 天辺に着くと、俺は町を一望した。傾いた夕日と、祭りの賑やかな明りとがいつもっと違う町の風景を映し出していた。俺は祭りの中にいるんだ。この賑やかで楽しい雰囲気の中に自分もいるんだ。そう思うとそれだけで楽しかった。

 町が綺麗に見える草むらに腰掛けると箸を割って焼きそばを食べた。たまには一人もいいものだ。なんて子供には似合わないけど思ったりもした。熱気を帯びていた太陽が沈んでいき、セミの声は少しずつ減り、夜の虫達の合掌が始まる。

 遠くから聞こえてくる盆踊りの音、食べている焼きそばの味、夏だなあ。

 焼きそばを食べ終わり、境内の中の仮設のゴミ箱に捨てると、屋台のある緩やかな道を降りていった。このまま階段を使ってすぐ帰るよりは、鞠の気に入るものを探しながら帰ったほうが有意義だ。何かお宝が見つかるかもしれないし。

 俺は屋台を物色しながら歩いた。くじ引きはハズレを引いたらとてもおみやげとはいえないものに変わってしまうし、スーパーボールすくいはやるのが楽しいのであって、スーパーボールを貰ってもうれしいだろうか。だとしたら、リスクのない食べ物のほうがいいが、まだ歯も生えそろっているか怪しい。

 ……おみやげは諦めようかな。

 残ったお金は七百円。適当にお店で食べ物を買えばあっという間に無くなってしまう金額だ。せっかくの祭り、それも一人だけの自由な時間だ。自分の好きに使えば良い。

 そう思い直して、美味しそうなものを探して屋台を眺めた。

 フランクフルトや焼き鳥は歩きながら食べられるし、もうすぐ夜だがかき氷も捨てがたい。ちょっと高いがお好み焼きを買って家で食べてもいいし、ベビーカステラならお金が少なくても家族全員で食べることもできる。

 何にするか悩んでいると、一人の女の子が目に留まった。

 俺と同じくらいの歳で、空色の浴衣を着ていた。その女の子は俺と同じで一人だった。しかし俺と違うのは、彼女には帰る場所がないように見えた。

 うろうろとする女の子の目には少しだけ涙の跡があった。もしかして迷子だろうか。

 女の子は人の波に流されるまま境内のほうへ向かっていく。帰ろうとしていた俺の足が止まる。

 せっかくの楽しいお祭だというのに、悲しい顔をしているのを見過ごすことなんて出来なかった。それに、お母さんから何度も「女の子を泣かすんじゃない」と言われて育てられてきたこともあって、反射的に気になってしまうのだった。ただ、鞠はずっと泣いてばかりだけど。

 ……気がついたら、俺は女の子の元に向かっていた。

「ねえ、どうしたの?」

 空色の浴衣はそのまま通り過ぎていく。

「ちょっと、お前に言ったんだけど! 待てよ!」

 女の子の手を握って引き止めると、女の子はびっくりしたような顔で俺を見た。

「な、なに? 誰?」

 黒くて肩に掛かるくらいの長髪。身長は俺よりもずっと小さい。俺みたいな男にいきなり掴まれたら確かにびっくりもするか。

「俺は練っていうんだ。浜国練。小学三年。お前も小学生だろ?」

「う……うん」

 女の子はほとんど反射的にうなずいた。ちゃんと質問の意味を理解して答えていたのかちょっと疑わしかったけど、まあそれはどうでもよかった。

「もしかして、親とはぐれたの?」

「う……うん……」

 ちょっと悲しげに答える女の子。もし、同じ小学校に通っていたら見かけたことがあるかもしれないが、この女の子は今まで見たことがなかった。それに夏休み中はほとんど学校が休みだ。夏休みの間実家に帰る人もいるから、見たことのない小学生が公園をうろついていることもある。もしここが初めて歩く場所なら迷ってしまってもしょうがない。

「ここらへんに住んでいるの? 家は?」

「……よく分からない」

「じゃあ、名前は?」

「う……」

 女の子は答えない。

「俺は変なおじさんとかじゃないぞ。別に誘拐とかしないし、言ったっていいだろ?」

 女の子はしばらく悩んだ後、ぽつりと呟くように言った。

「……■■■」

「それ名前? へー、■■■ねえ」

 学校で似たような名前は聞いたことがない。やっぱり他の学校の子かな?

「それで、何してんの?」

「お祭り来たのに、お母さんとはぐれたの……」

「やっぱりそうか……」

 そういうとむっとした顔で俺を見る■■■。

「はぐれたくて、はぐれたわけじゃない……」

「そりゃそうだろうな。で、お母さんを探しているってわけ?」

「……そう」

 そっけなくそう言ったが、どこかでやっぱり寂しさを感じているような気がした。

「俺も一緒に手伝うよ。もし駄目だったら、警察のある場所も知っているし」

「……別にいい」

「強がらなくてもいいだろ。俺だって知らない場所で迷ったら困るし、お前だって困っているんだろ? だったら人の手を借りたって」

「いい!」

 ■■■は一人で神社の境内のほうへ向かっていく。

 なんて頑固な奴なんだ。一度言い出したら耳を貸さないタイプだ。

 どうすればいいんだろう。あのまま祭りが終わるまでうろうろして、それでも結局家族に会えなかったら一人ぼっちになって危ないかもしれない。

 俺は空を見上げた。そろそろ日が落ちて暗くなりそうだ。

 しょうがない。このまま見過ごすことなんて出来ない。俺はこっそり■■■の後をつけることにした。

 後ろからついて来ていることに気がついているのか、後ろをちらちら見ては、少し歩調を早める。俺もそれについていく。

 そして、ちょっとしてから■■■は足を止めた。

「ついてこないでよ」

「やだね。迷子を無視するなんてできない」

 女の子は嫌そうに俺を見る。迷子になっているのに素直じゃないな。

「そんなことよりさ、フランクフルト買わないか?」

 ちょうどよく目の前にフランクフルトのお店があった。焼きそばを食べた後だったが、まだまだ食べ足らなかったので運が良い。

「お前の分も買ってやるよ。一本百円だから、二百円だな」

 フランクフルトの屋台へ行き、二本分のフランクフルトを買う。その間に■■■がどこかに消えてしまうということは無かった。ちゃんと待っていてくれたみたいだ。

「ほれ。腹減っただろ?」

 フランクフルトを一本差し出すと、■■■は一瞬躊躇ったがそれを受け取った。

「やっぱり腹減っていたんだろ?」

「……別に。ただ、探すのに夢中になっていて忘れていただけ」

 俺よりも先に食べ始めた。本当にお腹が減っていたのかもしれない。

 ご飯を食べたからか、■■■はちょっとだけ落ち着いたみたいだった。

 気がついたらもう日は完全に落ちていた。提灯の明りが僅かに神社までの道を照らしていた。俺とイブキは休憩所のベンチに座ってお互いのことを少し話した。

「へえ、じゃあ、中学で一緒になるかもしれないな」

「ならないわ。私は《シリツ》にいくから」

 何だそれ。聞いたことがない学校だ。

 それから、イブキは自分がどういう経緯でここに来たのかを教えてくれた。

「……そうか、家族と一緒に遊びに来たんだ。で、本当はどこに住んでいるの?」

「隣の浅藻町。このへんのことは全然分からない……けど、家の近くには、なんとかスーパーが近くにある大きなマンション……」

「ああ。その場所なら知っているよ。そこまで行けば分かるか?」

「た、たぶん……」

 イブキは自身なさ気だったが、これでなんとか迷子は帰せそうだ。

「じゃあ早速行こうぜ。今頃母さんが探しまわっているだろうからな」

「……ちょっと待って」

 イブキは何か悩んだようにもじもじする。もしかしてトイレか?


 トイレ……練はそこまで考えて、これが夢だと気がついた。

 すると、夢はもう形を失っていた。さっきまで完全に子供の頃になりきっていた練の意識は、完全に高校生の練へと戻っていた。目を開ければ、朝の日差しがカーテンの合間から差し込んできていた。

 ――あの女の子の雰囲気……誰に似ているような気がする。

「……トイレ、行くか」





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