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2.イブキのメモワール➁



2.イブキのメモワール➁




 練は自分の家に到着した。もうすぐ七時になりそうだった。

 町のベッドタウンに一軒家を構える浜国家。父親はサラリーマン、母親はパートとして近くのスーパーで働いている。練の他には妹の鞠がおり、現在小学三年生。一般的な核家族だった。

 練が帰る頃にはすでに三人は食卓についていた。自室のある二階へと上り、鞄を置いてすぐに食事の並んだ椅子に腰掛けた。

「最近遅いわね。どうしたの?」

 エプロンを脱ぎながら母親が尋ねる。練は適当な答えを探した。

「友達とちょっとな。もうすぐ冬休みが近いから、よく誘われるんだ」

「おにい、彼女? 彼女?」

 妹の鞠が大好物のハンバーグを食べながら言った。

「違う」

「こら、食べながら喋っちゃ駄目だぞ」

「ぶーっ」

 父が行儀の悪い鞠を叱ると、鞠はちょっとだけむくれた。

 いつもと変わらない食卓。生まれてから一度だって離れ離れになったことがない家族。それは当たり前のことではあるが、守ろうとしなければ簡単に壊れてしまうもの。それは何も家族には限らないことだが、練にとってこの場所は昔から変わらない。変わって欲しくない場所でもあった。

 自分の生まれた場所。自分を構成する第一の集団。記憶の始まった場所。

 良かったことも嫌なことも、この家族と共にあった。まるで写真のように、その場面が頭の中で鮮明に思い出せる。

「ごちそうさま」

 練は食卓を去ると、部屋の中へと戻っていった。妹は居間のソファでテレビをじっと見ていた。母は父にコップにビールを注ぐと、話は仕事のことに移っていった。

 練にはやるべきこと、考えるべきことがあった。

 それは、イブキが教えてくれたことだった。

『私の髪の色は黒いはずよ。もし、あなたが本当にそう見えているのだとしたら、私が思っている以上に、あなたの状況はよくないのかもしれない。あの時倒したメモリアンだけでなく、他のメモリアンも、あなたに関与している可能性があるわ』

 どういうことだ? 練の質問にイブキは躊躇いがちに答えた。

『言ったわよね? メモリアンにもいろんな種類がいると。メモリアンの上位種の中には、人間の記憶を食べるだけでなく、体験したことのない記憶を植え付けたり、記憶を自分の思うままに改竄する力を持つものもいるの。彼らが何故そうするのかは、それぞれ違うけど、大きな理由は自分の好みにするためよ』

 イブキは続けた。メモリアンにもいろんな記憶を好むものがいると。楽しい記憶、悲しい記憶、体験しにくい記憶を求めるものもいれば、誰もが体験するような記憶を欲するものもいる。

 練の記憶は誰かに見初められ、いわば予約された状態にあるという。

『上位種はより自分の好みの記憶を成長させるために記憶を改竄して、人間の行動を変えてしまうわ。そうやって得た記憶をメモリアンは食べる。その体験期間の間、その人間を見失わないようにラベリングしておくの。私達は《印》と呼んでいるわ』

 随分と手の込んだやり方だと思った。だが、人が野菜や肉をおいしく食べるために長い時間を掛けて調理するような感覚と同じものかもしれない。豚や牛を太らせてから食べるように、彼らも人間の記憶を肥え太らせ、自分の好みにつくり上げる。

『その印を付けられたら、下位のメモリアンからも狙われることも多くなるわ。労せずに上位種の育てた餌にありつけるのだから、そういった人間を狙わない手はない、というわけよ』

 イブキのその言葉は、練を恐怖させた。化け物がまた自分を殺しにやってくる。それも、強力なメモリアンが練の記憶を書き換えてまで目をつけているという。

『重要なのは、今日のような弱いメモリアンではなく、上位のメモリアンがあなたに印を残していったということよ。いずれ、印を付けた主があなたを食べにやってくるでしょうね』

 要するに、練はより厄介な敵に見初められ、それをどうにかしない限り、再びあの空間に送り込まれ、メモリアンに襲われる可能性がある、ということ。そしていずれ、弱いメモリアンではなく、上位の、練に印を施していった強大なメモリアンが練の記憶を食らいに訪れるということ。

 もし、その事実を忘れることができれば、どれだけ今日のご飯を美味しく食べることができただろうか。明日の授業のことを憂いながら、ぐっすりと眠れただろうか。

 それを考える余裕はもはや練にはなかった。こうしている間にもメモリアンが罠を仕掛け、練を殺しにくるかもしれない。

「くそっ、そんなこと言われたって、どうすればいいんだよ」

 普通の家庭に生まれ、普通に育ち、普通の学校を通っている。席の隣の隣まで同じような境遇で生まれ、同じように育ってきたのに、何故こんなにも運命は違うのか。しかしそれが世界の理だった。高校受験に成功するものがいれば、失敗するものがいるように、たった一瞬のうちに、人間の運命は正反対のものに変わってしまう。

 それは練にだって分かっていた。だけど何故、宇宙人に狙われる羽目になるのだろうか。

 しかし、その場にイブキが居なかったらどうなっていたのか、それを考えて自分が不幸であると決めつけるのをやめることにした。

 ――イブキはどうなんだろう。自分から望んで、宇宙人と約束を交わしたのか?

 あの金魚の形をしたワルツと呼ばれたメモリアンは、イブキとどういう約束の元、共存しているのだろうか。それが気になった。

 生き残るためには、メモリアンに襲われても、生き残ることができたことが条件だと言っていた。だとすれば、イブキも一度は命を狙われかけたのだろうか。

「ああ、くそう!」

 ベッドへと倒れこむ。

 イブキだったらこの状況をどうしたのだろうか。宇宙人に命を狙われていると知って、生きていることが恐ろしくなっただろうか。いいや、イブキはメモリアンに出会って、人間とは思えない力を手に入れた。そんな恐怖などなかったかもしれない。

 しかし練は違かった。練はメモリアンに食われるという運命を回避したものの、メモリアンの助けを得たわけではなかった。もし次に襲われたら……。

『ともかく、あなたに印を施したメモリアンを倒すまでは、私があなたのことを監視するわ。それまでの間は記憶を消さないほうがいいわね。一応、印が悟られないように私が《ロック》を掛けておくわ。印を施したメモリアンさえ倒せば、印は消えてメモリアンに襲われる心配はないから、それまでの辛抱よ……できるわよね?』

 あの状況で、できないとは言えなかった。命を二度助けられた上に、さらにイブキの手間をかけさせることになってしまったが、練自身の力では解決できない。イブキに守って貰う他なかった。

 だが、練の心の中ではそれが小さな、しかし大きな悩みにもなった。

 例えメモリアンの力を持っているとしても、ただの女の子じゃないか。

 イブキのおかげで取り戻すことのできたイブキの記憶。クラスの中では目立たないタイプではあったが、隠れてそんなことをやっているとは全く気が付かなかった。むしろ、それを気取られてしまうことを恐れるように、自分を隠して生きてきたのではないのか。

 それこそ、女子として高校生らしいことも出来ずに。

 普通の国に生まれて、普通の町で育ち、普通の学校に通い、普通に生きていく。そう思っていた。しかし、同じ国に生まれ、同じ町で育ち、同じ学校に通い、同じような人生を歩んでいくのだろうと思っていたクラスメイトの一人が、全く違う世界を生きていた。

 どこまで歩いても終りが見えない砂漠に立っているような気分だった。もやもやとした、言葉にできない気持ちが練の中に渦巻いていた。

 そんなことをぼんやりと考えているうちに、練の意識は眠りの世界へと落ちていった。





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