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雨が上がる

作者: たまもや

このページを開いていただきありがとうございます。

「たまもや」と申します。



今回は三題噺企画、第二弾となります。


お題は、

「雨、窓、怒り」です。



感想やコメント、評価などしていただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

「君の企画には、優しさが見えないんだよね」

 企画のプレゼンの後、上司に言われた言葉を思い出す。

「一体、何がいけなかったのよ、もう」

 ため息をつき、ふと顔をあげると、秋雨に濡れる電車の窓越しに見える自分の顔は、ひどく疲れているように見えた。コンシーラーで隠しきれなくなったくま、雨で濡れてぼさぼさの髪、そんな自分の姿を見て、もう一度深いため息をつく。

「こんなんじゃ、彼氏なんて夢のまた夢だなぁ」


 この会社に入って2年。ようやく仕事に慣れてきた、と思っていた矢先、新入社員の指導。夏までには終わるはずだったのだが、長引いてしまい気づけば夏も終わりかけていた。遊ぶ間もないまま、夏の終わりの最後の力を振り絞ってプレゼンした企画はボツ。そんな私にどうやって優しさを持てというのだろうか。


 そんなことを考えて、電車に揺られていると、携帯の着信音が鳴った。

【香奈―、今から会えない?】

 クマが大泣きしているスタンプと一緒に送られてきた。差出人は、井口朱莉。大学のサークル仲間で、非常におしゃべりな子。私が住んでいる町で働いており、家も比較的近いことから、卒業した後でも、定期的に連絡を取りあっており、こうやって彼女の呼び出しに応じることも少なくない。

【今帰りの電車!どうかしたの?】

 そう返信すると、一瞬で既読のマークがついた。その速さに驚きながら返信を待つと、

【ちょっと聞いてほしいことがあるの!】

 さっきとは違い、ウサギが大泣きするスタンプとともに送られてきた。こっちも聞いてほしいんだけどなぁ、と思いながらも、

【わかった!駅近くなったら連絡するね!】

 と、返信する。先ほど同様、すぐ既読が付き、

【ありがとう!じゃあ車で迎えに行くからいつものとこで!】

 いつものとこというのは、私の家の近くのスタバのことだ。いつも呼び出されたときには、決まってこの店で、駅からお店、お店から家までときちんと送ってくれる。【OK!】と書かれた看板を持ったキャラクターのスタンプを押し、携帯をカバンに戻す。今回はいったい何があったのだろうか。


 気が付くと、電車は降りる一つ前の駅を通り過ぎていた。どうやら疲れて眠ってしまったらしい。私は急いで携帯を取り出し、【いまひとつ前の駅!】と送信する。すると、またしてもすぐに既読が付いて、

【もう着いてるよー!】

 と、返信が来た。それと同時に、車内アナウンスが私の降りる駅を告げた。返信はせず、席を立ち、ドアの前に向かう。ドアが開き、聞こえてきたのは到着を告げるアナウンスと、大粒の雨が屋根や地面に打ち付ける音だった。濡れた傘を持つ人にぶつからないように改札を抜け、ロータリーに向かうと、見覚えのある白い軽自動車が止まっていた。運転席に座っていた彼女は、私を見るなり、大きく手を振った。


「雨、すごいねぇ」

「ほんとだね、正直来てくれて助かった」

「いえいえー、これから私もお世話になるわけだしね」

 あははと、お互い笑いあう。もし、駅から徒歩10分の家まで歩いて帰っていたのなら、頭の先からつま先までびしょ濡れだっただろう。本当に助かった。

「それで、今日はまたまたどうしたの?」

「実は、裕介がさぁ」

 裕介というのは、彼女、朱莉の彼氏のことだ。彼も同じサークルの仲間で、この町で働いている。二人は大学時代から付き合っていて、今も一緒に住んでいるらしい。

「うん」

 と、相槌を打ち、話を聞こうとすると、目的地についてしまった。

「じゃあ続きはお店で」

「はいはい」

 車を降り、少し駆け足で、店内へと向かう。


「えーと、要するに、裕介が朱莉の大切な資料を間違って捨ててしまったと」

「そうなの!何も聞かずに捨てるなんてありえなくない?」

 彼女は声を荒げた。周囲の視線がこちらに集中したのを感じたのか、我に返った彼女は少し小さくなっていた。

 話を聞きくと、どうやら同棲している彼が、彼女の仕事が忙しく、部屋の掃除もままならなかったため、彼の休みの日にサプライズで部屋の掃除をしてくれたらしい。しかし、掃除をする途中で捨ててしまった物の中に会社で使うはずだった資料が入っており、それに怒っているということだった。

「どれだけ上司に頭下げたと思ってんのよ、ほんと」

 怒りが収まらない様子の彼女をなだめながら、先ほど注文したキャラメルマキアートを飲むように勧める。甘いものを飲んで少し落ち着いたのか、

「でさ、香奈はどう思う?」

 と、先ほどよりも低めのトーンで問いかけてくる。

「確かに、朱莉に聞かずに捨てちゃった裕介は悪いと思うよ」

 でしょでしょと、うなずく彼女を見ながら続ける。

「でも、裕介は裕介なりに考えて、朱莉が疲れて帰ってくるのを見て、何とかしてあげたいと思ったわけでしょ?」

 それはそうだけどと、少し不服そうな彼女。さらに続けて、

「それなら裕介のその優しさに関しては、感謝をした方がいいんじゃない?忙しかったのはわかるし、イライラしちゃったのはわかるけど、やっぱりそこは朱莉も優しさをもって接するべきだったと思うよ?」

うんと、俯きがちになった彼女に追い打ちをかけるように、

「あと、何も言わずに家を飛び出してくるのは絶対にだめ」

 と、念を押しておく。少しの沈黙が流れた後、

「やっぱりそうだよね、最近いろいろうまくいかなくてイライラしてたんだよね。だから裕介に当たっちゃったのかも、だめだよね」

「【忙しさは、心をなくす」っていうからね。一度落ち着いて、相手の立場になって考えてみた方がよかったね」

「うん、ちゃんと謝る」

「そうしなそうしな」

 しゅん、とした彼女は、もともと小柄な体系のせいもあってか、母親に叱られた子どものように見えた。そんな彼女はすぐさま携帯を取り出すと連絡をし始めた。行動が速いのは彼女のいいところだ。


 返事を待っている彼女を横目に、私は窓の外を見てカフェラテを口にし、さきほど自分が彼女にかけた言葉を思い出してはっとする。さっきの言葉は、まさに今の自分にかけてあげるべき言葉だったからだ。【忙しさは、心をなくす】とは、まさに今の私だ。そう思うと、横に置いたカバンから、自分のプレゼンした資料を取りだす。よくよく読み返してみると、自分の願望だけが詰まっており、そこにターゲットを思いやる気持ちは含まれていないように感じた。そんな当たり前で、簡単なことにも気づけていなかったのか、と心の中で大きく反省する。そうしていると、突然朱莉が立ち上がった。

「裕介!?」

 再び窓の外を見ると、男性が走っていた。急に飛び出してきた彼女を探していたのだろうか。びしょ濡れの彼は彼女を見つけるなり、窓越しに手を合わせて、頭を下げて謝っていた。

「香奈、本当にごめん!」

 そういうと彼女は慌てて立ち上がった。

「いいよいいよ、早く行きな」

「ありがとう」

「それじゃあまたね、仲良くしなよ」

 はーい、と手を振る彼女を見送る。彼女は、店を出るなりびしょ濡れの彼の頭をひっぱたくと、ハンカチを渡し、急いで車に乗って帰っていった。人騒がせなカップルだ。


「さてと、どうしよう」

 直近の問題は、どうやって帰るかだ。ここから家までは徒歩で5分くらいかかる。そうなると、びしょ濡れになるのは間違いない。かといってタクシーに乗る距離かといわれれば、悩みどころである。

「まあ、プレゼンも頑張ったし、休息には甘いものも必要だよね」

 と、自分に言い聞かせるように呟き、第三の選択肢である、雨が止むのを待つ、を選ぶ。もう一度レジに並び、先ほど頼んだカフェラテと、季節のおすすめと書かれたチョコレートケーキを注文する。キャンペーン期間中らしく、おかわりが安くできたこともあり、上機嫌で席に戻り、チョコレートケーキを食べる。ふと携帯を見ると、彼女から連絡が来ていた。

【ありがとう!今度埋め合わせするね!】

 先ほどのウサギは、喜んで飛び跳ねていた。


 選択が功を奏したのか、窓の外に見える水溜まりには波紋ができなくなっていた。さらに上機嫌で食器をカウンターにもっていくと、店員さんはありがとうございましたの言葉と、温かい笑顔をくれた。

「よし、明日からまた頑張るぞ」

 そう心に誓い、店を出た先に広がる雨上がりの町の景色は、いつもより輝いて見えた。


三題噺のお題に関しましては、以下のホームページを参考にさせていただきました。


http://youbuntan.net/3dai/

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