外伝8 ユーミの元へ
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炎天下の砂漠を行くこと一日。出発したその日の夕方に俺たちは無事に森の入り口に到着した。
今、俺たちは森の入り口で野宿の準備をしている。
らくだを木につなぎ、木の陰でテントを張って結界の魔道具を作動させる。
木の枝を集めて火をおこし、春香が携帯式キッチンセットをアイテムボックスから取り出して、料理の準備を始めた。
王子がお手伝いをしようとするので、一緒にテントを張ったり、テーブルを組み立てたりすることにした。
俺の指示に従って、脚を組み立てたりしている王子が、なんだかとても楽しそうだ。
「ふんふんふん……」
と鼻歌を歌う王子は、テーブルを組み立て終わると、
「やったぁ! できた!」
と満面の笑顔を見せる。
年相応の無邪気な笑顔に、俺は笑いながら、
「王子。あとは料理ができるまで座って待っていてください」
と言うと、王子がうんとうなづいてイスに飛び乗った。
その目の前に沸かしたお湯でハーブティーを入れておいてやると、砂漠の景色を見ながら少しずつ飲んでいる。
俺は春香と並んでお鍋のスープの様子を見る。春香はフライパンに油をひいてスライスしたニンニクを炒め、きつね色になる頃にお肉を投入した。ガーリックオイルの食欲をそそるような香ばしい香りが一体に広がる。
ここは結界内だから、その外にはこの匂いは広がらないし魔物が入ってくることもない。気温も快適な温度に設定されていて過ごしやすい。
「よし。じゃ、お皿の準備をするよ」
と春香にいって、テーブルの方に振り返ると、王子はイスにもたれてぐっすりと眠っていた。
それに気づいた俺と春香は視線を交わし、
「疲れたんだな……」
「まだ小さいのにね」
というと、料理をお皿に取り分けた。
王子を起こす前に、アイテムボックスからいくつかのフルーツと薬草、ハーブとミルクを取り出し、魔力を込めながらパティス直伝の栄養ドリンクを作る。
味はフルーツ牛乳といったところだが、飲んで一晩すれば朝には疲れなど吹っ飛んでいる優れものドリンクだ。
……まあ、もっと即効性のあるドリンクも教わったが、そっちは大人の味なので子供には無理だろう。
準備ができたころには、太陽も沈み、砂の海の上には上空に向かってグラデーションのように夜空に移りつつある美しい光景が広がっていた。
俺たちのテーブルに魔道具のランプを点けていて、あたかもキャンプの夜という雰囲気だ。
春香が寝入っている王子の隣に座り、
「王子。お待たせしました。……晩ご飯ができましたよ」
と身体を揺する。
「う、……う~ん」
と王子が目をこすりながら目を覚まし、両手をう~んと伸ばした。
目の前の料理を見て、目を輝かせ、
「ね。ね。早く食べようよ!」
とイスをがたがたと揺すった。
俺は苦笑しながら座り、
「じゃ、いただきましょう」
と言うと、王子は「うん!」と言って、早速、フォークをガーリックオイルで焼いたお肉に突き刺した。
王子が大きな口を開けてがぶりとくわえ、う~んとかみちぎる。ちょっと大人の味かなと心配していたけれど、
「うんまい!」
と口に肉を入れたままで、王子が叫んだ。
春香が満面の笑顔で、
「うふふ。よかった」
と笑った。
きっとキャンプみたいに、こうして屋外で食べることは初めてなんだろう。王子はすごく生き生きとうれしそうだ。
そんな俺たちは、王子を慈愛の目で眺めながら、幸せな食事を続けた。
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ドリンクを飲んだ王子が、テントの中に入ってブランケットを掛けて眠っている。
春香が明日の朝食のサンドイッチを作っているのを見ながら、俺はグラスを二つ並べて魔法で作った氷を入れ、スキットルから琥珀色のお酒をついだ。
完成したサンドイッチをアイテムボックスに入れた春香が、俺の隣に座る。
二人でグラスをカツンと当てて乾杯すると、氷がカランッと鳴る。
目の前に広がる砂の海の上に星空が広がり、ずうっと遠くにお城のあるオアシスの林が黒いシルエットになって見える。
「明日にはユーミのいるところにつけるかしらね」
「そういえば、王国の騎士団はもっと先に行ってるのかな?」
春香が可愛らしく首をかしげる。同棲を始めた頃のように若返った春香の横顔が、テーブル上のランプの光に照らされている。
春香が俺を見つめ、
「ふふふ。初めての砂漠だったけれど、こうして見るとすごく風情があるわね」
と微笑んだ。ちょうど夜空には明るい月がぽっかりと浮かんで、砂丘を照らしている。
「まさに月の沙漠だな」
と言うと、春香がうなづいた。
「美しいわ。月の光がキラキラと。……まるで影絵のように、時間が止まったように見えるわ」
「……春香ったら、今日はやけに詩人っぽいね」
「えへへ。そう?」
と春香が照れたように笑った。
「さ、そろそろ。寝よう」
グラスを空にしてそういうと、春香も空のグラスをテーブルにおいて立ち上がった。そのまま春香を抱き寄せて、星空の下でキスをかわす。
二人でテントに入り、王子の隣に二人ならんで横になる。
規則正しい王子の寝息を聞きながら、隣の春香の息づかいと甘い匂いに包まれて、俺は眠りの世界へと沈んでいった。
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次の日の朝、森の奥から騒々しい物音がして、俺たちは目を覚ました。
テントから飛びだして、森を見ると、木々の上から多くの鳥たちが飛んでいくのが見える。
かすかに地響きのような音と男たちの叫ぶ声が聞こえる。
まだ距離はあるようだが、森の様子を見ながらすぐに武具を装着して邪魔なテーブルなどを片付けた。
「いったい何かしらね?」
「わからんが、何かが暴れているようだね」
そこへ王子が、
「もしかして騎士団のみんなかな? ……早く追いつこうよ!」
と言ってきた。確かに、騎士団の可能性はある。が、危険な状況にあることはまちがいないだろう。
……そうだ。
俺は右手を挙げて、魔法を詠唱した。
「我がマナを資糧かてに、導き手をここに。白銀の鳩プラチナ・ダヴ」
手のひらの上に魔方陣が浮かび上がり、そこから光とともに一羽の鳥が姿を現した。
白銀のといいつつも真っ白な鳩ハトだ。俺の手のひらから鳩が飛び立って、森の中へと消えていった。
それを見ていた王子が興奮して、
「ね! 今のって魔法? 初めて見たよ!」
と叫んだ。春香が王子を落ち着けるように頭をなでて、
「王子。魔法生物の鳥を作ったんですよ。どうやら森の奥には何か危険が待っているようですから、偵察させているんですよ。……ですから、少しお静かに」
すると王子は飛び上がって驚いて、
「あわわ、そうか。……ごめん」
とぺろっと舌を出した。
それをみた春香が苦笑しながら、俺を見上げた。俺は黙ってうなづいて、鳩へと意識を集中させる。
木々の隙間を通り抜ける鳩の視界と同調させる。
唐突に森が途切れ、岩場に飛び出た。あちこちにガラクタや鉄くずが積み重なって山になっていた。
その場を一周しようとしたとき、くず山から巨大な何かの影が現れる。――あれは、カブトムシ?
視界には、おおよそ体高が5メートルほどもある巨大なカブトムシが暴れているのがうつった。その周りには騎士の物だったろう鎧や盾、折れた槍や矢が散らばっていた。