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外伝6 奪われたオーブ

 頭の後ろに柔らかいものが当たっている。

 ゆっくりを目を覚ますと、春香が後ろから俺を抱きかかえ、回復魔法を当てつづけていた。

 「うっ、……うう?」

 「あっ、目が覚めた!」

 上から俺の顔をのぞきこんだ春香は、涙目になっていた。

 「よかったよぅ」

 「すまん。春香、心配かけて悪かった」

 頭を抑えながら俺は起き上がると、春香がぎゅっと抱きついてくる。

 その背中を撫でながら周りを確認すると、そこは謁見の間の端っこだった。

 「お、王子は?」

と腕の中の春香に尋ねると、急に春香がきりきりと力を込めて、

 「もう! 心配したんだから! もっと何か言うことあるでしょ!」

 「……すまなかった」

 俺はそう言いながら、春香の背中をやさしく撫でた。

 その時、奥に通じる扉から王子がやってきた。

 「良かったぁ。お兄ちゃん。……助けてくれてありがとう」

 王子は俺の前で頭を下げた。


――――。

 あの後、少女は俺に走り寄る春香に目もくれず、

 「ぬははははーー! これでこのユーミ様の野望がまた一歩前進するぞ!」

と高笑いをしながら城から出て行ったそうだ。


 あの幼い少女がこれだけの攻撃をした首謀者とは信じがたいが、どうやらそれは本当のようだ。

 とはいえ、あれだけひどく爆撃を受けたように見えた城だったが、実際は見た目だけのこけおどし爆弾で、建物自体にはほとんど被害がないらしい。

 騎士の多くも爆弾とともにまき散らされた麻痺の粉によって倒れていただけで、命に及ぶような怪我をしたものは一人もいない。

 ただ少女が奪った宝玉は、この国の国宝で太陽のオーブというらしい。王様はそれにショックを受けて体調を崩し、今は宰相のおじさんがいろいろと取り仕切っているそうだ。

 あのユーミと名のる少女は機工王国アークから流れてきた少女で、自らマッドサイエンティストを名乗っているらしい。

 拠点は王国西部の砂漠の向こうにある森ということが判明しており、城の復興と同時に奪還のために騎士を派遣することになっている。


 そもそも襲撃の合間に王子を追って入城した俺たちだったが、お咎とがめがないばかりか、むしろ感謝されてしまった。

 振り返ってみれば、王子がたまたま城下町を抜け出していたから、ユーミの襲撃から逃れることができたのだから、運がいいというべきなのだろうか。

 お城を出て城下町に戻る際、お城の門まで見送りに来た王子が、ぶんぶんと一生懸命に手を振っていたのが微笑ましかった。


 何はともあれ、今の俺たちにできることはない。

 俺と春香は、とりあえずギルドに薬草を届け、今日は早めに帰宅することにした。


――――。

 家に戻る道すがら、春香が聖母のように慈愛あふれる表情で、

 「それにしてもいい子だったわね」

としみじみとつぶやく。俺はうなづきながら、

 「ああ。真っ直ぐで素直で……。純粋だったな」

と微笑んだ。

 「手をつないじゃったね」

と春香がクスッと思い出し笑いをする。ああ。もし俺たちに子供がいたら、あんな風だったのかもしれないね。


 ちなみに俺たちに子供ができない理由は既に判明している。

 それはアムリタが原因だった。

 神格を得ることにより、輪廻や因果から切り離されてしまったそうで、そのため、子供ができなかったのだそうだ。

 今後、自らの神格を分け与える形で子供を産むことは可能ということだが、まだまだ修業の身であるので落ち着いてからにしようと、春香と相談している。


 夕飯を食べ終え、お風呂も入って、二人でダイニングで休憩していると、

 「ね? 今日は外に飲みに行かない?」

とバスローブを身につけた春香がいたずらっぽく誘ってきた。

 「風呂も入っちゃったけど……」

と言いよどむと、春香が、

 「いいじゃない。たまには外で飲んでみたいし……。さすがにこっちの世界じゃ屋台のラーメンなんてないだろうけどさ。何かやってないかな?」


 ああ。確かに、たまに夜の町で屋台のラーメンを食べたりしたなぁ。忙しくて都内に宿泊するってわかると、わざわざ春香も都内まで出てきて品川プリンスホテルに泊まったりしたっけ。

 品川駅の高輪口には屋台のラーメンが来たりして、よくサラリーマンのおっちゃんと並んで、ヤカンのお酒を飲んだり、スタミナラーメンを食べた記憶がある。屋台のそばの大きな道路を何台もの車が走っている大都会の真ん中で、風情のある屋台のラーメンを食べる雰囲気が妙におかしくて、二人とも大好きだった。


 ……やばい。思い出したら無性に食べたくなってきた。

 「ラーメンはさすがにないだろうけれど……。ちょっと出かけるか?」

 「やりぃ! じゃ、すぐに着替えなきゃ!」

 飛び上がって喜んだ春香が、いきなりその場で着替えをはじめる。

 「おいおい。さすがにこんなところで着替えるなよ」

と苦笑いしながら言うと、春香は、

 「いいの! どうせ二人っきりだし。……夏樹も早く!」

とせかしてきた。「まったく」と言いながら、俺もアイテムボックスから着替えを取り出すと、その場で着替えをはじめた。


 鎧はいらないだろう。普段着に剣を腰に差して、いつものコートを羽織る。

 春香の準備もできたところで、俺たちは玄関から外に出た。

 正確な時間はわからないけれど、おそらく午後8時といったところだろう。

 家に結界を作動させた後で、静かな町の通りを腕を組みながら歩き出した。

 空には満点の星空。街灯も少なく、空気も澄んでいるので、すごいとしか言いようのない星空が、町の上に広がっている。

 寒暖の差の大きい砂漠気候帯なので、昼間の熱気はなりを潜め、夜の涼しさが忍び寄ってきている。

 住宅街から商店街へ行くと、こんな夜遅くなのにまだまだ明かりをつけているお店がいくつもあった。

 おそらくどの店もお酒を提供する飲み屋だろう。

 どこに入るか決めかねた俺たちは、結局、ギルド併設のカフェスペースに入った。

 昼間の受付嬢たちはすでに帰宅しており、今は夜間の男性スタッフが暇そうにしていた。

 カフェスペースの6割ほどが冒険者たちで埋まっており、それぞれが酒を飲みながら大声で笑いあったりしている。

 カフェには犬耳のウェイトレスの少女が忙しそうに動き回っていたが、俺たちを見て立ち上がり、

 「いらっしゃい。お二人様……と一匹でございますね?」

と言いながら、近くのテーブル席へ案内してくれた。

 「一匹?」

 疑問に思いつつ足下を見ると、そこには長毛種の黒猫が俺を見上げていた。いたずら好きそうな目をしている。

 ちょっととまどった俺たちをよそに、猫はふわっと飛び上がるとテーブルの隅にあがって腰を下ろした。

 春香がにっこりと笑顔になりながら、おそるおそる手を猫に伸ばし、おずおずと撫で始めた。

 「うわぁ。すっごいなめらかな毛並み。……ぜったいどこかの飼い猫だよ」

 俺も春香につづいて、そっと背中を撫でると、その猫は「ふにゃっ!」といってテーブルから下りて離れていった。

 春香がそれを見て、

 「ありゃりゃ……。嫌われちゃった?」

と苦笑する。

 おかしいな。俺、別に何もしてないんだけれど……。

 何となく喪失感を抱きながらも首をひねる。まあ、どこかからか紛れ込んできたんだろう。


 周りの喧騒のなか、春香と二人で燻製肉を肴さかなにビールをかたむけた。

 ウェイトレスの女の子が、

 「はい。モツ串と根菜の素揚すあげです」

と料理の皿を持ってきた。

 早速、フォークでイモの素揚げを口に入れる。外側がかりかりになっていて、なかはほくほくしていて旨い。

 「なんだか居酒屋にいるみたいね」

という春香に、

 「ここしばらくは飲むときは家とか、島とかだったからなぁ。……なんだか懐なつかしいな」

とうなづいた。

 自宅で飲むのもいいけれど、こうして外で飲むのも楽しい。周りは騒がしいけれど、不思議と自宅よりも春香を近くに感じる気がする。


――――。

 どれだけギルドカフェで飲んでいたのかわからないが、夜おそくに上機嫌で春香と腕を絡めながら家路を歩く。

 昼間の暑さが嘘のように、やや肌寒い空気が俺の火照ほてった頬には心地よい。

 たまにはこういう夜もいいもんだ。

 鼻歌を歌い出しそうな春香を見ながら、俺はそう思った。

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