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外伝4 ギルド登録と二人暮らしの夜

 冒険者ギルドは、噴水広場に面した小さな建物だった。

 受付には受付嬢が二人。年の頃は20代前半くらい。二人とも健康そうな日焼けをしている美人さんだ。


 とはいえその美人さんも、午後の昼下がりで眠そうに座っている。ほかに冒険者はみんな出払っているようで、誰もいなかった。

 パティスはまっすぐ受付に行き、

 「この二人の冒険者登録をお願いしたいんだけれど」

というと、眠そうだった受付嬢がはっと目を覚まして、あわてて立ち上がった。

 「は、はい。……ではこの水晶玉に手をかざして下さい」

 そういってカウンターの中から大きめの水晶玉を取りだして、俺たちの前に置いた。

 パティスさんが、「じゃあ、ナツキさんからね」というので、俺はドギマギしながら右手を水晶玉に載せた。

 すぐに水晶玉の中央付近が光り輝きはじめた。

 どういう原理かわからないけれど、受付嬢は水晶玉の光を確認すると、受付カウンター内の何かを見ながら、手元の用紙に必要事項を書き込んでいく。


 「ええっと、ナツキさん。人族。年齢は21歳。職業は冒険者のFランクからになりますね。クラスは魔法剣士と。賞罰の履歴は無し。……はい。問題ありません」


 つづいて春香がゆっくりと手を水晶玉に伸ばした。期待で眼をキラキラさせている。

 受付嬢が、

 「魔法剣士のカップルですか。……っと、言い忘れました。私は受付のマールです。よろしくお願いしますね。こっちの眠そうなのがソフィです」

 それからマールさんが冒険者の説明をしてくれた。


 掲示板からランクに見合った依頼を選び、成功すれば報酬、失敗すれば罰金がある。

 それから冒険者は基本的に自己責任。これには冒険者同士のいざこざも含まれる。ただし何かあったらギルドに相談しなさいとのことだ。


 パティスさんはやっぱり冒険者には登録しなかった。

 帰り道、パティスさんは、

 「ふふふ。今日からはまた二人暮らしよ。……またちょくちょく遊びに来るからね」

と笑いながら、俺たちがお礼を言うのもそこそこに魔方陣で隠者の島へ転移していった。

 まあ、甘えてばかりいられないからなぁ。

 俺は春香と顔を見合わせ苦笑すると、玄関のドアを開けて中に入った。


――――。

 帰宅した俺たちは、とりあえずリビングで向かい合って座った。

 「一年ぶりに二人暮らしだね」

と微笑むと、春香がいたずらを思いついたような顔で、

 「ね。パティスさんに未練ある? すっごい美人だし」

ときいてきたので、俺は笑いながら手を横に振る。

 「ないない。……俺には春香がいるから」

 俺の答えを聞いた春香が、たちまちにだらしない笑みを浮かべる。


 窓の外を見やると、いつのまにか西日になろうとしていた。冒険者としての活動は明日からにして、今日は二人っきりでゆっくりしよう。


 こっちの世界で暮らしてみてわかったことだが、日本で生活をしていた俺たちのために、パティスさんがこの家にかなりの魔改造を施してくれていたようだ。ほかにも冒険に役立つようなものを色々と用意してくれており、感謝に堪えない。

 どういうものかって?

 たとえばキッチンの冷蔵庫、それにどこかの大浴場のような広いお風呂、水回りの設備に、エアコンに部屋の照明、セキュリティのための結界装置などだ。

 これらの魔道具が魔法工学の産物であるようだが、町に流通している魔道具から推察するに100年は時代の先を行っていると思う。

 しかも自宅に転移魔方陣が設置されていて、いつでも隠者の島へ行くことができるのはすごい。この技術を地球に持って帰ったら大騒ぎだよ。

 ちなみに隠者の島では魔物はいないのに、貴重な薬草から鉱石まで素材系アイテムが豊富に入手できる。生産系の技術があれば、それらを利用して売りさばくだけで一財産きずくことが簡単にできそうだ。

 すでにパティスさんから教わった錬金術や魔道工学の知識で、俺たちにも高性能な魔道具作成ができるようになっているが、地球で採れない素材を利用するのでヴァルガンドでしか通用しないのが残念だ。

 ま、そのかわり地球では科学技術が発達してるんだけどね。


――――。

 外はすっかり夜になり、町には魔道具の街灯がぼんやりと光っている。影のように黒くなった町並みの上を見れば、この世界ならではの美しい星空がどこまでも広がっている。


 燭台の明かりに照らされたダイニングでは、テーブルを挟んで俺を春香が座っている。

 目の前にはいつもより豪勢な料理が並んでいる。サラダ、スープ、白身魚のムニエル、鳥肉のフリッター、そして、春香の大好きなデミグラハンバーグの皿に、デザート代わりのフルーツ盛りのボウル。……今日は修業がいったん終わったということで二人っきりのパーティーなんだ。

 早速、グラスに魔法で冷やした白ワインをつぎ、二人でグラスを掲げる。

 「お疲れさま! 乾杯!」

 「乾杯!」

 ぶつけ合ったグラスがカツンと音を立てる。

 さっそく白身魚のムニエルにナイフを入れる。年が若返って、こうしたボリュームのある食事が再びおいしく食べられるようになった。

 一切れ口に入れると、ハーブとバターが白身魚と絡み合ってすごく美味しい。

 久しぶりの二人きりの食事で、どうしても顔がニコニコとしてしまう。

 「ふふふ。何をニコニコしてるのかな?」

と春香がいうが、その春香の顔もずっとうれしそうにニコニコしている。

 こうして改めて春香の顔を見ると、砂漠の国だというのに不思議と日焼けすることもなく、日本にいたときと同じ美白を保っている。

 不意に春香が、

 「いやぁ。それにしてもファンタジー生活も一年かぁ」

としみじみとつぶやいた。……こういうちょっと年寄りくさいのは、どうしても内面40才が出てしまうところだ。

 俺は苦笑いしつつ、

 「不便なこともあるけど、楽しいよね」

と言うと、春香もうなづいた。

 「なにしろ、「魔法がある」」

と言った言葉が重なる。。

 「慣れちゃうと便利すぎるよな」

 「本当。……まさか、私が魔法少女になるとはね」

 「ちっちっち。違うぞ、春香。魔法美少女、いや、魔法美女だな」

 「び、美女。えへへ、そう?」

 照れている春香だが、俺がぼそっと、

 「ま、どっちにしろ、略すと魔女だけどね」

 「魔女だとぅ! この!」

と笑いながら、テーブルの下で俺の足を軽く踏んづけてきた。

 次の瞬間、二人とも、

 「「あはははは」」

と上機嫌で笑い合う。こうした春香との軽いかけあいも、すべてが楽しい。

 春香がグラスを掲げて、

 「こうして夏樹と世界まで越えてきちゃった。……あ~あ、本当に私って幸せ者だよ」

とのろける。俺は微笑みながら、

 「ふふふ。ずっと二人でいようって言ったろ? 世界が変わったって二人一緒さ」

 「……もう。うれしいこと言っちゃって」


 食事が終わり、春香が後片付けをしている間に、俺はお風呂の準備をする。とは言っても、生活魔法でお風呂場を掃除し、蛇口のパネルに魔力を注ぐだけの簡単なお仕事だ。

 「魔法ってまじで便利」と思いながらお風呂場から戻り、そのまま寝室に向かい、同じく生活魔法で綺麗にした後、サイドボードに置いてあるハーブの香水を少しまいておく。

 一階に戻ると、そろそろお風呂のお湯がいいころだ。湯船を確認してお湯を留める。

 もともとお湯も俺の魔力で生み出しているから、流しっぱなしでも問題はないんだけれど、どうしても地球にいたころの習慣で湯船に一杯になったらお湯を止めてしまう。もちろん改めるつもりはないよ。もったいないもん。

 キッチンに戻るとすでに食事の片付けは済んでいて、春香はボトルに入れた炭酸水にレモンを搾しぼり、冷蔵庫に入れていた。

 「お風呂いいよ」と声をかけると、春香は振り返って「じゃ、一緒に入ろう」と笑った。


 カポーンとは音がしないが書きたくなるのはどうしてだろう。

 お風呂場は約十畳。以前済んでいたアパートとは比べものにならないくらい広く、大浴場といっていいだろう。

 総大理石で、天井や壁面には光量を調整できる魔道具の照明が取り付けられている。今はムードを出すために、ちょっと暗めにしている。

 「ふふふ。二人一緒に入るのも久しぶりだね」

 「まあ、パティスさんがいるのに二人ではいるのもね……」

と話しながら、脱衣所から二人でお風呂場に足を踏み入れた。

 もわっと湯気に包まれながら、すべらないように慎重に湯船に近づく。

 春香が先に手桶を取って、湯を浴びてから浴槽につかった。つづいて俺も体をお湯で流して隣に入る。

 春香がゆっくりと俺にもたれかかってくる。このなんでもないような時間ひとときに、何ともいえない幸せを感じる。


 浴槽から出て洗い場に向かった春香が、ふいっと振り返って、

 「ほらほら。夏樹も早く体洗って寝室に行こうよ」

とせかす。……はいはい。考えていることはわかりますよ。夫婦ですから!

 俺もざばぁっと浴槽から出て春香の隣に座り、タオルに石けんをつけて体を洗う。横から視線を感じてちらっと隣を見ると、春香が俺をチラ見していた。いや、そんなに下を見られてても恥ずかしいんですが……。

 苦笑いを浮かべながら振り向いて、

 「ほら、背中流してやるから向こうむけ」

と言うと、春香はうれしそうにうなづいて向こうをむいた。

 なめらかな春香の背中をタオルでこする。年を重ねて大人の色気のある春香もいいけれど、こうして若い春香もとても魅力的だ。

 すいっと手を肌に当てると、すいつくような瑞々(みずみず)しさがあり、若い肌がお湯を弾いている。背中から腰にかけてのラインも適度にくびれていて、気がついたら触っていた。

 「ちょっと……、まだ?」

と恥ずかしそうな春香の声に、われに返ってお湯で泡を流してやった。

 春香ががばっとこっちに向き直って、

 「次は夏樹の番だよ。ほら。向こうむいて!」

と言う。春香の形の良い胸が美しく揺れるのを見て、俺はどきんとしながら反対側を向いた。

 春香がごしごしと俺の背中をこすりながら、

 「ん~。相変わらずたくましいなぁ。この背中……。ふふふん」

と機嫌良く鼻歌を歌い出した。

 ふふふ。俺もそれに合わせて鼻歌を歌っていると、急に、

 「おっとすべった!」

と棒読みの台詞セリフが後ろから聞こえてきて、背中に柔らかい感触がダイレクトに押しつけられる。

 俺はびくっとなりながら、

 「あのぅ。春香さん? 段々、納まりがつかなくなりそうなんだけど……」

と後ろを振り向こうとしたら、すぐ目の前に赤くなった春香の顔があった。

 「んちゅぅ」

と変な声を出しながら、春香にキスをされる。

 顔が離れると、再び春香は上機嫌で俺の背中の泡を流した。

 「さ、もっかい湯船に入って温まってさ、お風呂上がろうよ」


 ……本当に我慢できなくなったら、ここで襲っちゃうぞ?

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