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外伝3 修業の日々

――――。

 異世界生活2日目の早朝。

 俺と春香は、庭で並んで座禅を組んでいる。その背後にはパティスさんが立っているのが感じられる。

 「じゃあ、まずは魔力を感じるところから行くわよ」

 パティスさんはそう言って、俺と春香の背中のまんなかに手を当てた。

 その手から不思議な力が、じわじわと俺の体の中に流れ込んでくる。

 これが魔力なのかな?

 「どう? わかる?」

 「この暖かい力が魔力?」

 「そうよ。ハルカちゃん。ナツキくんもわかるわね?」

 「「はい」」

 「なら、今度は、自分の中にある同じ力を探すこと――」


 こうして、早速修業を開始した俺たちは、まず魔力を操作することからはじめて、それを練りあげたり逆に拡散させるやり方を、パティスさんの説明を聞きながら繰り返した。

 まったく初めての経験だが、魔力の操作という、ファンタジーの世界に来た実感の湧く訓練に、俺と春香は飽きることなく繰り返した。


 同日の午後。

 俺は剣を構え、棍を構えたパティスさんと対峙している。

 「さあっ。どこからでもかかってきなさい!」

 「はい!」

 …………。

 ……。


 ついにパティスさんから一本も取れぬまま、力尽きた俺は地面に仰向けに倒れこんで荒い息を整えていた。

 それを余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の様子のパティスさんが見下ろしている。

 「剣術スキルのサポートがあるとはいっても、全然だめね。……次はハルカちゃんよ」

 「はい!」

 見学していた春香が、パティスさんの前で剣を構えた。

 「さあ。かかってきなさい!」

 …………。

 ……。


 「もう……、だめぇ」

 俺の隣で春香が地面にうつぶせに倒れ伏している。おしりだけ突き出して突っ伏している姿勢は、まるでジャイアンにやられたのび太くんみたいだ。

 ……でもこのお尻がちょっと色っぽいと思ったのは内緒。

 俺たちの前では、あれだけ激しく動きまわったというのに呼吸一つ乱していないパティスさんが、棍を肩に載せていた。

 「ふふふ。ちょっと休憩したら、剣の型を教えるわよ。今日はその型を100回1セットで5回ずつ繰り返してもらうわ」

 お、鬼だ。鬼の教官がいる……。


 それから俺と春香の日課は、

 午前は魔力操作と魔法の訓練。

 午後は剣術、小剣術、体術の訓練。

 夜は薬学や錬金術、そして、この世界独特の魔道工学の勉強。

 朝から夜までしっかりと修業づくしとなった。


――――それから一年が経った。

 半年過ぎたころから、俺たちの修行の場所は、ポプリ王国の家から魔方陣で転移した無人島へと変わっていた。

 それにあわせて、魔力の訓練に加え、神力と呼ばれる摩訶不思議パワーの操作の訓練が加わった。

 ……なぜパティスさんが神力を理解しているのか疑問を抱いたが、かつて女神ノルンさんが弟子だったと聞いて納得した。


 朝になると無人島へ移動し、夜にまたポプリ王国へと戻る。日によってはそのまま無人島で野宿をする日もあった。

 どうやらその無人島は「隠者の島」と呼ばれるらしく、中央には小火山があり、豊かな恵みの森、入り江にはたまに人魚が訪れ、山の麓には三階層のダンジョンまであり、俺たちの修業にはもってこいの場所だった。


 一年間の修業のあれこれはいつか話すかもしれないが、ここでは省略しておこう。

 泥や汗にまみれ、全身に打撲を負うような時もあれば、春香の魔法が暴走してそれに巻き込まれて吹っ飛んだ日もあった。一方で、冬の火山で熱くたぎる溶岩を眺めたり、三人で料理をするなど、楽しいことも多かった。


 剣を構えた俺の周りに32人のパティスさんがいる。

 幻ではない。どれも実体を持っている。にもかかわらず本体は一人だけで、デコイというスキルらしい。

 俺は目をつぶり、神経を研ぎ澄ませる。

 集中したところで、次々にパティスさんが手にした棍こんで攻撃してくる。それを空気や気配を感じ取りながら、目をつぶったままで紙一重で避けていく。

 ……ここだ!

 「はっ!」

 攻撃と攻撃の合間をついて、短い呼気とともに一人のパティスさんに斬撃を放つ。

 カキーン。と甲高い音がして、その斬撃は棍で受け止められた。

 ゆっくりと目を開けると、目の前でパティスさんがにっこりと笑っていた。

 「そうよ。私が本体。……よくできました」

 その一言とともに次々とパティスさんのデコイが消えていった。


 パティスさんが振り返り、

 「ハルカちゃんも随分と神力の扱いに慣れてきたみたいね」

 その背後の磐座いわくらの上では、春香が禅を組んでおり、その全身から白銀の光が螺旋を描きながら立ち上っていた。


――――。

 ちょうどお昼の時間になり、俺たちは転移魔方陣でポプリ王国へと帰還した。

 「じゃあ、今日は私がつくりますね」

 そういって春香がエプロンを着けて厨房キッチンに立った。

 春香ははじめに、シンクでいくつかのキノコを水洗いして、包丁で食べやすい大きさに切っている。

 ついで二つの鍋を魔道具のコンロの上に置いて、温める。片一方には水魔法で出した水を張っていて、沸騰するのを待ち、もう一方の鍋には油を引いてキノコを炒めた。

 ジュゥッという音がしてキノコの香りが広がる。充分、火が通ったところでミルクを投入し、さらにパティス直伝のハーブを固めたコクの素を投入する。

 そのころ、もう一つの鍋でお湯が沸騰したようなので、作り置きのニョッキをゆでる。

 その手際を見ながら、俺は食器棚から三人分のお皿とボウルを取りだしてテーブルに並べた。

 そのままシンクにザルを置いて、そこに葉野菜を取りだして水魔法を使いながら丁寧に洗う。洗い終わったら、ボウルにちぎってサラダにし、上から塩、ハーブ、オリーブオイルをかける。

 パティスさんはコップを取りだして、冷蔵庫から朝につくったハーブティーのボトルを取りだして注いだ。

 春香はニョッキをお湯の鍋からキノコとミルクの入った鍋に移し、一緒にゆでる。

 箸でキノコとニョッキを一つずつ取りだして味見をする。

 「……うん。いい感じ」

 どうやら間もなく完成のようだ。


 食後に三人でゆっくりと紅茶を飲んで一服していると、パティスさんが微笑みながら、

 「いつ食べてもハルカちゃんの料理はおいしいわね。こればっかりは負けたかも」

 「あはは。ありがとうございます。これでもそれなりに主婦してますから」

 「ナツキくんも幸せね。こんな料理上手のお嫁さんで」

 俺はパティスさんに、

 「俺の自慢の嫁ですから」

と言うと、春香が恥ずかしそうに、

 「夏樹ったら照れちゃうよ」

と微笑んだ。

 それを生暖かい目で見ていたパティスさんだったが、急に真剣な表情になった。


 「――さてと、今日で私の修業も終わりよ」

 思わぬ言葉に俺は、

 「えっ? で、でもまだ神域への転移は……」

と言ったが、パティスさんはかぶりを振って、

 「までできないでしょ? だけど、私が教えられるのはここまでなの。……後はここで冒険しながら力をつけて実現しないといけないのよ」


 ……パティスさん。突然すぎます。

 そう思ったが、今まで充分すぎるくらいお世話になってしまっていることを思えば、文句など言えるはずがない。

 確かに自分たちで力の使い方を学ぶべき時が来たのだろう。

 とまどっている俺たちを見て、パティスさんが、

 「というわけで、とりあえず午後は冒険者ギルドに行きましょ」

と笑った。

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