外伝27 シエラと黒猫
振り向いて春香を見つめると、春香はうなづいた。
「終わったね」
「ああ。……こうしてみると案外あっけなかったな」
「結局は、私たちの神力の使い方が問題だったわけね」
「あ~、まあ、そうだな……。そうだ! あの猫耳メイドは?」
あわてて王妃の方を見ると、すでに猫耳メイドの姿は無く、かわりに例の黒猫が王妃の腕に抱かれていた。
「まさか……」
春香と一緒に王妃のところに戻る。
猫をじっと見ると、情報が視界に映った。
――サクラ・ハルノ――
ヴァルガンドの主神ジュン・ハルノの嫁。
コスプレ好きで、メイドになったり、ナースになったりする。
旦那の指示で、夏樹と春香を見守っていた。
……っていうか、もっと早く気づけっつうの!
いやいや。説明文にまで突っ込まれているぞ。俺。
あの猫の正体が猫耳メイドか。思わず春香と二人でへこみそうになるが、そこへ王妃が、
「これですべてが終わり、私も砂魔人の呪縛から解き放たれました。……お二人にはどんなに感謝しても感謝しきれません」
俺と春香はあわてて、
「い、いえ。本当はもっと早く倒せていなかったらダメだったんです」
「そ、そうですよ。でも王妃様。これで王子と一緒にいられますね」
と言うと、王妃はうれしそうにうなづいた。
そこへ猫が、俺と春香を見上げ、
(その結晶。後でマスターに渡してね。先代と関わりがあるものだから)
脳裏にメイドの声が響いた。
先代? まあ、結晶を渡すのはいいが……。それよりも、
「これは念話? マスターってジュンさんのことか?」
(そうよ。……さあ、どうやってこの空間から出る?)
「え? 砂魔人を倒したから自然と出られるんじゃ……」
(ん~。無理。でも今ならできるんじゃない。ってかできないと、いつまで経ってもマスターの課題をクリアできないよ)
あ、それもそうか。……確か、ジュンさんのいる神域に転移することだっけ。
納得はしたものの、どうやってやるんだ?
内心で首をかしげながら、春香を見る。春香があごに手を当てて考えごとをしている。
「あ、そうか。意思が世界に干渉して結果が現れる……」
「やり方がわかったのか?」
「うん。なんとなくだけど」
春香はそう言って俺の手を握る。
「夏樹。目を閉じて」
「ああ」
「世界に念じるのよ。元の地上に……、いや王子の近くに転移するように」
春香に言われて、俺はとにかく王子のそばにいる俺たちをイメージする。転移してくれ。そう願ったとき、何かがカチッとはまったような気がした。
急に空気が変わった。
「お母さん!」
王子の声が聞こえて、目を開くと、そこはイメージしたとおりの砂漠だった。
王子が王妃に抱きついていて、それをシエラとユーミが見守っている。
春香が俺のそばで、
「成功。さっすがは夏樹だね」
と言って、いつものようにぎゅっと腕を絡めてきた。
ようやくすべてが終わった。そう実感がわいてくる。
「あれ? サクラさんは?」
そう思ってまわりを見回すが、どこにもネコ耳メイドも黒猫も姿が見えない。
シエラが、
「もう戻りましたよ」
と言う。まさかシエラは何か知っているのか?
そう思ってシエラの顔を見たとき、俺は驚いて目を疑った。
――シエラ・ハルノ――
ヴァルガンドの主神ジュン・ハルノの嫁。
サクラと共に、夏樹と春香のサポート役を命じられている。
……クスクス。ようやく気づいた?
俺と春香の驚きの声が重なる。
「「ええ~!!」」
急に大きな声を上げた俺と春香に、ユーミが怪訝そうな表情になる。
「ちょっと何よ。驚いたじゃない」
シエラがニヤニヤしながら、ユーミの肩に手をやって、
「あはは。たぶん、何か見えたんじゃないかな? 信じたくないものとか。あははは」
「……ふ~ん」
俺は笑顔で誤魔化しながら、王子の方を見ると、王子はまだ王妃に抱きついていた。王妃が慈母の微笑みをうかべて王子の頭を優しく撫でている。
ふと唐突に空がかげった。
「どうした?」
と言いながら見上げると、そこには大きな赤い竜がホバリングして俺たちを見下ろしていた。
「火竜王ファフニル……」
竜王は砂漠に降り立ち、王妃に、
「巫女よ。ようやく奴の呪縛から解き放たれたな」
その声に王子はようやく王妃から離れ、並んで火竜王を見上げた。
王妃が一礼し、
「竜王さま……」
「一〇年前、お主の身体がダメにならないように、生命の水を使用したが、身体におかしいところはないか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
「うむ。お主の息子も、よくがんばったな」
王妃は王子の背中を押した。
「ほら、ルキウス。火竜王ファフニルさまよ」
王子はキラキラした目で火竜王を見上げ、
「ルキウスです。火竜王さま!」
王子の元気な挨拶を聞いた火竜王は機嫌良く笑った。
「フハハハハ。元気な男おの子こよ。……うむ。そなたとそなたの未来の后きさきに我が加護を与えよう」
火竜王のツメ先から小さな光が二つ、王子とユーミに飛んでいった。
光が胸に吸い込まれていき、王子が、
「うわぁ」
とうれしそうだ。ユーミの方は、
「み、未来の后……」
とつぶやいている。
うん。どうやらお墨付きのようだな。王妃が二人を見て、上品に笑っていた。
火竜王が俺たちを見て、
「どうやらそちらも試練は終わったようだ。……ポプリ王国まで我が送ろう」
俺と春香は緊張しながら一礼した。
俺たちは大きなシャボン玉のような光の玉につつまれた。火竜王が空に浮かび上がると、光の玉も空に浮かぶ。
そのまま火竜王についていくように、俺たちはしばし砂漠の空の旅を楽しんだ。