外伝26 砂魔人戦
広さは学校の体育館くらいの狭い空間。
照明は無いけれど、空間全体が青黒く光っている。
俺と春香は立ち上がってまわりを見回す。
どうやら俺と春香だけのよう……。いや、少し離れたところに一人の女性が倒れている。
その女性のそばにしゃがみ込んで確認すると、その女性は王妃様だった。
どこにも怪我はないようだ。体を揺らすと、
「う、んん」
と言いながら目を開いた。
長い眠りから覚めたように、王妃ロザリーは俺と春香をぼんやりと見ていたが、急にはっとしたように、
「あ、あなたたちは! ……ここは」
と言って立ち上がった。
ふらっとしたので、とっさに手を伸ばして支えると、
「ありがとう。夏樹くんと春香さんだったわね」
と周りを警戒しながら礼を言った。
「ルキウスをありがとう。……でも、油断しないで。ここは砂魔人のなかよ」
「砂魔人のなか?」
思わず素っ頓狂な声を上げた俺だが、王妃と同じように周りを警戒しながら、
「どういうことです?」
とききかえした。
王妃は、
「私の魂は、封印が破られたと同時に、砂魔人に囚われました。肉体の方も四天王によって転移させられ、砂魔人復活の核として利用されたのです。……ここはその核の中。砂魔人の本体も潜んでいるはずです」
春香が緊張しながら、
「あれじゃない?」
と指をさす。その先には、禍々しく脈動する50センチくらいの黄色いクリスタルがあった。
俺たちが見ている前で、そのクリスタルに黒い瘴気がまとわりつき、人型になっていく。そこに現れたのは、身長3メートルほどの黒い翼を生やした巨人だった。腕を組んで俺たちを見ている。
俺は剣の柄を握りながら王妃に尋ねる。
「奴を倒せば?」
「すべて終わります」
春香も剣を構えながら、
「なら好都合ね」
とめずらしく挑戦的なことを言った。だが間違っちゃいないな。
砂魔人が両腕をこちらに向けた。
「来る!」
腕の先が、ロケットパンチのように飛んできた。俺たちは咄嗟に左右に分かれてそれを避ける。
まるで誘導弾のように、よけたはずのパンチが追いかけてくる。体に魔力を纏わせて、それを迎撃しようとすると、どこからともなく、
「いい加減に神力を使いなさい!」
と叱咤する女性の声が聞こえた。
体をひねってパンチをよけると、俺のそばにジュンさんのところにいた猫耳メイドが現れた。
メイドは、無造作に左手で払う仕草をする。すると、そこから衝撃波が放たれてロケットパンチが四散した。
「こいつの正体は邪神の欠片よ。魔力なんかじゃ効かない。神力でぶちのめさないとダメよ」
そう言いながら、メイドは一瞬で砂魔人の懐に入り、両手で腹を突いた。
「神虎崩天撃」
砂魔人の背中から神力の光が漏れ、魔人が膝をついた。メイドはさっと王妃の側に飛び下がる。
「王妃は私が守る。……だから、二人で戦いなさい」
俺はうなづいて、すぐに春香の隣に駆け寄った。
「いくぞ! 春香!」「ええ!」
思い出せ。パティスとの修業を。神力を高め、神力と同化する。隣では同じように春香が神力を高めた。その背中から後光が差して見える。
遠くの砂魔人の体が一瞬にして崩れたと思ったら、急に目の前の地面が盛り上がり、砂魔人となった。両手には剣を持っている。
斬りかかってくる剣を頭を下げて避け、神力を込めた拳を魔人の腹に叩き込む。そのまま左手に回って飛び上がり、頭めがけて回し蹴りを放つ。反対側では春香が足払いをかけていた。
俺の蹴りがヒットした魔人の頭が爆発するが、すぐに何ごとも無かったかのように復活する。
砂魔人は俺の方に一歩踏み出して、口から砂のブレスを吐き出した。
……よけたら王妃たちが危ない。
俺は目の前に神力の壁を作り、砂魔人のブレスを正面から受け止めた。
ブレスを吐き続ける砂魔人の背後から、春香が神力をまとわせた剣で、頭頂から一刀のもとに両断した。
砂魔人の体が一気に崩れ、また離れたところで再生する。
再び春香と並びながら、
「キリがないな」
と悪態をつくと、春香が、
「夏樹。ちょっとの間、魔人を抑えておいてくれる? 弱点を探ってみる」
「任せろ!」
と言って、地面を蹴った。
剣に神力をまとわせ、砂魔人の剣と切り結ぶ。二刀流の砂魔人の剣に、体術と魔法剣を応用して対抗する。ブレスを剣で断ち、がら空きのボディに神力の拳を放ち、連続攻撃をいなす。
春香を信じて戦い続ける。幸いにして神力を使い出してからは、スタミナ切れということもない。
――――
王妃が心配そうに、砂魔人と戦う夏樹を見ている。
「……火竜王様がお近くに来ているというのに、見ていることしかできないの?」
そのつぶやきを効いたメイドが、
「手を出しちゃダメよ。これはあの二人の試練なんだから」
「試練?」
「そう。……まったく、いつまでも神力を使いこなそうともせずに、ずるずると過ごしちゃってさ。使えばあんなのイチコロなのに」
物騒なことを言うメイドに王妃がおそるおそる、
「……失礼ですが、あなたは?」
と尋ねると、メイドはニコッと笑って、
「サクラよ。それ以外は……、きかないほうがいいわ」
「そ、そうですか」
メイドのサクラは夏樹の戦いを見ながら、
「能率が悪いなぁ。邪神の力を浄化しながら吸収するとか。消滅するまでぶったたくとか。空間ごと封印は悪手だけど、やりかたなんていくらでもあるのにねぇ」
とつぶやいている。
王妃はその言葉におののきながら、いつのまにか畏れも不安も無く、戦いを観戦していた。
――――
「わかった!」
春香が背後で叫んでいる。
俺は剣を大ぶりして砂魔人の剣を弾くと、その反動を利用して春香の隣に下がった。
「例のクリスタルは全体に溶け込んでるみたい。でも力の源は瘴気に犯されて変質した神力みたいだから、浄化するのが一番よさそうよ」
「浄化か……」
瘴気を払う浄化のやり方は教わってはいない。どうする?
しかし、春香が、
「あのね。最近わかってきたんだけど、神力って神の力なわけでしょ? ってことは、魔力みたいに使うんじゃなくて、私たちの意思どおりに力が作用するんじゃないのかな」
む? それは……、考えたことがなかったな。神の力。意思どおりに作用する?
その時、懐かしいパティスさんの声が聞こえた。
(惜しい! 意思が世界に干渉して結果が現れるのよ。……がんばれ!)
砂魔人の体から、ミサイルみたいな砂の塊が飛んでくる。
剣でそれを打ち払いながら、
「試してみるか……。吹き飛べ」
と強く念じた。その時、何かがカチリとはまった気がする。飛んできた砂の弾丸が弾かれたように爆発した。
それを見た春香が、
「なるほどね。夏樹。二人でやろうよ」
「わかった。春香は奴が分離したりしないように結界に閉じ込めるイメージで、俺が奴を浄化する」
「オッケー!」
俺は春香の前衛となり、砂魔人の懐に飛び込んだ。神力を拳にまとってボディに叩きつける。
砂魔人がよろめいて、後ろにあとずさった。
「ええい! とまれぇぇぇ!」
春香が両手を前に叫ぶ。砂魔人の体が春香の神力に覆われて動きを止める。
もがく砂魔人に手をかざし、黒い瘴気を漂白し、浄化するイメージで神力を送った。
手のひらの先から伸びる俺の神力で、砂魔人の瘴気を取り込み、浄化する。苦し紛れに逃げようとするが、春香の結界でがっしり捕まえられている。
どんどんと神力を流し込み、浄化をして、逆に吸収する。まるで血流のように神力の流れができ、砂魔人の抵抗が弱くなっていく。それと同時に、人型も維持できなくなったようで、砂が崩れていき、最後に残ったのは初めに見たクリスタルだった。
クリスタルを手に取る前に「分析」と念じると、ごく自然に視界に情報が映るようになった。
――神力の結晶
かつて瘴気に犯されて邪神の一部となっていた神力の欠片。
今は浄化されて神力の結晶となっている。
どうやら大丈夫のようだな。
俺はそのクリスタルを手にとってアイテムボックスに収納した。
これで、すべて終わったな。