外伝20 凶暴化する魔物と砂の塔
王妃がいなくなったことは、即座に国王が、その場にいた俺たちと宰相、そしてお世話をしていたメイドに箝口令を敷き、外に漏れることはなかった。
どうやら秘密裏に騎士団長に命じて、王妃の行方も捜させているようだ。
状況から言って、どうして王妃の身体が消えたのかよくわからないが、砂魔人の復活と関係がある気がする。
王子は動転して、すぐに城の外へ飛び出していこうとしたので、ユーミのマジックアイテムで強制的に眠らせた。……物理的にじゃないぞ?
その間に部屋に運んだ王子のそばにはユーミがついている。俺と春香は、とりあえずシエラを連れて家に戻ってきた。
シエラはしばらくポプリ王国に滞在するということなので、余っている部屋を一つ使ってもらうことにしたが、いつのまにか例の黒猫も勝手に入ってきて、シエラの部屋に入り浸るようになった。
この家のセキュリティを通り抜けるとは、ますますこの黒猫の正体が怪しい。俺がモフるのは拒否されているが、春香に触られるのは平気なようで、なんだか悔しい。……なぜ?
一度、そう愚痴ったら、シエラがうなづいていたので、理由に心当たりがあるのだろう。
砂魔人が復活した影響は、次の日から早速、目に見える形であらわれた。
気温の上昇と、オアシスの水位が下がり、南方の砂漠に幾つもの竜巻が現れたのが目撃されている。
魔物も凶暴化しているようで、ケガをする冒険者も増えだしているそうで、冒険者ギルドでは実態の把握に忙しそうにしている。
俺の予想だが、近いうちに流通にも影響が出て、物価が上昇する気がする。
騎士団も幾つもの分隊をあちこちに派遣したらしいので、情報を持ち帰ってくれることを願っている。
さて肝心の王子だが、どこかぼうっと物思いにふけっているようだ。
……そりゃそうだよな。母親がどこかに消えてしまったんだからな。
朝食の準備をしている春香と、その手伝いをしているシエラの後ろ姿を見ながら、俺は今後のことを考えていた。
コトッと音がして、考え事をしていた俺は我に返った。
春香がにこっと笑って、
「ほらほら。暗い顔をしていると何事も上手くいかなくなるよ?」
「ふふふ。そうだな」
笑い返すと、俺の足を何かがくすぐっている。
テーブルの下をのぞき込むと、黒猫と目が合った。
「んにゃー」
そこへシエラが笑いながら、
「ふふふ。サク……、猫ちゃんもしっかりしろっていってるわ」
とスープを運んできた。
コンロ前の春香が振り返って、
「あ、そうそう。その猫ちゃん。サクラっていうのね?」
と言うと、シエラが、
「ええ、そうみたいね」
しかし、俺はみずからの思考の海に潜り込んでいた。
う~ん、そんなに悩んでいるような顔をしていたのかな? ……本当は、俺たちなら王妃を救えるような気がしているんだ。アムリタの神の力を使ってさ。ただ、春香と二人だけで、あの砂魔人たちと戦うのは無謀かもしれない。
「また、何か考えてるでしょ」
いつの間にか朝食の準備ができて、春香もシエラも席に着いていた。
春香が、
「当てよっか?」
「え? 何を?」と聞き返すと、春香が、
「俺と春香なら王妃を救えるんじゃないか? でも砂魔人と戦うのは無理そうだ……。ちがう?」
いや、ちがわない。まったく、うちの春香には考えていることが筒抜けのようだ。
俺は黙ってうなづいた。
春香は、わざとらしくため息をついて、
「あのねぇ。夏樹」
「どうした?」
「私たちの出番だと思うよ。……あの化け物。王国の騎士とかじゃ、無理。絶対!」
「……まあな」
「だから、私がいいたいのは。私の心配はいらないってこと。思うように力を使うべき時だと思うの」
そうか。春香の決心はもうできているんだな。あの化け物を相手に戦おうってか。
……ははは。何だなさけないんな。俺の方が尻込みするなんて。
ふと顔を上げると、シエラが微笑んでいた。
「い、いや、何でもないよ?」
神力なんて、シエラにはわからないだろうし、知られて普通の暮らしができなくなると困る。
あわてて誤魔化そうとすると、シエラが苦笑しながら、
「二人が何ものであろうと、気にしないし誰にも言わないわよ。秘密は守る。それが仲間でしょ?」
……そうか。そうだよな。もう仲間だよな。
俺は、気合いを入れようと、両手で顔を叩く。俺たちはこの世界の神じゃない。だが王子の母親のために、この力を使おう!
春香とシエラがうなづいて、右の拳を握って天に振り上げ、
「「やるぞ!」」「にゃーお!」
と気合いを入れた。いつのまにか猫までテーブルの上に飛び上がってるし……。
――――
翌日、ユーミにはこっそりと、俺たち三人で砂魔人の行方、そして、王妃の行方を探しに行くことを伝える。
その日は準備に費やすことにし、ギルドに情報を集めに行った。
「南に大きな塔が見える?」
「ええ。討伐依頼を受けた冒険者の一人が、竜巻の間にたたずむ塔を見ています」
大きな塔……、あやしいな。
受付嬢が話を続ける。
「遠くから確認しただけのようですが、その頂上から空に向かって光る何かが伸びているとか」
「光る何か?」
「ええ。正直、何のことかわかりませんが」
春香が、
「あやしいね。でも竜巻か」
とつぶやいた。
なんでも南の砂漠に発生している竜巻は、消えることなく、まるで何かを守るようにぐるぐると動き回っているそうだ。
砂漠での竜巻? それって塵旋風じんせんぷうじゃないだろうか。……それなら行けそうな気がする。
もっとも油断は禁物。本当の竜巻の可能性もあるだろう。
家に戻り、早速、みんなで情報のすりあわせを行う。
俺と春香の話を聞いていたシエラが、
「やっぱり南の砂漠の塔があやしいですね」
と地図を指さしながら言った。
俺はうなづき、
「俺もだ。……当面はその砂漠の塔を調査しようと思う」
すると春香が、
「え、でも。竜巻はどうするの?」
と首をかしげた。
「これは一般論だが、砂漠の場合、よく塵旋風が竜巻と見間違えられることが多い」
「塵旋風?」
「ようは大きなつむじ風だな。こいつの場合、竜巻ほどの被害はでないんだ」
春香が納得したように、「なるほど」とうなづいた。
「ただ、もし本当に竜巻だった場合。まずはこの目で観察しないと対処ができそうにない。幸いに魔法ってのがあるから、結界を張って突っ切るとか、超高高度の空から突入するとか、地中から進むとか。おそらくやりようはあるだろう」
「うん、わかった。っていうか、私にはそこのところわかんないからなぁ。塵旋風なんてのも初めて聞いたし」
「まあ、発掘に向かう途中で何回か遭遇したからな」
「うんうん。さすがは夏樹だよ」
と感心している春香に、シエラが、
「発掘ってなに?」
とたずねている。春香がこちらをちらっと見てから、
「夏樹はね。考古学者なんだよ。で、古い地層を掘ったりするの。そこからずっと昔の遺物とか遺跡が出てきたりして、それで歴史を研究するんだよ」
シエラがおどろいたように俺を見た。
「へえ。よくわからないけど、学者だったの?」
「まあな」
「ふうん。すごいのね。すごいのかな? すごいのよね?」
いや、なんだそれ? 信じてないのか?
思わず突っ込みそうになると、春香が吹き出した。
「ぷっ。くすくすくすくす。……し、シエラったら、すごいに決まってるじゃない。私の夏樹は」
シエラが、
「はいはい。ごちそうさま。……うう、私も早く旦那様とラブラブしたい」
なぜかそのシエラに、猫が右手をポンとおいて「にゃあ」と慰めている。
シエラは猫を見て、「ね、サクラちゃん」と誰にも聞こえないような小さい声を出した。もしかして、あの猫ってサクラっていうのか?
とりあえず、次の日の出発に備えて、俺たちは早めに休むことにした。