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外伝2 隠者との出会い

――――。

 夏樹と春香の二人が転移していった後の神域。

 ジュンが二人のいた所を見つめたままで、

 「サクラ。あの二人を頼むぞ」

と言った。すると猫耳少女が一礼すると、ぼふんと煙を残して黒の長毛種の猫に変身し、トコトコとジュンのそばに歩いてきた。

 黒猫は、ジュンとノルンを見上げて、

 「お任せを。マスター! ……ノルンさん。戻ってきたら一ヶ月はマスターを堪能させてくださいね」

と言うと、幻のようにその場ですうっと消えていった。


 ノルンがジュンのそばに来て、

 「あの二人。例のアレと戦わせるんでしょ?」

と尋ねると、ジュンはノルンを見て、

 「正確にはサポートだけどね。……それにその前に基本的な戦い方を身につけてもらわないといけないさ」

 「あら。それは誰が教えるの?」

とノルンが首をかしげる。ジュンは微笑んで、

 「ノルンの師匠にお願いしてあるよ」

と言うと、ノルンはちょっと驚いて、

 「えっ! パティに? ……まあ、確かに最適かもしれないわね」

とつぶやいた。

 ジュンはウインクして、

 「初代聖女にして女神ノルンの師匠だ。うまくいくさ」

と微笑んだ。


 ノルンも微笑んでいたが、あっと小さく声を上げて手を口に当てる。

 ジュンが「どうした?」ときくと、ノルンはばつが悪そうに、

 「こっちの世界が一夫多妻だって説明してないわ」

 ジュンもちょっと困ったなというように顔をしかめ、

 「まあ、……神眼で見た感じだと、いまだに二人ともお互いしか見えないって感じだから。大丈夫だろ?

 むしろ周りの因果をかき回して、たくさんのカップルを作りそうなところが心配だよ」

 ノルンが、

 「いや、ほら。あなたみたいに隙すきが多いと、いつのまにか嫁が増えるって忠告するのを忘れてて」

と言うと、ジュンが再びどよんと落ち込んで「だよな~」とつぶやいた。


――――。

 光が収まると、俺と春香はオアシスのほとりにある大きな木の下にいた。

 地球、そして神域からの連続の転移で、若干めまいがする。


 「あれ? ここは……」

 春香が少しぼうっとしながら周りを見回した。

 目の前には大きな湖が広がっていて、水面がまばゆい太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 乾燥帯の砂漠気候のように、からっとした猛烈な暑さが押し寄せてきた。

 湖の周りには林が広がっていて、岸沿いに街道が延びているようで、その先には城のある町が見える。

 どうやら今いるところは、街道の休憩所になっているみたいで、少し離れたところには数頭のらくだをつれた3つのグループが地面に座って休憩していた。


 湖沿いの街道は、この休憩所を通って、俺たちの背後の林の中に続いている。


 俺は春香に、

 「まずは装備と持ち物の確認をしよう」

と言った。

 政情の不安定な地域に入るときには、その地域の情報と事前の準備がかかせない。

 この近辺の情報は、向こうで休憩している人たちから入手するにしても、自分たちの身を守る装備品はその前に確認しておくべきだ。

 まるで互いに制服をチェックするように、軽鎧がちゃんと固定されているかなどを確認し、マジックバックからコートを取り出して上からかぶる。

 説明されたとおり、不思議とコートをかぶった途端、周りの気温が下がって快適な温度湿度になったようだ。

 その不思議さに思わず春香と顔を見合わせると、春香が、

 「これすごいね」

と笑っていた。

 これで見た目だけは一端いっぱしの冒険者になれただろう。俺の軽鎧も春香のも同じデザインになっている。う~む。春香の胸部はどうやって納まっているのだろうか? 気になって春香の脇から鎧の隙間をのぞき込むと、頭をゴツンと叩かれた。見上げると春香が恥ずかしそうにしている。

 「ちょ、ちょっと。こんなところでどこ見てんのよ。……そういうのは二人っきりの時にして」

 後半ささやくような小さい声だったが、俺もはっとして休憩しているグループの方に視線をやった。

 ……よかった。どうやら誰も見ていなかったようだ。

 ほっと胸をなで下ろしながら、ふと気になって鎧に取り付けられている金属のプレートを指でなぞってみる。ちょうど胸のところのプレートに何かのシンボルマークが刻まれている。これは……、星に剣とハルバードが交差しているようだ。

 その時、後ろの林の中から、

 「ステラポラリスのチームのシンボルマークよ」

と若い女性の声が聞こえてきた。

 慌てて振り返ると、木々の間から20代後半の美しい女性が現れた。ほっそりと色白で、長い銀色の髪をしている。フード付きのローブを着ていて、その手には白い棒を持っている。

 フードからのぞくその美貌は、この世のものとは思えないほど整っていて美しい。

 女性はこちらに歩きながら、

 「ジュンくんをリーダーとするノルンたちのチームのマークよ」

と言う。「ジュンくん」ってジュンさんのことだよな? 管理神を「くん」づけするこの人って……。

 それに、この世界の挨拶はなんて言えばいいのだろうか?

 困惑していると、その女性が微笑みながら近づいてきて、

 「はじめまして。あなたたちがナツキさんとハルカさんね?」

と握手を求めてきた。

 恐縮しながら右手を握り返す。華奢でしなやかな手は春香に勝るとも劣らない。

 「俺たちのことをご存じで?」

 握手に応えながら尋ねると、女性はうなづいて、

 「私はパティス。あなたたちを指導するように言われているわ」

と微笑んだ。

 思わず見とれていると、春香が俺の脇腹をぎゅっとつねった。

 「いてっ」

と声を上げると、パティスさんが、

 「あらあら。……大丈夫よ。私こう見えてあなたたちのお婆ちゃんより年上だから。旦那さんを誘惑したりはしないわ」

と笑いながら春香にそう言った。春香は赤くなってうなづきながらも、じとっと俺を見上げる。思わずその視線に冷や汗が流れる。

 「ねえ、あなた。後でお話があるわ」「……はい」


 パティスさんの案内に従って、俺たちは湖畔の街道を歩いて、遠くに見える町に向かった。

 「あそこの城が、ノーム大砂漠北部のポプリ王国のポプリ城よ。そこの城下町に貴方たちの家を用意しておいたから、しばらくはそこで鍛錬たんれんするわ」

 歩きながら、俺たちはパティスさんに色々とこの世界のこと、ポプリ王国のことを尋ねる。正直、ジュンさんの説明では足りないことも多かったのだ。

 この世界のお金の単位はディールで統一されていて、庶民の昼食がだいたい500ディールから1500ディールかかるらしい。市場を見ないとわからないが、、物価としては東京と同じくらいだと思う。

 ポプリ王国には雨季と乾季とがあり、今は乾季。一年は12ヵ月で、今は|水瓶の月(2月)。但し、地球の北半球と逆で、今ごろが最も暑い季節らしい。


 国王はクレメンスといって優しい人柄で国民からも慕われている。王妃はロザリーでもとは聖女認定された美しい女性らしいけれど、10年前のとある事件から眠り続けているらしい。二人には王子ルキウスがいて、今年で10才になるそうだ。元気な王子様で、しょっちゅうお城を抜け出して城下町に遊びに来ているらしい。

 さて10年前のとある事件だが、突如、砂魔人を名乗る悪魔が4人の部下を引き連れてポプリ王国を襲ったそうだ。お城の兵士や魔法使いたちが懸命に戦ったそうだが、壊滅寸前まで追い込まれてしまった。

 その時、王妃ロザリーの懸命の祈りを聞き届けた火竜王ファフニルが現れ、砂魔人を倒したそうだ。

 しかし、お城が歓声に涌いているとき、一人、王妃ロザリーが庭で力尽きて倒れているのが発見され、それから昏々(こんこん)と眠り続けているらしい。


 魔王ならぬ魔人という恐ろしい敵が、わずか10年前にいたことに戦慄を覚える。やはりファンタジー世界は危険がいっぱいありそうだ。

 そんなことを考えていると、ようやく町の入り口が見えてきた。

 パティスさんの手配で、特段の問題もなく町に入ることができた。

 塀の中に広がる町並みは、どこも石造りの建物でところどころに緑の木々が植えられている。

 地下からオアシスの水を引いているようで、道路の脇には小さな水路が流れていた。なんでも町の中央には大きな噴水があるほか、あちこちに彫刻を施された給水所が設けられているそうだ。

 白いテントを張っている露店や、広場に面したカフェ、道具屋さんや果物の入った木箱を並べた食料品店などなど、異国情緒あふれる店が並んでいる。

 道を行く人々は、ゆったりとした服を着ており、あちこちの日陰や給水所で休んでいる。


 そのまま商店街から住宅街に入り込み、一軒の家の前でパティスさんが止まった。

 「ここがあなたたちの家よ。結界を張っているからちょっと待ってね」

と言って、入り口の門柱のプレートに触れて、何かをつぶやいていた。

 突然、なにか空気が変わったのを感じる。


 パティスさんが門扉を開けて、俺たちに振り返った。

 「さあ、どうぞ。これからしばらくよろしくね」

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