外伝18 解かれた封印
ほぼまっすぐの洞窟を、王子たちの先頭に立って進む。
特に罠もないようだが、奥に行くにつれて背筋がぞわぞわと泡立つようだ。空気もねっとりとしているようで、不気味だ。……こんなところに春香が一人でいるなんて! 早く合流しないと。
30分も歩いたころに洞窟の様子が変わった。
王子が、
「あれれ? 石畳の床になったね」
とつぶやいた。
今まで自然の崖を掘りぬいていたような感じだったが、ここからは床、天井、壁に規則正しく石組みがされていて、人の手が入っている。
遺跡なのだろうか。……かすかに学者としての血が騒ぐが、それよりも春香に会いたい。
見たところでは突然崩落するような危険性はなさそうだ。どれくらい古いのかはきちんと調査しないとわからないが。
ユーミが、
「むむ? 松明の明かり……。やっぱり誰かが来ているみたいね」
と通路の前方に見える明かりを指摘した。
人の騒ぐ声と、戦っているような物音がする。
「みんな。戦闘しているみたいだ。気を抜くなよ」
注意をうながして、慎重に気配を探りながら進む。
魔法戦だろうか。時折、フラッシュのような閃光や地響きがする。
そこから200メートル先に進むと、大きな広間に出た。
通路からのぞくと、そこはかつて何かの神殿だったようだ。
前方の壁に不気味な赤黒い大きな宝玉がはめ込まれ、その手前にガラスのような壁がある。そして、ガラスの正面に半透明の王子のお母さんの姿が見える。三人の男たちが、王妃に向かって次々に魔法を放っていた。
「ボルケーノ・キャノン」
「トルネード・ボルテックス」
「ロックミサイル」
火と雷と土属性の強力な魔法が次々に女性を覆う。しかし、王妃が右手を上げると、光の障壁がその前に現れて、ことごとく魔法を防いだ。
「火竜王よ。その加護を顕現したまえ」
王妃が凛とした声で言葉を紡ぐと、目の前に真紅のドラゴンの幻影が現れ、ブレスを三人の男にはなった。
ブレスは三人の男たちの張ったバリアを突き抜け、男たちは吹っ飛ばされて壁にたたきつけられる。
悔しそうに王妃をにらみつけながら、
「ぐぬぬぬ。さすがは聖女にして火竜王の巫女。魂だけとなり、かなり弱っているであろうに、なかなかに手ごわい」
そういって立ち上がった一人の男が、立派な杖で、巨大な火球を放った。
「無駄です」
王妃はそういうと、無造作に右手で火球を弾き飛ばした。
「すごい。あれが王子のお母さんか……」
と思わずつぶやいた。
その現前で三人の男たちが、力を合わせている。
「「「我がマナを呼び水として、来たれ冥府の闇よ」」」
三人を赤黒い光の帯が繋ぎ、その前方におどろおどろしい力が集まってくる。
「お、お母さーん!」
王子が見かねて飛びだした。
「お、王子!」「ルキウス!」
シエラとユーミが叫ぶ。俺は、すぐさま王子を追いかけて飛びだした。
三人と王妃の前に飛び込んだ王子が、
「させないぞ!」
と叫んだ。それを見た王妃が、「る、ルキウス?」とつぶやく。
王子の前に俺が飛び出たところで、赤黒い魔力の球が完成したようだ。
リーダーらしき男が高笑いしながら、
「ふははは。ちょうどいい。王子ごと砕けちれ」
と言い放った。濃密な負の魔力がせまってくる。俺は神力でバリアを張ろうとした。その時、
半透明の王妃の姿が俺たちの前に現れた。黒い魔力の球がはじけた。
ビリビリとものすごい衝撃波が襲ってくる。土煙が生じて視界がきかなくなる。
王子は王妃のお陰で俺たちには怪我はない。が、王子がその場に倒れ込んでいる。半透明の王妃はその近くに行ってしゃがみ込んだ。
「ああ。ルキウス。……こんなに立派になって」
俺はその前に立って、見失った三人の男を探した。気配感知で探ると、奴らは、ガラスの壁に生じた亀裂のところにいた。
「ふははは。王妃よ。この場は俺たちの勝ちだ」
そう言うと、男の手にした太陽のオーブが光を放ち、ガラスにピシピシとヒビが広がっていく。その奥に何やらおぞましいエネルギーが渦巻き始めた。
その時、背後から、
「夏樹! ああ、良かった!」
と春香の声がする。あわてて振り向くと同時に春香が俺に抱きついてきた。
腕で抱きしめながら、ガラス壁に注意を払う。シエラとユーミも王子のところにやってきて、いつの間にか例の黒猫も王子のそばにいた。
ユーミが心配そうに、
「王子……」
とつぶやくと、王妃がにっこり笑って、
「あなたはルキウスの友だちね。……大丈夫。気を失っているだけよ」
そういって立ち上がり、俺の方を振り返って、
「あなたたち、急いでここから逃げなさい。……もはや魔人の封印は破られました」
「王妃さまも一緒に行きましょう」
と俺が言うと、王妃は首を振って、
「いいえ。魂だけとはいえ、私はここから動けないのです。……ルキウスをお願いします。さあ、急いで!」
次第に地響きが強くなっていく。
黒猫が鋭く「ミャー!」と叫び、シエラが王子を抱えた。
「いけない! すぐに脱出しないとまずいわよ!」
シエラの叫びに俺と春香はうなづき、
「王子は私たちが何とかします! 王妃様もどうかご無事で!」
と叫び、入ってきた道を走った。
ゴゴゴゴ……と揺れる洞窟を必死に走る。背後から不気味な空気が風となって吹き出し、天井から砂の欠片がパラパラと落ちてくる。
必死で洞窟から飛びだして、谷底を走る。
突如として、洞窟のあったところが爆発した。
巨大な光の柱が天に昇り、その中から得体の知れない何かが飛びだした。
その巨大な影が不気味にうごめきながら、ポプリ王国のある砂漠の方へ向かって飛んでいく。
夜空に、三人の男の笑い声が響き渡り、それに呼応するように稲光がいくつも闇の中に光った。