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外伝10 森の中のパペットタウン

 林の中から、板張りの壁に包まれた町が見えてきた。

 規模はさほど大きくはなさそうだが、その板張りの壁が赤と青の二色に塗られている。

 俺たちの進む林道は、その町の入り口に続いている。

 「あれって人間? なわけないわよね」

 春香がいぶかしげにきいてくるが、俺も首をかしげた。


 俺たちの視線の先、町の入り口には槍を構えた一体の木の人形が立っていた。

 見た目は赤い服に黒い帽子とズボンをした、デフォルメされた兵隊さんといった感じだ。カイゼル髭が凜々しく、三十代前半の男性をモデルにしたような顔をしている。

 兵隊さん人形は、俺たちが近づくのを見て、

 「またまた、お客さんデスネー。今日はお客さんが多くて良い日デスネー」

と言った。


 「うわっ。しゃべったよ……」と春香が絶句していると、王子が前に飛びだしてきて、

 「わ~。ロボット? ねえねえ。普通にしゃべれるの?」

と兵隊さん人形を見上げてきいている。

 兵隊さん人形は表情を変えずに、王子に一礼すると、

 「もちろんデスネー。これもユーミさまのおかげデスネー」

と言う。

 王子は目をキラキラさせながら、うなづいて、

 「あのね。ボクね。ポプリ王国の王子のルキウス。ユーミに太陽のオーブを返してもらいに来たんだ」

と言うと、兵隊さん人形は、

 「王子様デスネー。ユーミ様はお城にいるデスネー。町の中から行けるデスから、歓迎するデスネー」

と町の中に入るように促してきた。


 一瞬、これは罠か? と思ったものの、王子が中へうれしそうに入っていき、慌てて春香とシエラもついていった。

 「ま、まってくださいよ!」

 「ほらほら。シエラ。先に行っちゃうよ!」

 俺はため息をついて、兵隊さん人形に一礼すると、みんなを追いかけて町へと入った。

 背後から、兵隊さん人形が、

 「ごゆっくりするデスネー」

と声をかけてくるのを、返事をする代わりに右手をあげた。


――――。

 町の中は、まるでカラフルな積み木でつくった町のようだった。素材はどれも木なのは、ここが森の中だからだろうか。

 まるでどこかの遊園地のような雰囲気に、さっきから王子のテンションが上がりっぱなしだ。右に行ったり左に行ったりしていて危なっかしい。……いや、シエラも興奮して王子と一緒にあちこち動いている。なんとなくあの子には残念属性がありそうな予感がする。そして、そんな二人を春香が苦笑しながら見守っていた。

 どうやらここは商店街のようで、積み木の建物の入り口脇にショーウィンドウが作られていたり、オープンテラスになっているカフェらしき建物もある。しかし、一方で見渡す限り、ここの住人は兵隊さん人形の同類の木の人形のようだ。


 「ね、ね、このお店に行こう!」

 王子がシエラの手を引きながら、目の前の雑貨屋さんらしきお店に入ろうとしている。入り口の制服を着た店員さん人形が、ぺこりとお辞儀をして、

 「いらっしゃいませデスネー。人間のお客様ははじめてデスネー」

と言っている。俺は春香と顔を見合わせて、王子とともに中に入った。


 店内は、なぜか外見のメルヘンチックな様子と異なり、天井からつり下がった蛍光灯らしき明かりがジジジッといいながら、今にも切れそうな様子で点滅したりしている。目の前の陳列棚やお店のカウンターには鉄格子がはめられていて、まるでどこかの地下組織の危ないお店のような雰囲気だ。カウンターにいる店員さん人形も帽子を深くかぶり、サングラスをして、たばこらしきものをくわえている。……火が自分に燃え移ったりしないのだろうか。


 店員さん人形が、ふーと口からたばこの煙を吐き出し、妙に低い声で、

 「お客さん。うちの商品はそこにリストがありますデスネー」

 ……なんだこのギャップ。いろいろおかしいぞ。


 おもわず口元がひくつくのを感じているが、王子はうれしそうにカウンターで、

 「え~っとね。あのユーミの町に行ってきましたペナントと、五分の一ユーミ人形整備士のつなぎバージョンと、でらっくすユーミの城模型を一つずつ。……ん~と、ポプリ王国のお城に届けて欲しいな」

 お、王子、ここで買うんですか? っていうか、なんだそのラインナップは!

 「はいよ~、うけたまわり~デスネー」

 ってお届けもOKなのかよっ! しかもなんかあやしいアジア人みたいだ。


――――。

 店を出て道なりに歩く。……不安はあるけれど、できれば今日はどこかの宿に泊まりたい。

 その時、路地裏から一匹の猫が飛びだしてきた。黒猫だ。前にポプリ王国のギルドで見た猫によく似ている。


 「にゃん!」


 猫は俺たちを見上げて一声鳴くと、すぐに前方へと走っていった。と、その猫を追いかけるように、魚屋の前掛けをした人形が飛びだしてきて、

 「まてーデスネー! この泥棒猫デスネー!」

と叫びながら、ドタドタと猫を追いかけていく。……う~む。別に猫は魚を加えてはいなかったようだが。

 魚屋さん人形を見送り、散策を続けようとしたとき、シエラが、

 「あっ。これってサ……猫ちゃんの落とし物かな?」

といって、地面に落ちていたカードを拾い上げた。

 見せてもらうと、表面に「ID:WDP526魚屋」と書いてある。ファンタジー世界らしからぬ磁気テープが付いていることから、何らかの機械に読み取って使うと思うけれど、どういう原理なのだろう?

 カードを見た王子が、首をひねって、

 「トランプ?」

と言っているが、説明してもわからないよね。

 苦笑しながらカードは俺が預かることにした。王子とシエラにはこれがどこで使うのかわからないだろうから。

 と、そこで目の前に「宿屋」と看板のある三階建ての建物が見えてきた。

 相変わらず、外見は巨大な積み木の家といった風情だが、中はどうだろう……。


 おっ。宿屋の中も積み木の建物っぽくてメルヘンチックだ。

 カウンターには花瓶に花が生けられていて、その向こうにスーツを着た人形さんが立っている。

 「ようこそ、宿屋へデスネー」

 俺たちはとりあえず部屋を二つ、俺と春香、王子とシエラでチェックインすることにした。


 「それにしても、普段はこの町に人間のお客様はいませんが、今日だけで53人とは多いデスネー」

 宿屋さん人形の言葉に、俺は、

 「53人?」

と聞き返すと、

 「ええ、森で襲われたんデスネー。装備はボロボロで怪我をしている人もいたんデスネー。救護所で手当を受けて、今ごろは裏のお風呂に入っているんデスネー」

といろいろと教えてくれた。

 王子が、

 「きっと騎士団のみんなだ! ボク、行ってくるよ!」

と言い出したので、俺たちもついていくことにした。


――――。

 宿屋の裏手には柵があって、その向こうに大きな露天風呂があった。どうやら男風呂のようだが、これじゃあどこからも丸見えだな。


 岩風呂で、たくさんの騎士らしき男たちとタオルを頭に乗せた何体かの人形が湯船に浸かっている。……まったく危機感がないというか、心配したのは何だったんだという雰囲気だ。

 春香ががっくりして、

 「お風呂なんて期待したけど、これじゃ私は無理だわ……」

とぼやくのをなだめ、

 「宿の部屋にもあるかもしれないだろ? ……うん? あそこは何だろう?」

 露天風呂の奥に、大きめの小屋らしきものがあり、そこの壁に騎士の男たちとなぜかピンクに頬を塗られた人形が潜んでいた。

 それを見た春香も首をひねっている。王子が指を指して、

 「あそこって何かな? 何してるだろう?」

と俺にきいてくるが、俺にもわからない。


 見ていると、突然、小屋の中から「キャー!」という声が聞こえた。それを聞いた男や人形が慌てて散っていくと、小屋の入り口のドアがバタンと荒々しく開かれ、そこから体をタオルで巻いた6体の女性型人形が手桶を持って飛びだしてきた。


 「この! チカン! デスネー!」

 女性型人形がそう叫びながら、手にした手桶を周りの男や人形達に投げつけた。

 カーン!

 うち一つが騎士の男性の頭にジャストミートし、その場でぱったりと倒れた。

 まるで喜劇のコントを見ているような気がする。春香とシエラは微妙にひきつった笑顔を顔に貼り付けていて、王子は指をさしながら「あははは」と大笑いしていた。


 いつのまにか俺たちのそばに二体の杖をついた人形がいて、

 「若いっていいデスネー」

 「久しぶりにいいもんを見たんデスネー」

としみじみとつぶやいている。どうやら老人タイプ人形のようだ。

 「そういえば、今日、メンテナンスの当番なんデスネー」

 「じゃあ、ユーミさまのところへ行くデスネー」

 「ええ。今度は工場で若人わこうどにしてもらうデスネー」

 「そうですか。私は三日後デスネー。今度は幼女にしてもらうデスネー」

 「萌えデスネー。では、そろそろ家に帰るデスネー。IDカードを忘れないように用意するデスネー」

 「その方がいいデスノー。また会いましょうデスネー」

 うむ。なかなか興味深い会話だ。メンテナンスで姿形を変更するのか。どういう風になっているんだろう。


 歩き去って行く二体の人形を眺めていると、王子が俺の服の裾をくいっと引っ張り、

 「ねえ、どうやら騎士団のみんなも大丈夫そうだし、これからどうする?」

 俺はしゃがんで王子の頭をなでて、

 「王子。どうやらあの人形がこれからユーミの所へ行くらしいです。私は行き先を確認するので、王子はさきにみんなと食事をどうです?」

 「え? ナツキはご飯どうするの?」

 俺はマジックバックから春香の作ったサンドイッチの包みを取り出し、

 「春香の作ったサンドイッチがあるから大丈夫。……春香、シエラ。王子を頼むよ」

 「ええ」「はい。まかせてください」

 王子を二人に預け、俺はメンテナンスに行くと言っていた人形の後を追いかけた。

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