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たまに、あ、これ欲しかったんだよねと思っていた本を貰う時がある。……あの人、本当は魔法使いとか言わないよね?この世界に魔法という概念はないはずなんだけど。
「それで?イオはどうしたいの?」
トクトクと、心臓の音だけが体の中でやけに響く。
僕の直ぐ目の前で連れ去られてしまったエルへの気持ちが焦りに変わって、僕の心臓が暴れて僕を追い詰めているのかもしれない。
だからではないけど、こうして余裕げに僕に微笑むコルネリオ様とは温度差が違うと、何故か思えてしまった。この人にとって、大ごとじゃなかっただけの事なんだろうけど。
少し前に起きた誘拐事件は、たくさんの観衆の目に見られながらもあっけなく処理された。つまり、アリアの警護を務めていた第二騎士団の預かりとなったのだ。
とどのつまり、コルネリオ様に指導権が委ねられてしまったわけで。
「ぼ……、は」
ああ、くそ。上手く声が出やしない。
あれから、ずっと歯を食いしばっていたからかな。一言でも口を開いてしまえば、後悔や泣き言しか言えなくなりそうな気がして。
もう幾度目となる自嘲を心の内で繰り返しながら、机に置かれたお茶を飲まずに緊張で乾いてしまった唇を舌で濡らした。
「……僕は、直ぐにでもエルたちを助けに行きたいと思ってます」
第二騎士団の詰め所の一つであるここは、静謐でも静寂でもない静けさが僕を威圧する。
ただの、何の変哲も無い取調室の一室であるはずなのに。
「そう」
その圧力の主は、全くそんな雰囲気を醸し出す事も無くにこにこと笑いながら、僕の思いを簡潔な返事で流してく。
……やりにくい。
その一言に尽きる。というか、こういう何を考えているのか読めない所がほんと嫌。
「相手がどこにいるのか、というのは私も先程報告を受けて知ってるよ」
「はい」
「でもね、ノアを連れていかない事には意味がない」
ああ、やっぱり言われると思ってたよ。
痛いところを突かれて、僕が嫌な顔をしているのは隠していてもバレてるよね、きっと。
「分かってます」
「いいや、分かってないね。ノアがいるのといないのとでは全く違うという事の意味を、君はちゃんと理解していない」
「でも、」
「そもそも、イオ。君には、何の力もない。知略には少し長けていたとしても、武力がない。こんな事を言いたくはないけど、敢えて言わせてもらうよ。君に、彼女たちは救えない」
真っ直ぐ僕を射貫く緋色の瞳は、普段と何一つ変わらないのに。変わらないはずなのに、遙か地の奥底に突き落とされてしまったようで。
「……分かってます」
悔しいけど、本当の事だから否定出来ない。
前世の僕だったら、なんて思わなかったと言えば嘘になる。少なくとも、『漆原伊織』として生きてきた頃は、今より体も頑丈だったし守られるより守る側に立っていた。
今の僕といえば、過去に一度だけ大技で成功を収めたけれど、相手の体格を利用した小技をせいぜい使えるぐらい。
だから当然、守るより守られる側の人間で。
剣も満足に握る事が出来ないただの凡人。
僕は、無力だ。
そんな事、最初から分かってた。
「それでも、僕は助けにいきたいんです」
不甲斐ない僕だけど。
これだけは譲れない、と机に落とした目線を挑むようにコルネリオ様へとぶつければ。
「そうだよね。それじゃあ、行こうか」
「えっ?」
あっさり肯定されて、逆に拍子抜けしてしまう。
そして、思わず見惚れるほどの美貌の笑顔で手を差しのばされた。
「え?あ、あの?」
いやいや、急展開にも程があり過ぎるんですけど。
「前にも言ったけれど。ねえ、いつになったら君は私の手を取ってくれるのかな?今までも、ずっとこうして私は何度も君に手を差し出してきたよね?」
その声音は、普段の艶やかさを感じさせないほど誠実だった。
だから、分かりにくかったのはすごく当然なのかもしれない。
そうだ。
これは、いつもの甘い毒だ。
それと分かってしまえば、今度は心が戸惑いを覚えてしまう。
コルネリオ様は、ノアが見つからないから、きっと第二騎士団を使って強硬策に出るつもりだろう。なので、無力でも行くと言った僕にこうして同行の許可を示してくれているのだ。
ありがたい話だとは思う。
それを何の疑いもなく受け入れる事が出来るなら。
「……」
けど、この間の食事会で、それを指摘されたというのに、いまだ僕の胸の内は不安と猜疑心で煮詰まってしまってる。
それじゃ駄目だと、あの時、コルネリオ様に諭されたというのに。
『君はいい加減、自分への好意に気付くべきだ』
それはつまり、好意を素直に受け入れろという事に他ならない。
……でも。
「私を信じられない?」
僕の答えを見越していたかのような問いかけに、体がビクリと反応してしまう。まるで、正解ですと言わんばかりに。僕のばか。
「あはは、素直だね」
「ごめんなさい」
謝ってみたものの、申し訳ない気持ちがもの凄い。しかも、長年に渡って僕たちを支えてくれている人なのだから、その罪悪感は海よりも深くて。
目の前に置かれた質素なティーカップに視線を落とせば、大人特有の大きな手が頬を掠めて顎にかかる。
「でもね、私はイオを信じてる」
たった一言だったけれど、自然と合わされた緋い瞳が、コルネリオ様の思いを雄弁に物語っているようだった。
――狡い人。
そんな事を言われたら、裏切れない性格だって分かってて言ってるんだから。
エルたちの誘拐は偶然の産物でしかなかったのに、上手くそれを利用された気がするのは僕の勘違いなどではないはず。
この人の手で上手く踊らされている感は拭えない。
だけど。
「……僕を連れて行って下さい」
顎にかかっていた手を取って、もう片方の手で覆う。
「お願いします」
そうして、思い返せば生まれて初めてかもしれない。――コルネリオ様に頭を下げたのは。
と思いながらも、その大きな手のひらを両手で包み込む。
「……良いよ、イオ。君の為なら、私はどんな事でもしてあげよう」
「っ、」
ああ。もうやだ。
この人、どうしてこんなチョコレートよりも蕩けるような甘ったるい顔が出来るわけ?おまけに、恋人にでも向けるような声音でなんて。ただでさえ、コルネリオ様のイケボに弱いのに、これ以上僕をドキドキさせてどうするの?また気絶でもさせたいの?
「そっ、それは、いくらなんでもお、大袈裟です、よ」
あああああああああっ、ほらぁ!やっぱり動揺があっ動揺でぇ。あーもう!自分で何言ってるのかわかんない!
「そうだね。ふふっ、ごめんね」
「い、いえ」
くっ。顔が熱い。今すぐ、この椅子の下でも良いから身を隠したい。ただの簡易椅子だけど。
ううーっ。どうして、いきなりこんな甘い対応になったのか分からないけど、このままだと身の置き所がない。せめて、手のひらで顔を扇げないものかと悩みながら視線を彷徨わせていると、コルネリオ様が軽く咳払いをした。
「話を戻すけれど。イオがすぐにでも彼女たちを助けに行きたいという思いは分かってる。けれど、確実に救出する為には、今すぐという訳にはいかない。分かるね?」
それは、……痛いほど分かってる。本当は分かりたくない……けど、大人数を動かそうと思えば準備が必要である事ぐらい考えなくても僕も知ってる。宰相の息子だもの。
「早くても明日、遅くて明後日。それでいく」
指揮権を持つコルネリオ様がそう決めたのならば、僕はその通りにするしかない。
「分かりました」
「落ち着かないとは思うけれど、今日はもうお帰り。外でサラが待ってるみたいだけど、念のため騎士に送らせるから」
「……ありがとうございます」
結局、コルネリオ様に圧されるばかりで、自分が如何に遠く及ばないか再認識させられた気がする。
対等でありたいと思った事はないけれど、敵わない、とはもう二度と思いたくない。
以前は何度もこの人には敵わないって思っていたけど、父のようになりたいという自分に誇りを持ちたい。……なんて、負け惜しみかな。まあ、コルネリオ様が僕をどう思っているのか知らないけど。
内心で深く息をつきながら、部屋を出ていくため扉を開く。
「イオ」
と、呼ばれて振り返ったら直ぐ傍にコルネリオ様がいたので返事が遅れた。これ以上、びっくりさせないでいただきたい。ほんと。心臓に悪いから。
「……何ですか?」
「アリアの件は?」
ああ、すっかり忘れてた。
「そういえば、彼女は?」
確か、僕の馬車がないから一緒にここまで乗せてくれたんだけど。
「クレイス嬢が来て、お城まで一緒に帰っていったはずだよ」
「そうでしたか」
オリヴィアがついてくれているのなら良かった。
ここに来るまで、何度も話したそうにしていたけど、僕にはそんな余裕がなくてずっと無言を貫いてしまっていたからなぁ。落ちこんでいても、オリヴィアなら彼女を元気づけてくれるはず。……ただ、ちょっと元気の付け方がスポ根じみてるかなーって。オリヴィアの不屈の精神、半端ない。
「エルたちを無事に助け出せたら、お話しします」
こんな事は、エルが無傷で帰ってこない限り話したくない。多分、こんな言い回しだけでコルネリオ様には分かってしまうだろうけど、なるべくまだ明言は避けたいんだよね。
何度も葛藤したからこそ、もう少し婚約者のままでいたい。
自分勝手だって分かってるけど。
「分かったよ」
ねー、ですよねー。ほら、やっぱりこの笑顔は絶対にそう。
「明日か明後日か。迎えに行かせるから、いつでもその心積もりはしていなさい」
「はい」
始まりも終わりも――全ては、エルたちを救ってからだ。




