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嘘か真か、僕たちがまだ幼かった頃、あの人があまりにも頻繁にうちの屋敷に来るものだから、王族を快く思っていない一部の人からお稚児趣味があるという噂を流されていたらしい。ただ、僕にそれを教えてくれたのがミルウッド卿なのでそれすらも怪しい事この上ない。
どうしてこうなった、と言っても良いかな?
「きゃあ、見てください!これっ、すっごく可愛いと思いませんか!?」
「一つ一つが精巧ですわね。あら?よく見ると、表情も少しずつ違いますわ!」
「見て下さい!!こっちにあるのは大きな猫ですよ!」
久しぶりの外出とはいえ、ここまで興奮している彼女たちは眩しいぐらいに輝いていた。
……。
いやほんと、王宮のオーガスト様の執務室に飾ってある『光輝く乙女』という純金で出来た像のようにキラキラと。初めて見た時は、キラキラと輝き過ぎていたからダジャレかな?と思ったほどだったけど、敢えて訊ねた事はない。って、今は像の話なんてどうでもいい。
要は、女の子って一度興奮するとどんどん加速していくよね、という話でさ。
「やだー!かわいー!」
「どうしましょう、こんな愛らしいなんて。どちらか選びきれませんわ!」
……まあ、滅多に感情が昂ぶらないエルのこんな可愛い姿を見られた事は嬉しいよ?ええ、やぶさかではありませんとも。すみません、嘘です。可愛すぎて悶えそう。
唯一、残念な点は、共に来ている僕がどう頑張っても彼女たちのハイテンションにはついていけないという事のみかな。
アルなら或いは、って思えるけど、あの子の感性はちょっと独特過ぎるので、今の僕のテンションはある意味合っていたりする。例を挙げるとしたら、魚の鱗だろうか。種類によって違うらしくて、領地内の屋敷にいた頃はよく捕まえては眺めてたはず。
残念ながら、僕にはお菓子や魚に可愛さを見いだした事はないので分からないけどね。
そう、今日はお城へと行く前に、彼女たちが行きたがってたお菓子のお店に来ているのだけれど。
「ねっ!ほら、アルミネラさんも見て下さい!」
「わっ、」
内心で息を吐いたと同時に、後ろからいきなり腕を取られて驚きの声が漏れてしまった。
「これなんて可愛いと思いませんか?」
そう言って腕に絡みついてきたのは、白いローブを羽織ってフードを目深く被った少女。だけど、ここまで近ければ、フードの中の髪が緋色だと見て取れる。
「えっと」
本当に、どうしてとしか言いようがない。
まさか、偶然にも僕たちが会いに行くはずだった彼女――アリアと鉢合うなんて。
「アリ、じゃなくて、えっと」
わざわざお忍びの恰好で来ているからには、名前を呼んで良いものかどうか。しかも、彼女の護衛役の第二騎士団の方は、僕と目が合っただけで黙って外に行っちゃったしさ。あーうーっ!もう!どう呼べば良いんだよ!
おかげで、いまだ絡められた僕の腕にぐいぐいと体を寄せてくるのは困るという一番伝えたい事が話せない。
「あー、あの、んっと」
空いてる手で眉間に寄ってしまった皺に手を当てながら、どうにか伝えようと彼女を見れば。
「っ、な、何ですか?」
間近でフードの奥にある緋色の瞳が、輝きを伴って僕を映していたので思わず身を引いてしまった。
「……好き」
「え?」
「あっ、なんでもないです。それより、あのお菓っ」
いやいや、何か不穏な事言わなかった?と首を捻れば、彼女は話を変えるように腕ごと僕を引っ張って。
「あら、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそすみません」
勢いで他の女性客とぶつかってしまって、慌てて二人して頭を下げる。
「ふふ、とても楽しそうね」
「騒がしくして申し訳ありません。静かにさせますので」
そうだよね。いまだ『貴族狩り』が世間を騒がせているとはいえ、流行のお店だもの。よく見れば、イートインも出来るのかお客さんがちらほらといる。
アリアよりは比較的落ち着いているけど、念のために後でエルとセラフィナさんにも注意を促さなくちゃ。
「あなたはお利口さんなのね。わたし、そういう子大好きよ」
「……あはは」
易々と軽口が言えるという事と彼女の身なりからいって、多分、城下町に住んでいるお姉さんなんだろうな。僕には、愛想笑いで流すという小技しかないので羨ましい。
「ごめんなさい、気をつけます。アルミネラ様、あっちに行きましょう」
「ええ」
ぐいっと引っ張られた事で、そういえばまだ腕を放してもらってなかった事を思い出す。けれど、それよりも。そのまま通り過ぎるのも悪いし、と思ってお姉さんに会釈する。
「ふふっ」
にっこりと笑うお姉さんは、ちょうど店員から購入した紙袋を受け取っていて僕に軽く手を振った。愛想が良い人だったなぁ。
結局、アリアもここにいるという事で、皆で自分が食べたいと思うものを買って後で一緒に食べようという話になった。女の子って、シェアするのが好きだよね。僕も、アルとはよく分けあっていたから気持ちは分かるよ。
「決まりました?」
「あー、えっと……もう少しだけ待ってください!」
この問いも、もう何度目だろう。思わず苦笑いが出てしまう。と、最後まで選びきれていないアリアが困りながらも笑みが零れた。
「ああ、もう!どうしてこんなに可愛いの!」
その顔は、実に愛おしいと物語っているので僕も強く言えなくて困ってる。
うーん。だけど、このままだと出入り口近くでずっと待ってるエルとセラフィナさんにも悪いなぁ。
「あ、二人は先に馬車の中で待っていて」
うん、名案。そうだよ。さっさと言ってあげれば良かったな。
「分かりましたわ」
「ゆっくり選んで下さいね」
「ごっ、ごめんなさい!直ぐに選びますから!」
アリアには、これでようやく本腰を入れて決めてもらえそうなので後押しにもなって良かったかな。
彼女が悩んでいる間、少しだけ僕も見て回る――と。
「……あ」
エルが最後まで悩んで、最終的に止めたお菓子が目に入った。
「……」
ちらりとアリアを見れば、自分の事にいっぱいで僕を見ている様子はない。
……婚約者に、プレゼントぐらいしても良いよね?
小さなビスケットの袋詰めだから、僕が買ったお菓子と一緒の紙袋に入れてもらえば見つからなさそうだし、後でこっそり渡せば問題はない、はず。
買うっきゃない。
これを打算だと言うなかれ。というか、好きな子が喜んでる姿を見たいと思う僕を咎めないで。そう、こんな時は誰でも欲望に忠実になるものなのだ。うんうん。多分、今すごく良い事言った。
ありがとうございました、という店員さんの声を背中で聞いて、アリアの所に戻ってみれば彼女もちょうど買い終わった所だった。
「お待たせしてすみませんでした」
「えっ、ううん!全然。大丈夫だよ」
……不自然じゃないかな?やっぱり、こういう隠し事って苦手かも。ううっ。でも、エルに買ってあげたかったし!
ファンシーなエメラルドグリーンの扉を開けて外へと出れば、ずらりと馬車が立ち並んでいる。扉の横に立っていた騎士が直ぐに僕たちの後ろへと付き、先に向かうはセルゲイト公爵家の馬車。要人を乗せるとあって、第二騎士団が守りを固めているから、彼女にはそれに乗ってもらわないと困るんだよね。
「皆さんも、こちらに乗りませんか?」
「アリアさんだけじゃなく、騎士の方も乗られますから。それに、私たちも後ろからついていきますよ」
「でも、」
あーこれはまた話がややこしくなりそうかも、と内心で呟いた所で、少し離れた場所から女性の甲高い声が路上に響き渡った。
「えっ?」
「なっ、なにっ!?」
その声に動揺したアリアに手を掴まれるも、嫌な予感がしてそちらへと足が向かう。
「お二人はこちらでお待ちください。我々が見て参ります!」
「いや、だけど!」
声がした方には、僕の聞き間違いじゃなければエーヴェリー公爵家の馬車がある付近で。
それだけで、僕が行くには充分の理由だった。
「申し訳ありませんが、私も行きます!だから、アリアさんはそこで」
「いやっ!あなたが行くなら私も行きます!」
騎士たちにとって僕が邪魔になるのは分かってるけど、僕にとってはアリアがそれで。
引き留める時間なんてないか。あーもう!仕方ないな!
「私がアリアさんをお守りします!」
騎士たちに迷惑をかけない為にはこうする他ない。
全ての責任は僕が負うという事で無理矢理にでも了承してもらって、それでも出来るだけ離れるようにという指示を受けながらも足早に向かう。
「やめてっ!」
まず僕の視界に入ったのは、血まみれで道ばたに転がされている御者だった。
「っ、」
そして、彼がうちの者だという事に気が付いて息を飲むと。
「あなた方は何者なのですか!?」
その御者を見下ろす黒いローブの相手に問いかける声は、紛れもなく僕の大事な婚約者のもので。
「……ル、エルっ!!」
喉の奥から無意識に放たれた言葉に、エルが顔を上げて僕を見た。
「……オ様!駄目っ!こちらへ来てはいけませんわ!」
そんな事言っても、と唇を噛む僕の横を騎士たちが走り抜け、一人はエルの傍にいた人物へと剣を向け、もう一人は反対側へと向かっていく。つい最近も耳にした金属同士のぶつかる音がするので、きっと反対側で戦闘が行われているんだろう。
ああ、とにかくこんな危険な場所に、エルたちを居させる訳にはいかない。
「エルっ」
「サラがっ、あちらでサラが戦っていま、きゃあ!」
「エル!!」
周囲に人がいる事も忘れて、舌打ちが零れる。
僕たちの会話を裂くように、黒いローブの人物が騎士からの攻撃を躱して、外へ出ようとしていたエルを強引に車内へと押し込めたのだ。
彼らが何者なのかは分からない。だけど、こんな風に女性に乱暴を働くような輩は反吐が出る。
「エル、っ!」
居ても立ってもいられず、突き動かされるままに向かおうとした。――なのに。
「アリアさん、放して!」
共に来た彼女が、僕の邪魔するようにしがみついて離れない。少し強めに肩を押せば、全力で拒むように首を振りながら更に抱き締めてくる腕に力がこもった。
「いやです!」
「お願いだから!」
「いや!」
そうこう言っている内に、反対側でもセラフィナさんが同じ目に遭ったとしか思えない悲鳴をあげたのを聞いて、届かないと分かっていながらもつい手を伸ばす。
「エル!」
助けなきゃ。
彼女たちを助けないと。
こんなにも近い場所にいるというのに。
――お願いだから、彼女を助けに行かせてよ!!
「駄目です!だって、下手したら死ぬかもしれないじゃないですか!そんなのっ、そんなの絶対に駄目っ!!」
僕との攻防でフードが脱げても気にせず、緋色の髪を乱しながらアリアが叫ぶ。涙目になっている彼女の緋い瞳で、どれだけ自分が取り乱していたのかハッと気付いた。
「アリアさん、お願い」
冷静さを取り戻して、もう一度放すように言ってみたもののやっぱり首を振って拒絶される。……どうしたら。
――と、その時。
行くぞ、という男の声がして、彼女たちを乗せたエーヴェリー公爵家の紋章の入った馬車が動き出す。御者が落とされた時点で嫌な予感はしていたけど、まさか本当に馬車ごと彼女たちを連れて行こうとしていたなんて。
「待っ、」
身動きが取れず、立ち尽くすのみの僕の前から馬車がどんどん離れてしまう。それを目で見送るしか出来なくて、途方に暮れそうになった僕の視界に、ずっと交戦していたらしいサラと刃を突き合わせて向かい合っていた人物が目に入って驚きに変わる。
「……って、あなたは先程の!?」
嘘だ、と口から吐息のように言葉が漏れる。
そんな僕に相手も気が付いたのか、彼女は「さっきはどうも」と言って、お菓子のお店で見せた愛想の良い笑顔を再び浮かべた。
そう――サラと刃を重ねている人物とは、紛れもなく先程店内でアリアがぶつかってしまった女性、で。
「どうして、あなたが」
「ふふっ。そもそも、あの時素直に一緒に来ていれば大事なものを失わずに済んだのにね」
「あの、とき?」
「分からない?さっきがハジメマシテ、じゃないのよ?図書館でも会ったじゃない」
「……!!」
という事は。
この人は――――
「サラ、気をつけて!その人はっ!」
「心得ております」
彼女がいつものように返事をする合間にも、騎士が一人また一人と地面に伏していく。歯がゆい思いで、さっきは愛想の良いただのお姉さんだと思っていた相手を睨み付けると。
「お利口さんには猶予をあげる。あなたのお家にいるタオから来た男を連れてきなさい」
女性は、そんな僕を挑発するかのように不敵に笑った。
「タオ?」
「ああ、確か今の名前はノアだったかしら?街外れにある青いお屋敷で待っているわ。分かっているとは思うけど、変な真似をすればお嬢さんたちは」
「っ、エルたちに手を出したら絶対に許さない!」
「ふふっ」
彼女はあくまでも、警護についていたサラに対する時間稼ぎだったのだろう。馬車がそろそろ姿が見えなくなってしまうという所で、サラの刃を強く跳ね返してしばらく後ずさりをしたかと思うと逃げて行った。




