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当然といえば当然なんだけど、未だにあの人との勝負で一度として勝った事は無いわけで。なのに、アルはカードゲーム限定だけど一度たりと負けた事がない。……解せぬ。
見ず知らずの女性との接触後、貴族狩りが出たという誤った情報で、図書館の外に退避していたマリウスくんとミアくんとは無事に合流出来たけど。
顔を合わせた途端、目を怒らせたミアくんに罵詈雑言を含めながら怒られた。ねぇ、分かる?これって結構キツいんだよ?それなら、マリウスくんのように普通に怒るか冷ややかな目で見られる方がまだマシだった。僕への悪口には長けているミアくんの罵りは、普段の嫌味の何倍も痛烈なんだから(当社比)。
だからという訳でもないけど、セラフィナさんと相談してミアくんたちには謎の女性に連れて行かれそうになった事は言ってない。
言ってないのに、ミアくんの怒りの対象は僕だけで。え?セラフィナさんは?って思わず口に出したら、「僕は、今、貴女の、話を、し、て、る、ん、で、す、よ!」と何故かテンポよく怒られたけど、何度思い返してもやっぱり僕だけとかおかしくない?後、人に指をさすのは失礼なので止めようね。
ちなみに、いつもなら僕のフォローを欠かさないはずのセラフィナさんは隣りのマリウスくん共々苦笑いしているばかりだったので、結局、僕一人。いや、まあいいけどさー。いいけど、僕を助けにきたサラが植木の隙間から僕たちを見守ってくれていたんだけど、今にも般若が飛び出しそうでそれも僕にとってはヒヤヒヤでした。……多分、僕がちょっとでも不満気な顔をしていたら、般若がミアくんに襲いかかっていたと思う。うちの侍女、有能だけど恐いんだよ。
「本当、アルミネラ様にお怪我がなくて何よりでしたわ」
「ですわよねぇ。隣りのクラスのフェアフィールド様と一緒にいらしたのでしょう?お二方が事件に巻き込まれなくて良かったですわ」
「ええ、本当に」
本日は、たまに教室で始まる休憩中の女子会に参加中。というか、今日は朝から昨日の図書館での件で持ちきりだったから、そのうち話しかけられるだろうなとは思ってたけどね。
「ありがとうございます。私も、まさかあんな事が起きるとは思いもしていなかったのでびっくりしました」
うん、本気でね。図書館にいた人たちは巻き込んじゃって申し訳ないと思ってます。ごめんなさい。
「学院にまで『貴族狩り』が襲撃してくるとは思いもしていませんでしたわ」
ご令嬢たちとの会話と、内心から出た言葉が実はかみ合っていない事に気付きながらも困惑した表情を貼り付けていると、僕の隣りに座るエルがふう、と息を吐いて呟いた。
彼女がこうして憂いているのは、僕の誘いを断った自責の念にかられているからだ。生徒会の仕事より、何故、僕を優先しなかったのかという自己嫌悪に陥っているのは、長年の付き合いでもあるから分かってる。
だからこそ、エルにはこれ以上心配をかけたくなくて、昨日の事は『貴族狩り』なんかじゃなく僕が狙われていたという事は言ってない。
その真実を知ってしまったら、エルはもっと自分を苛むだろうから。
当然、セラフィナさんには反対されたけど。そこを何とか説き伏せて、条件付きで承諾を頂いた。その条件とは、一週間だけという期間を定める事だった。本当は、五日間だけだと言われたけれど……彼女が『イエリオス信者』であることを良い事に、あの手この手を使わせてもらったけど後悔はしていない。ああ、卑劣だなんて言わないで。いや、だけど大した事はしてないよ?ちょっと彼女の肩を揉んだぐらいで。ほんと、比喩じゃなくって。
「私もだよ。おかげで……ねぇ?」
そう言って、教室の外に立つ人影に視線を向ければ、弱肉強食の貴族社会を生きているご令嬢方には直ぐに伝わる。
まあ、つまりは、学院内での『貴族狩り』の襲撃という衝撃的な事件を聞きつけたオーガスト様が、現場に居合わせたセラフィナさんを思ってか、警備隊を駐留させる事にしてしまったのだ。権力って恐ろしい。
しかも、今回の僕はどうやら第二騎士団とかなり縁があるらしい。
コルネリオ様の腹心である第二騎士団の団長フランツ・エルンスト様が、直々に学院の警備隊の指揮を執っているのだとか。
ただ、これがコルネリオ様の御指示なのか、オーガスト様もしくは陛下の御采配かは分からない。というか、分かる術がないから考える事を放棄してる。とりあえず、はね。
「エルンスト公爵様は、テントに留まって指揮を執られるのではなくて、自らも警備に組み込んでいらしている所が素晴らしいですわよね」
「ええ、好感が持てますわ」
なんてご令嬢がたは言うけど、フランツ・エルンスト公爵といえば影のあだ名が鉄面皮のシルバーウルフ。簡単にいえば、仏頂面した白髪の狼ってことなんだよね。文字通り。もちろん、白髪っていうのは若い頃から白髪が多かった御仁への嫌味に他ならない。
なにせ、エルンスト様はシニア世代にあたる方だけど、その身のこなしは洗練されていて無駄が無い。噂では、無敗の人だとか。その強さは、他国にミュールズ国の武神と言わせしめたマティアス・フェル=セルゲイト様と互角とまで言われていたり。
まさか、副団長のキルケー様に続いて団長のエルンスト様とまで関わる事になるとは思わなかったよ。うん、でも待って。まだ、エルンスト様とは直接お話した事ないや。セーフ?これってまだセーフだよね。
「第二騎士団といえば、昨日の図書館とはまた別の場所で、騎士団と何者かが交戦していたという噂があるのをご存知?」
「そうなんですか?」
へぇ、それは初耳だなぁ。さすがは貴族の皆さん、情報がお早いことで。
「ええ。なにせ、時間も遅くて昨日は雨も降ってましたでしょう?ですから、目撃者も少ないようですの」
「例の『貴族狩り』かしら?」
「物騒ですわね、恐ろしい事この上ありませんわ」
それはない、と図書館での真実を知っている僕は断言出来る。けど、言えるはずもない。
「寮へお戻りになる際は、皆様気をつけて下さいね」
なので、せめて注意を促してみれば、一斉に全員の目が集まった。
「……えっ、えっ?」
なっ、何なの!?びっくりするんだけど?
「わたくし、今日ばかりはエルフローラ様がお可哀相でなりませんわ」
「わたくしもよ」
「ええ、当人が分かっていらっしゃらないのですもの」
「本当に」
そして、全員の力強い頷きが続く。
いや、僕だって分かってますよ?あれでしょ、何かと事件に巻き込まれやすいお前が言うなよって事だよね?……うーっ!そこは否定出来ないけども!
そもそも、秘密だけど僕は本物の女の子じゃないからね?皆とは、実は違う性別なのでそこら辺は大丈夫なんですよ。……って言えたらどれだけ楽か。ああ、苦悩。
エルは、僕の言いたい事分かるよね?と彼女へと視線を向ければ。
「……エ、エル?」
「はい、いかがされましたの?アル」
まるで、冴えた月のような蒼茫の笑顔で小首を傾げられた。
「……イエ、ナンデモアリマセン」
うん?エルが何に怒ってしまったのか分からないけど、気をつけないと。この居たたまれない気持ちを隠す為に、にこっと愛想笑いをしてみたら、今度は教室内に点在していた男子生徒たちに憐憫な視線を送られてしまった。ちょっ、それって酷くない?
「……ん?」
「アル?」
「ううん、何でもない」
一瞬、エルンスト様と目が合ったような気がしたけど僕の気のせいだと思いたい。
昨日の事件のおかげで、さすがにエルは僕を一人にしたくはなかったようで、一緒に寮へと帰宅した。
僕としては、この広大な学院のどこかにノアが隠れていそうだから、放課後にでも探し回ってみようかなと思っていたんだけど。たまに僕に対して母親チックになるエルから見逃してもらえるはずもなく。校内の至る所に立つ騎士団員の方々に、見守られながら無事に寮に着きましたとも。エルと一緒に帰る事が出来たのは嬉しいから、そこは素直に喜ぶけどね。
その後は、いつものように課題と予習をこなしてディナーへ。僕が精神的に疲れている事はサラにはお見通しだったようで、あっさりとした料理が出た時は思わず苦笑したほどだった。しかも、僕の好物を揃えてくる辺り抜かりがない。いつも思うんだけど、サラには頭が下がる思いだよ。まだ四年ほどの付き合いだけど、彼女には感謝してもしきれないな。という思いに浸っていれば、無言のまま二通の封書を渡された。
「……」
わーお。おっと、心の内の声が漏れてないよね?なんて。サラと僕しかいないのは分かってるはずなんだけど、つい周りを窺っちゃうのは僕だけじゃないはず。……いや、でも誰もいなくてほんと良かった。あー恥ずかしい。
微妙に熱くなった顔を冷ますように手で仰ぎながら、目の前に置いた手紙をじっと見下ろしてみる。うーむ。
これは確実に――
「究極の選択かも」
そう思えた理由とは、一通は普段から僕も使っているオーソドックスなエーヴェリー公爵家の封筒で、これは妹からの手紙だという絶対的な安心感がそこにはあって。
残りの一通は、つい最近こうやってサラから受け取った封筒と何の遜色もない同一のもので、既視感が半端なかった。今の僕にとって、この封筒は鬼門に思えてならない。……このまま放置、という訳にもいかないよね。分かってますよ。
さて、どうしようかな。
アルの手紙は、たまにとんでも事案をたたき込んでくる事もあるけど、概ね他愛のない雑談が多い。大方、怪我で安静にしているけど暇でする事がなかったから、という所かな?今度、またお見舞いに行く時には、何か暇つぶしになるようなものでも探すかーと思案していると、来訪を告げるノックが響き、誰かと思えばエルとセラフィナさんだった。
「あら、御用事の最中でしたのね。それなら、お暇させて頂きますわね」
「あ、ううん。直ぐに終わるから、お茶でも飲んで待っていて」
鎮座していた広いテーブルを彼女たちに譲り渡して、学習机の方へと移動する。
もう一通のこの封書がコルネリオ様自身のものであるのなら、確かに帰ってもらうしかなかったけれどそうじゃないんだよね、実は。
「いつもお邪魔させてもらっちゃってすみません。うるさかったら、言って下さいね」
「ありがとうございます」
えへへ、と微笑むセラフィナさんに頭を下げて机に向かう。後は、サラが彼女たちにお茶やお茶請けのお菓子などを出してくれるでしょ。
だったら、僕は。
よし、先に無難な方を終わらせよう。
――と、アルからの封筒をペーパーナイフで切り開く。
……ん?
便せんを取ろうと傾けると、手のひらにごろんと何か堅い物が落ちてきた。
これは、……カフス?
よく見れば、それは何か鳥の翼が彫ってある銀製のカフスだった。
あの、男にはまるっきり興味のない妹の手紙から男物が出てくるなんて。お兄ちゃん、ショックかも。
僕宛のプレゼントだとしたら、アルはもっと手の込んだ事をしてくるはずだもの。ああ、今すぐアルに直接会って話を聞きたい!
いやいや、落ち着こう。
きっと、手紙に詳細があるんだろうな……ううん、せめてちょっとぐらい書いてくれていたりしたら、お兄ちゃんは嬉しいな!という希望の下、同封の手紙を開く。いざ!!
「……」
……ふっ、ふふ。さすがは、無邪気で本能のまま生きる僕の半身。
指輪の『カ』の字すら全く書いてない事は、兄は百も承知だったよ!!!!!!っていうか、テスくんの観察日記みたいなの僕いらないから。彼の誕生日がもうすぐだとか、そんな情報知った所で僕には何の役にも立たないからね?ついでにいうと、お誕生日プレゼントは国語辞典が良いと思います。
……仕方ない。これは、いっそのことお見舞いのついでに訊いた方が良いんだろうな。せめて、誰のものなのかだけでも書いていて欲しかった。カフスにもそういった刻字もないしさ。
「――で、そこのお菓子が美味しいというお話を聞きまして」
「そのお店なら、私も聞いた事がありますわ。なんでも、色合いや形にもこだわりがあると」
「美味しくて可愛いなら一度、食べてみたいと思いません?」
「ええ」
聞こえてくる会話が可愛くて、僕もつい顔が緩んでしまう。
大まかにしか話を把握してないけれど、女装しているからといって、僕はお菓子の形状に可愛さを感じた事はないんだよね。残念ながら。ただ、男なら分かると思うけど、可愛いお菓子より好きな子が嬉しそうにそれを食べている方が何倍も可愛い。これ真理。
だから、エルが興味を持っているのなら、僕は何としてでもそれを叶えてあげたいわけで。惚れた弱みってやつなんだからしょうがない。後で、セラフィナさんにお店を聞いておこう。
クスクスと楽しげな二人の笑い声に和みながら、その場の勢いでもう一通の封を開く。そうじゃないとやってられないって思える時点で、僕の中の彼女の位置はかなり低いって事だ。
……醜いな。
彼女に対して、僕は残酷過ぎるという自覚はある。
彼女からすれば、傾国の美女と呼ばれた母に似ているこの顔を持つ僕は、まさに憧れの『王子様』なんだろう。訳も分からず王宮へ連れてこられて、右も左も分からない状態の自分を助けてくれた『王子様』。
だけど、僕は彼女の『王子様』なんかじゃない。
僕が望むのは、最後までエルフローラにとっての『王子様』でありたい。
エルに告白すら出来ない情けない僕だけどね。
エルには、今日の帰りにコルネリオ様から告げられた話を包み隠さず全て話した。遅くなってしまったから余計に罪悪感が増していたけど、彼女は怒るどころかダークブロンドの髪をふわりと揺らし首を振ってから微笑んでこう言った。
「私からは何も言いませんわ。何か言った所で、全てあなたの負担になる事は目に見えていますもの」
さすがだな、と思った。彼女が賢いのは周知の事実だもの。あと、僕の性格をよく理解してる。
それから、
僕は、やっぱりエルが好きだ。
と、再認識したぐらい。だから、
余計に、エルとの未来を諦めなくちゃいけないと思えてしまった。
エルなら、僕との婚約が解消されても素敵な人と巡り会う事が出来る。そして、僕じゃない誰かと末永く幸せに――……そんな想像なんて、出来るはずないじゃないか!
ずっと、ずっと好きだったんだから!
諦めたくない。
諦めきれない。
けど。
アルの夢も叶えてあげたいんだ。
酷い男だなって自分でも思う。醜いし汚い。結局、大事な人を切り捨てて肉親を選ぼうとしているのだから。
ああ、今は止めよう。このまま考え出すと、どんどん自己嫌悪で胃の中のものを吐き出しちゃいそう。
とにかく、せっかくエルとセラフィナさんが遊びにきてくれているんだし、早く終わらせないと。サラが用意してくれた紅茶を一口飲み込んでから、気を取り直してアリアからの手紙を開く。
「……」
ああ、やっぱりね。
そこには、僕が予想していた通りの内容で。簡単に言えば、『陛下とコルネリオ様からの了承を頂きましたので、お城へ来て下さい』との事だった。
うーん、だけど困ったなぁ。
はあ、と無駄に大きな吐息が出てしまう。――と、そこへ。
「何か悩んでいらっしゃいますの?」
「困っているなら、私たちも相談に乗りますよ」
突然、女性陣から声を掛けられて目を見張る。
「へっ?どうして、困ってるって分かったの?」
「いや、だって言いましたよね?困ったなーって」
うわあっ、無意識に口から出てたんだ。恐い。っていうか、他にも口走ってないか不安なんだけど!
「差し支えがなければ、話をお聞かせ下さいませ」
ああ、でもこのエルの様子だと言ってないのかなぁ。
それに、隠すような事でもないし良いか。
「んー。アリアさんがね、お城に遊びにきて下さいって手紙をくれたんだけど、父上からの謹慎はまだ解けてないんだよね」
「ああ、王宮には来ないようにというお話でしたね。でも、それって『イオ様』に対してなだけで、『アル様』ではないんじゃないですか?」
「……確かに。だけど、中身は僕だしね」
それだと、女装している意味がないと思う。
「アリア様は、イオ様お一人で、とは書かれていらっしゃらないのですよね?それならば、そのお姿で私とフィナさんも同行すればグランヴァル学院の女生徒としての登城になるのでは?」
物は言いようだけど、エルの言う事も筋は通ってる。強引感はぬぐえないけど。
「わーい!是非、そうしましょうよ!私もアリアさんという方にお会いしてみたかったんですよね!」
「私も、またお会いしたいと思ってましたの」
……どうしよう。まだ決めかねているのに二人してかなり乗り気なんだけど。
ずっと外出禁止だから、もしかしてストレスでも溜まってたとか?
「ついでに、お城へ行く前に先程のお店にも寄れますかね?」
「ああ、あのお菓子の」
そっちかーーーーーー!とは思ったけれど、エルが目を輝かせたのを見て、即断してしまったのは言うまでもなかった。
9/19 アルの手紙に入っていた指輪をカフスに変更しました。




