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生きていく中で、何が必要かを教えてくれたのはあの人だった。
――そして、知りたくも無かった事ですら。
フェルメールから、ノアを探せと言われたものの子供同士のかくれんぼではあるまいし、直ぐに見つかるはずもなく。普段通りに過ごし、早二日。
「あーもう、どうしろって言うんだよ」
そもそも、何一つ手がかりもない状態でどこを探せというんだろう。
それに、フェルメールが監視の目をかいくぐってまで僕にそれを伝えてきたという事は、第二騎士団、その先にいるコルネリオ様には知られたくないと判断して良い。とすると、アルミネラに出会うまで、ずっと闇の仕事をしてきたノアの事だ。リーレンに戻りはしないはず。
……ああ、何となく読めてきたかも。
どういう理由でアルの側を離れたのかはまだ分からないけど、おそらくノアはアルの元に帰りたくても帰れない状態なのかもしれない。
では、ノアが顔を出せるとしたら限られている。
それは、お互いに気にくわない相手ではあるけども――僕の部屋しかない。
とは言っても、本当にあの根性がひねくれ曲がった駄犬が素直に転がり込んでくるとも思えない。
むう、と唸って多少の行儀の悪さを感じながらも、ベッドに寝転がりながら足をバタバタしていればサラがお茶を持って現れた。
「……」
「えっ、えっと、これはその……以後、気をつけます」
慌てて起き上がるも、氷のように冷たい瞳が更に冷ややかになった気がして素直に謝る。昔はしてなかったんだけどねー。アルの代わりをするようになってから、ちょこちょこと羽目を外しちゃって。うん、公爵家の跡取りとして身を引き締め直しますよ。そう思っていれば、分かれば良い、という表情を受けてホッとする。
彼女は常に侍女にこだわっているけど、僕にはたまにサラが姉のように感じてしまう。僕たちに姉がいたら、こうしてお叱りを受けるのかなとか。そうなったら、アルは毎日叱られそう。……いや、うちの女性陣という時点でまともじゃなさそう。
「こちらを」
食後のティータイムは、毎度おなじみ淑女の嗜みというやつで。椅子に座った僕に、お茶を用意するより先にサラが一通の手紙を寄越した。
「……これって、まさか」
硬質な黒い封筒に、金字で装飾加工されているのは見覚えのある家紋。それだけで、これが誰からのものであるかなんて直ぐに分かる。……あの人は、こういう気障な事がとても似合うもの。しかも、それがわざとではなく自然とスマートに見えるのだから、見た目ってある意味全てを凌駕している気がする。中身がどうであれ、ね。悪口じゃなくて!
兎にも角にも、こういう回りくどいやり方での用件といえば、思い当たるのは一つしかなく。
「やっぱりね」
手触りで上質だと分かる手紙を開けば、そこに書いてあるのはコルネリオ様から二人きりの食事のお誘い、というもので。
いつもなら、アルも交えて三人での食事会に誘われるけど、アルが怪我で参加出来ないのを良い事に、大方今回は二日前のアリアとの邂逅でどう感じたか訊きたいんだろうな。結局、また彼女との婚姻を求められる予感しかしないけれど。
はっきり言って、ご遠慮したい。
だけど、あの人は一度や二度何か適当な理由をつけて断っても諦めないのは分かってる。なにせ、それは過去に何度も実践済みだもの。あの不屈の精神は、是非、違う場面でお使い頂きたいのに。
了承の手紙を書くためにサラに手紙を用意してもらっている間、淹れてもらった紅茶を啜る。普段通りの茜色ではないそれは、この間リーレンにお邪魔した時にいただいたタオ経由で手に入れたという珍しい種類のものだった。
ああ、悔しいけどほんと美味しい。
いや、紅茶に罪はないけども。何もかも、コルネリオ様の手のひらの上で踊らされているような気がして悔しくて。
「こちらで宜しかったでしょうか?」
「うん。ありがとう、サラ」
後は、返事を書いてコルネリオ様に届けてもらうだけだけど。
「……あっ!」
そういえば、リーレンにはいつもサラに行ってもらってたんだっけ……という事は。
「サラ、お願いがあるんだけど」
「何なりと」
「これを持っていくついでに、ノアを探してくれないかな?」
サラなら、僕よりノアを見つけられるに違いない。これは、予想というより確率の問題。それに、ノアとまではいかないけれど、サラだったら何となく索敵に長けていそうな気がする。そういえば、まだ彼女の経歴は訊いてないけど。
「……それは、ご命令ですか?」
「ううん、これは僕の個人的なお願いだよ」
そもそも、フェルメールに言われなきゃノアを探そうとは思わなかったし。自らの首輪を妹に投げつけておいて、肝心な時に役に立たない駄犬なんて。
最近になってようやく従者としての自覚が芽生えてきたかな、と思っていればこのざまだ。
ほんと、いい加減にしてほしい。
「左様でしたら、そのお話を承る事は出来ません」
「えっ」
てっきり、サラだったらすんなり受け入れてくれると思ってた。なので、素直に驚きの声が出る。
「えっと、……どうしてなのか訊いても良い?」
今まで、サラはどんなお願いでも受け入れてくれていたので、心の内では動揺が激しい。それをなんとか押し隠して、表面上取り繕う。長年仕えてくれているサラには直ぐに気付かれていそうだけど。
「理由は一つです。私の最優先事項は主様をお守りするという事」
まあ、『貴族狩り』なんていう物騒な事件が頻発しているからね。次期当主である僕を守ろうとしてくれているのはありがたい。
「けれど、学院内にいる間は大丈夫だよ?」
と、声を掛けるも彼女はゆるふわに巻かれた髪を揺らして首を振った。
うーん。それとも、アレかなぁ。放課後になって、あまりにもアクシデントに巻き込まれるからとうとうサラはしびれを切らしちゃったとか?
それに、この間のアルのお見舞いだって、結局気を失った状態で帰ってきたから。……けど、あれはコルネリオ様が変な事をしてくるのが悪いんであって、僕の責任じゃないからね?
でも、そういえばフェルメールにも一人にはなるなって言われたから、サラが慎重になってくれている方が良いんだろうな。
「分かったよ、ありがとう」
という事は、別の手段を考えるしかないか。はあ。色々と手間取らせてくれる。
とりあえず、見つけたら父上みたいに嫌味を織り交ぜながら駄目だししてやる!
コルネリオ様との食事会は、概ね順調――という訳にはいかなかった。だよね、分かってましたとも。
まず、いつもならコルネリオ様が事前に貸し切ってくれているお店で落ち合っていたのに、どういう訳か学院の寄宿舎の前にてお迎え。
学生たちが見ている中、わざわざコルネリオ様のお手を借りてまで馬車に乗り込んだ時の僕の気持ちを想像してほしい。次期国王である殿下を持つ身として、独身の男性と二人で出掛けるのはあまりよろしくないのだ、本当は。ただ、王弟のご子息のコルネリオ様とは父を挟んで浅はかならぬ縁を持っているから、多少の事はお咎めがないだけで。事前に伝えていたエルでさえ、驚いていたぐらいなんだから。
そういえば、エルの隣りでセラフィナさんが、僕たちを見ながらすごい勢いで紙に文字をしたためていたようだったけど、あれは一体何だったのかな?しかも興奮しているようだったし、あの後鼻血を出してないかちょっと心配。多分、彼女の通常運転のような気はするけれど。……もう、この際気にしたら負けなのかもしれない。
次に、僕が驚かされた事は店の前で警備に当たっていたのが第二騎士団の面々だった、ということ。
いくら第二騎士団がコルネリオ様の指揮下であっても、建前は陛下の物なのでこうやって私用に駆り出すなんて思わなかった。まさか、そうまでして僕と食事をしたかったなんて言わないよね?
――しかも。
「あの、……とても食べづらいのですが」
『貴族狩り』が横行しているので、厳戒態勢なのはよく分かる。お店の外も中も至るところに騎士団員が立っているし。
でもさぁ。
「彼が卒業してから全く会ってなかったよね?せっかくだし、久しぶりに会わせてあげようかと思って」
もし、ここに他のご令嬢やご婦人がいたならその色気に当てられて気絶したに違いない微笑を浮かべたのは僕の正面に座る国宝級の美形で。そのやや後ろに立っていたのは、数日前に僕を不意打ちで抱き締めてきたフェルメールだった。
「お気遣い感謝します」
そういえば、そうだったかな。お城で一度、そしてこの間のトイレで一度会っているけど、後者は内緒にしておきたかったみたいだから合わせた方が良いんだろうな。と、フェルメールに視線を向けるも彼はいつものように話しかけてこなかった。
「……?」
しかも、微妙に目が死んでいる気がする。えーっと、これは一体?
「ふふっ。話しかけないでやってね、今とある件でお仕置き中なんだよ」
「お仕置き、ですか?もしかして、僕と話す事がそうだって言いませんよね?」
あはは。いくらなんでも、そんなわけ――
「正解。だけど、イオの為に会わせてあげたんだから、それぐらいは喜んでもらいたいな」
「カンシャイタシマス」
棒読み!僕ですら分かるレベルの棒読みになってるから!
一体、何をやらかしたんだか。
はは、と苦笑いしながら鮮やかな紫色の飲み物に口を付ける。
「そんな見かけ倒しのものではなくて、君と正真正銘のワインを飲みたいものだね」
「それなら、あと一年お待ち下さい」
この世界では、飲酒は十六歳からとなっている。
グランヴァル学院では、十五歳までを初等部として十六歳からは高等部という枠で一区切り。リーレン騎士養成学校に至っては、十七歳が最高学年であるため、一般的に十六歳のアルコールが飲める歳から社交界に出てコネクションを広げながら様々な就職先を探すらしい。ディートリッヒ先輩やフェルメールは成績上位者で役持ちでもあった為、国から指名がきたけれど。
「あと一年か。この十五年に比べたら、流れていく星の光にも及ばないな」
どうやら、今日のコルネリオ様はご機嫌が良いとみた。灯火に照らされたワインの煌めきを見ながらクスクスと笑う様子は実に艶やかしく見える。同性の僕でさえ、ドキドキしてしまうほどに。
今なら、何でも話してくれたりするのかな?
それなら、ずっと訊いてみたかった事があるんだよね。
「……コルネリオ様は、」
と言いかけて躊躇いがちにじっと見つめれば、「何だい?」と穏やかな笑顔を向けられた。
……よし、いけそう。
「コルネリオ様は、アルミネラをどう思われていらっしゃるのでしょうか?」
既に、その問いの答えは分かってる。それはもう、十に満たない年齢から。
だけど。
コルネリオ様ご自身から、その言葉を聞いていないのだ。
僕の覚悟を焦らすように、コルネリオ様はワインの入ったグラスを揺らしてその小さな箱庭に荒波を作る。しばらくそうしていたのに、まるで境界の狭間から現実へと戻すようにグラスを机の上にトンと置いた。
「いつになったら、私の想いは報われるのだろうね」
そう言ったコルネリオ様の表情は、何故か少し悲しげでそれでも笑みが浮かんでいる。その初めて見せる自信の無い顔に、言葉が詰まった。
僕の予想では、どうせまたはぐらかされるんだろうなと思っていたのに。
まさか、こんな気弱な科白を聞かされるなんて。
「気長に待つのも大変なんだよ。いい加減、自覚してくれても良さそうなものなのに」
まあ、そうでしょうね。
多分、アルには正攻法でいった方が良いと思うなぁ。
「素直だけど、自分の事になると途端に鈍いし。おかげで、どれだけの人を惹きつけているのか分かってない」
そこがアルミネラらしいって僕は思うけど。
「一体、どれだけ私の本音を重ねたら伝わるのかな?」
いつの間に伸ばされていたのか、右手の上に大きな手のひらが覆い被さる。えっ?と声を出す前に、緋色の眼差しが僕を捉えた。
「ねぇ、イエリオス。私が欲しいのは、アルミネラだけじゃない。君もいなくちゃ意味がないんだ」
「……僕も?」
今まで、そう。確かに、今までコルネリオ様は事ある毎に僕たちが大切だと公言してたけど。でも、それはアルミネラの為に言っているものだと思ってた。
って事は、つらつらと呟かれていた言葉って……もしかして。
「ずっと僕の事をおっしゃっていたんですか?」
嘘ですよね?えっ?えっ?本気で?
あまりにも衝撃的過ぎて動揺を隠せない。その証拠に、僕を見ながらコルネリオ様が可笑しそうに笑ってる。
「もしかして、冗」
「戯れ言だと決めつけたら、一生涯君の心に残るぐらいの本気の証しを見せてあげよう」
「……だんではないんですよね。すみません、鈍くって」
だから、その色気とイケボで攻めてくるのは止めて下さい。
「それこそ、君たちが物心つく頃からずっと言い続けていたよね?私は君たちが大切なんだと」
「そうです、けど」
「イオはずっとアルだけを望んでるって思ってたんだ?」
「……う」
正直に申しますと、その通りです、としか。
「へぇ、ふーん」
「……ううっ」
何気に半目で見られているけど、威圧がっ!威圧感がすごいから!!しかも、明らかに楽しんでますよね、その笑顔。
「全然分かってないよね、イオは。もし、私がアルだけ欲しいのなら回りくどい方法なんて選ばないよね?それに、オーガストの暗殺未遂や隣国の王子の時、リーレンの視察の時だって助けに入っていないはずだよ。私の全ては君たちの為にあるんだって、あと何回言えば分かってもらえるのかな?」
あう……胸が痛い。というか、今まで僕はどれだけこの人に助けてもらっているんだろう。それぐらい、いつも僕がピンチの時はコルネリオ様に救ってもらってるんだよね。
「君はいい加減、自分への好意に気付くべきだ」
と、言われましても。
「……」
アルやセラフィナさん、それにエルには好かれているんだなって事は分かるよ。たまに強烈なアピールを受けるから。
だけど、その他の人たちは。
「ねぇ、イオ」
僕の手を握ったままだったコルネリオ様の手に力が入る。
「それは、もしかしてアルを拒絶した時の記憶が起因しているのかな?」
「えっ?」
……拒絶?
一体、何の話?と驚いて首を傾げれば、コルネリオ様は一瞬だけ目を見張った後に微笑みながら首を振った。
「いや、私の記憶違いだったよ。ごめん、今のは忘れてほしい」
「ええ、分かりました」
僕がアルを拒絶した事なんて一度もない。多分、コルネリオ様は別の人と勘違いしているんだろう。
「それより、アリアとはどうだった?」
ああ、やっぱりその話はするんだ。
「どうもこうもないですよ」
まあ、アリアにもアルに変装しているのが僕だってバレて、何故か求婚されてますが。というのは内緒だけど。
「エルフローラ嬢ほどの教養はないけれど良い子だろう?」
「僕はエルが賢いから好きになった訳じゃありませんよ」
勘違いはしないでください、とつい表情を硬くして口にすれば、コルネリオ様が苦笑いを浮かべる。
「分かってる。だけど、君の将来も見据えた上で考えて欲しいんだ。もちろん、アルの事もね」
「……分かりました」
今はきっと、何を言ってもお互いに相反するだけだろう。
ここはもう少し、時間を掛けていくべきだ。
それからまた雑談に入ってしばらくしてから、いつの間にか食べ終わってしまったデザートの空の皿を見ながら、ゆっくりと息を吐き出した。とても美味しかったけど、話の内容が濃すぎて味を覚えてないのが悔やまれる。くっ。
店内を見回した感じ、貴族の子弟なら誰でも入れそうなのでエルたちとまた来たい。
「さて。まだまだ話し足りないけれど帰ろうか」
「はい」
はあ、やっと終わった!と思って顔を上げた途端、フェルメールと目が合った。
そういえば、ずっとそこにいたんだよね。いつもうるさいぐらいに主張が激しいのに、今日はそれすらないから忘れてたなー。なんてぼんやり考えたら、口パクすらないというのにいつか覚えてろよ、と言われた気がした。うーん……どうしてバレたかなぁ?




