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以前、アルのお強請りであの人の家の紋章をハンカチに刺繍したのが見つかってしまって。怒られるかなと思ってたのに笑顔で羨ましいと言われたおかげで、たまに贈呈するのが習慣となっている。別に渡さなくたって良いはずなんだけど、なんていうか笑顔の圧力。
毎日、妹の為に女装をして約二年と数ヶ月。
それまで、アルミネラに付き合ってたまに入れ替わっていたお遊びの回数も増やせば、僕もそれなりに見た目だけでも淑女らしく化ける事は出来ました。本物が超自然体であってもね。
入学したての頃は、クラスの女子トークにも参加出来ず。それでも、徐々に話せるようになって今ではそれなりに皆受け入れてくれるようになった、はず。……多分。いや、だけど!つい最近なんて、クラス内の男子生徒で誰が一番素敵なのか、という女子トークにも混ぜてもらえるようになったもの!……ただ、僕が口を開けた途端「アルミネラ様はお答え頂かなくて結構ですから」って言われてしまった。だってみっともない争いが起きますでしょう?って、あんなに紳士的で和やかなクラスメイトたちが争いなんてするはずないのに。エルには同情の眼差しで微笑まれてた。
エルが良くて僕が駄目な理由が全く分からない。そりゃあ、エルは己の婚約者、つまりは僕の話しかしてなかったけどさ。
後は、体格で男だとバレないように肌の露出も極力避けてきたし、爪だって淑女の嗜みの一つだからサラが毎日チェックしてくれている。
――という事で。
たまには自分を褒めても良いと思うんだ。よーしよしっ!偉いぞー!賢いなぁ!お前はよく頑張ってるよー!あはははは……あ、これ動物の愛で方だ。
……。
えーっと、で。何だっけ。とにかく、僕は頑張ってはいるけれど、どうしても慣れないし恥ずかしい行為は幾つかある訳で。その一つというのが。
「……いまだに、化粧室には抵抗あるんだよねぇ」
アリアの言葉を遮ってまで行くところと言えば、お手洗い一択しか思いつかなかったのだ。ここなら、医務室の外で待機してた騎士団やアシュトン・ルドーにもついてこられないから皮肉な事に落ち着ける。さっきの件で、ここから少し離れた廊下で団員さんが待機しているけどさ。
はあ、とため息をつけば鏡の中の僕もそれに倣う。僅かに憂いの表情を浮かべる顔をアルに見立てて手をついた。
「ねぇ、どうしたら良いと思う?」
アリアがあんな事を言い出したのは、間違いなくコルネリオ様の入れ知恵だと思うけど。コルネリオ様と違って、彼女はエルと自分を並べてあくまでも僕に選んで欲しいらしい。そこがよく分からない。
今まで味わったどんな困難よりも分かりやすいはずなのに、その真意は見えず。
僕の知らない所で、色んな人の色んな企みが張り巡らされている気がして。
もう、一体誰を信用すれば良いんだか――
「だったら、俺を信用しとけ」
呟いた言葉に、返事をしたのはいつまでも冷たい鏡越しにいる『アル』ではなくて。
「フェ、……っ!」
驚いた顔をする僕の後ろにヘーゼルブラウンの髪が映ったかと思えば、何故か大きな手のひらで視界をいとも簡単に塞がれた。
「ちょっ、な、何す」
「わりぃ、監視がついてるから手短になる」
急な事に動揺を隠せない僕の耳朶に、聞き慣れた低い声が流し込まれる。
「っ、だ、だからって、どうして目を」
あっ、目を塞がれてるせいで、耳が変に敏感になってるみたい。おかげで、変な息が漏れた。
「お前には格好いい姿しか見せたくねぇ。単に俺の我が儘だ、許せ」
いつもはそこでからかってくるはずなのに、フェルメールは気にせず耳元でクスッと笑う。この感じは苦笑いでもしたのかも。
逆の手は離れる事を許さないとでもいうかのように、しっかり体を抱き締められる。こうやって、ついこの間も王宮で抱き締められた事を思いだした。
この人は、僕に弱味を見せるのが嫌なんだ。きっと。
「……分かりましたよ。けど、監視って」
そう。それにしても、だ。リーレンを卒業して以来、滅多に会わなくなったけどさ。ほんと、この人何の仕事してるわけ?一応、第二騎士団に所属しているはずだよね?
「お前に言いたいのは一つだけだ、ノアを探せ」
あ、無視された!きっと都合が悪いんだ。アルといい、この人といい、コルネリオ様といい、リーレン側の人間ってほんとそっくり。
「ノア、ですか?どうして、あんな」
半ば強引にアルの従者になった癖に、主が怪我を負ってるにも関わらず未だに姿を見せない薄情者なんて。
「……」
「……?」
急に黙って、どうしたんだろう?
目が見えない分、気配や声で相手の感情を予想するしかないっていうのに。
「フェルっ、ひっ、ぁ!」
「おお、すまん!俺の勝手で目隠ししているとはいえ、鏡で見ればあまりにも背徳的過ぎて、つい」
「つい、で人の首をいきなり舐めてくる人なんています!?」
駄目だ、この人。学校視察の時に、おでこへのキスを許してから何かどんどんスキンシップが激しくなってきているような気がする!
「だって、目の前に差し出されてんだぜ?男ならそうなんだろーが」
「いや、ならないですよ!」
なんでそれが当然みたいな事を言ってるんだか。しかも、いきなり後ろから抱きついてきたのはそっちだっていうのに理不尽な。
「ああ、言い忘れだ。いいか、絶対に一人になんなよ」
ふっと笑ったような吐息を感じたと思えば、その声は硬質で。色んなトラブルに巻き込まれる毎に口を揃えて促される注意であるはずなのに、フェルメールのそれは何故だかとても重く感じられた。なのに、急に解放された体は軽くて。
「フェルメールさん?」
鏡を見れば一目瞭然なはずなのに、何故か振り返ってその姿を探してしまう。
「……」
多分、監視されているというのは本当の事なんだろう。何をしでかしたか分からないけど、監視の目をかいくぐってまで僕に伝えにきたって事は相当重要であるのは間違いない。
まさか、今まで敢えて放置してたあの馬鹿犬を探さなければならないなんて。
「これは、見つけたらサラにもう一度躾けし直してもらわないとね」
ただでさえ、自分の事だけでも精一杯だっていうのに。
はあ、と息をついてから鏡を見つめる。いつもなら優しく慰めてくれる最愛の存在と全く同じ顔がそこにあった。
会いたいよ、アル。
だけど、今は負傷中の妹に心配なんかかけたくない。同じ日に生まれた片割れだけど、数分早く生まれた者としてのプライドもある。というか、妹にはいつまでもお兄ちゃん凄いって思われたいじゃない?これ、本音。アルを甘やかしてしまうのも多分そう思われたいからなんだよね。
ああ、つまりは僕の我が儘ってやつだ。
だから、また怒られるかもしれないけど、僕なりにやれる所までやってみたい。
「よし、そろそろ戻らないと」
オリヴィアがサラを連れてきているだろうし。と、化粧室から出た所で見慣れたウェーブがかったブルネットの髪が目に付いた。
「サラ?」
てっきり医務室の方に居るとばかり思っていたのに。僕の呼びかけに濃紺色の侍女服を翻して頭を垂れたのは、やはり僕の侍女のサラで間違いなかった。
「もしかして、怪我の具合が心配で待っていてくれてたの?ごめんね、オリヴィアがテンパったみたいで」
「……」
「ああ、気にしてないって?それよりも怪我が気になる?怪我もね、ただのミミズ腫れだけだから、大した事ないんだよ」
「……」
「ふふっ。もう、大袈裟だなぁ、サラは」
サラの無言で無表情なのは本日も絶好調。おかげで、僕は待っていてくれた騎士の人に何だこいつ?という残念そうな目で見られてる。……違う。違うから!僕の一人よがりじゃないんだってば!能面のように無表情だけど、サラにだって感情はあるんだよ!
「……」
それにしても、プライバシーには融通が利くはずのサラが、わざわざ化粧室まで迎えにきてくれるなんて珍しい事もあるもんだ。オリヴィアがどう説明したのかが気になるところ。いや、多分考えちゃいけない。という訳で流しておこう。
たまにサラと会話をしながら、といっても僕一人の独演会にしか見えないけども、医務室まで戻ってみると、部屋の前には既にオリヴィアたちがキルケー様以下騎士団員の人達を背景に立っていた。
「アルミネラ、怪我はどう?大丈夫なの?」
ええ、おかげ様で、と言いたいけども。どうして、皆一様に厳しい顔付きなのかな?
「うん、大丈夫だけど……どうしたの?何かあった?」
「実は、アルミネラさんが席を外している時に不審な人影を見てしまって」
そう告げてきたアリアは先程とは打って変わって、心なし顔が真っ青になっていた。
「お前が席を外した後に悲鳴が聞こえたから、騎士団と直ぐに乗り込んだんだが確認出来なかった」
しまった、と彼女を一人にしてしまった事に対して頭を押さえかけて思いとどまる。それってもしかしてフェルメールの仕業かも、なんて思えてしまって。
僕と接触を図りたいから、騎士団の目がそちらに行くように仕向けた――という可能性は否定出来ない。それなら、アリアを怖がらせたのは間接的に僕の所為になるんだよね。……はは。
「アリアさん、一人にさせてしまって申し訳ありません!軽率な行動でした」
ただ、騎士団の誘導が目的だとしたら、アリアに対する危害の心配はないけれど。これがもしも、正真正銘の不審者だとすれば、彼女が王族であった場合の想像はおおよそついてしまうわけで。
「い、いえっ、頭を上げてください!」
「でも」
「そんな事より、まだ案内の続きがあるんですよね?私、アルミネラさんが普段どんな風に勉強しているのか知りたいです」
そんな事より、って。言い切っちゃうなぁ、平民として育ってきたから言えるんだろうけど。
事の重大さが分かってない彼女に苦笑する。
――だけど。
「なりません。不審人物がまだこの先うろついている可能性がございますし、先程の生温い襲撃などではなく次は過激さを増す可能性がありますので、見学は中止という事に」
「そんなぁ!でも、私まだここに居たいです!」
ううーん。アリアも意外と頑固な。コルネリオ様から信頼を得ている、第二騎士団の副団長さんが言うんだからそれに従うべきだと思うけどな。
「私も同意します。騎士団とは国の精鋭ばかりが集まっておられるので大変優秀である事には違いないですが、貴女だけではなく、エーヴェリー嬢やオックス様の身も危険にさらされるという事なのです。ですから、ご配慮を頂きたく」
さすがは、アシュトン・ルドー。僕が考えるより合理的な理由だよね。ミュールズ国の一位二位を争うほどのイケメンでこの歳にして爵位持ちだし、おまけに冷静さを失わずきちんと理論も兼ね備えているなんてハイスペック過ぎるでしょ。僕よりアシュトン・ルドーの方が確実に王子様だと思うんだけど。
「で、でも」
ごめんね、加勢はしてあげられないよ。だから、物言いたげな視線を向けられてもね。
「それなら、王宮に陛下やセルゲイト様にアルや他の方々を招いても良いかお訊ねされてみては如何でしょう?」
「えっ!良いんですか、訊いてみても」
オーリーヴィーアーーーーー!
また、余計な一言を!あー、目を逸らした!見てごらんよ、この子すっごく喜んでるよ!?と、オリヴィアを軽く睨み付けていたらその後ろにいたキルケー様に苦笑いをされていた。恥ずかしい。
「……陛下やコルネリオ様が構わないとおっしゃるのでしたら」
イエリオスとしてなら、現在は謹慎処分を受けてるから王宮には行けないけど、アルミネラとしてなら行けるだろうね。はあ。もう投げやりになるのは勘弁してください。
「分かりました!それじゃあ、今日はとても残念ですけど諦めます」
うん、潔いね!分かりやす過ぎて、僕としては陛下にきっぱり断られてほしいかな!
「では、校門まで送らせて頂きますね」
悪いけど、僕にもしなくちゃいけない用事が出来たから、これ以上アリアに関わるつもりなどない。コルネリオ様にはアリアと婚姻して欲しいと頼まれたけど、それはまた別の件だし。
彼女は良い子だけど、それ止まりというのが僕の正直な気持ちだよ。
ねぇ、どうして急にあなたは僕を試してきたの――――?
後で加筆修正する事になったらすみません。




