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例えば、妹の苦手なものは生野菜。特に、代表的なのがトマトだけどオーガスト様をなぞらえる辺り、きっぱり嫌いの部類に入るんだろう。逆に双子の片割れである僕は、野菜は好きだけど脂っこい肉が得意じゃない。人には大抵そういう苦手なものや不得意なものがあるはずだけど、いまだにあの人の苦手なものが何なのか全く知らない。
「本日は、よろしくお願いします」
本当ならば、僕も一時間目の受講の真っ最中という朝の時間。
グランヴァル学院の洒落た柵の前に止まった馬車から降りてきたのは、緋色の瞳と髪を持つ少女、アリアだった。
もしかして、王家所有の馬車で来るのかなと内心ドキドキしていたけれど、彼女が本物か偽物かまだ真偽がはっきりしていないからか、乗ってきたのは幾つもの星と二振りの剣を支える獅子が目映い黄金色で描かれた紋章を持つセルゲイト公爵家の馬車だった。
移動するために必要だったとはいえ、セルゲイト家の馬車はさぞ落ち着かなかっただろうなと思う。見た目はよくみるタイプの馬車なのに、内装はどうしてあんな煌びやかなのかなって。多分、マティアス様のご趣味だろうけど。僕なら全力でお断りしたい。
現に、一緒に付いて来たオリヴィアが何となく青ざめているような気がする。うん、ご愁傷様としか言い様がないな。ご愁傷様。ああ、目で訴えないで。僕も断れず何度か乗った事があるからよく分かる。
先日のコルネリオ様に言われた通り、今日はアリアの気晴らしでグランヴァル学院を見学してもらう事になった。ので、僕はそのお出迎え。結局、こうなってしまうのは分かってたから文句は言わない。言わないけど、リーレンの方角に向かって恨み言を呟くぐらいは良いと思うんだ。コルネリオ様のばかー。
本日のゲストはアリアとオリヴィア、それに警護に第二騎士団の方が数人と副団長さん。学院にはほぼ学生しかいないけれど、警護を怠るつもりはないというのが見て取れる。だけど、まさか副団長さんが来られるなんてね、と思いながら少し天然がかったバターブロンドの癖っ毛に、全てのパーツが平均的に整っているイケメンをまじまじと見てしまう。
顔の造形でいえば、彫りは薄くて切れ長の目がクールにみえる。頭の中をぐるりと思い巡らせてみたけど、こういうタイプは今までお目に掛かった事がない。けど、イケメンばっかり見過ぎてるせいで、はいはいイケメンどうも、なんて思えてしまう。増えるワカメじゃないんだから、これ以上イケメンばかり集まらなくて良いんだよ!
自分で自分の思考に半ば脱力していたら、そんなイケメンと目が合った。
「……っ」
訂正。イケメン、いっそ滅びて。微笑むだけで死にそうになるの勘弁してよ。
しかも、この薄い顔のイケメンとは実は今日が初めてじゃない。お恥ずかしながら、昨日、僕をグランヴァル学院の寮まで送って下さったのがこの人、第二騎士団副団長のイヴ・キルケー様だったのだ。気絶する前に、コルネリオ様が「きちんとした者に送らせる」って言ってたけど、きちんとってどういう意味?って思っていたら、常識をわきまえた礼節のある御仁という意味だった。
僕が目覚めた時にすぐ傍にはサラがいたけど、その後ろの壁の前にキルケー様が直立不動で立っていたのでよく覚えてる。
その場でお礼と謝罪をしたけれど、またお会いするなんて思いもしていなかった。少しばかり会話した際、僕とアルの入れ替わりは既に把握済みのようだったから安心したけど。
なんというか、どういう経緯で気絶したのかを知られているかもしれないというだけで気恥ずかしい。そこはコルネリオ様が上手く誤魔化してくれているといいんだけど。あの人の極度な嫌がらせ、ほんとどうにかならないの。
「……なんだ、知り合いか?」
もしかして、キルケー様を見て思いきり動揺してたかな?一緒にお出迎えをしてくれたアシュトン・ルドーが何故か険しい顔付きになっていた。
「えっ、いえ。昨日、リーレンでお会いして」
「ほう、……そうか」
その疑り深い彼氏みたいな顔しないで。あなたとは何もないのに、どうして罪の意識を感じなきゃいけないんだよ。
「あ、あの」
……っと。内輪でこそこそしている場合じゃなかった。不安そうに小首を傾げるアリアに向き直って、公爵家のご令嬢らしく淑女として指先まで意識して毅然と優雅に挨拶をする。
「大変お待たせ致しまして申し訳ありません。私、このグランヴァル学院の二年生でアルミネラ・エーヴェリーと申します」
身に付いてしまった作法って恐ろしい。入学した時は、まだエルから駄目だしばかり受けていたほどなのに、いつの間にか淑女の挨拶というものが自然と出来るようになってしまった。喜んで良いのやら悲しんで良いのやら。
「……っ、」
うん?いきなり、顔を真っ赤にされたけど……え、なに?
「どうされました?ご気分でも悪くされてしまいましたか?」
あー、けど。僕の態度が悪くて、というのでは無さそう。だって、こういう表情たまに見るよ。その最たるが、セラフィナさん。
「ご、ごめんなさい。あの方と同じ顔だって知らなかったから、その、びっくりしちゃって」
あの方、ねぇ。
「アリア様は、陛下と初めてご対面を果たす際にイエリオスと会ったのよ」
知ってるけどね。だけど、ここに立っているのはイエリオスじゃなく妹のアルミネラだから、オリヴィアも敢えて説明してくれたのだろう。視線だけでお礼を伝えれば、軽く微笑まれた。
「そうでしたか。兄共々、よろしくお願い致します」
「こっ、こちらこそ!」
挨拶だけで緊張されても困るんだけどなぁ。健康的な肌を赤くして頭を下げるアリアは、多分見た目通り素直で良い子なんだろう。ただ、コルネリオ様がどうして僕に彼女のお守りを任せたのかといえば、下手に外に出せばこの子は貴族の小汚い猿芝居や思惑にまんまと引っかかりそうだから――という所かな。
それと、僕に彼女との婚姻を承諾してもらいたいから。
まあ、これが大きな理由だろうけど。
確かであるはずだったエルとの将来を無くすことなんて、僕には。
「失礼、エーヴェリー嬢と同じく今日一日この学院を案内する事になりましたアシュトン・ルドーと申します」
「っ、ア、アリア、と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
って言いながら、こっちを見なーい。なに、その褒めてほしそうな表情は。色気にあてられて、オリヴィアが俯いてるから!
アリアの見学の付き添いは僕だけで良いって言ったのに、まさか俺も行こうとか言い出したのは、わざわざ女性嫌いをここまで克服出来ましたっていう所を僕に見せたかったとか言うんじゃないよね?
「では、時間も勿体ない事ですし、さっそくご案内致します」
お願いだから、何事もありませんように。
あ、もしかしたら今日は本当に平穏無事に終わるかも。そう思えるようになったのは、厳戒態勢の中でも淑女の嗜みといえばこれ、ブレイクタイム。お茶の時間。ほぼ折り返し地点かな、という学生食堂での至福のひととき。
もうね、女装をしてない時でもお茶の時間は欠かせなくなってきてる自分が恐い。ただ、それでもまだ女性の生活に身を堕としてないなと思えるのは、何かの片手間にお茶さえ飲めれば充分な事。それが仕事だろうが課題だろうが気にならない。サラには無言で睨まれるけど。
この休憩のために、学院と相談してわざわざ専属シェフにお茶菓子も準備してもらっていたりするのだ。こういうのは、やっぱり女の子は嬉しいものだと思うしね。
「スコーンもどうぞお食べ下さい。オリヴィアも遠慮せずに食べてね」
「ありがとうございます!」
「いただくわ」
学院の案内といえど、ここはどこの国かというほど広い。学科目に分かれた教室だけでいくつあるやら。それを、丁寧に説明して回っていけば、緊張も薄れてだいぶ打ち解けてきたように思える。
――後は。
「アルミネラさんは食べないんですか?」
「私はいつも食べてるから、アリアさんに是非食べてもらいたくて」
お互いにさん付けで呼び合うのは、彼女から提案があったから。同い歳ということもあって、気兼ねなく呼んで欲しいのだそう。ちなみに、ファーストネームで呼ばれるのは双子だからで、僕にとっては不可抗力です。とだけ言っておく。
美味しいんですよ、と言えば彼女は鮮やかな大輪の花が咲くように微笑んだ。
「ありがとうございます。そういえば、お、お兄さんもアルミネラさんと同じように甘い食べ物を食されるんでしょうか?」
「ああ、兄は」
「甘すぎるものは苦手よね」
「甘すぎるのはどうも苦手であるらしい」
「……」
いやいや、どうして二人が答えるの。オリヴィアにアシュトン・ルドー。ここは、当人だけど今はイエリオスの妹である『アルミネラ』が答えるべきだよね?ね?しかも、正解ってるのが解せない。なにゆえ、そこまで僕の嗜好に詳しいわけ?
「えっと、コホン。兄は、こういったスコーンなど好きですよ。特に、何も入ってないシンプルなものが好きなよ……う、です」
一瞬、何してるの?って突っ込みそうになってしまった。あっぶなぁ。オリヴィア、バレてないつもりかもしれないけど、こっそりメモしてるの見えているんだけど。いや、もう見なかった事にするけどさ。
「そうなんですか、双子といっても全然好きなものが違うんですね。他には、……あの、他にもお兄さんとどういった所が違うのか知りたいです」
後は、ときてから間にどうでもいい話が入ったけれども。ここに注目。
この、アリアから何故か執拗に繰り返される僕たちの違いについての質問の多いこと多いこと。もう、学院の案内より実はそっちの方が気になってるんじゃないかっていうぐらい食いつきがすごい。
で、僕が答える前に、時には親戚であるオリヴィアが、時には最近僕を観察しているらしいアシュトン・ルドーが。はたまた、先程のように二人同時に、だとか。はっきり言って、僕だけ三人を相手にしているような気がしてならない。そこに、時々目が合うキルケー様にうっすらと笑われたりと。
自分の話を、何食わぬ顔で妹として語るこの恥ずかしさったらない。先日のリーレンでの話といいどれだけ僕は羞恥に耐えなきゃいけなんだろう。……ああ。帰ったら、部屋の隅で体育座りして座ってたい。サラに心配かけるからしないけど。
「うーん。双子といっても、普通の兄妹とあまり変わりませんよ。ただ、男女の双子には珍しく顔がまるっきり同じなだけで」
ぶっちゃけ、僕たちの同じ部分と言えばもうそこだけなんじゃないかなぁ。後は、お互いに成長期前だから体格とか声も似ているのかもしれないけれど、そこまで言ったら入れ替わりに気付かれても困るので絶対言わない。
「ええ、一度しかお会いしてませんけど本当にそっくりですよね。……ほんと、綺麗」
ぼそり、と最後に吐息のように呟かれた言葉に反応を返して良いのか悩む。なので、曖昧な笑みを浮かべれば、アリアは自分が何を言ったのか気が付いて一気に顔を赤らめてしまった。
「あっ、ご、ごめんなさい!その、私……あんなに綺麗な人に出会ったのは生まれて初めて、で。あの時、ただの町娘だった私が、急に陛下にお目通しをしてもらえる事になって尻込みしちゃって」
そう言いながら、恥ずかしそうに己の緋色の髪を弄りだす。
「そんな時に助けて下さったのが、あの方で。……昔、絵本で読んだような王子様みたいだなって思ったんです」
どうやら、あの初対面が彼女にとっては劇的に見えたらしい。うーん。見た目でいえば、僕よりコルネリオ様の方が断然美形だと思うんだけどなぁ。声も良いし。ただ、僕たちの共通点は同い歳だから、そこで安心感が芽生えたのかもしれない。
「そうだったんですか」
何やら、斜め向かいと隣りから視線を感じるけど無視しよう。二人して一体何なの。しかも、この二人こそ今日が初めてだっていうのに、どうしてこんなにも息がぴったり合ってるんだか。
「素敵な方だから、アルミネラさんがちょっぴり羨ましいです」
「シスコンですけれど」
「シスコンだがな」
「えっ、そうなんですか!?」
あーもう!だから、どうしてこの二人は!全くもう!
けど、誤解ですから、とは言わないけどね。僕がアルを大事にしている事の何が悪い?
「私もよくブラコンだって言われるんです。そこは、双子だからずっと一緒に育ってきた仲だし、お互いが必要不可欠な存在なんです。それに、お互いの事は誰よりもお互いが一番知っているから」
そう。
だから、アルがどれだけ騎士になりたがっているのかだって、僕には痛いほど分かってる。
「羨ま、あっ、ちがっ、そうじゃなくて、その、……あっあっ、もうそろそろ行きませんか?」
「……?」
えーっと?どうして急に恥じらったのかな?けど、本人と視線が合わないのでこの場合は流しておいてあげた方が良いんだろうな。本物のアルなら間違いなく聞いてる案件。うちの子凄いでしょ。僕はアルほど他人の事情には深入りしようと思わない。
何度も緋色の髪を耳にかけ直しながらアリアが立ち上がったので、僕たちもそれに倣って席を立つ。少し距離を離れて座っていたキルケー様たちもいつの間にか待機していた。
「では、次に向かうのは図書館にしましょうか」
ちょうど、五分ほど前に休憩に入るチャイムが鳴っていたので、歩いていると学生たちが遠巻きに僕たちを見ていた。多分、このままここでのろのろしていたらもっと人は増えてくるかな。
そう思い立って、少し足早に食堂を後にする時だった。
「偽物王女めっ!!」
この時、視界に入ったそれよりも先に、体は咄嗟に彼女を守るべくして動いてた。
「っ!」
「エーヴェリー嬢!」
「イっ、アルミネラ!」
カラン、という物が落ちる音と共にアシュトン・ルドーとオリヴィアの声が響く。
「ヴァロとシスはご令嬢方を保護せよ!モーリスと新人は被疑者の確保!」
そして、さすがは騎士団の副団長に選ばれただけあってキルケー様のその声は、食堂内でこだましてその場にいた学生たちを一瞬にして緊張させるほどだった。




