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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第六章 誰が為に鐘は鳴る
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閲覧&ブクマ&評価をありがとうございます。

 あの人が妹に好意を抱いているのだと気が付いたのは、僕たちが成長するにつれ、甘ったるい目で彼女を見ているのを幾度となく目撃したからだ。ああ、もしかしてそうなのかなぁと察してしまった。ただ、いつの頃だったのか本を読んでいて、視線を感じるなぁと思って顔をあげれば、アルにするような顔で見られていた時は面食らった。あれは、ただ単に僕にアルを重ねていたんだろうけど、心臓に悪い。




 ミュールズ国には、騎士団が二つ存在している。

 一つは第一騎士団で、王族の警護を担当する近衛兵や親衛隊、戦慣れした手練れの防衛隊なども含まれる大所帯。大抵の事は、この第一騎士団でまかなえるらしい。

 では、もう一つの第二騎士団とはどういう役割なのかというと。ここで、騎士団の成り立ちについて説明しなければならない。

 簡単に言ってしまえば、第一騎士団とは国を継ぐ者、つまり元は国王の配下にある騎士団だった。昔は、近衛師団としていくつか分かれていたようだけど、今は全てを纏めて第一騎士団と称される。

 では、第二騎士団とは?もう答えは見えているだろうけど、敢えていうと第二騎士団とは王族の長兄以外の男子が受け継いできた近衛師団だった。それを、国王に返還という名目で第二騎士団と改めたのだ。

 だから、第二騎士団と呼ばれつつも、実は今も尚、その頂点は国王ではなく王弟であったりする。


 なので、マティアス様が一線を退いているため、今の指揮官は必然的にコルネリオ様となっている。


「これは、タオ経由で手に入れた茶葉だから、気に入るかどうか分からないけれど」

 そう言って、差し出された紅茶はたっぷりとミルクが入って見た目には普通のミルクティーのようだった。マティアス様からこの学校を引き継いだとはいえ、侍女もおらず近衛兵の方も外で待機しているため、コルネリオ様に淹れてもらうだけで緊張してしまう。

「あ、ありがとうございます」

「さあ、飲んでみて」

 にっこりと優しく微笑まれ、美形の笑顔心臓ニヨクナイ、と思いながらも高価そうなカップを手に取って、とりあえず匂いを嗅いでみる。

「……あれ?」

 何となくだけど、僅かに独特な匂いがする。今まで嗅いだことがないので、首を傾げてチラリと見れば。

「……」

 さっさと飲んでみろって事か。穏やかな笑みは変わらずとも、長年培われたこの手の表情には、無言の圧力が含まれている。海を渡った南の島国であるタオ経由という事だから、きっと物珍しい紅茶なんだろうな。しかも、威圧感強めで勧めてくる辺り、コルネリオ様のお気に入りとみた。……まあ、紅茶ぐらいでお腹を壊すなんてないだろうし。という事で、えいっと口に少し含んだ。

「……ぅ、わあ」

 なんというか、ひたすら甘い。でもって、微妙に香辛料の風味がするような。けど、言えるのはこんなお茶は今まで初めて飲んだかも、というこの一点に尽きる。

「驚いた?私も初めて飲んだ時に今のイオみたいな顔になったよ」

「これは、好き嫌いが分かれますね」

 僕としては好き寄りかもしれない。甘いのは苦手だけど、この独特感が癖になるかも。

「気に入った?」

「ええ。また飲みたいです」

 お世辞でも何でもなく、素直に思ったままを答える。紅茶に関しては、昔からコルネリオ様と好きな傾向が似てるんだよね。

「良かった。後で分けてあげるからレシピと一緒に持って帰ると良いよ」

「ありがとうございます」

 わーい。帰ったら、サラに淹れてもらおうー。って、珍しい紅茶に喜んでいる場合じゃなかった。

 コルネリオ様がわざわざ僕を自室に招いた時点で、用件はおおよそ推測出来るから油断すべきじゃない。

 光を多く取り込めるように作られた大きな窓に視線を向ければ、そろそろ日が傾きはじめて雲の表面が紅をさしたように色付いている。アルミネラの代わりにグランヴァル学院に入って以来、何かと帰る途中でトラブルに遭遇する確率が高いからか、進級と同時にサラから門限の絶対厳守を言い渡されてしまっていた。守らないと、夜叉が来る。嘘じゃない。この世界にGPSってないはずなのに。

「さて、何から話そうか」

 どうやって話を切り出そうかな、と考え出した途端、コルネリオ様からわざわざお膳立てしてくれるとは。……はっきり言って恐いんですけど。だけど、ここはせっかくなので甘えるしかないんだろうな。

「あなたには色々と、本当に色々お尋ねしたい事があるのですが。まずは何より、アルの怪我の事について詳しく教えて頂けますか」

 ああ、ほら。やっぱりね、って顔をする。どうせ僕は、あなたの予想通りに行動する人間ですよ。

「アルに聞いたと思うけれど、完治までは約一ヶ月って所だよ。傷は、右肩から斜めに入っていて長さは十センチばかりかな。残念だけど今回ばかりは残るだろうね」

 ……やっぱりか。

 全治一ヶ月というのだから、もしかしてとは思ってた。僕が聞かなかったからアルは言わなかっただけで、あの子はちゃんと分かってる。なのに――いや、今はそれよりもこの貴重な時間が無駄にならないようにしなくちゃ。

「今回、他にも負傷した生徒がいたようですけど、それだけの人数で回っていたという事は捕らえる事が出来たのでしょうか?」

 そもそも、どうして『貴族狩り』という物騒な事が行われ始めたのか分からない。しかも、相手がどういう集まりなのかさえも未だに掴めてない状態。なら、アルが、学生たちが負傷した分ぐらいの成果は上がっていて欲しい。これは、ただの僕の勝手な我が儘だけど。

「学生を取り入れてからは、騎士と学生合わせて七人組で回るようにしていたよ。そして、今回初めて三人捕らえた。……けれど、その内の一人は自害したらしい。残りの二人は、今取り調べをしている最中だ」

「それを詳しく教えていただくことは」

 兄として、妹に傷を残した犯人の事が知りたい。それだけなのに、コルネリオ様は微笑みを湛えたまま首をゆっくりと横に振った。

「危険に巻き込んでしまう可能性があるからね。イオは、イルフレッド様に止められてお城にも行けてないよね?だったら、今回は大人しくしておくべきじゃないかな」

「いや、あの、いつも首を突っ込んでいるつもりなんてないんですけど」

 そこは誤解しないでほしい。僕はただその場にいるだけで、アクシデントから絡みにくるから防ぎようがないだけなんだよ?本当だよ!

「ふふっ、ごめんごめん。それじゃあ、一つだけ教えてあげよう」

 間違えたお詫びにね、と言ってウィンクを投げられた。美形は何をやっても様になるから羨ましい。僕がウィンクした所で、何を媚びているんだとしか思われなさそう。

「彼らは労働階級の人間だ」

 思わず瞬きをしてしまう。一瞬、何をそんな当たり前の事を、なんて思ってしまった。けれど、そんなわかりきった事をコルネリオ様がわざわざ改めて言うだろうか。

 多分、これはいつもの厭らしいヒントで間違いない。ああ、もう。

「……ありがとうございます」

 それだけで分かるはずないでしょうが。そう抗議したいのはやまやまだけど、どうしようもないのでお礼だけ口にする。言ったところで教えてくれるはずがないのは、よく理解しているつもりだから。

 多分、『貴族狩り』に関する話はもうお終いって所かな?後は、そう――

「さっきは、どうして止めたんですか?」

 アルミネラに、今は入れ替わっている状態だけどオーガスト様の婚約者であるという自覚を持ってほしいと告げるはずだった。それを、わざと声を掛けて止めた理由を聞いてない。

 僕だって、アルが婚約そのものを嫌がっているという事は充分承知している。だから、そういう事はあまり言いたくなかったけれども、今回ばかりは釘をさすべきだと判断したのだ。

 アルは直感で、その話の先にあるこの『入れ替わっている状態』の取りやめを意見されると思って拒絶した。という事は、少なからずあの子もうっすらと考えてはいるんだろうなぁ。僕だって、オーガスト様との婚約はどうにかしてあげたい案件ではある。

 先程のアルの様子を思い出しながら、ふうと息を吐き出すと向かいに座るコルネリオ様がキツネ色のお茶を飲んで笑みを浮かべた。

「イオは夢ってある?」

「えっ、夢……ですか?」

 いきなりだな!しかも、夢ときた。

 夢、といっても良いのか分からないけれど、宰相候補の対決に巻き込まれて、僕も父上のような文官になれたら良いなとは思った、けど。多分、何となく言わなくても察せられてるんだろうなぁと思っていると、やっぱりクスクスと笑われた。それから、遠い何か、例えば過去に思いを馳せるかのような表情を浮かべて目を閉じる。

「君たちがまだ幼かった頃、アルミネラが蒼い目をキラキラさせてね、私にどうしたらコルネリオ様のような騎士になれる?って聞いてきた事があるんだよ。その時は一過性のものだろうと判断したけど、あの子はこうして騎士の道に進もうとしている」

「……」


「だから、私はその夢を叶えてあげたいんだ」


 ああ、やっぱりこの人は――

 だけど。

「ですが、アルは宮廷魔導師に定められた次期王妃です」

 それは決して覆らない。僕やコルネリオ様が足掻いたところで。――父上ですら。

 なのに、コルネリオ様はいつになく不敵な笑みで僕を見返していた。

「ねえ。イオは、アリアの事をどう思う?」


「……まさか」


 それは、たった一言であったというのに。

 僕には、コルネリオ様が何を考えているのか分かってしまった。

 まるで、どろどろに溶かした鉄を頭に直接流し込まれたような気分。僕が抗うよりも先に、強引にこの人が求める終幕を見せられた錯覚に陥って息を飲む。

 「っ、そこまでして?……いや、でも」

 己の指が震えているのがよく分かる。震えを消すように、ぎゅっと拳を作ってみたけれど上手くいかないみたいだった。

 ああ、この人は。

「彼女が本物か偽物かという問題はどちらでも良いんだよ。要は、王族にエーヴェリーを取り入れたら良いだけで」


 この人は、どうして僕に残酷な選択を迫るんだろう。



「アリアと婚姻してほしい。そうすれば、アルミネラは夢を叶えられる」



 僕には正式な婚約者エルフローラがいるという事を分かっていながら、あっさりと。

「……っ」



 妹の将来か僕の将来を天秤にかけろ、と言えるのかな。



「君は嫌がるかもしれないけれど、宰相になるのであればアリアと婚姻を結ぶ事は王族という強い後ろ盾が出来て君にとっての利点ともなる。それに、アリアを連れてきたのは私だから全面的に支えていくつもりだよ」

「……聞きたくありません」

 ああ、もう駄目。もう、限界。

 これ以上、コルネリオ様の声を聞きたくない。

 気持ちの悪い汗が首筋に流れていくのが分かって、今が寒いのか暑いのかさえ分からないほど気分が悪い。

「僕、……帰ります」

「一度、アリアとじっくり話してみると良い。彼女の気晴らしに、グランヴァル学院への見学を予定しているから」

「……」

 ここで拒否しても、僕に選択の余地なんてないだろうに。

 ああ、このままここにいれば吐くかもしれない。

 それはそれで申し訳ないので、自力で動ける内に帰ろうと席を立つ。

「……あっ」

 それでも精神的に疲れてきたからか体が傾いて、気付けばコルネリオ様の腕に支えられていた。

「!!」

「大丈夫かい?」

 っていうか、これ 抱き締められているっていう方が正しいんじゃないかな。もう、あまりにも疲労感が強すぎて拒む事も億劫になりかけてるけど。

「危ないな。イオはアルより目が離せないよ」

「あっ、あの、ありがとうございます」

 だから、離してくれて大丈夫ですよ。なんて皆まで言わなくても分かるでしょう、と暗に含んで頭を下げた。――のに。

「えっ、あ、あの、コ、コルネリオ様?」

 掴まれた手が熱い。

 それに、何気に腰に腕を巻かれていたりして。えっと、この体勢どうにかなりませんか?

「分かってくれとは言わない。だけど、私が守りたいのはアルミネラだけじゃない。イオ、君の事も大切なんだ」

「っ、」

 しかも、声!この声に弱いのに、そんな耳元で囁かないで!

「君たちをずっと手元に置けたらどれだけ良いだろう、と。そればかり」

「ちょっ、ぁ……やめっ」

「だから、理解出来なくたって覚えていてくれたらそれで良い」

 背筋から腰にかけて電気が走りっぱなしで辛い。お願いだよ、と呟いて最後に耳に軽いリップ音がして体が震えた。


 ああ、もう――限界。


 ふわりと意識が途切れる前に、握られた手の指先にもキスをしたコルネリオ様の流し目と交差する。

「安心して。きちんとした者に送らせるから」

 そういう問題じゃない、と言ってやろうとして、そこでふつりと途絶えてしまった。

 だから、僕が気絶してしまった後にこの部屋でこの人が誰とどういった会話をしていたのかなんて分からない。





「少し、意地悪が過ぎるのでは?」

「そうかもしれないね。けれど、この子は私を突き放すなんて真似出来ないよ。私がこの子たちをそういう風に育てたのだから」

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