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実は、初めて貰ったものは今でも覚えてる。
なにせ、まだ文字を読むのもあやふやなのに、その人が差し出したのは世界史の本だったのだから。
あれから、陛下のご落胤の話は絵の具が水に溶けてくみたいに貴族の間で知れ渡っていってしまった。 多分、この分だと国民に情報が流れるのも時間の問題かもしれない。
もしかして、これがコルネリオ様の狙いだったんじゃないかというぐらいに各派閥の諜報活動が始まったのは当然の流れであって。
「冗談じゃないよ、全く」
その最たる犠牲者が誰かなんて自ずと分かる。
「ごめんね、アル」
どうやら、僕が件の彼女をエスコートした事が大層注目を浴びているらしい。しかも、たった数分の出来事であったにも関わらず、そこを深く詮索する輩はいるもので。
いつの間にか、僕と彼女はコルネリオ様を通して親しい仲にまで発展しているんだとか。……馬鹿らしい。それを聞いた時は、呆れて物も言えないほどだった。
そんな話を持ってきたアルミネラは、各派閥の親が子を使った情報収集戦線の一番の恰好の餌食にして被害者といえる。僕と入れ替わっているばかりに。
だけど、一緒にここへ来たディートリッヒ・ノルウェル先輩に言わせると、僕の名を騙るアルはよく動き回っているので取り付く島もないらしい。これはこれで巧みな躱し方だ、と妙に感心してたけど、本物である僕としては少しで良いから大人しくしてほしいかな。ただ、兄としてなら慎みを持ってもらう事はもう諦めた。アグレッシブに動き回るのがアルの魅力の一つなんだって最近になってそう思えるようになってきたから。ええ。彼女が彼女らしく生きていけるなら、お兄ちゃんはそれを応援しようと思う。ほら、可愛い子には何とやら。とまあ、アルが可愛いという話はこの辺にして。
アルも常に走り回っている訳ではない。それに、厄介な事にクラスメイトにもそういった輩がいるので、多少の会話はどうしても発生するという。アルミネラにしてみたら、会った事もない女の子の話題をされる訳だから、そのストレスたるや相当なものらしく。
「イオは悪くないよ。けど、お父様も一体何を考えているんだか」
「……だね」
ムスッと口をへの字型にするアルに苦笑いをしながらも同意する。
あの日、僕が予想していた通り父上から三十分ばかりのお小言を頂いた。説教に比べたら軽い方で、いや遠回しの嫌味がいくつかあったけどそれはいつもの事だしね。嫡子として不甲斐ないのは理解しているつもりだから、次こそは頑張って躱したい。意気込みだけは、とか言わないで。あ、目から水が。
それにタイミング良くエルの父君であるクロード・ミルウッド様が不在だったのも助かった。あの人だったら、間違いなく父が言わないような毒のオンパレードだったんじゃないかなと思う。想像するだけで恐ろしい。父があの人とどうやって知り合ったのかすごく気になる。何でも学院からの付き合いだと母上からは聞いたけど。知り合ってから友達になるまで、一体どう攻略していったのか教えて欲しい、切実に。
いつもながら居たたまれない空間と化した部屋の中、落ち込む僕に対して追い打ちをかけるように父は言った。
「しばらく、王宮には来なくて良い。大人しく勉学に励むように」
あー、これって実質、謹慎処分って事じゃない?なんて、他人事のように思えたのは確か。けれど、コルネリオ様のご乱心とも言える『姫君』の存在発覚と、それから起こるであろう社会への激震を鑑みれば、暫定でしかない次期宰相候補の僕の教育なんて優先順位が低いのは当然だろう。
国の安寧を維持するのが陛下の務めであるし、それを支えるのは宰相である父の仕事なのだから。
そんな訳で、少しでも情報が欲しい貴族は、仕方なく僕と同じくリーレン騎士養成学校に在籍している子供に託すしかなかった。そこまでして、情報を手に入れたいかなぁ?まあ、中には不穏分子も紛れ込んでいるという報告は受けたけど。
おかげ様で、ここにやってきたアルのイライラに誰もが翻弄されっぱなしという混迷状態がしばらくあって。たまたま居合わせたエルとセラフィナさんにも被害が及びそうだったから、何でも願いをきいてあげるというある意味究極の選択を選んでみたものの。
「……女性の気持ちが分からない」
アルからの命令で、サラから珍しく性別に合った服を渡されたかと思って着替えてみれば、それはちゃんとした執事服だった。しかも、紛れもなくエーヴェリー公爵家の執事が纏う正装服で、格好いいけどちょっと窮屈。問題は、どうして僕仕様のものがあるのかという点だけど。
「……」
やっぱり、サラと目が合わない。うーん、これは母上とサラとアルが共謀したって事で間違いないかも。……あー、僕の馬鹿。
最近、たまにこの手の策に嵌められる事、幾度。前世の知識を持つセラフィナさんもたまに加わるので油断しないで気をつけたい。
「どうぞ。お気に召されるかどうか分かりませんけれど」
ついでに今は執事になりきって!とも言われたので普通に話したいのを我慢する。
着替えて最初の命令が甘い物を作って!という事だったから、前世を思い出しながらやっとの事でミニパルフェをこしらえて持ってきた。材料を切って盛るだけ簡単デザート。前世じゃ料理なんて全くだったのに、今ではちょっとしたお菓子も作れる。もしお金に困ったら、飲食店で働けるかもしれないな。人生、いつ何が起こるか分からないし。
「さて、お次は如何なさいますか、お嬢様方」
もう、ここまで言われたら開き直って執事の真似事をするしかないなと思って、三人に笑いかけて告げたものの。
「えっと、どうしたの?……三人とも」
何故か、無言で動きが止まってしまった。
おっと、ついうっかり普通に訊いちゃった。三人が同時に動かなくなったから、慌てて周りを見てしまう。と、サラも数秒間だけ動かなかったけど静かに部屋を出て行ってしまって、ディートリッヒ先輩には何故か視線を逸らされた。という事は、どこかに停止ボタンがあるという訳じゃないんだよね?それぐらい、ぴたっと止まったからちょっと恐かった。
もしかして、せっかくだからってエルとセラフィナさんのも作ったけどそれがいけなかったかな?
「……っう、」
「えっ?」
その時、急に席を立ったセラフィナさんが口を覆う。何事か、と僕が視線を向けると同時に美少女の絵柄的には大変宜しくない鼻血がタラリと流れ出てきた。
「ちょっ、え?どっ、どうして!?えっ?」
いつもより早くない!?
なのに、慌てるのは僕だけで。
いつもならアルは茶化すしエルなら直ぐにタオルなり持ってきてくれるはず、なんだけど。
「えっと、……二人ともどうしたの?」
セラフィナさんにタオルを渡して振り返れば、エルは両手で顔を覆っていて動かないし、アルは顔を真っ赤にしながらパルフェを一心不乱に食べていた。
セラフィナさんの鼻血は『イエリオス』が執事服を着ているのが原因として、やっぱり、僕に執事の真似事なんて似合わなかったのかもしれない。エルに失望されてたらどうしよう。ああ、今更になって気恥ずかしくなってきた。
「エーヴェリー」
「はい」
「彼女たちの気持ちを弄ぶのも大概にしておけよ」
「……えっ」
なんで?っていうか、どうして僕が怒られなくちゃいけないのか分からない。この世はなんて理不尽なんだ。僕の方がショック受けて良いんじゃないの?
「それじゃあ、もうお終いってことで」
服を着るだけなら目的は充分果たされたと思うしね。
首元が苦しかったからネクタイを緩めて、ボタンを一つ外しながら彼女たちに視線を戻す。――と。
「ええっ!やだ、もうちょっと続けて欲しかったのにぃ!」
「ですが、アル。今回は、あまりにも……これ以上は心の臓が保ちませんわ」
「……」
心臓に負担までかけちゃった!?っていうか、セラフィナさん!無言は恐い。無言で拝まれても、僕は生き仏じゃないから何もないよ!?鼻血をタオルで防ぎながらしずしずと泣いて拝むヴィジュアルは、セラフィナさんのファンには見せられない。 多分セラフィナさんには喜んでもらったんだろうなぁと思うと、久しぶりにイエリオス教の神髄を見せられた気がする。よし、ここはそっとしておこう。
「それより、アルは本当に大丈夫なの?」
こういう時は、話を変えるのが一番良い。という事で、ベッドに腰掛けながら女の子陣がスイーツをせっせと食べているのを眺めながら問うてみる。
「ひょっと面倒はへほ、はいひょう」
「スプーンをくわえたまましゃべらないよ。もう、はしたないって。そっちじゃなくって、明日から巡回があるんでしょ?」
「ああ、うん」
アルがここに来たもう一つの理由。それが、王女の件よりもちょっと前から問題視されていた、城下町で多発中の『貴族狩り』という事件だった。
「僕も父上や殿下から色々と聞いてはいたけど、まさか、リーレン騎士養成学校の生徒までかり出されるなんてね」
事件の始まりは、二週間ほど前にとある貴族の若者が何者かに襲われたという出来事だった。彼は、近くに住む知人宅からの帰り道、数人の若者に従者共々木の棒や素手で殴られたようで、今もまだ精神的にショックが大きく自宅療養中であるらしい。そこから数日も経たないうちに、同じような事件が二度あって。命までは奪われていないものの、相当な怪我を負ったようで全員屋敷から出てこないのだとか。
「昨日までで全部で七件も起きてるらしいよ」
「そうなのですか。学院でも、緊急でなければ城下町を出歩かないようにとお達しがございましたものね」
片手を頬に当てながら戸惑った様子のエルの顔色はやや白い。生徒会に属しているので、きっと生徒が巻き込まれない事を心配しているんだろう。健気というか、そういう所がエルらしくて愛しい。
そこに、セラフィナさんが持っていたスプーンを空中でくるりと動かし僕を見る。
「そういえば、それを聞いたルドー様から真っ先に釘を刺されてましたよね」
「……言わないで」
というか、思い出さないで欲しかった。ついでにいうと、『貴族狩り』だと確信がついた時点でオーガスト様が直々にやってきて忠告を受けましたとも。僕をアルミネラだと思い込んでね。
あれから、何度か入れ替わっているという事実を伝えてみたけれど、いまだに信じてくれないんだよね。あまりにも信じないから、マリウスくんも一緒になって言ってくれてるんだけど。
「ああ、この間会ったけど、いきなり謝ってきた人だよね?」
「うん、そう」
それを思い出すだけで、自然と苦笑いを浮かべてしまう。
あれは、ついこの間のオーガスト様のお茶会の時のこと。珍しくアルも参加してくれるって言うから一緒にお城へ言った際、たまたまアシュトン・ルドーと出くわしたのだ。
貴女を巻き込んで申し訳なかった、とかなんとか言ってアシュトン・ルドーがいきなりアルに頭を下げてきたから驚いた。あの時、僕たちはお互いきちんと性別に合った服を着てたのによく見分けがついたなぁと妙に感心もした。
「何度も謝ってくるからびっくりしたよ」
そりゃあ、勘違いとはいえアルを無理矢理自分のお嫁さんにしようとしてたしね。アルに自覚はないけど、真面目なアシュトン・ルドーからすれば罪悪感でいっぱいだったんだと思う。
「おまけに、イオの執事になりたいなんてさ」
あ、今サラの目が僅かに光った気が。
「で、でも、僕もいずれ公爵家を引き継ぐとはいえ、アシュトンさんはもう既に公爵様だよ?そんなの無理に決まってるじゃないか」
だから、その疑うような目付きは止めて。あわよくば、ノアにしたように従者のなんたるかを教えますよ的な気満々だよね?僕はサラがいてくれたら充分だから。
「同性だからといって油断はしておりませんが、良い監視が付いたと思っておりますわ」
……?油断って何のこと?たまにエルが何と戦っているのかが分からない。
「と、とにかく!アルは気をつけてよ。お願いだから」
「逃げたな」
「逃げましたわね」
ディートリッヒ先輩も、ほほう、無理矢理纏めにかかったな、とか言わない。自分でもちょっと強引過ぎたかなって思ってるんだから。
「大丈夫だよ。何のためにノアがいると思ってるの」
「……っ」
そのノアが一番信用ならないんだよ、僕は。
こんな物騒な事件が起きてるっていうのに、私用だって言ってアルの傍を離れてるのに。役に立たない護衛なんて要らないよ。……って言えたらどれだけ楽か。ノアとはお互い相反してるからって僕の私情を挟むべきじゃないからね。
悔しいけど、ノアが如何に優秀なのかは分かってるつもり。
ただ、あの人が何を考えているのか分からない今、アルを一人にするべきじゃない。何故かは分からないけど、定例会の時から嫌な予感がしていて。しかも、何かあるとすれば、僕じゃなくてアルかもしれないと思えてならない。
それを伝えたい時にいないだなんて。あの駄犬、――と、そんな単語が出てきてしまう。
だけど、それから二日後、アルが大けがを負ったという予想通りの最悪の事態を迎えた僕はしばらくその場から動けなかった。
更新が不定期なのは本当なのです。
ただ、今回はつい萌えてしまってとしか言いようがありません。




