番外編 とある侯爵子息の憂鬱
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番外その2は、グランヴァル学院の生徒会役員たちのお話です。本編の後日談。
彼らはちゃんと当初から作っていましたが、駄文になるので省いていたので是非とも出してあげたかったのです。
――女なんて。
それは、あまりにも突然の事だった。
「不意打ちで、後ろから袖を掴まれたらドキリとしない?」
先日、二度目の新入生歓迎パーティーを無事に終わらせる事が出来て、ようやく慌ただしい忙しさから抜け出す事が出来た放課後の生徒会室。
誰一人声をあげる事なく、実にスムーズに仕事が捗るひとときだったのに、そいつは何を思ったのかいきなりそんな戯れ言を呟いたのだ。
……面倒くせぇ。
言うなれば、我が校を象徴する名誉ある生徒会長の癖に何をふざけたことを抜かしやがる、だ。だが、俺はこの学院に入って三年目となるのだが、別にこのグランヴァル学院を誇りに思っている訳でもないので怒りなど起きていないが、面倒くさい事に変わりはなかった。
そもそも、今日は珍しく女子役員がいまだに姿を現れず、室内にいるのが男だらけというのが問題なのだ。
否、決してこの俺ビアズリー・コレットは、彼女たちが来るのを待望している訳では断じてない。確かに、彼女たちがこの場に存在するだけで華やぐのは同意する。なにせ、学院で三大美姫に上げられる彼女たちは、鑑賞するにはもってこい……いや、それはあまりにも失礼か。
けれどもまあ、低俗な事しか頭にない令嬢たちより知的だからか黄色い声をあげて騒ぐなんて事もないのは好ましい。まあ、待つほどではないにせよ、居て困る存在でもないというのが俺の見解といえるだろう。
人気や人格で選ばれて、この度誉れある生徒会の会計という役につき、はや三ヶ月。ここの連中は、前々から変わっているとは思っていたが、とうとうこの日会長が本性を現したという事か。
いや、会長は幼馴染みだというエルフローラ・ミルウッド嬢に関しては常に五月蠅い。だから、これもご多忙に漏れず彼女に纏わる何かだろうなとは推測出来る。
まあ、何にせよ放っておいた方が無難なのは間違いない。よし。
「僕は上目遣いとかグッときます」
そんな風に、俺なりに分析したというのに、会長の言葉に反応を返してしまった愚かな馬鹿者は、四年生で副会長のアルベルト・フォンタナー伯爵子息だった。
ああ、唯一この生徒会じゃ常識人だと思ってたのに、まさかあんたも下世話な話に乗るとはな。お前達は、ここに何をしにきてるんだ?そういう眼差しで奴らを見れば。
「私ほどではないけれど、首筋に汗が流れるさまは美しい」
ナルシスト、お前まで!
ああ、何という事だろう。ここで、第三の刺客が現れた――
という俺の驚きを奪ったのは、俺の左隣りに座る同じく四年生で庶務のメーティルハイド・ワイルドスミス侯爵子息である。普段から、自己愛しか話さないから俺は密かに彼の事はナルシストと呼んでいるが、まさかお前まで参加するとは。
「うんうん。普段は見えていない部分は遺憾ともしがたいね」
「得した気分になりますよね」
よもや、それは破廉恥ではないのだろうか。
そんな危うい発言を続ける我が生徒会の看板となる生徒会長のライアン・アンダーソン侯爵子息は、脳天気男と付けてみたが、これが実に合っていると俺は思う。
前任の生徒会長を務めていた王太子殿下の推薦ではあるが、生徒会長を務めるだけあって、馬鹿みたいに前向きな所が俺には脳天気にしか見えないからだ。それとも、最高学年というのは皆一様にこんな脳天気なんだろうか。そんな馬鹿な。
ちなみに、これら全ての愛称は、俺なりの役員たちへの賛辞なのだが、俺のごくごく身内に言わせれば貶しているようにしかみえないというので、心の中だけで呼んでいる。
「……えっと」
常識人、ナルシストまでもが参加したので、俺も何か言った方が良いのだろう。だが、直ぐには思い浮かばず、言葉に詰まってしまった。……くそっ。だから、こういう話題は避けていたんだ。
「お前達は、さっきから一体何を話しているんだ?」
「あっ、ですよね」
あー、助かった!やっぱり、あんたはそう言うと思いましたよ。などと、ホッと胸をなで下ろした事はつゆほど見せず、女嫌いで有名な副会長補佐を務める最高学年に位置するアシュトン・ルドー公爵に便乗して同意する。この男は、美形過ぎて気に入らないが、ナルシストほど自惚れてはいないので俺の中では比較的しゃべりやすいのだ。ただ、自信過剰過ぎる部分は直して欲しい。
「この間、エルちゃんに袖を引っ張られてね。それがあまりにも可愛かったのを思い出していたんだよ」
「なるほど、実体験というやつか」
「ルドー殿はどういう仕草にときめくのかな?」
おいおいおいおい。何を言い出すんだ、脳天気。いや、だからこその脳天気か。
女嫌いが、つい最近、手伝いで来てくれているアルミネラ・エーヴェリー嬢に正式にフラれたのは誰もが知ってる事実ではないか。今まで、誰一人として触れなかった事をよくも平気で口にするよな。ここに、もう一人の手伝いである高慢チキの駄犬とも呼べるミア・フォッカーがいれば噛みつかれてるぞ、確実に。
案の定、生徒会室に沈黙がおちてしまった。仕方ねぇ。
「……あ、あの、そういうお話は」
止めません?とわざわざフォローに回ったというのに、そんな俺の言葉を遮って、美形王子は顔を赤らめながら、
「困り顔……いや、怒った顔も良かったな」
――と、のたまった。まさかの裏切り!しかも、ここで美形が恥じらいをみせた所で、誰の何の得にもなりゃしない。どうせなら、ここではなくてその辺の廊下でこの話をすれば良いのでは?
「へぇ!ああ、でも分からなくもないなぁ!私も、エルちゃんをわざと困らせてしまいたくなる時があるよ」
「僕は、セラフィナ嬢の何気に髪を耳にかける仕草がすごく好きです!」
「おやおや。副会長は、フェアフィールド嬢がタイプなのかな?」
「……ええ、実は」
「ふっ。学院の三大美姫は、私と同様で美しいのは認めよう!」
「……」
いや、えっと俺はどう対処すべきなんだ?
「皆さん、いきなりどうされたんです?」
ふむ。ここは、素直に驚いたフリをするか。
「コレット君は、女性のどんな仕草にときめくのかな?」
話をきけよ、脳天気。
「あ……えっと。僕は、笑顔が良ければそれで」
恥ずかしい事言わせるな。
「ああ、やはり笑顔に勝るものはないよね」
と言う脳天気を筆頭に、他の役員たちにも肯定される。それが妙に気恥ずかしくて、つい目線を逸らしたが。……なんだこれ。こんな話して、皆恥ずかしくないのだろうか。それとも、こういった話に疎い俺が悪いのか?
「だけど、たまに泣かせたいと思えてしまうのは何故だろうね」
「分かります!ああ、セラフィナ嬢が泣いていたら、きっと彼女の潤んだ瞳は綺麗だろうなぁ」
…………え?続くのか?
「俺ほどではないにせよ、女性の美に涙はつきものだ」
……ナルシスト。いや、お前は根本的に何か間違っていると俺は思う。
それよりも、だ。
どうして、俺はこんな低俗な話に巻き込まれてしまったんだ?ああ、今すぐこの場から逃げ出したい。
もはや、どう逃げようかと思案する俺を余所に、女神様からお告げが届いたとでも言わんばかりにそれまで顎に手を当てていた美形王子が呟いた。
「……今度、泣かせてみるか」
それって、まさかアルミネラ嬢を?とは聞くべきではない。それは、百も承知している。
否、それより美形王子がフラれても、チャレンジ精神の名の下にこうして泣かせようと思う辺り、不穏過ぎて心配になってくる。事実、美形王子が彼女に想いを寄せているのは、生徒会で初めて見た時から知っているのだ。
その頃の噂と言えば、王子殿下に直訴までして欲しがったとか。それが嘘か本当かは、結局真相は分からずじまいではあるのだが、あの彼女に纏わる悪い噂が流れた時も、美形は真っ先に彼女を庇った。というか、ただの貴族の子弟である俺たちとは違って、本物の公爵である美形王子の執念は凄かった。それほどまでに、一人の女に熱を上げるという気持ちを、ほんの少しだけ羨ましいと思えたぐらいに。
何も考えず見ているだけなら、美男美女でお似合いだとは思うがな。
されど、彼女はやはり国を選んだのだ。立派だと俺は思う。
美形の不穏な発言のおかげで、この場にはいない者にふと思いを馳せていれば。
「ふふふ。こうして男ばかりで雑談するのも楽しいと思わないかい?」
「そうですね。まさか、ここまで盛り上がるとは思いもしていませんでした」
俺は参加していないがな。
「今まで忙しすぎて、雑談すら出来なかったから嬉しいよ」
「まさか、皆さんとこういうお話が出来るとは思いしていませんでしたしね」
和やかなのは結構だろう。――だが。
「おや、いきなり立ち上がってどうしたんだい?コレット君」
「申し訳ありませんが、少し風にあたってきます」
――こういった話が嫌いな者への配慮もしてほしい。
俺が、低俗な事が嫌いになったのは、母親が原因だろう。
何者にも優しく常に清くあれと俺に言った父親は、昔からよく人に騙される人だった。侯爵という立場も、父にとってはもしかしたら大変運の悪い事だったのかもしれない。
貴族というだけでも金に群がる亡者は数知れず。しかも、侯爵という爵位は公爵よりも低いけれど、それが逆に縛りが少なく彼らには大変都合の良いものだったのだ。
父に群がる連中の中でも、父を上手く騙したのは母だろう。母、と一言で言っても俺の本当の母ではない。
俺の母は、俺を産んで直ぐに死んだ。
そんな母の後釜に入ったのが、今の母だ。元は、城下町に住む娼婦の一人。だが、酒を大量に飲まされて既成事実をきっかけに後妻へと上手く収まったのだ。
唯一、良い点といえば俺には全く干渉してこない事か。だが、たまに家の者からの手紙を読むに、きな臭い事をしている不審な点はいくつかあるが、今はまだ放置している。上手く利用されている父を失望させたくないし、だからといってこのままにはしておけないが。
そんな家の憂いもあるしで、あのままあそこで馬鹿な話を聞くのはとてもじゃないが耐えられそうになかったのだ。
「はあ」
とにかく、風に当たりたくてどんどん渡り廊下の方へと進む。
俺は、彼らと違って得に見目麗しい訳でも人格者でもないが、生徒会役員に選ばれた事は誇らしい。それもあるから、諍いを起こしたくなくて部屋を出た。
「……はあ」
もう、何度目になるのかというため息をはき出してみる。その時、ふわりと冷たい風と共に、甘い匂いが鼻を掠めた。
「ため息をすると、幸せが一つ逃げていってしまいますよ」
「っ、あ、アルミネラ嬢」
まさか、こんな所で彼女と会うとは思わなかったので、慌てて振り向けば。
「はい」
今度は強い風が俺たちに纏い、髪を乱され、その端正な顔に憂いをのせながら耳に髪をかけるアルミネラ・エーヴェリー公爵令嬢が小首を傾げて返事した。
「ど、どうして、こんなところに」
俺が気に入っている渡り廊下は、生徒会室とは真逆なのだ。
「生徒会室に向かう途中で、物思いに耽っていらっしゃるコレット様をお見かけしたので、つい」
追いかけてしまいました、と儚げながらも少し悪戯に成功した表情で彼女は続けた。
「何か、お困りですか?」
「……っ」
まさか、ここで上目遣いをされるとは。常識人の言う事が分からなくもない、いや今は単に動揺しているだけなのだ。
俺は、密かに彼女の事を鈍感姫と呼んでいるのだが、たまにこうして真の随を貫かれる事があってドキリとする事が度々あった。
「……いえ」
生徒会室で、女の仕草についての座談会をしてました、なんて言えるはずがない。
「そうですか。もしや、真面目なコレット様に、ライアン様が下世話な話でもされたのかと勘繰ってしまいましたがそうでないなら良いのです」
「……はは、は」
俺がどうして、彼女の事を鈍感姫と呼んでいるのか。それは、こと自分の事に関して、彼女は誰もが驚くほどあまりにも鈍すぎるからであるのだが、どうして他人の事だとこうも勘が鋭いのか。
「そ、それよりも、今日は遅かったようですけど」
いや、俺は別に貴女がたの到着を待っている訳じゃないけども。
「ああ、それは」
「あー!!いたいたー!アルミネラ様ぁ!」
あ、この声は確か。
「セラフィナさん」
「まあ、アルったらこんな所にいましたの?あら、コレット様もご一緒でいらしたのね」
「……どうも」
俺の前に次々と現れたのは、書記を務めるセラフィナ・フェアフィールド子爵令嬢と俺と同じ会計のであるエルフローラ・ミルウッド公爵令嬢だった。こんな辺鄙な場所で、よもや三大美姫と出くわす事になろうとは。
「あー!あっつぅ、走ったら汗かいちゃった!」
そう言ったセラフィナ嬢の首元を汗が流れる。ナル、ナルシスト!お、お前の望むものが目の前に。い、いや、そうじゃない。俺は何を焦っているのだ。とにかく、落ち着くべきだ。
「セラフィナさんったら。これ、どうぞ」
どういうわけか動悸が収まらない。そんな俺をよそに、クスクスと笑う鈍感姫がハンカチを差し出すと、セラフィナ嬢が明らかに興奮した様子でそれを受け取る。
「よっしゃー!!私物ゲットー!!……あ、失礼しました」
いや、あんたがこの妖精姫のフェチである事は一部の界隈じゃ誰もが知ってる事実だから気にするな。とは言えないので、曖昧に笑みを作った。やはり、セラフィナ嬢は妖精フェチと呼んで抜かりはなかったといえるだろう。その妖精フェチににこにこと笑みを浮かべながらも、どこか黒いモヤが含んでいるようなエルフローラ嬢の事は、百合百合と呼んでいる。
目の前に学院で有名な三大美姫が揃っているが、こうしてみるとなんとも言えない気持ちになってしまう。
「……えっと、僕は先に戻りますね」
きっと、このままここに居てもむなしいだけだ。どうして彼女たちがここに居るのかは分からないが、そろそろ部屋に戻るべきだろうと判断して引き返す、が。
「あ、お待ちください。私たちもご一緒させていただいても良いですか?」
「っ!」
くっ。まさか、ここで脳天気男の言っている意味が分かるとは。
慌てたのか、俺の袖を引っ張って止めた鈍感姫の必死な顔に心臓が跳ね上がる。
「えっと、でも、あの」
「……?」
とにかく、俺はこういうのが苦手なのだ。だが、それをどう説明すれば良いのか分からない。だが、ここで突き放して泣かれてしまっても困るのだ。
……むしろ、先程の件をコンプリートするつもりは毛頭無い。
「アル、コレット様を困らせてはいけませんわ」
「そうですよ。コレット様は役員の中では珍しく硬派で真面目な方なんですから」
おお、百合百合!妖精フェチ!変なあだ名を付けて悪かったと今なら言える!ありがとう!
「ただ、類を見ないほどの毒舌ですけれど」
「ただ、残酷なぐらいに毒舌ですけどね」
「……ど、毒舌?」
まさか、二人同時で全く同じ事を言われるなんて。驚きのあまり、思わず声に出してしまった。もしかして、俺はずっとそんな風に見られていたのか?普段からあまり話していないつもりなのだが。
「たまに、何やらボソボソと口に出されている時がありまして。てっきり、わざとなのかと思ってました」
と、今度は目の前の鈍感姫にまで言われてしまった。
「えっと、具体的には……いや、敢えて聞かないでおきます。すみません」
多分、彼女に聞けば全てを教えてくれるだろうが、この真っ白で綺麗な顔の少女から怨嗟の言葉は聞きたくない。
「そうですか。コレット様は、独特な感性をお持ちなので、もっとお話をお聞きしたかったのですけれど」
「……申し訳ありません」
気をつけよう。
とにかく、これから気をつけよう。
その後、彼女達と部屋へ戻って、男共から意味ありげな視線を送られたのは言うまでもなかった。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました!
六章は、しばらくお休みしてから執筆に移りたいと思っております。
それまでは、また不定期で作業報告の方にてSSを載せていきます!




