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幕を引くという意味で、この日僕はもう一つの幕を引くことにした。というか、精神衛生上は、こっちの方が最重要事項だったりする。
その顔は、まるで鳩が豆鉄砲を食らった――という、日本古来かどうかは分からないけど、よくあることわざそのままで。あまりにもその言葉を体現してるので、笑いを我慢するのが大変だった。
「……嘘だ」
あー、是非とも殿下からその言葉を承りたかったなぁ!
「まさか、お前が『彼女』だったなんて」
そうだよね?これが、普通のリアクションなんだよね?
どうして、あの人あそこまで僕たちを疑うかなぁ?女装の状態で入れ替わりをバラしたら、大抵はすんなり受け入れてくれるはずだと思うんだけど。
そう、例えば僕の目の前にいる――アシュトン・ルドーみたいに。
放課後の生徒会室。陛下の裁定からちょうど今日で三日後の事。一週間後に再び開催される新入生歓迎パーティに向けて、今日もやれるべき仕事を終わらせて皆は早々に帰っていったのだけれども。
エルやセラフィナさんが心配する中、僕はアシュトン・ルドーと話しをする為に残ったのだ。
「ですから、例えあなたが宰相の座を手に入れていても、結婚するのは本物のアルミネラなので品行方正な淑女を望まれるのでしたら叶わない夢でした」
兄の僕が言うのもなんですが。多分、結婚したらアグレッシブ過ぎて喧嘩して、終いにはついていけなくなると思うんだ……想像だけど。でも、これ絶対に当たるから。
アシュトン・ルドーの好みからいえば、それこそ、本物ならエルフローラという淑女たる淑女がいるけれど、厄介な問題を忘れてはならない。――そう。
「僕が演じていたからこそ、あなたは『アルミネラ』に嫌悪感が湧かなかったと言っていい」
アルと結婚するにしてもエルに言い寄るにしても、そのアレルギーと言っても過言ではない苦手意識を払拭する事など出来ないだろうな。
「なるほど、な。……ああ、そうか。俺は、男に好意を寄せていたというのか」
……えーと。
「お前にとっては、さぞや見物だっただろうな?王宮では嫌味な男が、その姿のお前には甘くて一挙手一投足に心を動かされていたのだから」
自虐するのは別に良いけど、何か居たたまれないからもう止めて!恥ずかしい!!
「そんな訳あるはずないでしょうが!僕がどれだけ、あなたのギャップに翻弄されていたか分かりますか!」
「そんなつもりは」
「どちらもあなたの本心からだと分かるから辛かったです」
ずっと、本当の事が言えたらと願ってやまなかった。そういう意味で、精神的に早くどうにかしたい案件でしたよ、実は。
「そ、そうか」
陛下の判決で、このまま入れ替わりを隠したまま何もなかったとやり過ごす事も出来たけどね。それじゃあ、多分この人は諦めないだろうと思って打ち明ける事にした。まあ、僕自身の保身だけど。
そんな旨を簡単に告げると、そういえば、とアシュトン・ルドーが自らの顎に手を添える。
「カイル殿下も、お前にご執心だったがそれはどうするつもりだ?」
「……ああ、それですか」
思わず脱力。それは許して。だって、色々と思い出してしまったんだもの。そう呟いて、ため息に変えた。
僕が驚いた事といえば、学院で悪い噂を流されている間、何かと守ってくれていたカイル様に恋愛の情を持たれていたという衝撃的事実だった。
それは、新入生歓迎パーティの後日、カイル様に正式に嫁に来いと言われて分かったんだけど。
「あれから、結婚を前提にお付き合いをと告げられましたがお断り申しあげました」
あの見た目で、えらく硬派な告白だったのも驚いた。人は見た目で判断するべきじゃないよね、という良い例になりましたよ。今回は。
「そうか」
って、何故そこで明らかにホッとした顔になるかなぁ!?絶対に言わないけどね!
「という訳で、これからも学院で顔を合わせますが、僕にはあまり関わらないでくださいね」
その方が、お互い都合が良いと思う。むしろ、そうして頂きたい。ミアくんの嫉妬も辛いし、エルとの時間が減るのも嫌だしさ。
「……それは無理だと言ったら?」
「は?」
今、この人なんて言った?というか、今回の件でこの人には優しく出来そうにない自分が恐い。ごめん、アシュトン・ルドー。この調子だと、フェルメールみたいに扱っちゃいそう。
「あれから、ミルウッド卿にお前の回答を聞いたんだ」
「ああ、はあ」
おっと、急にシリアスにならないで。美人がそんな真面目な顔をすると心臓に悪い。ただでさえ、見目麗しい顔なのに。
「スポーツを地域に根付かせ、異国との交流として一年に一度、親善試合を設けてはどうか、と言ったそうだな」
「ええ、各国々の広報や国際交流やスポーツの促進にも繋がるかと思いまして」
これは、以前にリーレン騎士養成学校の視察の際に、各国の先生方と話していた事でもある。あの時は、軽く聞き流していたけれど、実際にそれを実行してみるのも良いんじゃないかなと思ったんだよね。前世のように、賭博の対象となったり犯罪の隠れ蓑になるかもしれないけれど。
僕たちは、もっと世界を知るべきだ――なんて思えて。
どうせ、学生の粘度の低い回答ですよ!前世の二十年は柔道に捧げてたしね!
「……俺は今まで、この国に何も期待をしていなかった。それは、俺にとって希望というものがなかったからだ」
「そうですか」
それは、その人の思想なので僕は相槌を打つしかない。ただ、首筋にちりっと嫌な感覚が芽生えるのが気になるところ。
「ああ。なのに、お前は世界を見ている。この世界に希望を見ている。そんなお前に、俺は自分が如何に矮小な人間なのか知らされたのだ」
後、今までアシュトン・ルドーは王宮にいる時も学院にいる時も一人称が『私』だったけど、本当は『俺』って言う人だったんだなぁ。という、割とどうでもいい事に気付いてしまう。話を聞いてない証拠だよね、ごめんなさい。
だから、不意に爆弾を落とされるとは思わなかった。
「あの時、陛下にお断りを申し上げたのは、俺が忠誠を誓う相手が殿下なのではないと気付いたからだ。そう、俺はお前に――いや、貴方に心から仕えたいと思う」
「……え?えっ、嘘ですよね?」
「嘘ではない。貴方がこの国の中枢を担うというのなら、俺は貴方の傍でそれを手助けしたいんだ」
「そんなっ、き、急に言われましても!」
っていうか、いきなり跪かれても困るんですけど!!!!
「止めて下さい!」
こんな場面、誰かに見られたらどうするんの!?もう一度、アシュトン・ルドーとの噂が流れちゃうよ!?今度こそ、結婚間近か!?だとか言われて。……笑えない。
「それが駄目なら、あなたの執事なり片腕なりたい。俺は、必ず役に立つ。だから、あなたの傍にいさせてくれ」
「……」
……泣いて、いいですか?
ああ、どうしてこうも個性豊かな人に囲まれちゃうんだろう?僕自身は平凡なのにな。
公爵が公爵家の子息の傍仕えになりたいとか、気軽に言わないで欲しい。しかも、有能な美形ときてる。むしろ、それって逆じゃないの?と今すぐ言いたい。多分、関係ないと一刀両断されそうだけど。
「……考えさせてください」
とにかく、今はそのように返事をするので精一杯だった。
後は、今すぐにでも!というアシュトン・ルドーを何とか宥めてお帰り頂く。
展開が急すぎて、頭が追いついてないんだよね。傍に居たいというなら、そういう空気も是非読んで欲しいと思う。
「はあ」
アシュトン・ルドーを廊下へと追いやって、そのまま扉に凭れていたらため息が零れおちた。
一つ厄介事が終われば、また一つ増えるばかり。もしかして、これが『運命の流転』とか?それなら、次こそ最終目的地であってほしい。自力で歯車を合わせるから!出来るか分からないけどさ。
今回は、色々とあったとはいえ、まだ気になってる点がある。
その一つが、リーレンでのアルの噂の犯人だけど――
「あの人なら、きっと既に分かってるんだろうな」
と思い浮かべるのは、もう一人のミュールズ国の宝と呼べるほどの麗人。ただ、気になるのはアルがそういう噂に晒されている事は知っていたはずなのに、どうして僕に教えてくれなかったのか……という事だけど。あの時、フェルメールに押されてグスタフ様に会わなければ、知りもしなかった事だったもの。
「本人に聞きにいくべきなんだろうけど」
多分、あの人は緋色の瞳を細めて綺麗な笑顔で出迎えてくれるだろう。
――きっと、それはとても愉しそうに。
「ああ、今日はなんて綺麗な夕焼けなんだろう」
ふと自室の窓から振り仰いだ水色の空に、可憐な夏の花びらの色が滲む。イエリオスの前世では桜と呼ばれる品種によく似た花が満開に咲き誇っているのを思い出して、彼はその麗しい口元に笑みを浮かべた。
「どうやら潮時のようだ。さあ、覚悟は良いかな?」
五章も最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
近日中に、番外編を載せるつもりです。




