14(上)
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ようやく最終話ですが、上下に分かれております。
「――さあ、覚悟は良いかな?」
「初めにお話しておきますけど、あなた方の事は師匠……シンシア・ベルジュ・ド・テルマンに聞き及んでいます」
挨拶もせずに、真っ先に告げられたのは宮廷魔術師としてのお告げと暴露。……いや、ちょっと待って?
「話って、まさか僕たちの?」
「はい」
うーーーわーーー!!マリウスくんのお師匠様といえば、以前に王宮で僕に日本の『お守り』をくれたあの美人さんだけど。まさか、そんなあっさりマリウスくんにも秘密をばらしてしまうなんて!
「今回の件で、殿下にもお伝えされたでしょうから、と」
「……お伝えしましたが、信じてくれませんでした」
つい今し方、清々しい程嘘つき呼ばわりされましたからね、はい。僕からのご報告は以上となります。
「えっ」
「えっ」
「……あり得ない」
だよねぇ。僕もマリウスくんと同じ心境です。
「僕より、あなたの方が彼の人とのお付き合いが長いと思うのですが、これでも殿下の王宮魔導師なので謝罪しておきます。申し訳ありません」
「あ、いえいえお気になさらず」
「……」
「……」
うーん、やっぱり妙な感じだなぁ。そもそも、殿下が信じてくれてたらこんな事にならなかったのに。
「……まあ、今ここであの人の事をとやかく言ってもどうしようもないのでその件はいずれという事で。あなたに神託をお伝えするように言付かっているんです」
わーお。マリウスくんも殿下の事をちゃんと心得てるー!そうなんだよね、今後僕がどれだけ言っても殿下は信じてくれないのはもはや明白過ぎて。うん、こうなったら、マリウスくんと二人で攻めていくしか……って違うか。それよりも、今はマリウスくんの言う『神託』だけど。
「あまり知らないんですけど、それって王宮魔導師が王族にのみ授けるものですよね?」
じゃなかったら、極一部の人間にしか知られてないのはおかしいよね。
「そうです」
ほらね。……って。
「えっ?えっ?それなら、僕にお告げが下るなんておかしくないですか?」
「僕もそう思います。……ただ、記憶にないんですけど、僕が呪いの途中に授かったようなんです。今まで殿下については――そう、それこそあなたの妹君が殿下の婚約者になったのも、僕が初めて呪いをしている最中の事でした」
「……」
それは以前にも、隣国の姫君から聞いて知っていたけども。本人から改めて聞かされると、重みが違う。
どう答えて良いのか分からない僕に対して、マリウスくんは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「師匠から聞きました。彼女は、妹君は騎士を目指しているのだと」
「はい」
それは、嘘偽りのない真実だ。
「それを、僕の一言でこんな破天荒な運命を授けてしまって……あなた方には、本当に申し訳なくて」
ああ、そっか。マリウスくんはやっぱり素直で良い子なんだなぁ。
「僕たちの入れ替わりを言っているのなら、全くご心配にはおよびませんよ。だって、あの子は夢を絶対に諦めません。それに振り回されてる僕も、何だかんだ言ってそれなりに楽しんでいますし」
アルは、例え彼女のまま騎士養成学校に行っていたとしても、変わることなんかないだろう。周りの男たちに嫌がらせを受けたって体力の差に嫉妬したって、きっとアルは前向きにひた走る。
――僕の妹は、そういう子なのだから。
「……え、楽しんで?」
「ちょっ、その目止めて!誤解しないで!女装を楽しんでいるっていう意味じゃないですからね!?」
僕は決して女装趣味がある訳じゃない!そこの所、疑わないでー!!と両手を左右に振りながらついでに首も大きく振りかぶる。
「いえ、個人の趣味ですので僕は別に」
目、目を逸らさないで!!うわーん!どうして、そこで急に心を閉ざしちゃうかなぁ!?
「……ふふっ。すごく不思議な感覚ですね。今までずっと一緒にいたのは、やはりあなたの方だったんだ」
「……マリウスくん。ごめんね、ずっと騙してて」
話してると分かります、と苦笑しながら言うマリウスくんに、ようやく心からの謝罪を告げる。
「いいえ」
すると、彼はその懐かしい色合いの前髪を揺らしながら首を振って笑みを浮かべた。
「あ、それと。思い出したけど、この間はセラフィナさんからの手紙を届けにきてくれてありがとう。マリウスくんには、いつもピンチを救ってもらってるから、もう何度お礼を言っても足りないぐらいだよ」
「絶対命令でしたので。もしかして、彼女もこの事を知っているんですか?」
……う。どうしようかな。変に嫉妬されても困るんだけど。
「う、うん」
けど、これ以上隠し事は出来ないよ。マリウスくんが知ってくれていたら、これからの学院生活がもっと過ごしやすくなるんだもの!ごめん、アル!!お兄ちゃんは、癒やしを求めています!
「……そうですか」
おっと。少年、そこで微妙に考え事に浸らないで。恐いから!
「あ、あ、あああの手紙をもらえて、本当に助かったんだよ。あれで、僕は道が開けたって言っていいぐらいだから」
というのも、セラフィナさんからの手紙で殿下の演技に繋がったんだもの。
彼女が、乙女ゲームの展開を思い出して新入生歓迎パーティで断罪イベントがある、と教えてくれなかったら僕もあんな大がかりな事を思い付きもしなかった。
「お役に立てたなら喜ばしい限りです」
その作り笑いが恐いです。ランチの時も、たまにこの作り笑顔の時があるんだよね。そういう時は、あまり話しかけないように気をつけるんだけど。……今、二人だけじゃないですか。絶望の予感しかしない。
「あっ!当初の目的を忘れてました。申し訳ありません」
「全く問題ありません」
むしろ、正気に戻ってくれてありがとう!
「それでは、お伝え致します。――『運命は流転する。歯車がかみ合うまで』」
運命は流転する?歯車がかみ合うまで、ってつまりは?
「うん?」
ごめん、よく分からない。と首を傾げる僕に対してマリウスくんもかぶりを振って。
「申し訳ないのですが、僕もどういう意味なのかは分かりません。ただ、確実に言える事はこの神託はイエリオス・エーヴェリー様が対象だということだけです」
そうなんだよね。だから、運命とはきっと……僕の『運命』についてというのは分かるんだけど。
「……そうなんですね」
「何か分かれば、直ぐにでもお伺いします。それまで、ご自分でも考えて下さればと思います」
「分かりました」
イメージは、一寸法師の乗ったお椀がどんぶらこ――なんて。安直でそんな可愛いものじゃないかもしれないけど、僕の運命は定められた場所に着くまで何度も翻弄されてしまうという事だ。
もしかしたら、そこに僕がこの世界に生まれた意味が隠されているのかもしれない。
どこが最終地点なのかは、分からないけど。
ただ分かるのは、今の僕には、全く想像も出来ないという事だろう。
あの日以来訪れた王の謁見室は、異様な緊張感に包まれていた。
眼光が鋭い陛下は相変わらずとして、壇下に並ぶ重鎮の方々の中には、やはりロレンス・アイスクラフト様の姿はない。
後処理だなんだと、あれから何度も殿下の執務室に行った際に聞いた話では、爵位の取り消しと領地の没収で今も牢に閉じ込められているという事だった。宰相の座を奪う為とはいっても、学生を誘導したぐらいで大袈裟なとは思わなくもない。
だからこそ、
ああ、僕はそれだけの事をしてしまったんだ、という実感と悲しみだけが後に残る。
僕は、前世でも今生でも戦争を体験していないけど、武力以外にも戦いがあるという事を今回の件で思い知らされたと言っていいだろう。文官――その先の宰相ともなれば、権謀術数がいくつも張り巡らされている中で、どれだけ不正を見つけ出すのかも重要な仕事の一つとなるから。
そこで足を引っ張られてしまえば、あっという間に身ぐるみを剥がされるのだ。
己に自信があるアシュトン・ルドーはそんな地位を欲しがっていたけれど、僕はとてもじゃないけど諸手を挙げてまでやりたいとは言いがたい。だけど、恐いけど父のようになりたいとも思ってる。
それが矛盾だという事は分かっているけど……どちらも僕の本心でもある。ああ、この曖昧な性格どうにかならないかなぁ、と。
そんな事を思いながら、僕と同じく片膝をついて頭を垂れるアシュトン・ルドーの様子を窺う。
アシュトン・ルドーは、今、何を思っているのかな……なんて。ぼんやりと思っていたら、遅れて父上とミルウッド卿が入ってくるのが見えて心臓が威勢の良い魚みたいに跳ね上がった。
何も疚しい事とか悪い事なんかしてないけどね。前世でいうと、何もしてないのに街中で警察官とかパトカーを見たら、つい居住まいを正してしまうのと同じ感覚。あれって、どうしてなんだろうね?
静謐な空気は厳かに、けれども僕の不安や希望を待つ事もなく――時が満ちた。
「イエリオス・エーヴェリー、並びにアシュトン・ルドー、両名とも面を上げよ」
静かに、けれども室内によく響く陛下のお声に応えて頭を上げる。
「まず、学生生活と文官の仕事の両立、ご苦労であった」
そんな労いの言葉と共に、陛下の緋色の目元がふわりと和らぐ。威厳のあるお顔だけど、こうして笑うと実は殿下とそっくりなんだよね。って、和んでる場合じゃなかった。
はい、と似たような声を発して、僕たちはもう一度頭を下げて陛下への感謝の気持ちを形で表す。
「また、学院内での新入生歓迎パーティでは困難に陥らせた事を深く詫びる」
「勿体なきお言葉、誠にありがとうございます」
「陛下のご慈悲で、もう一度パーティのやり直しが決定いたしました事、深く感謝しております。生徒会役員一同を代表して、心よりお礼申し上げます」
そうそう、そうだった!僕は一緒にお礼を言えないけど、内心で同じように頭を下げる。
新入生にとっては初めての思い出になるはずの新入生歓迎パーティがめちゃくちゃになってしまって、どうしようかという話になったのは言うまでもない。けれど、もう一度するには予算が圧倒的に足りなかったのだ。そこで、どこからお金を捻出しようか困っていたら、陛下が支援金を出してくれる事になって、昨日から僕たちはまた準備に追われていたりする。
ロレンス様の件は、陛下とは何ら関わりがないけれど、側近の不始末という事できちんと落とし前をつけたかったのかもしれない。
あれから、『アルミネラ・エーヴェリー』には何一つ疚しい事はないんだと知れ渡って、徐々にだけど名誉は回復しているかなと感じる。それでも、疑いの種が蒔かれたからには、完全に『白』だって思ってくれる人は減ると思うけど。
「よいよい。存分に催してやるがよい」
「はい」
「では、主らの為にもさっそく本題に入るとしよう」
……ううっ。ばっちり分かってらっしゃる。
どう足掻いてもなるようにしかならないんだけど、ここまで待たされると緊張感が半端なさ過ぎて心臓に悪いんだってば。アシュトン・ルドーと違って、僕はこういう公の場には慣れてないからね。
内心で冷や汗を流しながら、居住まいを正して陛下を見上げた。
「此度の件は、アイスクラフトが自分勝手な欲求の為に画策し、エーヴェリーの子イエリオスを宰相候補の対決という場に引きずりだしたのは遺憾し難い事である。よって、次期国王の宰相を巡る争いは、無かったものという扱いとする」
……って、事は。
――――つまり、そんな対決はなかった、と。
陛下が明言してしまえば、僕たちは受諾するのみ。
……そっか。
自分なりに、色々と頑張ってきたつもりだけど、公の場では消されちゃうんだ。
「但し、文官らと我が息子オーガストの話し合いにより、アシュトン・ルドーは失格とする」
「どういう事ですか?」
えっ?いや、ちょっと待って。対決自体無かった事になるんなら、失格もなにもないでしょうに。と、無意識とはいえ陛下の言葉を遮って訊ねてしまった。
「も、申し訳ありません」
「うむ、許そう。その疑問は当然だろうからな」
「寛大な御心、深く感謝致します」
……とりあえず。あー、怒られなくて良かったぁ!なんて、内心で額の汗を拭っていれば。
「此度の采配を評価して、正式の宰相とまではいかないが優れた者が現れない限りイエリオスを暫定的に優位者とする事となったのだ」
……は?それって、どういう事ですか?
いやいや、ないない!あり得ないって!!うん、一旦落ち着こう。
……。
……。
って、やっぱりおかしくない!?
ええっ!?どうして、そういう結論に至っちゃうの?
「――して、アシュトン・ルドー。失格となっても、そなたに野心が燻っておるのなら、挑む事は自由であるぞ?そうして、いつかは宰相となり己が前例となれるやもしれん」
うえぇー!ちょっと待って。もしかして、もう一度僕たちを対決させてみようって魂胆じゃないでしょうね?前回はなし崩しだったけど、今回は陛下公認だとか恐れ多いから!っていうか、身が持たない!これ以上の三重生活は体がもちそうにありません!
「但し、アルミネラ・エーヴェリー嬢の譲渡は無しだ」
当然です!というか、対決に至る話し合いの時に、アルが宮廷魔導師に選ばれた殿下の婚約者だっていう事を、僕は意見を聞かれたついでに説明しようとしましたけどね?見事に殿下が言葉を被せてきたので、それ以上話せなかったんですよ。ええ。
まあ、多分その存在を知らないアシュトン・ルドーに言ったところで何も事態は変わらなかったと思うけどさ。
心なしか愉しげな陛下にげっそりしながら、あまり期待しないでアシュトン・ルドーに視線を移す。
彼の性格は、否が応でも理解している。
だから、きっと――
「申し訳ありませんが、そのお話は辞退させていただきます」
そう、辞退…………えっ、辞退?
「そうか」
アシュトン・ルドーの事だから、絶対に受けると思ってたのは僕だけだったのか、それから拍子抜けするほどに、こうして今回の宰相候補の対決はあっさりと幕が降ろされた。




