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転生したら女装するコトになりました?  作者: 九透マリコ
第五章 嘆きの王子様
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いつも、閲覧&ブクマ&評価をありがとうございます。

『運命は流転する。――歯車が、かみ合うまで』




「今回は、大義であったな」と、部屋に顔を出して早々に僕へと声をかけてきたのは、数日前とは全く裏腹な態度の殿下だった。

 アルを不安にさせ、エルやセラフィナさんたちに説教をくらったのは昨日の事。気分はまるでサンドバッグ――とは言いつつ。僕を叱ってくれる皆が、本気で心配してくれたんだっていうのは分かってるつもり。もうね、一生分怒られたんじゃないかなって思った。しばらくはもう無理。お腹いっぱい。

「でん、オーガスト様のご協力あっての事です」

 本当に――と思い出すのは、一人きりで初めてこの部屋に踏み込んだその数日前の時の事だ。




「今日は、イエリオスも連れて来ずに一体どういった用件だ?」


 王城内の部屋の中でも、陛下のいくつかの私室の次に格調高い部屋と言われているのが、この『トランプの部屋』と呼ばれる殿下の書斎である。別に、トランプをモチーフにしている訳ではないけれど、壁紙の一つ一つが菱形で揃えられて、赤色と茶色という組み合わせで丁寧にあつらえている為、トランプになぞられてそのように呼ばれているらしい。

 安楽椅子探偵さながらに、装飾で施されたアンティークな椅子でふんぞり返っているこの時の殿下は、クローバーの『K』。簡単にいえば、王者の風格そのもの。

 そして、それに相対する僕はといえば。

「……」

 グランヴァル学院指定の女子専用服。つまりは制服なんだけど、授業が終わってそのまま城へ直行したせいか、完全武装とは言えない状態。ひらひらと揺れるスカートの裾を見るに。……うん、勝てる気がしない。

 せめて、よく他のご令嬢が持っている扇とか持っていたら良かったかもなぁ、なんて思っていると。

「フィーナが階段から落とされたとマリウスから聞いたが、まさか貴様がやった訳ではあるまいな?」

「はあ?そんなわけないでしょ!」

「だろうな」

 ……う。何なの、この人。即答だとか。そういう言い方も卑怯じゃない?いつもは、僕が呆れてしまうぐらいアルと口喧嘩ばかりしてるのに、心のどこかではちゃんとアルの事を分かってくれているとかさ。これじゃあ、アルミネラの兄として愚痴をこぼす事も出来ないよ。

「それで?目星はついているのか?」

 ああ、犯人のって事ですね。という事で、その前に心の中では盛大に言わせてもらおう。やっぱり、セラフィナさんの事も諦めきれてないんですね。最悪だ!

「ついてないといえば嘘になる、かな」

 ただ、そうでない事を祈ってる――なんて。それはただの希望だけど。

「ほう。ならば、今日はその件で多忙な俺に謁見を求めたのか?」

「……」

 正確には、まだどうするべきか悩んでる所です。だから、この姿のままで、誰にも邪魔されず殿下に会えるチャンスを狙って来た訳だけども。

 正直、まさかここでイラッとくるとは思わなかったなぁ、って。これも、ここ最近ずっと精神的に追い詰められていた所為なのかもしれないけど、今日は特にアルの気持ちが身に染みるぐらいよく分かる。

「さっきから答えにくい問いには、だんまりとは気持ちの悪い奴め。俺の顔が見たかっただけなら、今度肖像画でも送らせるが?」

 フッと鼻で笑いながら、いつまで経っても答えない『アルミネラ』への苛立ちを嫌味で寄越す。それに対して、言い合う気にはなれなくて。ただ、もう疲れてると言った方がいいのかも。

 僕は、軽く息を吐き出してから、言葉から相手を威嚇する武装なんかを取り払って純粋に思う事を口にした。

「……あなたはさ、犯人を知ったらどうしたい?あの子の事だけじゃなくて、学院内での私の悪い噂だとか。イオにも、リーレンで変な噂が流れてるの知ってる?」

「イエリオスにも?それは、真実まことの事なのか?いや、それよりお前は全てが繋がっていると言うのか!?」

「……そうだよ」

 それに――

「今回の、宰相候補の対決さえも」

 まだ、予想の範疇でしかないけれど。そして、多分それが今回のネックだろうなはと思ってる。

 ただ、動機に思い当たる点がないからこそ、踏ん切りがつかないのだ。

 自分が想像していたよりも今回はスケールが大きすぎて。

 ……だから、


 無意識に、殿下に会えたら――なんて。


 いつもなら、アルミネラとして真っ直ぐ殿下を見据えてみせるのに視線が落ちる。そんな僕の不安が気に障ってしまったのか、殿下はご自慢の長い足を組み直して、勢いよくドスンと椅子の背もたれにもたれかかった。


「だから、直ぐに答えなかったのか。このたわけ者め。本当にその通りだとすれば、俺は王族としてそいつが如何な者でも処罰する。俺をあまり舐めるなよ?」


「っ!」

 その言い方は、あまりにも尊大で。

 そして何より、オーガスト・マレン=ミュールズという存在が何者であるのかという事を僕にたらしめた。

「っ、……ああ。そうだよね、あなたはそういう人だ」

 なんていうか、悩みすぎる僕が馬鹿みたい。

 今も、フンとふんぞり返る男の姿に、思わず笑みが零れてしまう。


「――で?俺は、何をすれば良い?」


 ははっ、そこまで分かってしまうなんて。……全く、この人は。

「……」

 でも、それなら。



 それなら、僕は覚悟を決めて全てを話さなければ。



 今まで繰り返してきた僕たち双子の偽りを。

「その前に、お話すべき事があります」

 ああ、

 僕は、これから先、一生を賭けてこの方に全てを捧げて付き従おう。



 『我が王(マイロード)』――オーガスト・マレン=ミュールズ様の名の下に。



 明日には、貴族社会から追放されるかもしれないけれど。

 だけど、僕はこれ以上殿下を騙していける自信がなかった。この方が、次の王となりこの国を導いていくのだと、確信してしまったから。

 だから、ここで全て晒してしまおうと思った。……アル、ごめん。君の夢を、僕は壊してしまうかもしれない。

 王族を謀った罪は重い。例え、僕一人の責任だと言い張っても両親や妹にも影響はくる。だからこそ、本当はずっと隠し続けていくべきだったのは分かってる。


 もし、この先何かあっても、それが出来なかった僕を絶対に許さないで。



「なんだ?」

 意を決して、自身を見据えた僕に目を細めて見つめ返す。それは、これから己に挑む者への捕食者の眼差しだった。

「実は――」

 腹は決まった。

 後は、もうなるようになれ!

 ――そんな気持ちで、僕は今まで何度も入れ替わりをして殿下を騙してきた事を正直に全て話した。

 それを前提に話していかないと、説明がつかない事が多すぎたのだ――この件は。

 あーだこーだと話をしていくにつれて、赤くなったり青くなったりと殿下の顔色が恐いぐらいに変化したけれど、最後に口にした『お願い』への食いつきが凄かった。

 それに対して拍子抜けしたのもあって、つい「ちゃんと僕の話聞いてました?」って訊ねてみたけど、大仰な動きでもって「俺にまかせろ!」という斜め上の答えが返ってきたので諦めた。

 まあ、ぶっちゃけると、今回の黒幕をあぶり出したいからどうかご協力願えませんか?って言っただけなんだけど。初めて宝物を目にした子供みたいに、緋色の瞳をキラキラとさせていたので、もう何も言えなかったのだ。




 昨日は、肩の荷が下りたとか何とか言ってたけど、実は誰よりもあの状況を楽しんでたんじゃないかなぁと思ってる。幼少の頃から、血がたぎるような場面に出くわすのが好きな人だったけど。多分、根っからの捕食者なんだろうな。

 入れ替わりを自白していた際、アルへの罪悪感もあったけれど、それと同時に浮かんだのはやっぱりエルフローラの事だった。

 きっと、黒幕が誰か分かった時点で僕が殿下に協力をお願いした事は分かるだろう、と。そして、貴族のご令嬢としてどうすれば良いのかも分かってくれる、なんて。思ってた、いや思ってしまった。

 そんな僕の安易な決断の結果が、あの天国と地獄を一度に味わえる贅沢な世界ですよーと言わんばかりの説教だったのだから、もう僕は何も考えたくない。

 ……うん。あれにはもうこりごりした。僕がエルの涙に弱いのが分かってて泣いてるんじゃ?と思わせるような泣き方で。しかも、ちょっとでも反論しようものなら震えながら上目遣いになって、二度としないって誓ってくださいませ!と迫ってくるのだから触れる訳にもいかないしで最後は壁に縋り付きながら謝った。可愛いんだけど、エルを怒らせないようにしようと心に誓ったのはここだけの話。

 ――と、まあそういうのも含めて、今回は大きな代償を払わざるを得なかった。

 きっと、父には失望されている事だろう。父のようになりたいだなんて、大見得をきっておいてこの有様だもんなぁ。

 結局、アシュトン・ルドーも僕も宰相にはなれないのだから。

「昨日は、アイスクラフトを追い詰めるのに口出しはしなかったが、結局、セラフィナを階段から突き落とした犯人は誰だったんだ?」

 おおっと。ぼんやりしてる場合じゃないや。

 っていうか、聞きたい所がまずそこってどうなの。もういいけどさ。何だかここまでくると、逆に清々しいというか殿下らしく思えてきちゃった。

「下級貴族です、ただ今朝分かったのはもう既に退学したようですが」

 多分、セラフィナさんを怪我させた事で、殿下の怒りが向けられるのを恐れて親に泣きついたんじゃないかなと。

「逃げられたか」

「いえ、夜逃げした様子は今の所ありません」

 というのも、一応屋敷で使える人材を派遣して見張らせているからね。

 まあ、まともなご家族なら、その内王城に来るんじゃないかな。もしくは、学院へ、だけども。セラフィナさんが殿下の寵愛を受けてるって分かっててやっちゃったんだもの。穏便に済ませるなら、殿下の所に来るのが手っ取り早いと僕は思う。

「そうか。まあ、良い。そういえば、アルミネラの噂を流した者たちは、全員とは言わないが、お前が予想していたようにあの後自主的にやってきたぞ」

 ああ、それは僕も怒濤の説教が繰り返されている間、殿下に駆け寄っていくのが見えてた。

 先頭にはミアくんがいたから、あの子が説得してくれたんじゃないかなと思ってる。彼は、アシュトン・ルドーを慕っているだけあって聡いから、好きな人の足を引っ張るような真似はしない。

「一応、学長との話し合いで停学を予定している」

 そんな所だろうな。

 所詮は、貴族社会だもの。噂を流したぐらい温情で最悪の事態は免れるに決まってる。ただし、噂を完全に消してくれるまで僕は彼らを絶対に許さないけどね。そこは、妹を愛する兄としての我が儘を通したい。

「リーレンの方は犯人の目星がついているのか?」

「……申し訳ありません。その件については、まだ」

 というか、犯人かと思ってたアルたちの新しいルームメイトのティッシ・オメローくんはロレンス様の領民ではあるけれど、命令された通りアルをストーキ、監視しているだけだった。むしろ、そこだけに注力していてえっ、それでいいの?と思ったくらい。

 でも、それさえ無ければ、アルを心の底から慕っているらしく、可愛い後輩が出来て良かったんじゃないかなってお兄ちゃんは思っています。……そうだよ、今までアルの周りにいるのが優秀過ぎたから自分勝手に動けてたんだよ!だから、話に聞く彼のように、自分よりおばかな子の方が、逆にアルを落ち着かせるには最適なんだ!ああ、素晴らしきかな人生。お兄ちゃんはアルミネラを全力で応援します。

 だけど、これも問題はある。


 そう、それは僕たちの入れ替わりを殿下がどう裁くのか――だ。


「それよりも、だ。俺を名で呼ぶということは、宰相になる心積もりが出来たと思って良いのだな?」

「は?」

 あっ、つい言っている意味が分からなくて素で答えちゃった。って、うん?いや、ちょっと待って。この人は、何を言っているのかな?

「ですが、僕は殿下をずっと騙し続けていたわけで」

 最悪、父上の領地で農民として暮らしていくのもありかなーなんてこっちは思ってたんだけど。

 そんな風に困惑を極めた僕の思いとは裏腹に、殿下はいきなり楽しそうに口を開けて大笑いをし出した。

「あっはっはっはっ!まだ、その設定を引きずっているのか?っはは、お前は本当に妹思いの優しい兄だな。俺に決断させるために、急を要していたとはいえ女装をしてきた時は確かに驚いたがな」

「……え」

 えーっと?

「何度も入れ替わっているというが、たまにあいつも殊勝な態度を取る時はあるが、お前ほど落ち着いてなどおらんからな。幼少期から共にいるのだ、俺にはお前達の違いなど朝飯前さ。さすがにあの時は疑ってしまったが、女装姿で鬼気迫るお前の態度で俺も決心したようなものだからな」

「……」

  ――と、言う事は。

「嘘も大概にしろよ。だが今回は、不問にしておく」

 ま、まさか……そんな。

「やはり、あんな男よりお前の方が俺の宰相には相応しい。お前こそ、俺の真の臣下だ……ん?どうした?急に、頭を抱え込んで」

「……申し訳ありません。ちょっと、急に頭が痛くなったもので」

 と、い  う  か  さ  !

 嘘でしょ、ねぇ!どうして、本気で訴えたにも関わらず嘘だって思われるわけ?僕のあの緊張感は何だったの?いや、それよりも殿下はわざと言ってるの?それとも、本気で鈍感ってこと!?

「流行病か?それとも、考えを巡らせすぎて少し疲れたのかもしれんな」

 いえ、殿下ですから。この頭痛の原因、あなたですからー!!とは言えないので、ははは、と曖昧な笑みを浮かべる。

「今日は、もう帰って休め。後日、宰相候補の件で再び陛下からお呼びが掛かる」

「……ありがとうございます。覚悟を決めてお待ちしております」

 まだ話す事があったかもしれないけど、帰っていいならもういいや。今日は、甘えさせて貰おう。なんだか、一気に疲れが出ちゃった。

「では、失礼致します」

「ああ、またな」

 目眩を感じながらも、何とか殿下にお辞儀をして部屋から辞する――と。

「イエリオス・エーヴェリー様」

 ちょうど部屋から出てきた所で、マリウスくんに声をかけられた。

「……あ」

 というか、もしかして待ち構えてた?うん?

「昨日はお疲れ様でした」

「レヴィル様こそ」

 昨日は、セラフィナさんからのお説教の後にマリウスくんからまるでいつものようにツンデレなお小言を頂いてしまったけども、それだけ言い捨てて去っていかれたのでちゃんと話が出来なかったんだけど。 今日、こうして僕に声をかけてきたって事はゆっくりお話出来るのかな?

「少しお時間宜しいでしょうか?」

 ええ、と僕が承諾する前に、マリウスくんは漆黒の瞳で僕を見つめて、こう言った。


「あなたに、神託を授けに参りました」


 ――――と。


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