12
いつも、閲覧&ブクマ&評価をありがとうございます。
僕自身、どうしてこの世界に生まれたのか分からない。
でもね、双子で生まれた事に何か意味があるような気がしてならないんだよ。ねぇ、アルミネラ。
「なんという事だ、これは前代未聞じゃよ」
その声は、静まりかえった会場内では恐ろしく明確だった。そして、今日だけは僕が他の誰より聞きたくなかった声だった。
「……来ていたのか、アイスクラフト卿」
この不毛な争いに終焉を告げる事が出来て清々したのか、オーガスト殿下がはあ、と息をつきながら前髪を掻き上げる。殿下の言い放った強烈な言葉で、一瞬にして会場内が騒ぎだしたけれども、僕たちはいまだに相対した状態にいた。
そこへ、集まった生徒たちの中からひょっこり現れたのは、我らが癒やしの好々爺、ロレンス・アイスクラフト様だった。
「陛下から頼まれもうしてのう。殿下が血迷わないか、と。……じゃが、遅かったようですのう」
わしがもっと早く来ていれば、とロレンス様は渋面になって豊かな髭を梳く。
だけど、多分間に合ったとしてもこの結末は変わらなかったんじゃないか。なんて思えてしまう。
何にせよ、今ここで確かなのは、『アルミネラ・エーヴェリー』がオーガスト殿下に婚約破棄を宣言されたという事。
うん、これは前代未聞としか言い様がないよねぇ。貴族社会でも、衝撃が起きること間違いなしでしょ。それに、父上の地位だって揺るぎかねない。
握りっぱなしの手から、僅かにアルの力が抜けたような気がして横を向く、――と。
「……っ、アル」
「あ。な……んで、かな」
妹は俯いたままに、その淡い蒼色の瞳から透明な雫をぽたぽたと零れ落としていた。自分でもすごく不思議そうな顔をして。
「別に、悲しくないんだよ。むしろ、ずっと待ちわびてた言葉だった。……だけど、こういう形で終わりを望んだ訳じゃない」
「……アル」
目元を手の甲で拭う妹にかける言葉が見つからず、せめてハンカチだけでもとポケットにしまい込んでいたものを手渡す。不意に前を見れば、殿下もこれには驚いたようで目を見開いていたけども、僕と目が合ってばつが悪そうに逸らされた。
「殿下」
そこへ、ロレンス様はこちらをチラリと見てから、あのいつもの穏やかな笑顔を殿下に向ける。その一瞥が、今は何より恐ろしいと思えるのはきっと間違いなんかじゃない。
「何だ」
「ここへ来る前に、例の対決についても大まかな意見を聞いて参りましてのう。やはり、次代の宰相にはアシュトン・ルドーが良いかと」
「……ほう。何故だ?」
「実は、リーレンには偶然にも私の領民がおりまして。そこでそやつに聞いたところ、彼は残念な事に素行が悪く座学もイマイチであの華奢な体型から女だと噂されるほどだと言うのです。いや、わしは全くそうは思っておらんのですがのう」
その声は、僕たちにもわざと聞こえるような大きさで。
ああ、やっぱり。
と思えてしまうほど、僕を失意のどん底に突き落とした。
分かっていたとはいえ、あまりにもショックが大きい。どうして、なんて言える立場じゃないけれど、信じたくない。何より、僕は敬愛していたロレンス様から、その言葉を聞きたくはなかった。
「結局、エーヴェリーといえど子にその才はありませぬ。アシュトン・ルドー君は、わしが全てをたたき込んだ素晴らしい逸材なのです。どちらが、宰相に相応しいかなど一目瞭然だったと言えるでしょう」
そう言ってのけたロレンス様は、ここにいる誰よりも毅然としていて自信に満ちあふれていた。
「なるほどな」
ザワザワと、騒ぐ生徒たちの雑音がまるで一つの音楽のように聞こえる。
この状況で、今も固唾を呑んで事の成り行きを見守っているのは極僅か。その誰もが僕の見知った人であるのは、きっと気のせいじゃない。
「やはり、わしの方が優れていたのだ。エーヴェリーなどに頼るべきではないのは、もはや明白ですぞ」
「ちょっと!」
そこで、とうとう堪忍袋の緒が切れたのが最愛の妹だった。まあ、当然だよね。僕たちだけじゃなく、父上の事まで馬鹿にされてるんだもの。――だけど。
「アル」
「っ、でも!」
ここで暴れられる訳にはいかなくて。繋がった手を引っ張り、腕も捕まえれば何故止めるんだとばかりにアルに睨まれた。うー……、お兄ちゃんそういう目付きはちょっと、いや、かなりへこむんだけど。
「所で、アイスクラフト卿。あなたは、どうしてこちらへ来られたのですか?」
そんな僕たちの小さな小競り合いなど無視をして、殿下はまるで世間話をするかのようにロレンス様へと話しかける。
「ですから、陛下に頼まれまして」
「そういうわりに、エーヴェリーに対する言い方があまりにも辛辣過ぎる。あなたは、私を抑える為に来たのではなかったか?」
「そ、そうでしたかのう?」
腕を組みながらも、愛想良くニコニコと微笑む殿下に対して、先程までは威勢が良かったロレンス様が少したじろいだ。
「……ちょっと。ねぇ、オーガスト」
そこに、少しずつ移動してきたのかセラフィナさんが両サイドからイケメンに支えられてやってきた。というかさ、どうしてわざわざ僕たちの方に来ちゃうかな?ほらー、テオドール・ヴァレリーなんかすごい仏頂面になってるよ。
「ん?」
いや、殿下もさ「ん?」じゃないでしょ。そこは、自分の思い人なんだしちゃんと叱ろうよ。……もう、いいけどさ。
「つまり、どういう事なのかちゃんと説明してもらえるかしら?」
あれ?もしかして、セラフィナさん怒ってる?
「せつ、めい?一体、何の事だ?」
「とぼけないで!」
ここでまさかのダークホース登場!じゃなくて。……ああ、そうか。
痛々しい包帯姿にも関わらず、セラフィナさんが自ら僕たちの傍までやって来た意味が分かってしまった。――そう、彼女は一方的に追い詰められていく僕たちを守りたいんだ。
悪い噂が流れた時も、彼女は僕より怒りを露わにしていたし。彼女の私物が燃やされそうになっていたというのに、犯人かもしれない僕を疑う所か、僕の為にしばらく離れる事にした。
いつだって。
――そう。
いつだって、彼女は自分の事よりも『イエリオス』という存在に重きを置いている。
分かってたはずなのに、僕もすっかり失念してた。そんな彼女が、この状況をただ黙って見過ごすなんて真似出来るはずがないんだよね。
その矛先は、多分オーガスト殿下だろう。
最初は、散々アルに対して罵詈雑言を浴びせにかかって衆人の面前で辱めたと言っていい。なのに、それが更に僕たちを卑下するロレンス様の登場で、今度は僕たちを擁護するような言い方をしたのが気に障ったのかもしれない。聞いている人にとっては、明らかに矛盾してると取れるよね。
まあ、簡単に言ってしまえば、そこで彼女はぶち切れた。つまりはそういう事なんだろう。うん。
「実は、あなたに会った時から妙にそわそわしていておかしいなとは思ってたのよ。しかも、私を階段から突き落とした犯人を口止めする時点で、何か企んでいるのは確定だった」
駄目じゃん、殿下。
「なのに、黙って聞いていればアルミネラ様に酷い暴言ばかり!それに、私が変な真似しないようにって、わざとあんな遠い場所に待たせたでしょ!?あれだけ遠ければ、私が何か言う前に上手く誤魔化す事が出来るものね!」
「フィーナ、落ち着け!」
「だけど、おあいにく様!私は、私の所為でこれ以上この人たちが傷付くのを黙ってみていられないの!だって、私はっ、」
ああ、駄目だ。
このままだと、何かとんでもない発言が飛び出しそう。
もう、ここは腹を括るしか――と、咄嗟にアルの手をそっと放して、セラフィナさんの前へと躍り出た。
「ありがとうございます、フェアフィールド嬢」
現在、身に纏っている士官生としての振る舞いとして、それから貴族としてきちんとした姿勢でもって丁寧に頭を下げて見せる。
そして、彼女の澄んだ水のような瞳をじっと見つめて笑みを向ければ。
「っ!」
直ぐにハッとした表情を浮かべた彼女が口を開くより先に、少し離れた位置に立つ殿下を振り仰いで声を掛けた。
「もう種明かしと参りましょうか、オーガスト様」
僕が、殿下を初めて名前で呼ぶという意味をここにいる彼らはちゃんと理解出来るだろうか。
そして、僕が『イエリオス』としてここにいる意味も――
軽く首を傾げながら微笑むと、今まで渋面だった顔から力を抜いた殿下が、頭のてっぺんからつま先までありそうな長いため息を吐き出した。
「すまん、イエリオス。……だが、肩の荷が下りた」
僕より年上の癖にダメダメだなぁ、もう。
思わず、苦笑いを浮かべてしまったけれど、ここまでアドリブだけで名優ばりに頑張ってもらえた事には感謝するしかない。だけど、セラフィナ嬢の一言で簡単に揺らいでもらってはこれから先が思いやられるんだけど。
「……イオ?」
僕の後ろから、王族の『赤』を彷彿とさせる燃えるような赤色のドレスを身に纏う妹の驚きの声がする。
そうなるよね、やっぱり。
予想通りの反応をしてくれるアルミネラに、本当は今すぐにでも謝りたい。けど、まだそれは出来ないという事は理解してる。
――だから、もう少しだけ待っていて。
「ど、どういう事かのう?」
心の中ではひたすら妹に謝り倒して、彼女と同じように驚きの声をあげるロレンス様へと視線を移した。
「結論から言わせて頂くと、ロレンス・アイスクラフト卿。あなたをこの場に引きずり出す為に、オーガスト様には一芝居打ってもらったという事です」
この場にいる全員に届くよう、少しばかり声を張り上げれば、再び水を打ったかのように会場内が静まりかえって、今度はまるで花火のようにざわめきがわき上がった。
まあ、当然と言えば当然か。殿下の婚約破棄宣言が、実は嘘でしたーと言っているようなものなんだから。
「な、何を馬鹿な事を!」
全く意味が分からない、というようにロレンス様が首を振る。
「アイスクラフト卿。あなたは、父上に――陛下に私の事を頼まれた、とおっしゃったがそれは真実の話だろうか」
生徒たちの目が見守る中、殿下が調子を取り戻したのか仁王立ちのまま前髪を掻き上げて、ロレンス様をジッと見据える。
「そのようなお言葉を頂いた気がしていたのじゃが、気のせいだったかもしれませんのう。じゃが、殿下や彼らの事が気がかりで来たという事には間違いありませんぞ」
「気がかり、か。先程、あなたはおっしゃっていたが、私が血迷うとはどういう意味だったんだ?」
「ですから、学院内ではエーヴェリーの娘が悪婦で殿下の思い人さえも手にかけたという話を聞いて」
「それは、誰に?」
「誰、とは妙な事をおっしゃいますのう。今、ここはその噂で持ちきりじゃと」
……えっと。殿下、どうしちゃったの殿下!?何故か、妙にやる気に満ち溢れてるんだけど。微妙に、キラキラするの止めません?さすがは、コルネリオ様の甥ですね。
「アルミネラは、あんな風にみえて現宰相の娘だぞ。ここでは悪評が付きまとっていても、それを親へ告げ口する者がいると思うか?ましてや、知らぬ者に密告など」
あんな風にみえてって、兄として納得いかないけど分かってしまう自分が嫌だ。
でも、そうなんだよね。殿下さえも、たまたま学院にというか気まぐれに食堂に来なかったら知らなかっただろうし。
「……」
「現に、そうなれば必然と城で働くイエリオスにも嫌がらせがあるはずだ。あなたは、それを目撃した事がおありか?」
「……っ!」
ロレンス様が上手く言い返せないだろう事は予想してた。だって、もしそうなっていたら速やかに宰相候補の対決は勝者アシュトン・ルドーで決まっていただろうし、父上にも悪い影響が出ていたはずだから。
まあ、派閥関係では、面白いぐらいに色々な出来事があった事を心の中から報告します。もうね、皆さんとはプラス前世分二十年生きてる僕からみても、ほんと大人げないと思いましたよ。ええ。
「――で?どこのどいつから聞いた、と?」
いやいやいや。元々、ワイルド系の美形なんで、それって脅しにしかみえない。そういうの、前世では堅気じゃない人って言うんですけどね。
「そんなちっぽけな情報など、些末な問題ではありませぬか」
「では、あなたにとって何が重要であるというのだ」
「そもそも、エーヴェリーの双子がどうなろうとわしには何の特にもなりゃしませんぞ」
うわぁ、そうきますかー。というか、尊敬していたからこそ、やっぱりつらいなぁ。
ああ、本当に今でもこの人がどうして、と思えてならない。
まだ、どこかで抱いていた淡い期待を見事なまでに粉砕されて、意気消沈になりかけていたら殿下に視線だけで続きを促された。
そりゃまあ、殿下にこの話を持ちかけたのは僕ですけどね。
「……あなたが、何人かの生徒たちを使って僕たちの悪い噂を流していたのは、もう分かっているんです」
相手は、まさか当事者の兄から特定されているとは思っていなかったのだろう、この場にいる何人かの生徒へ視線を向ければ、案の定直ぐに視線を逸らされた。普段、アルミネラとしてここで生活してるんだから君たちの顔は分かるんだよね。
「僕も、受け入れるばかりの馬鹿ではないので」
まあ、これはパフォーマンスとしてアルミネラのお兄ちゃんを怒らせない方が良いよ、という威嚇にも近い。
「証拠はないのじゃろう?」
「はい――と言いたい所ですが。残念な事に、その法則があるとすればあなたに教えていただいた派閥が関係している事は突き止めました」
「偶然という可能性も時には重要だと伝え忘れていたようじゃ」
僕だって、最後までその可能性に期待してたよ。
「ですが、名前は明かしませんが、とある生徒が全て白状してくれました。指示通りにすれば、望みを叶えてもらえると」
敢えて、誰かは判別がつかないように床へと視線を落として告げる。彼は今の僕の言葉を聞いて、きっと悔しい思いをしているだろう。
ただ、彼は純粋に憧れていた存在の傍にいたかっただけなのだから。
「それをお主は信じたのか?これでも、わしはアシュトン君もイエリオス君も平等に扱っていたつもりじゃよ」
「そうですね、ロレンス様には幼少の頃より良くしていただきました」
そう言ってやれば、ロレンス様もその通りだと大きく頷く。
「……だからこそ、あなたの思いにも気付かなかった」
「何の事かのう?」
僕は、この人のこういう優しさが滲んだ笑顔が好きだった。
馬鹿みたいに、この人の行為は全て善であると信じて疑わなかった。
――だけど。
もう、終わらせよう。
「ロレンス・アイスクラフト卿。あなたの目論見は、僕たちの父イルフレッド・エーヴェリーを宰相の位から引きずり落とす事だったんですね。その為に、僕たちに狙いを定めて攻撃する事にした。それは、父には隙が全くなかったからだ」
その事に気付いたのは、本当についさっき。
それほど、この人は己の思い、心の奥底に抱いている本音を隠すのが上手かった。
「何だと!」
殿下と同じく、僕たちの話を聞いている生徒たちにもどよめきが起きる。
「それは、早計というものじゃ」
「いいえ、あなたは先程おっしゃった。自分の方が父より優れている、と。オーガスト様の宰相候補にルドー卿と比較させるために僕を指名したのはあなたです。そしてあの時、僕たちを上手く誘導して対決するように仕向けたんだ」
思えば、どうして宰相候補に『僕』が選ばれたのかずっと疑問だった。
「じゃが、そうだとすれば都合が良すぎて逆に不自然ではないかのう?」
僕も、そう思うよ。
でも、これにはもう一人の協力者がいたから成立したんだ。
「……あなたが、ルドー卿の後見人であるという事は分かっています」
と、アシュトン・ルドーに視線を向ければ、まるで鉄面皮のような顔をした彼と目が合った。
僕が色々と調べる事が出来たのは、皮肉にもこの宰相候補の対決で赴いていたからでもある。文官という仕事上、書類に関しては自由に見られるものが多かったしね。
貴族間の派閥や人間関係は、見ていればだいたい分かる。父上が宰相だからこそ、僕を疎ましそうにする人たちを注意深く見ていればよかったというのもあるけどね。
まあ、良い意味で社会勉強になったと思う。
そこで、アシュトン・ルドーを調べたのは彼が僕のライバルだったから。
――ただ、それだけだったのに。
「アシュトン君の事も疑っているというのかね?」
「疑わざるを得なかった、というのが適切ですね」
ここにきて、アシュトン・ルドーの名前が出てきた事によって、彼にもまた観衆の目が集まる。隣りに立つミアくんが驚いている所をみると、これはお互いに唆されていたという事は知らなかったって事なんだろうな。
「アシュトン・ルドー、俺の目を見て本心で答えよ。貴殿は、アイスクラフト卿と通じていたのか!?」
「……」
「答えよ」
「……それは」
そんな風に言いよどむアシュトン・ルドーよりも先に口を開いたのはロレンス様で。
「わしは、アシュトン君に協力しただけじゃよ。彼は、つい最近爵位を受け継ぎ、『公爵』という地位を素早く己のものだと確固たるものにせねばならんかった。それを手早く済ませる方法は、次世代の宰相となるという事と、同じ公爵家の嫁を娶るという事だった」
それは、まるで黒幕はアシュトン・ルドーの方であると言っているようなものだった。
「……そんな!」
ミアくんには、あまりにも衝撃的過ぎたのか顔が一瞬で真っ青になる。……倒れなきゃいいんだけど。
アシュトン・ルドーの周りにいた生徒たちが数歩下がって、小さな輪が出来てしまった。
「確かに、それは真実です。ですが、私は何も疚しい事などしていません。己の信念の下、進むべき道を歩んでいるに過ぎない」
こういうの、前世ではなんて言ったっけ。ゴーイングマイウェイ、か。ここまで我が道を進める人って中々いないと思う。不謹慎だけど、希少価値じゃないかなぁ。
だからこそ、アシュトン・ルドーは宰相になれないんだけど。
「そこがお前の駄目な部分だ!いや、今はそんな事どうでもいい。お前が、この一連の黒幕か!?」
「いいえ」
「なっ!?」
「いいえ、とお答え致しました。私は、私の正しいと思った道を進んでおります。ただし、不正や相手を蹴落とす行為など許しません。ましてや、本気で惚れた女性を貶めるなど」
という事は、アシュトン・ルドーのアルミネラ譲渡の件は、別件だったという事か。てっきり、ロレンス様に唆されたものだとばかり思っていたけど。
「……それでは、つまり」
やっぱり、今回の件の犯人は――
「残念だのう。ああ、非常に残念だったわい。このまま、わしの代わりに罪を被ってくれるものだと思っておったのに」
その顔は、いつものように穏やかで、僕にとっては何ら変わらない癒やしの笑みが浮かんでいた。
「どうして、ですか」
「はて、どうしてとは不思議な事を言うのう。自ら、わしの奥底に芽吹いていたエーヴェリーに対する嫉妬を暴いたというのに」
「あなたは、陛下の重鎮の中でも最も重用されていらっしゃるではありませんか」
『宰相』である父よりも。
少なくとも、僕にはそう見えていたのに。
「分かっておらんのう。それとも、もう宰相気取りでいるのではあるまい?」
「ちがっ」
「アシュトン君が不適合とて、お主にその才覚があるとは限らん。こうして、簡単に人を断罪出来る立場ではないと努々忘れるでないぞ」
「そのような戯言を聞くな、イエリオス」
……そう言われても。
「そうです!あなたがどれだけ努力しているのか、そんな事が分からないような人の言葉なんて聞かないでください!」
セラフィナさん……、って。それ、ゲームの世界の僕の事だよね?いや、僕も父上の子供として恥ずかしくないように頑張ってるつもりだけどさ。
「ねえ、イオ。さっき言った事覚えてる?私にとっての特別はイオだけだって。それは、どんなイオでも私にはたった一人の特別って意味もあるんだよ」
背中越しに聞こえる妹の声が震えてる。
まだ振り向く事は出来ないけど、後ろから僕を支えてくれようと、きっと必死な顔になってるんだろうな。
この世界に、共に生まれた半身として――
「はて。どちらが戯れ言かのう?」
「あなたの罪を暴くことが僕の罪となるのなら、僕はそれを受け入れます」
それが、僕にとって出来る唯一の事だから。
「らしくないではないのう」
「それは……あなたが、僕は父と違って慎重過ぎると忠告してくださったからですよ。僕だって、まさかここまで大きな舞台に立つとは思ってもいませんでしたから」
ただ、心臓に悪いからもうこんな大胆な真似はしたくないというのが希望です。
あざ笑うように言われた言葉に対して、そんな風に言い返してやればキョトンとした顔をされた後、盛大に笑われた。
――あ。
そうだ。昔は……まだ僕たちが幼かった頃のこの人は、いつもこんな笑い方をする人だった。それが、いつからか穏やかな笑い方になってしまった。
懐かしいなぁ、と思っていると会場の入り口から大勢の騎士たちが入ってきて、また場内がざわつき始めた。
「静かに。今日はもうここでお開きです。グランヴァル学院の生徒達は、速やかに寮へ戻りなさい」
……ああ、やっぱり。
さほど大きくもなく、けれども誰の耳にもよく響く心地よい声の主は、今年もリーレン騎士養成学校の新入生の訓練を指揮していたんだろう。
「よく頑張ったね、イオ」
そう言って、僕たちの傍へと近付いてきたのはコルネリオ様、その人だった。
視界の片隅で、次々と新入生のご令嬢が色気に当てられて気絶していくのを不安に思いながらも、コルネリオ様を仰ぎ見る。
「オーガスト様がいてくださったからこそですよ」
ほんとにね。今回は、殿下の協力がなかったら無理だった。そう思える。
「……へぇ、そう」
うーん。相変わらず、この笑顔が読めない。っていうか、人前で頭を撫でるの止めません?恥ずかしい。
その時、騎士たちによって、連れて行かれるロレンス様と目が合った。
「……」
何か言いたそうな表情だったけれど、立ち止まる事なく行ってしまった。
これから、あの人がどんな処分を受けるのか想像するだけで心が沈む。陛下の重鎮、それも貴族ならば誰もが知るロレンス・アイスクラフト様が過ちを犯したのだから、王宮内はしばらく騒がしくなる事だろう。
こうして、罪を暴くのが正解だったのかどうかは分からない。……これじゃあ、自己中心的なアシュトン・ルドーの事を言えないよね。僕だって、自分に降りかかった火の粉を払う真似をしたのだから。
「イオのばか!」
「っ、わぁ!?」
そこへ、後ろからぶつかりながら抱きついてきたのは言うまでもなく、僕の愛しい可愛い妹で。
「あんな……あんな無茶して!!私には先に言っといてくれても良かったのに!」
「……怒ってないの?」
「おっ、怒ってるよ!」
いや、声はばっちり怒ってるんだけどね。
だけど、僕にはアルが本気で怒ってないってバレバレなんだよね。なんというか、直感で。
――心配と不安、それから恐怖。
よっぽど、僕がどうにかなるかもって怖がらせちゃったかな。
「ごめんね、アル」
「イオが大丈夫ならそれでいいよ。……けど、イオは色んな人に怒られたらいいよ」
「……うっ」
呪いの言葉とも言えるアルの発言と共に見えるのは、目を怒らせながらも笑みを浮かべた我が婚約者。それと、何故かライアンまで怒ってる?
「イオ様、ちょっと」
「セラフィナの後に、僕も一言良いですか?」
「えっ?」
まさか、マリウスくんも?っていうか、僕たちこの状態ではまだ初対面だよね?
「えーっと、でも。後処理とか、ねぇ?」
なんて、曖昧に笑いながら殿下に助けを求めてみる。
「いや、ここは俺と叔父上で充分だ」
だから、お前はいってこい、と軽くあしらわれて途方に暮れる。その「いってこい」が、「逝ってこい」に聞こえるのは、気のせいですよね?ねっ!?
「ほうら、オーガストの許可が下りた事だし、ちょっとこっちでゆっくりとお話しましょうか」
「えっ!?ちょっ、ちょっと待って!」
キャラが変わってる!セラフィナさん、ちょっとキャラが変わってるってば!うわぁーん!こんなのってないよー!!
まだ回収してない伏線があるので続きます。




