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いつも、閲覧&ブクマ&評価をありがとうございます。
物語の都合上、いつもより短いです。
あの人は言う。僕たちが大事だよ、と。
あの人は言う。僕たちを誰よりも愛しているよ、と。
あの人は言う。
例え、世界が僕たちの敵に回ろうとも、私だけは味方だから――と。
先程まで、その空間はとても優雅な音色が支配していた。
新入生歓迎パーティという名の通り、その中心に集まるのは主に今年この学院へ入学してきた新入生たち。在校生も出席しているけれど、今回の主役は新入生なので目立たないよう様々な場所でおしゃべりに興じている。
そのおしゃべりの話題の多くは、とある女生徒の噂ばかり。数日前に学院内で起きた、別の女生徒の階段からの転落に彼女が関わっているという内容だった。
初めは、ただの可能性の話だった。彼女たちがこの国の王子の寵愛を奪い合っているという話からの、根も葉もない想像の世界。だけど、そこに名前もない目撃者というのが現れて、彼らにとっては現実に起きた事件へと移行した。
『ああ、やっぱり』
その思いは、当然彼らの中で芽吹き――確信へと変わったのだ。
……その悪女の代名詞が通りますよ、っと。
内心では、悲しみを通り越してもはや呆れしか残らない。結局、『アルミネラ・エーヴェリー』がセラフィナ・フェアフィールドを突き落としたという現場を目撃した人物が見つからなかったから、学院側からこのパーティへの参加も止められる事はなかったけれども。
これは、なんというか針のむしろって奴だよね。
さっきまでは、皆楽しそうにおしゃべりしていたのに、こちらを見た途端に眉を潜めて黙るというのが会場の奥へと進むと同時に波のように拡がっていったんだから、集団心理って凄いなぁ。なんていうか、前世でいうコンサートなんかで起きるウェーブみたい。いや、そんなお気楽なものじゃないけどさ。
「やっぱり、イオは来ない方が良かったんじゃないかな」
そう言って、心配げに僕を見つめたのは隣りを歩くアルミネラだった。
一年前と同じように、僕たちは二人揃いながら広間を歩く。一年前は、不審者を追いかけて勝手にグループを抜け出してフェルメールにこってり叱られたっけ。
今年は、二年生なので新入生の初訓練に付き合う事なく、ただの付き添い人という形で共に行動している。
彼らの悪意に晒されて、自分だって逃げだしたいだろうに……全く。いつだって、僕の事ばかり心配するんだから。
だからこそ、僕は首を振ってアルに笑んだ。
「ううん。何があってもここにいるよ。僕は、いなくちゃいけないからね」
「でも」
「ねぇ、だったら手を繋ごう?いつも、不安な事があったらこうしてたよね」
――まだ、二人きりの世界に閉じこもっていた時も。
少し温かいアルの手を握って言えば、それだけで理解し合える。二人とも、少しだけ緊張していた事に気付いて小さく笑い合った。
「それにしても、卒業したっていうのにどうして来るかな?」
アルミネラが僅かばかりに眉尻を寄せて、嫌そうに呟く。それが誰を指しているのか分かって、思わず苦笑してしまう。
「これも、王族としてのご公務の一つだからね」
そう言って、僕たちの視線の先に見えるのは、つい数ヶ月前にグランヴァル学院を卒業されたオーガスト殿下の姿だった。一年前とは別の、王族としての正装に身を包み、新入生たちに檄を入れているらしい。
……やっぱり、というかさすがというか。真面目な所は、こういう状況でも尊敬に値する。
「んー。やっぱり、挨拶しなきゃ駄目なの?」
「婚約者だからね」
えらく渋るなぁ、と思っていたら、繋がった手に力がこもった。
まあ、これだけ注目を浴びていれば兄妹とはいえこれ以上くっつけないしね。手を繋いだ時点で、女生徒たちから動揺でざわつかれたのに出来る訳ないか。
「イオ、一つだけ言わせて」
「どうしたの?」
「あのね、私にとっての特別はイオだけなんだよ。……だから、お願いだから無茶しないでね」
――ああ、この子は。
「……」
「むう。なあに、その顔は」
「いや、アルからそんな言葉が聞けるなんて思わなかったから」
と、はぐらかすように笑えば。
「もう。イオのばかー。……ふうーんだ、そんな事言うんだ。それなら、こっちにも考えがあるからね」
今度は、アルからジト目で見られて、ニヤリとされる。その瞬間、ゾクッと悪寒が走ったので、殿下の傍に行くまで必死で謝る羽目になってしまった。
何も知らないはずなのに、僕の緊張感を本能で感じ取っているのだからアルには敵わない。
おかげで、少しは気持ちも楽になったけれど。
誰にも分からないように、ゆっくりと呼吸を整える。
僕たちが近付いた事によって、それまで和やかに会話をしていた新入生たちがハッと口を噤み殿下の後ろへと下がっていった。
その瞬間、ざわついていた会場は光を失った世界のように静粛が落ちて――
殿下と目が合う。
そして、
「よくものこのこ現れたものだな、アルミネラ」
今まで聞いた事のない侮蔑を含んだ低い声音で、オーガスト殿下は僕たちを睨み付けて言い放った。
「なあに?私がここに来ちゃいけなかった?」
「フン、よく言う」
「そういう含みを持つ言い方止めてくれない」
お互いに苛立ちを含みながらの応酬が続く。僕たちには見慣れた光景でも、会場内にいる者たちの多くはやっぱり初めての体験のようで驚愕している。
オーガスト殿下とアルミネラ・エーヴェリーの仲が悪いのなんて、貴族の間じゃ有名だと思ってたのになぁ。まあ、社交場ではこんな風に言い合うなんてしないもんね。というか、最近のお茶会には僕がアルに変装して出席してたから、軽口をたたき合ってたぐらいだったかも。
「あのねえ、あんたのそういう態度が昔から気にくわないんだよ。私が何かしたっていうの?」
「何を、だと?貴様、よく言えたものだな!フィーナに危害を加えておいて!」
余程、限界だったのか殿下の怒りが滲んだ声がこだまする。そして、そんな殿下が会場の端へと視線を投げ付ければ当然、会場内の人々の目も自ずとそちらへ向かうのは必然だった。
「……っ」
それまで、表情を崩さなかったアルミネラの顔が一瞬だけ崩れて、フィナ、と羽虫のような小さな声で囁く。セラフィナさんが階段から落ちたという話は僕から伝えていたけれど、実際に彼女を目の当たりにしてショックを受けたのかもしれない。
「……オーガスト」
グランヴァル学院の三大美姫の一人にして学院一の美少女は、痛々しいほど真っ白な包帯に包まれていて、人前に立っているのもやっとのような状態だった。彼女を守る騎士のように傍に立つマリウスくんやテオドール・ヴァレリーが、彼女を気遣わしげに見守っている。
「俺は今までお前に好意を抱いた事などなかったが、正々堂々と俺にだけ悪態をつく姿勢には好感を持っていた!だが、俺がいなくなった途端、フィーナに嫌がらせを始めるなど姑息ではないか!」
「ちがっ、違うの!オーガスト!」
その言葉に、真っ先に否定の声を上げたのはセラフィナさんだった。
「アルミネラ様じゃない、あの方じゃないの!」
そう言ってくれるのは、ありがたい。それに、嬉しい限りだけどね。言っていいかな?ある意味、それって逆効果。
「フィーナ。そこまで、こいつの事を……お前は、騙されているんだ」
ねー、そうだよねぇ。そうなりますよねー。
「お前はどこまで優しいんだ。この女は、それを裏切った……いや、初めからそうやってお前が自分に懐くように仕向けていただけなのに」
殿下も、たいがい虚言妄想が酷すぎる。というか、断言はよくないですよー。……さて、どうしようかな。と、思っていると殿下は考える余地を与えてくれる事なく鼻で笑う。
「なんとか言ったらどうなんだ?それとも、お前を唯一庇護する兄に頼るか?」
今日も、この場に一人で来るのが恐いから連れてきたのだろう?と言わんばかりにあざ笑われた気がして、二人同時に握りしめた手に力が入った。
「イオは関係ないでしょ!さっきから聞いていれば、人の事を馬鹿にして。それでよくこの国の王子が務まるよね」
「何だと!?」
「私は仕方なくあんたの婚約者でいてあげてるの!好きでもないのに、どうしてあんたの好きな相手を苛めなくちゃいけないわけ?」
「なっ、……ああ、そうか。だからだ、だからこそ、フィーナを傷付けて俺へのあてつけにしようと目論んでいたんだな!」
いや、そこまでしようなんて普通思いつかないと思うけどなぁ。
ああ言えば捻くれた言葉で返しの繰り返しで、少しばかり辟易してしまうのは許して欲しい。内心で息をつきながら周りを見ると、僕たちを見ている観衆の中に見知った顔がチラチラと目に映った。
人混みの中にいるにも関わらず、カイル王子なんてミルクティのような髪のせいで一番初めに見つけちゃったし。灯台もと暗しといえるような場所から僕たちを黙って見ているアシュトン・ルドーとミアくんだとか。
そして、ちょうど僕たちと対面するような形で殿下の後ろに並び立つ――エルとライアン。ああ、ライアン、お願いだからエルを捕まえておいて。多分、エルはきっと怒ってる。だって、その顔は泣くのをぐっと我慢してる顔だもの。
ここ最近、関わってきた全員が僕たちを見ている。
こういう時に限って、頭はとても冷めていて。
血が上った殿下が、僕たちを射殺さんばかりの視線で睨み付けていても、何故か覚悟が出来ていた。
「もういい、貴様にはいい加減見限りをつける!アルミネラ・エーヴェリー、今日限りを以てお前との婚約を破棄させてもらう!」
――とうとう。
とうとう、この時が来てしまったんだ。
それが如何に重大な問題か理解している。だけど、僕はこれでようやく、と思えてしまった。
これで、アルの枷を外してあげられるかも、と。




