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僕たちならば、或いは。
王宮でも聴きなじみのある楽団の優雅なハーモニーが流れる会場の裏側で、僕たちは扉から中の様子を窺う二人組の様子を見ていた。
「ねぇ、イオ。あいつら、こんな警備の穴を知っているなんて、おかしいと思わない?」
「そうだね」
怪しい二人組は、特別棟の中に侵入してもどうやら警備が手薄になっている場所を通り抜けてきていて、まるで道順が分かっているかのようにさっと会場の裏側までやってきたのだ。
そして、今は羽織っていた黒いマントを脱ぎ捨てて、中に入るタイミングを窺いながら待機している。
「アル、あの顔に見覚えある?」
「新人だったら、分からないよ」
と、いうのも。マントを脱ぎ捨てた彼らが着ていたのは、見覚えのある騎士服だったからだけど。
僕たちは、アルが殿下の婚約者になってからというもの、度々王宮に呼ばれる事が多いので、王宮で働いている人たちとは大半が顔なじみになっていたりする。
だから、王宮内を警備する騎士団の人々も一通り顔を知っているわけだけど。
「でも、あの身のこなしで新人はおかしいよね」
「ああ、確かにイオの言う通りかも」
さて、どうするべきか。
「コルネリオ様から、騎士服が二着盗難にあったって聞いてる?」
昨日聞いたコルネリオ様からのヒント。
そう、彼らが今、身に纏っているのは、十中八九その盗難品とみて間違いない。
「そうなんだ。ということは、あれがそう?」
「だと思う。けど、今捕まえたところで、言い逃れされたらお終いだよね」
例え、僕たちと面識がない事を指摘しても、それこそ新人だと嘘をつかれる可能性が高い。
――ということは。
「先回り、するしかないか」
「ん。それじゃあ、急がなくちゃ」
ああ、この感覚だ。
つい一ヶ月前まで、僕たちはほとんど同じ時を共に過ごしていた。勉強している時も、遊んでいる時も、ベッド共に眠る時も。だから、アルがどうしたいのか分かる事が多かった。
双子とは、元々そういう不思議な縁で結ばれている事が多いらしい。片方に何かあれば、もう片方は、胸騒ぎを感じるのだとか。
今の僕たちは、まさしくそうで相手の意図が感覚で分かる。
それは、阿吽の呼吸に似ていて。
とても、心地よい――同調。
僕たち二人は、心で繋がっている。
――だから、これからどうしたいのかも。
「殿下、ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」
「ふん。分かっているならよい。ま、まあ、俺も今年は生徒会長としてこの新歓パーティの準備に関わっていたのでな。その、な、なんだ、エスコートしてやれなくて、わ、悪かった!」
うん、こういうのって前世でなんていうんだっけ。
えーっと、ツ……ツ、ツン、ツンデレだ。
前世では、サブカルチャー的なものは全く興味がなかったから、正しいかは分からない。まさか、今になってそれが悔やまれるなんて。もっと、視野を広げておけば良かったなぁ。
いつかの学生食堂でばったり事件以来、何故か毎日昼食を共にするようになってから、殿下はいつの間にやらこのような態度で僕に接してくるようになった。
にこにこする僕の隣で、アルミネラがかなり衝撃を受けて目を丸くしていたので、肘で突いて我に返らせる。
まあ、そりゃあ驚くよねぇ。
いつもなら、顔を見た時点でお互いに嫌悪感丸出しになって、挨拶もまともに出来やしなかったんだから。その後なんて、……ああ、どれだけ僕が間に入って二人に会話を続けさせる事に神経を使った事か。 あっ、目から汗が。
「お心遣い感謝します。それから、今回はパーティの警備に参加しているリーレン騎士養成学校の方へと入学しました兄と偶然にも会いまして。それならば、殿下にぜひご挨拶を、と」
「おお!イエリオスか、久方ぶりだな」
「お久しぶりにございます、殿下」
僕は、今も昔と変わらず調和を愛する日本人だ。だから、争い事は苦手で、何とか話し合いなどで平和的解決を目指さずにはいられない。
それ故に、殿下はアルミネラの事は毛嫌いをしているけれど、僕にはかなり友好的な態度で接してくれる。むしろ、あまりにも極端過ぎて周りが驚くぐらいに。
殿下は、昔から僕たち双子を双子だと思わず個々で認識しているのだ。
自分が嫌いだと思ったものは嫌いで、気に入ったものは好きと、白黒はっきりしているので、僕たち双子に対してもそれが顕著に表れている。それは、国王としてとても大切な要素だろうけど、ここにきてアルミネラに対する態度も軟化してきた所をみるに、心境の変化があったのかもしれない。
まあ、それは置いておいて。
こうして堂々と初訓練中にも関わらず挨拶と称して顔を見せたのは、至極簡単な理由で、要は殿下のお側に居れば、万が一襲撃された際に迎撃しやすくなるだろうなんていう狙いがあってだった。
もちろん、後でフェルメールやコルネリオ様に怒られるのは承知している。
そりゃあ、先ほどの二人組が現れる前にグスタフ様の報告でフェルメールたちが来てくれる事を祈るばかりだけどね。
殿下と談笑しながらも、警戒は怠らないように気をつける。
殿下の周りを見渡してみると、少し離れた所に例のストー……じゃなくてセラフィナ嬢が立っていた。 うーん、相変わらずばっちり目が合うのはもう日常茶飯事なんだけど。もう、この子に至ってはこういうもんだと思うしかないのかもしれない。
そんな風に、今も尚、僕をじっと見つめるセラフィナ嬢を、数人の男子生徒が囲って必死に気を引こうと話かけている。まあ、これも最近ではよく見る風景だったりするんだけど。
それも、よく見れば彼らは有力貴族の美男子ばかり。彼らの婚約者のご令嬢方には大変不興を買っているみたいだけども、本人はどこ吹く風といった感じで何を言われても無視を決め込んでいるらしい。
そんな彼女は、もしかしてイケメンホイホイなんじゃないだろうかとさえ思えるこの頃。まあ、あれだけ可愛い容姿だから、それも当然と言えば当然か。僕にストーカー行為をするのを止めてくれるなら、僕だって話ぐらいは聞いてあげられるんだけど。
それから、いつも殿下の傍に侍っている臣下の二人……も、どうやらセラフィナ嬢を囲う会に参加しているみたいだけど、え?良いの?それとも、殿下が許可したって事なのかな?
殿下に不審者の件は伝わっていると思っていたけど、これはもしかして、伝えてないって考えて良いのかな?
それはそれで、困ったなぁなんて思いながら、会場内を見渡せば、今度はエルフローラと目が合った。
「……」
う、ううっ。視線が痛い!
目は口ほどに物を言う、という言葉をまさしく体現していらっしゃる!うわぁ……あれは、かなり怒っているなぁ。後で事情は話すから!だから、そんな人を射殺しそうな目で見ないで!
今日のエルフローラの装いは、鮮やかなサファイヤのような色合いのドレスに白金色のレースが縁取っていて、身体が動く度に左右に揺れてとても綺麗だった。もしかして、僕の為にオーダーメイドしてくれたのかな、なんて自惚れてしまうぐらいに。ダークブロンドの髪をひとまとめにして編み込んで、綺麗にねじりながら背中に流しているのも大人びていて新鮮だった。エルの綺麗なうなじを、他の男子生徒に見せるのは勿体ない。
ああ、一緒にパーティに参加したかったなぁ。
彼女も、同じように思って怒ってくれているのなら、僕は嬉しいかもしれない。
昨日の夜に、アルが夜襲をかけてきて怒濤のように時間が過ぎてしまったから、彼女にちゃんと説明する時間もとれなかった。それは、僕の落ち度だろう。
ごめんね、という視線を投げたものの、エルは僕とアルミネラが二人セットで行動をしているのを見て、どうやらいつもと何かが違うと理解してくれたようで。僕たち以外に誰にも分からないような、ムッとした顔をしてから踵を返して去って行った。怒った顔も可愛いなぁ!じゃなくて。
ああ、これは後で説教コースだな。
ガクッと肩を落とした僕の横を見れば、アルも僕と同じようにぎこちない笑みを浮かべていたので、多分同じ事を考えているに違いない。
妹よ、説教を聞くときはどうか一緒に!これ、兄からの大切なお願いです。
「――と、聞いているのか?イエリオス」
「はい。今年は、殿下がいらっしゃるので大層華やかなパーティになっているとお聞きしました」
「そうだろう!ははは。実はな、この今流れている素晴らしい演奏も王宮で世話になっている楽団に頼み込んだのだ。一流の音楽と、一流の食事、一流の会話を学んで今日を楽しんで貰いたいと思ってな」
「そうだったんですか」
やっぱり。聴きなじみのある音色だと思ってました。前世で音楽なんてちゃんと聴いてなかったけど、この世界に生まれてからは必須科目になったからね。貴族の嗜みの一つだから、必然と各楽団の癖や音色などが分かってしまう。
殿下は楽団を引っ張ってきたって事なんだろうけど、王族っていう名の職権乱用にないのかな。あ、でも、陛下には了承を得ているか。
「で、お前はどうなのだ?騎士として、怠らずに訓練に励んでいるのだろうな」
「はい。私の目標は、コルネリオ様のような高潔な騎士ですので」
「おお!そうか、コルネリオ叔父上か。さすが、イエリオスは目の付け所が違う」
「勿体ないお言葉にございます」
ふはは、と愉快そうに殿下が笑ったのを、隣りでアルがぴくりと眉を寄せた事に気が付いて思わず苦笑いをしてしまう。
殿下からはアルに対する態度が少し柔らかくなったものの、やっぱりアルミネラからすれば殿下はひたすら小憎たらしいだけの異性でしかないという事のようで。
けど、いつかは嫁がなければいけないのだから、兄としてはアルにも殿下の良い所を見つけて欲しい。なんて、言ったらアルミネラはまたいつものように逃げ出してしまうのかな。
けれども、こればっかりは、僕でも妹の願いを叶えてあげることは出来ない。
アルが、殿下の結婚を望んでいないと気付いていても。
無力なお兄ちゃんを許してくれとは言わないけど、せめてアルミネラが前向きになれる手伝いが出来れば良い。
――と、その時だった。