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つい最近になって、彼は僕の妹に従者になる事をようやく認められたようだけど。彼が僕に対して思っている事と、僕が彼に対して思う事は全く同じ。
――まあ、つまりはお互いが気に入らないって事。
グスタフ様に聞いた話を要約すれば、僕が学院で嫌がらせを受け始めた数日後からリーレン騎士養成学校でもアルに対して変な噂が流れてきたという事だった。
それは、
イエリオス・エーヴェリーは、実は『女』だった。
――という、あまりにも大雑把で短絡的過ぎる悪い噂で。
決して、僕とアルが入れ替わっているという話ではないらしい。そこは、安心したけども。って僕の感想は、今はいいや。はじめの内は、新入生ならともかく在校生は鼻で笑ってお終いだったという。けど、それでも謎の目撃者が相次いで見つかったらしく。そこから、共同風呂に顔を覗かせない事とか水仕事の時もいつの間にか着替えているとか、そういう諸々の事柄もあり、もしかしたら……となったようで。
いつかこうなる日が来るんじゃないかなって予想はしてたけど、これってあまりにもタイミングが良すぎて違和感を覚えるのは僕以外にもいると思う。現に、僕がグランヴァルで嫌がらせを受けている事はアルたちも知っていて、だからこそ自分も同じような被害を受けている事を教えてくれなかったんだろうし。
たまたま、グスタフ様と会ったから僕も知る事が出来ただけで……あれ?もしかして、フェルメールが僕とグスタフ様を会わせた、とか?あり得ないようであり得る、あの人なら。それに、あれからアルたちをとっちめてみた所、フェルメールの後任になったディートリッヒ先輩は、やっぱりアルが口止めしてたみたいだし。
僕に必要な情報だからこそ、フェルメールは敢えてあんな真似をした。
「……ああ、そうなんだ」
きっと。
――それが、コルネリオ様の指示かどうかが問題だけど。
「なにが、『そう』なんだ?」
だよねぇ。昨日の話に悩み所がありすぎて、つい考え込んでいたけれど、実はそんな風にのんびりしている状況じゃなかったりなんかしてるんだよね。
「俺の話、ちゃんと聞いてんのかよ?」
「あ、はい」
と言った僕の瞼の真横には、先程から甘い言葉しか囁かない薄い唇をもった口。もうお気づきの通り、相変わらず壁ドンをされている状態です。カイル王子にね!あはは!いや、笑い事じゃないけどね。もう何度目になるんだろうなぁ。思わず遠い目になってしまうぐらい、この人には数え切れないほど壁ドンをされまくっているような気がしてる。どんどん慣れてきてる自分が恐い。
イケメンも壁ドンも食傷気味だよ。ほんとにもう。
「学校に出てくるだけでも辛いだろうがな」
しかも、驚くことについこの間まではオレと危険な遊びしようぜ的だったのが、最近では大丈夫か?なにか変な事されてないか?という心配ばかり。
セラフィナさんが離れてエルが必死で僕から離れないようにしているけれど、それでも生徒会役員だけの打ち合わせとか会議があれば、こうして一人になるわけで。今日も、そんな絶妙なタイミングでカイル様に捕まってしまったという事なんだけど。……僕って馬鹿かな?
「お前のような初な女を、寄ってたかって火あぶりにする事がオレには許せねぇんだ。セレスティアなら、そんな馬鹿な真似はさせねぇ。オレならそれが出来る。あんな別の女に現を抜かすような野郎よりも」
わー、留学したての頃は全く殿下とアルの関係なんて知らないし興味ないみたいな態度だったんだけど、いつの間にか把握してらっしゃるー。まあ、今の学院の状況を見てれば、さすがに殿下が誰に懸想しているのかなんて分かっちゃうか。
セラフィナさんと僕、というかアルミネラとの三角関係なんて。
孤高な不良っぽかったから、失礼だけどご友人はいないだろう。まあ、いれば、僕にちょっかいをかけるのを最初に注意されているはずだしねー。ようやく、そういった情報が耳に入ったという事かな。という事は、つまりどんどん僕の噂は広まっているって考えていいんだろうな。
「私のために、そこまでお気遣いして下さってありがとうございます。ですが、これでもオーガスト様とは意思疎通は出来ているので」
……一応ね。
「信じられねぇ」
うん、そう言うと思ってた。
「この間、わざわざ学院まで足を運んで下さったのが良い例です。確かに、私とオーガスト様はいつも素直になれませんが、だからこそ分かる事もあるんです」
悔しいけどね。セラフィナさんが好きなのは間違いないけど、一年間だけこの学院で同じ時間を過ごしていて殿下の不器用さは分かったつもり。アルミネラを疎ましく思いながらも、でも切り離せない優しさとか。
だからこそ、どっちつかずの態度が、妹が大事なお兄ちゃん的には許せないんだよ。何度も言うけど。
「お前は、あいつを好いてるって事なのかよ」
「は?……あ、申し訳ありません」
しまった。思わず、なに言ってんの?って顔しちゃった。
慌てて謝罪するも、僕がそういった反応を返すと思っていなかったのか、カイル様がぽかんとして驚いたと思ったら、ブッと吹き出して笑い出した。
「ははっ!おもしれぇ女だな、やっぱ!」
「……あの、今のは忘れてください」
「忘れられるかって!はははっ、こんなに笑うなんて、ひさびさっ、あはは!」
いやいや、笑いすぎじゃない?
まさか、ここまで笑われるなんて。羞恥心で頬が熱くなるのを感じながらも、眉が寄る。むう、と自然に顔が俯けば顎に手を添えて上げられた。
「っ、な」
「悪かった、笑いすぎた。けど、お前みてぇな女は初めてだ」
まるで、大量にブレンドしまくった砂糖みたいな言葉を吐き出したその人の瞳はとろりと甘くて。ああ、やっぱりこの人格好いいなって思ってしまったけど。
「や、やめて下さい」
こんな場面をまた誰かに見られでもしたらと思うと、気が気じゃない。だから、直ぐにその手を払ってこれ以上離れられないか壁に体を押しつける。
「オレには、素直でいてくれてかまわねぇんだぜ」
「え?」
「そうやって、嫌な事は嫌だと言えばいい。辛いなら、辛いって」
「……」
太陽に反射する甘いミルクティー色の髪が眩しくて俯く。
何もかも砂糖まみれのカイル様から、駄目出しをされているのだから。
皆が、僕を心配してくれている。それには、本当に嬉しく思うし感謝すらしている。
それに、エルだって大変なのに……忙しいのに僕の事ばかり気遣って、申し訳ないと思ってる。
アルも、自分だって変な噂を流されて困ってるのに黙ってたし。おまけに、お城に出向いてる僕の為にリーレンとグランヴァルを行ったりきたりで、きっと相当疲れてるはず。
サラだってセラフィナさんだって、フェルメールだって。
……だからこそ、言えないんだよ。
僕は、ほんとは強くない。
いつだっていっぱいいっぱいなんだよ、って――
でも、言えるはずないじゃないか。
僕が背負った事だもの。僕が全て、納得して受け入れた事だもの。
「……そんな、こと」
「身内じゃねぇから言える事ってあんだろ?」
そりゃそうだけどさ。本当、この人いきなりどうしちゃったの?初めの頃は、明らかに遊び目的だったよね?ね?どうしてこんな風に態度が変わっちゃったかなぁ。
「まあ、下心もあるけどな」
うん、変わったのはやっぱりあの噂が流れてからだったよね。
「だから」
と、不意にもう一度顎を持ち上げられる。
「えっ」
ごめんなさい、全く話を聞いていませんでした……って言いたいけど、言えない雰囲気、というか何か僕にとって大変よろしくないムードになってない?
「オレと」
「ちょっと、まっ!」
いやいや、無理!これ以上、同性となんて無理だから!徐に顔が近付いて、慌ててカイル様の胸を押してみるけど歯が立たない。……腕力欲しい。じゃなくて、本気で無理だから!
「やめっ」
口まであと数センチ――のところで。
「そこのあなた、何をしているんですか?」
あ、これってデジャヴ。と思えば、案の定少し離れた場所にいたのは、マリウス・レヴィルくんだった。隣国の王子様が絡んでた一件でも、ご令嬢たちからこうやって助けてもらえたんだよね。……って、うん?
声を掛けてきたわりには、僕たちではない方向に視線を向けているので、そちらを見れば。
「え……、ミアくん?」
座っていれば僕たちからは見えなかった位置で立つ彼、ミア・フォッカーとはバッチリと目が合った。
「ッチ!まさか、見られてたなんてな」
マリウスくんの声が聞こえた時点で、直ぐに僕から距離を取ったカイル様が舌打ちをする。
……つまりは、そういう事なんだろうな。
「ミ、フォッカーくん、どうして」
セラフィナさんの教科書の時もタイミングが良かったし、もしかしたら今回もカイル様にキスをされた所で騒いだのかもしれない、――なんて、信じたくないけれど。
「貴女なんて、大っ嫌いだからだよ!そのまま、その人とくっついちゃえば良いのに!」
そう言って、駆け出すミアくんを追わなくちゃと思って行こうとすれば、カイル様に腕を引っ張られて止められる。
「どうして!」
「よせ」
「で、ですが」
このまま放っておく事なんて出来ないよ。
――だって。
だって、あの子泣いてたのに!
僕と目が合った瞬間の、あの怒りに満ちた表情が忘れられない。徐々に溢れてく涙に濡れた、僕を心の底から憎んでるという緑色の綺麗な瞳も。
「オレにはよく分かんねぇが、話ぐらい聞いてきてやる」
嫌いな奴ほどしゃべりたくねぇもんだろう?と苦笑して、カイル様は僕の頭に手を乗せてから、ミアくんの後を追いかけていった。
確かに、僕が行くだけ意固地になりそうなのは目に見えていたけど。あのカイル様に、ミアくんが素直になるとは思えない。……不安だ。
不安しか残らないって、これってどうなの。
けど、今の僕にはどうする事も出来ないし、はあ、と息を零しながらマリウスくんの傍まで行けば。
「どうして、いつも騒動の渦中にいるんですか」
「えっと、……さあ?」
止めよう?ねぇ、そんな風に明らかに面倒くさいオーラとかため息つくの止めようよ。……ううっ、黒髪黒瞳のその日本人みたいな容姿で言われるとなんかへこむんだよー!
「けど、私だって好きでこんな事態に陥ってる訳じゃないよ」
ほんとにね!
「……」
って。……あれ?
「どうしたの?いつもなら、お叱りの言葉が続くよね?」
だって、今なんて特にセラフィナさんも巻き込んでしまってる状態な訳だし、これはきっとポンポンと嫌味が続くと思ってたんだけど。
「もしかして、体調が悪い?」
「いえ。まあ、あなたにはあなたなりの事情があると思いますから」
……いやいいやいや。本当に、どうしたの?
「まさか、かなり怒ってる?」
「……そりゃあ、セラフィナの件でしたら、あ。そういえば、これ、もしあなたに会えたら渡すように言付かっていました」
「手紙?」
それは、淡い水色の封筒で、裏を見れば『S』の文字。
「もしかして、これを私に渡す為に、わざわざさが」
「心労で倒れない事をお祈りします。急いでいるので、僕はこれで」
「え、あっ」
まさか、マリウスくんに優しい言葉を掛けられるとは思わなかったなーというか、さすがはマリウスくん。彼女が絡むと律儀すぎる。今回は、それに助けられた訳だけど。
でも、彼のその優しさが嬉しい。
「ありがとう!」
だから、と。その小さな背中に向かって少し叫ぶ。
「は、恥ずかしい真似は止めてください!」
でもって、予想通り怒られた。




