7
いつも、閲覧&ブクマ&評価をありがとうございます。
おそらく、この人ほどいまだに経歴が分からない人はいない。傾国の美女と謳われるほどの美貌を持つのに、そのアグレッシブな行動力は父上の予想をいつも飛び越えているのではないだろうか。なんていうか、父上ほんとお疲れさまです。
その光景は、とても懐かしいものだった。
記憶にあるのは、幼少期……ではなくて。もっともっと生まれる前から。簡単にいえば、前世の記憶。とはいっても、郷愁なんて呼びたくない。
「ねぇ、良いですよね?」
「男にちやほやされて、貴女も喜んでいるんでしょう?」
「ちょっとぐらい、俺たちの相手をしてくれたって良いじゃないですか」
「そうそう」
目の前で壁のように立ちはだかるのは、四人の男子生徒たち。軟派な行動を取ってるけど、まだ幼い顔付きからいって今年入った新入生の子たちだろう。背伸びするにはまだ早いんじゃないと言ってあげたい。
……まさか、この世界でもこんな風に絡まれる事があるとは思わなかった。
思い出すのは、前世でのあのうざ、面倒くさい不良グループで。初めて絡まれたのはちょうど高校入学したての頃だったけど、リーダー格の男に声を掛けられたのがきっかけだっけ。それも、なんて事してくれるんだおらァ的な。いきなり殴られそうになったから、思わず背負い投げをしてしまったけど、のちのち後輩くんに聞いたらどうやらあの男の最後の生活費だった百円が手から落ちて、そこへ僕がたまたま蹴飛ばして自動販売機の奥へと追いやってしまったのだとか。
最初に言ってくれたら、百円ぐらい返したのに。なんて、あれから会う度に因縁をつけてこられる羽目に陥ったので、いまだにそう思わずにはいられない。まあ、でも僕が死んでせいせいしているのかなって思うけど。
「ちょっと、聞いてます?」
「っ、触らないで」
過去に思いを馳せすぎて油断して、顎を持ち上げられる。それを直ぐに打ち払ってみたものの、彼らにはあまり効いてない様子だった。
「そういうのも演技なんでしょう?」
「俺たちも嫌いじゃないですよ、貴女ほどの美人に睨まれるとむしろ余計に苛めたくなってくる」
……えっと、うん。ある意味、興奮材料としては効いてるのかも。って。いやいや、駄目でしょ!
今日は当番だったから、ホームルームが終わっても片付けがあり遅れたのが悪かった。それに、エルたちを待たせるのも悪いと思って先に生徒会室に行ってもらったのも裏目に出たかな。とも、思うけど。
何より、あの悪質な噂話が広まってあれから数日が経った今もまだ噂話は絶えないようで。むしろ、状況は悪化の一途を辿っているとしかいいようがない。
このまま収まらなければ、審問会が行われるだろうしそうなれば父上にも迷惑がかかってしまう。この流れを、どうにか止める事が出来れば良いんだけど。
「あのねぇ、もう何度も説明してるんだけど。あんな馬鹿げた噂に踊らされてるって君たち分かんなの?」
「噂は根拠があるからこそ、出るものじゃないんですか」
あーもう!変に頭の回るお坊ちゃんたちはこれだから!
「根拠がなくても誰かがそうだと言えば信じちゃうの。現に、君たちがそうでしょう?」
と言って、四人の生徒たちと一人一人目を合わせれば。
「だったら、俺たちが貴女の男遊びの初めてになりますよ」
「アルミネラ様とだったら、一晩中付き合っちゃいます!」
「ねぇ、今の話ちゃんと聞いてた?」
こんな風に、今までも絡まれる度に説得を試みてはいるんだけれども、誰一人通じてない。何なんだろうね、全くもう。僕の説明が悪いのかな!?
放課後といっても、まだ残っている生徒は少なからずいるけれど、先程から彼らの後ろをチラホラと視界に映るのみで去って行く。まあ、誰もこんな現場に立ち会おうとは思わないよね。分かる。
それに、相手は四人だし今の僕……というかアルミネラ・エーヴェリーといえば、不道徳な噂の人物だもの。傍から見れば、僕が困っているなんて事は分からずただ男を侍らせているのかも、なんて思う人はいるかもしれない。
「どうか、俺たちとも甘いひとときを!」
「俺、そういえば良い穴場知ってるんだ。そこに行きましょう?」
「おお、いいな!」
「ここだともっと噂になりますし、ね?」
ね、じゃないよ!そこだけ妙に後輩の可愛さアピールされても困る。それに、その穴場とか微妙に嫌な予感しかしないから。っていうか、多分そこ知ってそうな予感がびんびんしてるんだけど、これって何だろうね!?
ほら、と言われて腕を強引に掴まれる。今度は強く握られたようで、嫌がってもなかなか放してもらえない。
「ちょっ、やめて」
四人の中では一番体格が大きいとはいえ、一年生に腕力で負けるとか本気でへこむ。僕なりに思うところがあって、筋トレの時間も増やしてるというのに。あれじゃ駄目だったって事なのかな?いや、それとも小休憩だとか言って、サラがお茶と一緒にデザートを用意してくれているからついつい食べてくつろいで……って。もしかして、それが駄目だったかな?って、思い返してる場合じゃない。
「放して!」
これは、さすがにまずい事になってしまう。だからこそ、全力で抗っているのに易々と引っ張られるので泣けてくる。せめて、しがみつける柱か何かあれば良いのに、と外聞も恥も忍んで本気で考え始めた、その時――
「おい、ガキ共。その女はオレのだ。酷い目に遭いたくなけりゃ、その手を放せ」
狼が唸り声をあげるような不機嫌そのものを表す低めの声が横からかかって、まさかと思ってそちらを見れば甘いミルクティーのような髪色の男が一人。案の定、そこにいたのはセレスティアの第二王子、カイル様だった。
「なっ」
「セレスティアの」
「くそ、後もうちょっとだったのに!」
「い、行くぞ」
「あっ」
明らかに上級生、しかも異国の王子という事もあって、彼らはよっぽど恐かったのか僕を突き飛ばして去って行く。その勢いでフラフラと後ろに尻餅をつきそうだった僕を背中から受け止めたのは、当然ではあるけどカイル様だった。
「……危ねぇな」
「あ、ありがとうございます」
うわぁ、居たたまれない!普段、絡んでくる人に助けられるのってほんと恥ずかしい。
「怪我はねぇか?」
「ええ、大丈夫です」
そこで、ようやく下校途中の生徒たちに注目されている事に気が付いて、慌ててカイル様から少し離れた。危ない、危ない。これも、また噂の種にされかねないよ。
「念のため、保健室で見てもらえ」
「え、でも」
と、見上げた先には僕を口説く時とは違う物言いたげな水色の瞳があって。
「……分かりました」
何か話したい事があるのなら、聞いておくべきかなと思い頷いた。多分、エルに言わせるとここが僕の爪が甘い部分なんだろうけど。いつもとはちょっと違う、そんな気がしたから。
カイル様が歩き出して、少しだけ距離をあけてそれに続く。
不良といっても、見た目はモデル並だから後ろから見ていても背筋が伸びていて、悔しいけど格好いい。僕も十七歳になればあれぐらいかっこよくなりたい。この世界は、乙女ゲームの世界だけあって、色んなイケメンと出会うからその度に劣等感を刺激されて辛いんだよね。いつか、絶対にエルに格好いいと思われる男になりたい。あー頑張ろう。
「……お前さ」
そんな事を黙々と考えていたら、カイル様が振り向きもせず呟いた。
「はい」
念のため、ちゃんと付いて来ますよーという意味合いで返事をしてみる。だって、誰もいなかったら独り言とか恥ずかしいし。まあ、僕じゃないんだけどさ。
「俺と一緒にセレスティアに来るか?」
「え?」
それって、つまり――
「ここから逃げるって意味ですよね?」
それしか思いつかない。多分、カイル様はこの悪意の塊みたいな噂で僕が疲れてるんじゃないかって心配してくれてるって事だよね?あれ?もしかして、意外と優しい?
「ちがっ!っ、……いや、まあ、結果的にそうだけど」
「……?」
反射的に振り返った顔は何故か赤くて、僕は首を捻るしかない。左手で後頭部をさすり、窓の外に視線を向けながらも、もう一度ため息をつかれてしまった。
「あの男の苦労が分かるぜ」
「え?すいません、よく聞こえませんでした」
「ああ、気にすんな。っつか、今のはやっぱナシにしてくれ」
「……分かりました」
とは言ったものの、元々ここから逃げるなんて考えてもいないから気にしてない。以前、罠に嵌まってクルサードに連れていかれそうになった時に思ったけど、僕はこの国から出て行こうなんて思わない。いや、思えない、が正解かな。
ここには僕の大事な家族がいて、大事な婚約者が住んでいる。それに、アルと入れ替わる事で、グランヴァル学院もリーレン騎士養成学校にも失いたくない人がたくさん出来た。
だから、僕はアシュトン・ルドーとの対決も、最初の頃より負けられないと思ってる。
「けど、俺が見てらんなくなったら連れて帰りてぇってのは覚えとけ」
「はあ」
――という話をしたら、何故かアシュトン・ルドーにしこたま怒られた。ひどい。
僕が来るのが遅かったようで、心配していたエルたちに促されるまま何があったかを告げた結果がこれとかね。僕だって、自分の危機管理ぐらい出来るのに。何もそこまで怒ることないじゃないかって思ってたら、今度は盛大にため息をつかれるしまつ。挙げ句の果てには。
「……ある意味、お前がそこまで鈍くて助かった」
なんて。また、人をドキリとさせるような切ない表情で言ってくれるから、アルみたいに言い返そうにも言葉に詰まった。最近、思うんだけど眼鏡かけていても美形って美形のままじゃない?
「とにかく、これからはお気を付けて下さいませ」
「そうですよ」
「うん、ごめんね。心配かけて」
エルたちには何かと心配をかけているから、直ぐ謝る事が出来るんだけどな。
「ただでさえ、注目の的なのに。そこまでふらふらしてるんなら、いっそ首に縄でもかけておいた方が良いんじゃない?」
「ミア・フォッカー、言葉を慎め」
敬愛しているアシュトンに叱れても、後ろで舌を出してる辺り、ミアくんも懲りないなぁ。
「けれど、私も同じ事を言いたくなるよ。あれだけ秋波を送られながらどうしてこうも鈍いかな、とね。いい加減、君は学習すべきではないのかな?」
「まあ。お兄様まで」
山のような書類を、片っ端から片付けていたライアンも手を止めて口を出してきたので、これには僕も我慢ならずムッとする。
「そっ、それぐらい私にだって分かります!」
恋愛の分別ぐらい、と憤ったら、今度は室内に居る全員の動きが一斉に止まってしまった。
「……な、なんですか」
うわぁ、恐い恐い!どうして、こういう時だけ行動が纏まるかな?
「あー、……エルちゃん」
「申し訳ありませんわ、お兄様。こればっかりは、本人の自覚の問題ですの」
え?なんで、エルが謝るの?というか、その隣りでセラフィナさんもウンウン頷くの止めて。
そこで、アシュトン・ルドーが眼鏡を外して僕を見つめる。
「君がここでどういう扱いを受けているのか、よく分かった」
ちょっと待って。それ言うのに、わざわざ眼鏡を取らなくてよくない?わざと?わざとなの?
後、なんていうかそれって、僕への駄目出しだよね?
生徒会室では、誰も噂なんて信じてなくて。
学院の中じゃあ、唯一ここだけがホッと出来る場所だったけれど、それは突然壊された。
いや、正確には壊してしまったといえるのかもしれない。それはある意味、自業自得といえるだろう。
そう、あれから二日後のこと。
僕は、疑いをかけられてしまったのだ。
焼却炉に居たことによって。
そこで、セラフィナさんの教科書を手にしていたがために――




