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あの人は、悔しいけれど頼りになって。
認めたくないけれど、もう僕たちにとっては大切な人の一人。
僕は今まで、自分が覚えている中で他人から悪意を浴びせられたのは一度もない。……多分、だけど。その一方で、嫌われていたり憎まれているという事は、いくらでもある。その両者の違いといったら、一つしかない。
悪意は、完全にその対象を殺しにきてる。
「って、聞いてますぅー?今日だけですっごい騒ぎになってるって」
そして、今の僕はその後者に当たる人物から、もう丸一時間ほどお小言をいただいている状態だった。
「うん、知ってる。わざわざミアく、フォッカーくんが教えてくれなくても知ってるってば」
……おっと。つい、心の声が。
僕の机に両手をついて身を乗り出しながら憤る顔は、小動物のように愛らしく。天然モノのパーマを毎日頑張って矯正しているという毛先が丸まった髪は、ミモザの花のように黄色みが強い。それと同じく、緑がかったひまわりのような大きな瞳はいつもならこんなにも僕を映さないというのに、その執念深さは尊敬に値する。いつもなら、視界に僕が入るのも嫌がるのにね。
……つっかかるなぁ。
と、思わず苦笑いしてしまうのは許してほしい。
僕と同じように生徒会にはお手伝いの身で来ているけれど、嫌われている分、僕もあまり関わらないようにしているし小言なら程々に流してあしらってはいるんだけど。
彼が憤りを隠せない今日だけは、僕も同じく上手くあしらえなくて困ってる。
なにせ、こうして僕を詰ってくる少女と見間違えるほど可愛らしい少年よりも、実は当の本人である僕が一番精神的にダメージを受けているのだから。
「もう!だからぁ、全然分かってない!貴女の噂で、迷惑している人がいるって分かってます?」
「いい加減にしないか、ミア・フォッカー。彼女こそが、最大の被害者だ」
放課後の生徒会室。来た早々から、延々文句を言われているこの状況は、やっぱり回りからすればずっと気に掛かっていたようで。
「でっ、でも!」
「しつこいぞ」
少年が擁護している人物は、苛立ちを含んだ顔で彼を一睨みして切り捨てた。
その瞬間の、彼の悲壮な顔ったらない。僕のせいでごめんね、と言いたいけども、多分火に油を注ぐだけ。
そんな少年の名は、ミア・フォッカー。ミアっていう音の響きが可愛くて、つい心の中ではミアくんなどと呼んでしまってる。彼は、フォッカー伯爵の次男坊で、今年グランヴァル学院へ入学してきた。つまりは、僕の後輩なんだけど実は初っぱなから嫌われてしまってる。うん。もう、ものの見事にね。
どうして嫌われているのかというと――それは、今、まさに僕を優しくそれこそ慈しむような目で見ている人物が原因で。
「……大丈夫か、とは言わない。つらいだろうが、情報元を調べて犯人を捕まえるから」
「ありがとうございます」
そんなやり取りにさえ敏感で、視界の隅でぎろりと大きな瞳で威嚇してくるのだから彼の思いはすさまじい。
つまりは、だ。
ミアくんは、最も敬慕しているアシュトン・ルドーが一人の女生徒に心を砕いているという事が気にくわないらしい。
というのも、フォッカー伯爵の姉君がルドー公爵の弟君へ嫁がれているらしく、昔から交流があったようで。ミアくんは、幼い頃からアシュトン・ルドーの事を実の兄のように慕っているという話だった。……うん、その話を聞いてああ、そういうケース前にも聞いた事あったなぁと思わなくもなかったよね。
言わずもがな、リーレンにいるエアハルト・グスタフとコルネリオ様の関係ね。
まあ、グスタフ様はコルネリオ様に可愛がられている僕たち双子に突っかかりながらも、根が真面目なせいか嫌がらせとかしてこないから、面倒くさいだけで基本的に無害だけども。
ミアくんは、敬慕というよりはもう思慕に近いレベルにまで達しているようで、やる事なす事がちょこちょこ痛い。よく、ここまで他人に気付かれず嫌がらせ出来るよねーというぐらいに。
僕だって、求婚を断れるものなら断りたいよ。本当は、いまだセラフィナさんとの間で心が揺れ動いている殿下に対しても複雑でアルを渡したくないのだから。
あの子の兄として、やっぱり彼女が一番幸せだと思える人と添い遂げてもらいたいと思ってる。
だからこそ、王宮での対決は負ける訳にはいかないのだけれど。
――けれども。
王宮の件だとか生徒会での間近に迫っている新入生歓迎パーティーの準備だとかよりも、僕にとって由々しき問題が起きてしまった。
しかも、それが悪意以外のなにものでもないという事は、明白過ぎるほどの。
「もう!こんなの我慢出来ない!!一体、どこの誰が根も葉もない噂なんて流してるの!?」
そんな憤りと共に彼女にしては荒々しいやり方で扉を開いて入ってきたのは、頬を膨らませている状態でも可愛いと評判のセラフィナさんで、彼女は書記として生徒会に所属している。
「あっ、イ、アルミネラ様っ!大丈夫ですか!?ここへ来るまで誰かに手を出されていたりだとかはっ!?」
「ありがとう。そういうのは全くないから、大丈夫」
僕と目が合った途端、真っ先に近寄ってくる彼女につい顔がほころんでしまう。
ああ、ようやくホッとしたかも。
そう思えてしまったのは、ミアくん以外の生徒会役員たちも、入室してくる度に大丈夫ですかと声を掛けてもらえていたけれど、やはりセラフィナさんとはお互いの素性だとか色々と秘密を共有しているからかもしれない。去年の今頃は、まだ彼女をただの怪しいストーカーにしか見えていなかった事を思えば、この一年間で彼女とはずいぶん仲良くなれた。
「フィナさん、淑女ならばもう少しお淑やかに入室しなくては」
そう言って、次に入ってきたのは僕の婚約者エルフローラで、二人は学院へ申請する書類を教員室へ行ってから来る事になっていたのだ。
……だから、この二人の不在をいいことにミアくんが僕にお小言を言いに来てたんだけどね。今や、二人が現れた事によって、ミアくんはアシュトン・ルドーの傍に避難している。いつもながらに、大変素早い。なんだろう、多分彼は要領が良いんだろうなぁ。
「……アル」
「その冊子、どうしたの?重たいでしょ、私も手伝う」
エルとは、幼い頃からずっと一緒に育ってきただけあって、彼女の銅貨色の瞳を見れば直ぐに分かる。だから、敢えて気付かないふりをして手を差し出してみたけれど。
「ちゃんと約束は守りましたか?」
「う、うん。もちろ」
「変な道順でこちらへ来てはございませんわね?」
「そりゃあ、もう」
「連れていかれそうになったりなどは?」
「ありません」
「どなたかからお声掛けなどは?」
「……そ、それは」
明らかに誘導尋問だよね、これって!っていうか、威圧感がすごいんですが!?……はあ、もう。エルは、いつも心配し過ぎだよ。そりゃあ、今日は朝から嫌な噂で持ちきりな訳だし、そこまで僕はフラフラしてないと思うんだけどなぁ。確かに、過去に何度か危ない目にはあった事は認める。それに、今はカイル様にちょっかいを掛けられているけどさ。
……。
最近、エルが母上みたいに過保護になってきている気がしてならない。いや、むしろ母上の方が楽観的じゃないかな?あの人は、アルミネラがその野生の素質を受け継いだだけあってアルの上をいくアグレッシブな人だからなぁ。あれ?でも、僕だって同じ遺伝子を貰ってるはずなんだけど?なんて、祖母から続く女性だけに受け継がれる特殊な遺伝子に思いを馳せている場合じゃなかった。
今は、目の前の我が婚約者様をどうにか宥めないと。
「でも、一年生はともかく、二年生以上は私の事を知ってくれているからかそこまで噂を信じてないみたいだし、だいじょう――」
「やあ、遅れてしまって申し訳ないね!所で、エーヴェリー嬢がルドー殿の子を身籠もっているというのはどこから信じれば良いのかな?今朝、教室へ着くなりクラスメイト達に質問責めにあって大変だったよ!」
ああ、もう嘘でしょ。ほんと、信じられない!
どうして、このタイミング!?実は、かなり僕が嫌いだったとか?百歩譲って遅れてきたから空気が読めないんだとしても、天然記念物もいいとこだよ。この際、父上に頼んで国指定にしてもらおうか!?
「あれ?どうかしたのかい?」
「……お兄様、そのご冗談はさすがにお控え下さいませ」
「そうですよ!」
エルとミアくんから抗議を受けて、いやあ悪かったね、なんて謝っているけど、明らかに楽しんでいるのは僕だけが知っている。きっと、これを機にどうせならエルと僕の婚約が解消されたら良いのにとまで思っているはず。
「アルミネラ様がそんなふしだらな事をするはずがないじゃないですか!……本当、どこの誰だか分からないけど頭にきちゃう!」
セラフィナさんが爪を噛んでまで顔を歪ませるのを見てから、ライアンは腕を組んで天井に視線を向けた。
「確か、エーヴェリー嬢こそルドー殿に言い寄っているという噂と、いやいや、実は複数の男子生徒と密会を重ねる恥知らずの好色好きなんていう噂もあったかな?とにかく、不純異性交遊が盛んだという話が専らだね」
「こんなの、ひどすぎるわ!」
今にも泣き出しそうなセラフィナさんの肩に手を乗せて、エルですら不快だとばかりに眉を寄せる。
朝から、もう既に出回っていた噂話を聞きつけて、そこから彼女たちは僕よりもショックを覚えて今日は一日神経を尖らせていた。
正直、申し訳ないという気持ちと同時に心が温かくなって嬉しかった。
僕自身も、こういった他人の悪意をぶつけられた事はなかったから、精神的に参っているのは確かだけど。
「噂というものは、ある程度の事実が含まれているものだが、今回の件は明らかに根拠がないものだ。彼女に相当恨みを抱いているか、もしくは偏執的な愛の結果か……なんにせよ、私とて彼女にばかり不名誉な噂が立てられて不愉快だ」
「……アシュトン様」
さすがは、アシュトン・ルドー。これが僕じゃなかったら、多分、簡単に心を奪われてしまってるはず。だって、ほら、現に隣りのミアくんの目が潤んじゃって……って、彼は男の子だった。えっと、まあいいや。外見だけじゃなく、きちんと女性側の気持ちも考えてくれるとか中々ないよ。宰相候補云々の件がなければ、もっと素直に尊敬出来たかもしれないな
「実は先程、私は先生方に呼ばれて行っていたのだけれど、しばらく様子をみると言っていたよ。それでも収まらないようなら、残念だけどエーヴェリー嬢には新入生歓迎パーティーまでここに来るのを控えてもらうか休学してもらうか、という意見が出ているようだ」
ああ、だからライアンも遅かったのか。
「そんな」
「アルの身は潔白ですわ!」
この二人は、ほんとに。
「ありがとう、二人とも。でも、私は先生方の指示に従うよ」
「アル!」
そうなれば、宰相の娘として大きな醜聞になるだろうから、きっと父上の迷惑になってしまう。それだけは、回避したい。
――だから。
「ああ、けど誤解しないで。自分に疚しい事がないのは私自身が分かってるから、負けるつもりはないよ」
最後まで諦めない。
アルの名誉の為にも。それから、アルの名前を借りている僕のプライドの為にも。
……とは言ったものの。
噂を舐めてはいけません。というか、噂が一日で消えるなんて思ってないけど。……ないんだけどさー。これって、さすがにまずいよねぇ。
と、さり気なく視線を逸らせる僕の正面には、喧嘩売ってます、という表現が一番似合いそうな人が、どーんと腕を組んでいて。王族にしか現れない特有の燃えているような赤い瞳で、僕をジッと見下ろしていた。
「……」
もはや、今の僕はたじろぐ事も出来ないぐらい追い込まれている謂わば小さな生き物みたいで。
「わ、わあ!今日のお弁当は可愛いなぁ!ねー、オーガスト」
棒読みながらも、大量に汗をかいて必死で僕を助けにかかるセラフィナさんの言葉にすらも。
「今は構わないでくれ」
「……そ、そっか」
完全にスルーして、セラフィナさんが申し訳なさそうにしょぼんとしてしまった。ううっ、なんかごめん。後でちゃんと謝っておこう。
それに、先程からもはや名物と化している僕たちのテーブルを覗きにきた生徒たちが、驚いて身を震わせたのち、興味が勝ってしまったのか、ちょっとした集会みたいに囲いが出来ちゃっているので、より一層、僕の憂鬱さは増していくばかりである。
そう、誰だって驚くに決まってる。だって、まさかご卒業されて今や次期国王として多忙を極めているはずのオーガスト殿下が、ご卒業以来初めてこの場所にいるのだから。――しかも。
「面白い事態になっているではないか」
え?そのお顔は、絶対に面白がっていませんよね?という表情はもう既に事情通。さよなら、僕の学院生活。そして、ようこそ地獄への第一歩。
「なあ、アルミネラ」
しかも、その苛立ちを隠さず指で机をトントンするのは、さすがにどうかと思うんだけどな。ああ、ほら、僕の癒やしであるマリウス・レヴェルくんすら緊張してますよ!
「聞いているのか?」
「聞いてるよ!なにが言いたいわけ?珍しく自分から来たと思えば、そんな事を言いに来たの?」
「違う!俺はだな、ただここの食事が懐かしくて食べに寄っただけだ。だというに、妙な雰囲気が流れていて、聞けば不愉快な噂が広まっているというから、その真意を確かめてやろうとしたまでだ!」
「ふうん、そう」
最近になって思ったんだけど。……殿下さ、アルミネラとの会話をいつも喧嘩越しにするのいい加減止めてくれないかなぁ。って、別に開き直りじゃないけどさ。
オーガスト殿下とは、二重というか三重で接しているから、この差が激しくて合わせるのが実は難易度がけっこう高い。グランヴァル学院をご卒業される以前は、そこまでイエリオスとして会う機会なんてなかったのに。今じゃ、王宮に行くたびに宰相候補の件でたまに話しかけられたり、何だかんだと結局アルの代わりに女装してお茶会や昼食会に参加しているから、実は在籍されていた頃より頻繁に会っている。
気をつけているけど、たまに今の自分がどっちなのか分からなくなる時があるから恐い。
「それで?私に会って、なにか分かった?」
それに、新入生からすれば会話がこんな感じだから、やっぱり噂は本当だったんだって変に勘繰る子も出てくるかもしれないし。正直、ここで一番会いたくない人だった。
「さっぱり分からん!」
……ほらね。ああ、もうやっぱり会うべきじゃなかったんだってば。
「はあ。だったら」
「だが、貴様の事だ。どうせ、見覚えのない恨みでも買ったのだろう」
「っ、」
「面倒事は大嫌いだ。俺は帰る!」
――――ああ、なんて人だ。
今まで、アルミネラに対して文句ばかり言っていたのに。
「……へぇ、そう!勝手にすれば」
僕なりの解釈で言うとすれば、殿下のお言葉の裏を返せば、さっさとこの面倒な件を片付けろって意味だろうか。
アルだからこそ、伝わる言葉。――アルにしか伝わらない、遠回しの励まし。……全く。アルの前だと素直になれないんだから。
けれど、これも次期国王として、殿下も立派にご成長されているって事なんだろうな。少しずつでいいから、こうして二人の関係が変わっていけば良いのにと思う。
少し更新滞ります(予定)




