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いつも、閲覧&ブクマ&評価をありがとうございます。
短いのですが、区切りが良いので。
今回の章を終わらせたら4話目と併せるかもしれませんが、内容に変更はありません。
将来について、文官に就くという事を考えなかったわけじゃない。ただ、僕の最も身近にいる文官が文官たちのトップに君臨していて、あまりにも完璧でいとも簡単に仕事をこなしてしまう人だから、僕には務まらないのではないかと圧倒されていて躊躇った。だけど、僕はその人の事を誰よりも尊敬している。
「どうして、お前と居なくてはならないんだ」
王宮に着いて、いつもは溜められた仕事を処理していくのに、今日はアシュトン・ルドーと応接間のような部屋に二人きりで待たされていた。
そりゃあ、僕だってこの人と二人きりとか心臓によくない。なにせ、学院でのこの人は抑える事なく色気をダダ漏れにさせながら僕と会話をしているのだから。好意なんてもんじゃない。もはや、好かれていないなら好かれるようにすれば良いじゃない的な。そう、前世で学生時代に歴史で学んだマリーさんもびっくりするぐらいの大胆さがそこにはあった。
そりゃあ、僕のクラスメイトのご令嬢の幾人かは陰でファンクラブに入るぐらいだよ!あ、そういうお話や会話が出来るくらいにはなりました。ようやく僕も女子と認められたかも!……って、喜んでどうする。ま、まあ、ずっと遠巻きに見られていた頃より距離は縮んだみたいだから、そこは素直に嬉しいと思う。
きっかけは、どうも僕が階段から落ちて一時期記憶を失った数日の間だったようだけど。その間の記憶は全くないから、はっきり言って恐ろしい。僕の中では唯一の常識人であるエルに聞いた所によれば、前世の僕、つまり『漆原伊織』の記憶は残っていてどうにか頑張っていたという話だった。ボロを出さないように声を出さなかった分、何やらクラスメイトが色々と手助けをしてくれていたらしい。ありがたい事に。……って、また話が横道に逸れちゃった。
男子生徒には反感を買うはずのアシュトン・ルドーの弱点が女性という事もあって、学院内での彼の人気は、飛ぶ鳥さえおとす勢いでもはや不動のものとなっている。そんな中、唯一話せる令嬢というのが、僕が演じるアルミネラ・エーヴェリーなのだから、アシュトン・ルドー関係で嫌味を言ってくる人もいる。もうね、熱狂的としか言い様がないから、他人事じゃないんだけど凄いなぁと圧倒されるばかり。
そんなアシュトン・ルドーとは、今日だってつい数時間前まで一緒に書類整理に翻弄されていたのになぁ。全く。言葉を返す気にもならないよ、と思っていたのに。
――ぐぅ
と、不意打ちで小さいけれども小腹が空く音が響いてしまった。
ああ、しまった。来る前に、せめて何か軽いものでもサラに作って貰えば良かった。恥ずかしい、なんて俯けば。
「ふん。自己管理もなってないのか」
「……」
あのさ、ほんと僕だと容赦ないよね?
昨日、生徒会室でお腹が鳴った時は、クスクス笑いながら可愛い腹だの皆には内緒だとか言って飴玉くれたよねぇ?その後、なんて口にしたか覚えてますか?いつかこういう時の為に、お菓子をポケットに忍ばせておいたのが役に立って良かった、とか全知全能の女神様でも見惚れるぐらい破顔しちゃってさあ!……って。僕は別に、僕に対してもそう言って欲しいとか思ってる訳じゃないからね!?ただ、この雲泥の差が……あーもう!やりにくいったらないよ!
この状況、ほんとやだー!!
学院だと笑顔で僕に接しているのに、今は地獄の鬼でもそんな顔しないでしょというぐらいの仏頂面になれるとか。
僕をアルだって気付いてない証拠なのは分かってるけど、こっちが疲れるって。
「……何だ?」
「いえ、何も」
いやいや。そこまで怒らなくても。
僕だって、好きで一緒に待っている訳じゃないでしょ。ただ、ずっとここで待つように言われているから仕方なく待っているだけであって……この空気、ほんと辛い。あー!誰か、早く来て下さい!
そこから、前世の友人がよく見ていた警察ドラマの場面みたく、微妙に凄まれて、ひたすら視線を逸らして沈黙を貫くこと約五分。
「やあ、待たせたね」
という軽快な挨拶と共に、部屋へと顔を出したのは愛娘と同じダークブロンドという髪色を持つ紳士だった。うん、紳士。背筋がぴんとしていて、動きが優雅。語彙力も何もないってぐらい、もう形容するまでもなくその姿はこれぞ貴族!というイメージ通りでかっこいい……んだけどさ。ね。
……えっと。
やっと取り調べ室の真似事から解放されたと思ったら、今度は義理父(予定)との面談ってどういう事だと思う?えっ?この飽くなき緊張は、いつになったら解けるんですか?と今すぐ叫びたい。
銀の装飾が施された扉を静かに閉めたミルウッド公爵は、さすがはエルフローラの父君というだけあって知的で、見た目だけで判断するならかなり優しそうなおじさまだった。
だけど、僕は知っている。
この人は、一見穏やかそうに見えて実はかなり食えない人だと。
さすがはあの父の長年の友人と言えるだろう。ニコニコしながらも、平気でどぎつい事を言ってのけるのだ。ああ。エルと婚約した際に、初めて毒を吐かれた僕の衝撃といったらなかったなぁ。
ミルウッド公爵が文官だと分かってはいたけど、まさかこんなにも早くご対面するとは思わなかった。と、思わず遠い目をしてしまう。
いや、でも何だかんだ言って、実は公爵も重要なポストにいるのだから必然といえばそうなんだよね。
「私の事は二人とも分かっているだろうけど、改めて名乗っておくね。私は、現宰相の補佐官を務めているクロード・ミルウッドだ。君たちは、今回どちらが次期宰相候補になるのかという対決でここにいる。そうだね?」
改めて確認してくるのは、僕たちに改めて現実を認識させる手段だろう。エルと同じく、裏のなさそうな真っ白な笑顔なのに言う事は恐ろしい。
アシュトン・ルドーはそれに気付いているのか分からないけれど、はいと返し、僕も同じように同意する。内心、戦々恐々としてしまっているから顔が強張ってなければいいんだけど。
「そっか。それなら、良かった。正直、自分の事も分かってないような青臭い餓鬼共の世話をするのは嫌だったんだよね」
あはは、なんて爽やかに笑ってますが。……さっそくか!さらりとキツい暴言吐いちゃってますよ!ほんと、見た目とのギャップがひどい。
「具体的に対決と言っても、何をするのかという事なんだけど。君たちには、既に、私たちの仕事の手伝いをしてもらっていると思う。それも、一つの判断材料だから心しておくように」
いいね?と、念を押すようにアシュトン・ルドーと僕の顔を交互に見据えてにこりと笑う。
「――それと、私からの課題はこうだ。行政を向上させるために君たちなら何をすれば良いと思う?」
まさかの個人課題!?いや、お手伝いだけじゃないだろうなとは思っていたけど……そうくるとはね。
「あはは、イエリオス君。そんなに斜に構えなくていいよ、きっと個人からの問いかけなんて私だけだろうからさ」
「……すいません」
ううっ。顔に出てたかな。
「私たち文官の仕事は、主に陛下の執行を助け、そして国民の生活をより豊かにしていく事だ。だったら、どうすれば少しでも向上出来るんだろう?それを、君たちに考えて欲しい」
「承知しました。期限はいつ頃とされますか?」
さすがはアシュトン・ルドー。期限を聞きながらも、もう答えが出ていそうな顔付きだよね。って、王宮だと何食わぬ顔というか取り澄ました表情の事の方が多いけどさ。
「いつでもいいよ。ただし、それはお互い言わないように。相談はさすがにしないだろうけど、手を結んで口裏を合わされてもつまらないだろう?」
つまらないとか言っちゃう辺り、容赦ないよね。いや、話し合うなんて全くあり得ないけども。
「可能性はありませんね。ご用件は、以上ですか?」
「そうだね。後は、君たちの学生生活なんかを聞いてみたいと思っていたけど」
「じゃなくて、エルフローラの話が聞きたいだけじゃ」
……っと。つい、心の声が漏れてしまった。ミルウッド公爵といえば、娘を溺愛している事で有名だし、去年までたまに会うと必ずエルの話になるからそれしか思い浮かばなかった。
最後まで言う前に手で口を覆ったけども、時既に遅しだったようで。
アシュトン・ルドーは、スッと目を細めながら僕を睨み付けて立ち上がり、
「ミルウッド卿のご令嬢とは会話をする事がありませんので、私はこれで」
そう言い残してさっさと部屋から去って行った。
まあ、確かにそうなんだけどさ。世間話をするのも、社交界では重要だと思うんだよね。うーん……僕と一緒に居るのがかなり嫌だったって事なのかもしれない。そこまで徹底して敵対するほど嫌われてるのかと思うと、ちょっと悲しいものがある。
「あー、残念!逃げられたか。彼がちゃんと共同生活を行えているのかどうか聞きたかったんだけどもなぁ。女性嫌いだけじゃなくって、他人との調和も取れているか聞き出したかったのに」
「そうなんですか」
とは言いつつ、実はそうだろうなぁとも思ってた。なにせ、たった一つの弱点を克服するために、あの父がわざわざ一年間だけ学生生活を送らせるとは思わなかったもの。やっぱり、あの協調性のなさも含まれてたんだ。
「そうだよ。宰相になるという事は、一人きりの仕事じゃない。文官たちの力を束ねてこそ発揮される地位だからね」
そう考えると、父上は僕が考えていた以上に並外れた優秀な人材だって事なんだろうな。
「所で、君は宰相を目指すのに、どうしてまだリーレンにいるんだい?」
「っ!」
ああ、公爵はこういう人だ。不意打ちで、僕の痛いところを突いてくる。騎士になりたいのはアルだけど、対外的には僕なのだからここは慎重に答えないと。
……さて、どう言い繕うべきか。と、視線を逸らさず必死に考えを張り巡らせていたら、エルが絶対に真似をしないような笑顔を向けられた。
「なぁーんてね!」
「えっ?……えっ、あの?」
一体、なに?どういう事?
「意地悪を言って悪かった。実は、君たちの事はイルから聞いて知ってたのさ。だけど、直ぐに答えられなかったのはいけないね。しかしまあ、私から目を逸らさなかったという部分では及第点かな」
「……」
ほんっと、そういう人だよね。油断してなくとも翻弄されるというか。現生徒会長となったライアンは、エルの幼馴染みという事もあってこの方をすごく慕っているようだけど、こんな一癖も二癖もあるような人物によく懐けるよ、全く。
「あはは!その疲れた顔なんて、イルにそっくり!さすがは親子だよね!」
「……それはどうも」
父上、今ならあなたのお気持ちが分かるような気がします。っていうか、どうすればミルウッド卿とほどよい関係を築けるのですか。
「けどね、イエリオス君。少なからず、先程、私が言ったような事を思っている連中がいるという事は理解しておきなさい。アルちゃんの為にもね」
「はい」
――警告、
って事なんだろうな。それは、リーレンでアルがどんな目で見られているか分からない僕としてはありがたい事だ。多分、学院や養成学校の生徒たちよりも、父やミルウッド卿の方が現状を理解している。
……ただ、リーレン騎士養成学校には。
「もしもの時は、コルネリオ様がアルミネラを守って下さるような気はしますけど」
そう。あちらには、アルに好意を持つコルネリオ様という強い味方が常に監視を怠ってはいないだろう。いつも、何かある度に尽力して手を差し出してくれる人だもの。
思惑がありそうだから、その手を掴む気にはなれないけれど。
「君の直感を信じなさい。私に言えるのはそれだけだ」
……どういう意味?
思わず首を傾げて、聞き返そうと口を開けば。
「今日は、ここまで。さあ、今日はもうおかえり。週末まで、君たち学生は学業に専念すべきだよ」
まるで、もうこれ以上話すことはないとばかりにばっさり切られた。何か、隠されている事は明白だけど、教えるつもりはないと言われているに等しい。多分、追求したところで話してくれる人じゃない。それは、よく理解している。
「分かりました」
ここは、色んな陰謀が渦巻いている場所だけど。それに付随して、大人たちの隠し事が多くて僕は後手に回るしかない。そもそも、甘やかさないつもりなんだろうけどさ。
……こんな場所で、アシュトン・ルドーと張り合うなんて。本当は、場違いにもほどがある。
オーガスト殿下が乗せられたからにしても、せめて誰かに足を引っ張られないようせいぜい足掻くしかないって事か。




