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この前世とは違う異世界で、まさか僕以外にも同じように生まれてきた人がいるなんて思わなかった。絶世の美少女であるにも関わらず、ずっと一人の人物だけを追い求めるその情熱は全くぶれない。時折、どうしたらいいのかな?と思う時もあるけれど、底抜けに明るい笑顔を見せられて、こちらも元気づけられる。
「そこまで貴方に言われ」
「やめんか、ルドー君。そのようにイエリオス君を貶めるものではないぞ」
どうして、こんな状況に陥ってしまったのか。
この現状を受け入れたくなくとも、受け要らざるを得ない。そんな今の立場を忌々しいと思えてしまう。他人を恨むなんて、お門違いもいいとこなのかもしれないけどさ。
内心でげんなりするぐらい良いよね、きっと。
だって、女装もせず僕が王宮にいる理由を作ったきっかけがいるんだから。
「これは大変失礼を致しました、アイスクラフト様」
「ほっほっほっ、よいよい。若い内はそうして研磨していくべきじゃからのう」
一方的な研磨ですけど。
アシュトン・ルドーに頭を下げられ、相好を崩した好々爺然としているご老体の名はロレンス・アイスクラフト侯爵。お父上が亡くなって、新米公爵となったアシュトンよりも位は低いけれども、実はアイスクラフト卿は陛下の側近であるがため、この場にいる僕たちよりも権力は上なのだ。って、学院じゃあ父上の威光があってあまり友人が出来ないけれども、僕やアルは公爵家の子供であって爵位はない。それは皆にも言えるんだけど、あの箱庭の貴族社会では家督を継ぐという事が前提で、既に成り立っているのが現状か。
誰に対しても平等で常に明るく、何が起ころうとも前向きな姿勢は誰が見ても称賛に値する。陛下の側近といえば、この方の名が真っ先に上がるぐらいの有名人。若かりし頃は稲穂のように鮮やかな黄金色だった髪は白く、同じく真っ白な自慢のお髭もその貫禄を担っており、見た目だけなら若く見られがちな父上よりも『宰相』という名にふさわしい人物だろう。
「そういえば、挨拶もまだじゃったか。おはよう、イエリオス君。勤めにはもう慣れたかの?」
「おはようございます、アイスクラフト様。……ルドー様。私など若輩者の身ですし」
こういった質問の答えには、はっきりと答えるべきじゃない。なので、何とも言えませんという曖昧に濁して頭を下げれば、愉快そうに笑われた。
あー、こわっ。貴族社会、裏がありすぎてほんと恐い。
だって、今の質問って慣れましたーと答えていたら、未熟者の癖にって怒られるパターンだろうし、慣れなくて……なんて答えてしまったら、それこそ揚げ足を取られていた所でしょ。
そういう処世術は、幼い頃から父上とコルネリオ様にたたき込まれていたから助かった。ほらね、アシュトン・ルドーが面白くなさそうな顔してるもの。
こんな世間話でさえ、容易じゃないこの場所にはいつまで経っても慣れやしない。以前、父が宮廷入りしたのは今の僕と同じ十五歳の頃だって聞いた事があるけど……あの人は、根本的に何か違う。多分、違う。僕にそれを求めるのは違うと思うんだよね。ね?なんて。逃げ出したくとも、逃げられない状況に追い込まれてしまってるというのが、今の僕。
事の発端は――そう、ちょうど一ヶ月ほど前のこと。
あれは、オーガスト殿下のお茶会が終わった数日後の事。陛下からイエリオス・エーヴェリーを至急登城させるよう王命が下って、それを僕の代わりをしているアルがノア経由で伝えてくれたのだ。僕は訳も分からず正装に着替えて、ノアに助けられながらもどうにか寮を抜け出してお城へと向かった――のだけれども。
この年齢で滅多に立つ事はないはずの謁見の間に居たのは、国王夫妻とオーガスト殿下。それから、宰相である父やアイスクラフト様、その他にも異様に威圧感を放つ重鎮の方々ばかり。
真横を見れば、アシュトン・ルドーが僕と同じく首を傾げて立っていた。
陛下への挨拶すら抜きにされ、このどこか物々しい雰囲気の中、告げられたのは。
――曰く、『オーガスト殿下の次の国政の地盤固めをする為にも、宰相は性急に決めるべき問題で。アシュトン・ルドーは、現宰相に認められるほど文官として有能で、殿下と年齢も近く精神も成熟しているが、殿下ご自身が宰相候補にすることを渋っている。そこで、アイスクラフト卿から、現宰相であるエーヴェリー卿の子息と比較させてみればどうか?とあった』と。
……え。いや、どうしてそこで何の前触れもなくいきなり僕の名前が挙がっちゃったかな!?と内心で激しく突っ込んだ僕は決して悪くないよね?悪くないはず。そりゃあ、アイスクラフト様には物心つく頃から時に厳しく時に可愛がってもらっていたし、この方に限って悪気がないのは分かるけどさ?突然、矢面に立たされるのが苦手だってご存知のはずだよね?
そういう視線を相手に向ければ、好々爺は目尻を下げてにっこりと微笑むばかり。ああ、ご年配の方の笑顔ってどうしてこう和むんだろうなぁ……じゃなくて。
比較対象が必要なら、僕よりも適している人がもっといるはず。というのを、この場でどう説明して聞き入れてもらえるか頭を張り巡らせていると。
「ここに今、私とイエリオス・エーヴェリー殿が呼ばれているという事は、まさに運命と呼ぶに相応しい」
そんな呟きが聞こえて、え?と聞き返す間もなくアシュトン・ルドーは膝を突いた。
「陛下、並びにエーヴェリー様、よろしいでしょうか」
あ、嫌な予感。そう感じたのは、アル以外には初めてで。
「申してみよ」
部屋全体に不穏な空気が流れる中、陛下はむしろ楽しそうな色をその瞳に乗せて許可を与えた。
「私がまだ課題の予知があることは否めません。それは、私の不徳の致すところでございます。よって、この度のアイスクラフト様の采配は私にとって非常に重く受け止める意志をここに表明致します」
それって要は、僕と比較されるのを受け入れるって事だよね?
「さすれば、私の膚受の愬えを聞き入れて頂きたいと存じます」
「……ほう。わしにそなたの願いを受け入れよと申すか」
「はい。陛下だけではなくエーヴェリー様にも、ですが」
と、父上に視線を向ける。
いやいや、ちょっと待って。堂々と対等な立場みたいにお願いしちゃってるけどさ?横に並んでる身としては、何言い出してるの?っていうドキドキが収まらない訳で。
なにか、ただ事じゃない気がしているのはきっと僕だけじゃないだろう。
そんな中、陛下やアシュトン・ルドーだけでなく、この場にいる全員の視線を受けても平然としている、もう一人の強靱な心臓の持ち主は、今まで伏せていた瞼を開き視線だけを問いかけた人物に投げた。
「……」
ああ、もう。こういう人だよ、父上は。何も言わなくとも、それだけで悟らせる事が出来るんだから。
そんな父上の態度に慣れている陛下は本当にすごいと思います。正に、阿吽の呼吸と呼ぶに相応しい絶妙なタイミングで口を開いた。
「申せ」
「アルミネラ・エーヴェリー嬢を、私に譲り渡して頂きたいのです」
「は?はぁああああ!?貴様、自分で何を言っているのか分かっているのか?そんな事、許可するはずがないだろうが!」
誰よりも真っ先に反発したのは、オーガスト殿下だった。いや、それは当たり前だけどもさ。未だに、セラフィナさんへの恋路を諦めてなさそうな殿下が怒ってもなぁ。なんて思っていれば。
「いえ、殿下のご意見は窺っておりません」
「なっ!お、俺は、アルミネラの婚約者だぞ!?自分の婚約者を譲渡しろと言われて、黙っていられるか!」
はい。その婚約者の兄からすれば、大変、男気があって頼もしい限りですが、『貴様』って言っちゃってますからね。素が出てますよー!落ち着いて落ち着いて。
「ち、陛下!このような暴挙は、受け入れられません!もはや、アシュトン・ルドーは私の臣下の資格などないに等しい!ならばこそ、そこにいるイエリオスこそ私の宰相に相応しいでしょう!!」
「っ!?」
えっ?えっ?ええっ!?いっ、いやいやいやいやいやいや!!
ちょっ、なに言い出して!?
直前で歯を食いしばったからなんとか叫び声をあげずに済んだけど、やっぱりそれは驚きの発言だったようで、普段ならばざわつく事などない静謐に守られているはずのこの謁見の間に戸惑いの声があがる。
「それこそ、横暴というものですぞ。エーヴェリーの倅の意見も聞かず、早急に決断すべきではありませんな」
それを代表して、アイスクラフト様がこの場を鎮めたのは良いけども。
「のう、イエリオス。お主は、妹を譲渡する事についてどう思う?」
――って。まあ、その問題も重要だけど重要じゃないよね!?いや、僕個人としては非常に気になる部分ですけどね!じゃなくて。
何となく見透かされたような質問を突きつけられて、僕はこう答えるしかなかった。
「……私も、承服しかねます」
そりゃあ、この話の根本がアシュトン・ルドーのアルミネラ譲渡発言からだしさ。うん。
「まず、アルミネラはミュールズ国が定めた殿下の正式な婚約者です。それを、一国民である我々が覆す事など出来ません」
というのは、念のためにそれは僕個人の意見じゃないんですよーという駄目押しね。これ、重要。
「そうだろう!そうだろう!」
あ。殿下ってば、明らかにホッとしちゃって。
「それに、婚約は」
「さすがはイエリオス!冷静に物事を捉えられるし、常識もきちんと備わっている。さすがは俺が宰相にと見込んだ男!」
いや、なにを得意げにうんうん頷いてるんですか。前から思っていたけど、殿下は暴走しがちだからこういう時の歯止め役は必要不可欠な存在だと思う。っていうか、誰か止めて。
「……ほう。失礼ながら、殿下は文官の仕事もよく知らぬ者にそのような大役が務まると本気で思っていらっしゃるのですか?」
あーもう。なんで煮えたぎったお湯に更に熱湯を注いじゃうかな!
「馬鹿にするな。そいつは、幼い頃よりそういった物事には慣れておるのだ、貴様よりもな」
ハードル上げてません?明らかに、って。
「あのっ、少しれいせ」
「私の方が劣っていると?現宰相には既に宰相候補としての才覚があると見なされているというにも関わらず、殿下は私を軽視されるという事ですね?」
「貴様こそイエリオスを軽く見ておるではないか!」
うわぁ!!ヒートアップ!ヒートアップしてるから!!誰か止めましょうよー!と周りを見渡してみても、この場の誰よりも発言力が重い陛下はただ黙って成り行きを見守るばかり。
だったら父上は?なんて見れば。……すいません、期待した僕がいけませんでしたね。はい。多分、この部屋に突然、前世で見るような着ぐるみの集団が軽快な音楽に合わせて踊り狂って侵入してきても、父はその淡々とした表情を変える事はないんだろうな。分かってた、分かってましたとも!くっ。
先程からのやり取りで、殿下が僕を擁護してるからこの場を収めろって事だろうなとは思うけど。
大事な事が抜けているという事を気付いて欲しい。
「そこまでおっしゃるのならば良いでしょう。どちらが宰相候補として如何に相応しい人材であるかという事を皆様にご判断して頂きたい」
ああ、頭痛い。どうして、誰もかれも早計過ぎるんだよ。
「そして、私が宰相候補に選ばれた暁には、彼女を――アルミネラ・エーヴェリー嬢を私に譲って頂けますね?」
「ふんっ、男に二言はない!」
言い切っちゃったよ、もうやだ。
「……それで良いのだな?オーガスト」
「当然です、イエリオスが負けるはずはありません!」
「良かろう」
……成し崩し、という言葉をご存知だろうか。
結局、僕は一言も口に出せないまま、こうしてどちらがより宰相候補に相応しいかという対決をする事になってしまった、という訳だ。
なので、昨日の生徒会室での会話の際に彼の口から『まだ正確(に宰相候補)ではない』という言葉が出てきた。
今にして思えば、殿下とのやり取りってアシュトン・ルドーの一種の戦法だったんだろうなと思わなくもない。乗せられやすい殿下を煽って、自分の条件を飲ませた。僕がもっと早くそれに気付いていれば良かったんだろうけど、止めようと思った時にはもう殿下は沸点が最高点に達してしまっていたもの。
だからといって、殿下の所為だと責めようとは思わない。
僕にまだ宰相になりたいという意思がなくても、アルミネラを見知らぬ男に嫁がせるなんてことは絶対に嫌だから。セラフィナさんとの狭間で漂ってる殿下にすら、複雑な気持ちなのに。
「騎士養成学校に行っているからといって、怠っている訳ではないだろうな?」
……突っかかるなぁ。
学院では大事に優しくされて、王宮では見下されて。
アシュトン・ルドーにとって、それは別々の人物だと思っているから、それが出来るんだろうけどさ。そのどちらも実は僕でしたー!なんて。言いたいけど言えない、このもどかしさ。……ある意味、精神力を鍛えるための試練じゃないかとさえ思えてしまう。
「いえ、滅相もありません」
「ほっほっほっ。二人とも、学生生活に文官の仕事の掛け持ちは大したものじゃよ」
ええ。僕には、その二足のわらじが大変意味深かったりしております。
「お主たちはどんどん困難にぶつかっていけば良い。わしらがまだ生きている間は、それを後ろから支えてやるからのう」
白い髭を撫でながら、朗らかに笑う好々爺。ああ、癒される。前世では、祖父は二人とも僕が生まれる頃には既に鬼籍に入っていたし。今生の祖父は、まだ父方がご存命だけど父と同じで近寄りがたい空気を身に纏っている。だから、余計にこういう穏やかな気質のご老体だと和んでしまう。
それに、僕たちを対等に扱ってくれるアイスクラフト様は、王宮の中で唯一、心が安らげる人だ。
アシュトン・ルドーすら、敬いの視線を湛えて頭を下げる。
「ありがとうございます。それでは、仕事に戻りますので私はこれで」
「呼び止めて悪かったのう。励めよ、若者よ」
その一言だけで、どれだけ心強いか。
頬が緩むのを、今度こそアシュトン・ルドーに見咎められないよう深々と頭を下げてから、彼らとは反対の方向へと歩を進めた。




