1
いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
お久しぶりです。
とりあえず、考えた結果、慣れない事をしでかしてみようかと。ってなわけで1話だけ載せてみます。
「アルミネラ・エーヴェリー、今日限りを以てお前との婚約を破棄させてもらう!」
――とうとう。
とうとう、この時が来てしまった。
1.
彼女は、いわずもがな僕の大事な妹で。
たまに想像もした事のないような突飛な行動をする時もあるけれど、いつも楽しそうに笑っている所がとても可愛い。唯一無二の存在。
春先とはいえ、まだまだ寒い日が続く午後の校内。授業始まりを知らせる鐘の音が、厳かに響き渡った。ここグランヴァル学院は、貴族の子供ばかりが集う名門校とあって、大抵の者は鐘が鳴る前に教室で待機している。それこそ、素行が悪ければ家名に傷が付いて外聞が悪くなるしね。だから、サボタージュする者は、余程性格が捻くれているか、既に貴族としての地位が下落して廃れている者か、或いは――。
という事は、伊達に一年間をこの巨大な箱庭のような学院で過ごしてきた訳じゃないから知っている。
……だからといって。
だからといってさ、この状況はどうかなぁって思う訳で。
「だーかーらー、何も今の地位を捨てろとまでは言ってねぇだろ?」
「……」
そんな不品行でモラルのない言葉が囁かれた場所は、三階と四階を繋ぐ階段のおどり場から。チャイムが鳴った以上、そこを通る人もいなければ廊下からも死角となっているため助けはない。
「学生生活の間だけでも、オレと愉しまねぇかって提案してるだけじゃねぇかよ」
逃げようにも後ろには、無骨な壁に阻まれて。正面には、両手をその壁に付いて逃げ道を塞ぐ制服を着崩した素行の悪い男が一人。うん。もうお分かりの通りだけど、敢えて言おう。
壁ドンはこりごりです、お腹いっぱい。
っていうか、また壁ドン。いや、足でとかそれ以外でドンされても困るけどさ。僕、壁ドンされるためにここで頑張ってるわけじゃないよね?女子が壁ドンでときめくなんて思わないでほしい……いや、僕は女の子じゃないけども。
「いい加減、このオレもそろそろ我慢の限界が来るってもんだぜ?」
あの、僕もまるっきり同じですけど?
わざと冷めた目付きで見ているにも関わらず、相対している男は好色そうな視線を隠しもせずに僕の肩から流れ落ちている緩やかな白金色の髪を一房掴んで唇を寄せた。
それは僕の本当の髪ではなくウィッグだけど、誰の髪で作られている物かを思えば嫌悪感が沸きあがる。
「や、止めてください」
「そう、つれない事を言うなよ」
いや、本気で止めて欲しいんだけど。手で払うにしても、あいにく両手でプリントを抱き込んでいる状態なのでかなわないし。ああ、もう。
「オレとスリルを味わおうぜ?」
「……っ!」
ちょっ、耳元で囁かないで!というか、勝手に一人で味わってよ。そんな風に言えたら、どれだけいいか。そう簡単にいかないのは、理由があるわけで。――それは。
「お戯れはおやめ下さい、カイル殿下」
「えっ」
「ああ?」
僕が拒絶の言葉を告げるよりも先に、彼へと言葉を投げつけたのは冷たくも艶のある声の主。しかも、同時に男の囲いからさらっと救出してくれる辺り紳士的でかっこいい。鮮やかなお手並みとしか言い様がない救世主に思わずドキリとしてしまう。
「なんだよ、またお前かよ」
内心、安堵する僕とは違って、げんなりした表情を浮かべる不良男。彼は、現在、一年間だけこの国へ短期留学にきているセレスティア共和国の第二王子、カイル・リ・セレスティア殿下だった。そう、紛れもない王族なのだ。
だから、下手に拒絶出来ないんだよね。……はは。なんて、思わず苦笑い。
その上、己が傅かれる立場であることを当然のように考えているという面倒な性格の持ち主でもある。だからこそ、この方も授業をサボっても平然としていられるんだけど。権力って凄いねーって思わずにはいられない。
まあ、うちの殿下はそういう面では真面目過ぎるぐらいきっちりしている人だったから、在学中はたいして大きな問題もなかったけれど。って、今は関係ないか。
カイル王子は、第二王子という立場もあってか責任感や使命感といった王位を継ぐ者の気概もなく、毎日している事といえば気に入った女生徒へのちょっかいで。ええと、その一番被害を受けているのが僕だったりしています。というのが、目下の悩み。まあ、他の女生徒に手を出すよりは偽物の女の子である僕だけだしいいんだけどねー。ちょっと執拗かな。
だけど、このカイル様も、やっぱりこの世界の王族だからか、見た目は大変秀麗でいらっしゃるのだ。僕だったら寝癖に間違われそうなぼさぼさにしたままの長めの髪は甘いミルクティーのような色で、しかもスラリとした手足が伸びて更に高身長ときている。……羨ましい。僕も、今年は身長が伸びるって信じてる!あ、視界がぼやけて見えないや。
それと、ぱっちり二重で晴れた空のような水色のつり目が特徴的。そこに、着崩しているにも関わらずどこのブランドですか?と聞きたくなるようなおしゃれ感が増す、全生徒愛用の何の変哲もない制服を身に纏わせればカイル様のできあがり。どこのファッションモデルだろうね?と言わざるを得ない。まあ、見た目はそんな感じで人の目を惹く容姿だけど、問題は性格で。
口を開けば、喧嘩越し。王子だけど、口は悪し。しかも、上から目線が通常運転。……はっきり言って、そこらのチンピラより質が悪い。
色々とお世話になっていて、僕と秘密を共有している友達でこの学院の三大美姫であるセラフィナ・フェアフィールド嬢に言わせると、彼は……えっと、なんだっけ。えーっと、あ、不良属性?だとかなんとか。前世を覚えているという特質を持つ僕にもかなり心当たりがあるので、言われてみればああなるほどね、と理解出来た。うん、嬉しくないけど昔から不良には絡まれやすい性質だったもので。
多分、今回のカイル様もそれと同じなんだろうなぁ、なんて口にしたら、そこにいた誰しもに全力でそれ違うと否定されてしまったのはつい先日のこと。どうやら、ただ単に女癖が悪いらしい。
そこまでこの女装が板についてきたというのは喜ぶべき事なんだろうけど。……何度も言うけど、ほんと女の子として褒められても嬉しくもなんともないからね?
そもそも、どうして僕が女装をする事になったかといえば……ああ、思わず遠い目をしてしまう僕をお許しください。この説明も何度目なの?と言ってやりたい。
って事で、簡単に言えば僕の最愛の妹アルミネラ・エーヴェリーが、自分の髪であつらえたウィッグや置き手紙を残して僕が行くはずだったリーレン騎士養成学校へと行ってしまったというのが大もとだろう。残された僕は、彼女がいつ諦めて戻ってきても良いように女装をして彼女の代わりを務めているのだ。
そうして、この一年間は色んな事に巻き込まれながらも何とかここまでやってこられた。もう語るだけでも一苦労だから、ここはばっさり割愛するけど。……ほんと、色々あったなぁって言うしかない。
進級という時期が訪れ、既に僕たちの入れ替わりに気が付いていた父上の進言もあって、僕が改めて彼女にどうするのか確認した結果が――これ、だった。
要するに。
このまま、入れ替わりを続行したい、という願いを僕は再び受け入れた、ということ。
あの時、アルはすごく悩んでいるようだった。それがどういった悩みなのか、僕には全く想像出来ないでいる。昔は――そう、幼い頃は彼女のいたずらに振り回されていたけれど、それでも僕たちはお互いの気持ちを分かり合える瞬間がたくさんあった。
それはまるで呼吸するかのように。
当たり前で、日常茶飯事。
双子だからこその同調が僕たちを繋ぐ一本の運命の糸のようでもあったのに。……ついこの間、アルと喧嘩をしてから、どうも彼女の感情が見えなくなってしまったのだ。きっかけは、きっととても些末な事だった。『女神の祝福』という前世でいう少女から大人の女性になる生理現象をむかえ、アルの精神が不安定になっている時に、僕が彼女の気持ちを理解してやれなかった。分からないけど、多分、そんな感じだと思う。
だから、アルは僕を突き放して、僕たちはこの途方もなく広い世界で彷徨うひとりぼっちの夜が訪れた。
今まで、ずっと二人きりで生きていたのに。
僕の世界に、アルミネラがいない事など無かったのに。
今まで見えていた鮮やかな強い糸が、こうもあっさり見えなくなってしまうなんて。
……なんて、今は思考に飲み込まれている場合じゃないよね。
「いい加減にしろよな。アルミネラは、今オレと話してんだろ?」
低いトーンでそう言って、ぎろりと睨み付けてくるカイル様から守るように僕を自分の背中の方へとおいやったのは、今年度だけこのグランヴァル学院に在学する事となった校内一の麗人。いや、ミュールズ国内でも王弟のご子息様と一位二位を競うほどの美貌の持ち主といっていい。
「たかが、新米公爵の分際で、オレの行動に口出してくるんじゃねぇよ、アシュトン・ルドー」
「このような状況を誰かに目撃され、悪い噂を流されてしまえば、汚名を着せられるのは彼女です。もしも、殿下が本気で彼女を娶りたいのであれば、それは悪手であると思われますが?」
よく言うよ、という僕の感想はその内分かる事になるから後回しにして。
「……チッ」
舌打ちだけじゃ、カイル様が実際にどう思っているのかは分からないけれども。何にせよ、ひとまず安心していいのかな。ただ、すっごい睨まれてるんだけど……僕じゃなくて、アシュトン・ルドーが。
なのに、彼は全く平然としていて、涼しい顔のまま頭を下げた。
「私たちは仕事がありますので、ここで失礼させて頂きます。では」
「……あ」
そう言って、彼は相手からの返事を待たずに僕の腕を取り階下へ向かう。ある意味、強引に話をつけた感じだけど、いいのかな?大丈夫かな?そんな風に心配する僕とは違って、アシュトン・ルドーはどんどん下る。
まあ、何も言い返してこなかった辺り、口でねじ伏せる事に成功したって事だろう。さすがは、アシュトン・ルドー。
「……ふう。ここまでくれば、大丈夫だろう。あ、すっ、すまない」
美形って、頬を染めても美形ですね。あの場から去る事を目的としていたからか、廊下に出てようやく自分が僕の腕を引っ張っていた事に気が付いたようで、慌てて手を放して謝られた。
いや、それぐらい――とは、この人に対しては言えず。
「構いません。それより、いつも助けていただいて、私の方こそ申し訳ありません」
そうなんだよね。カイル様もおっしゃっていたけど、実は絡まれている所を助けられるのはこれでちょうど片手の指を越したわけで。
「いや、大した事はしていない」
美形って、謙遜しても美形ですね。っていうのは、さすがにもうしつこいか。
彼は、白銀に輝く少し長めの前髪を横へと撫でつける。そして、銀の睫毛でふち取られている緑がかった明るい青色の瞳を覆う、度の入っていない眼鏡をついでとばかりにかちゃりと直した。そんな伊達眼鏡をかけていても、彼が如何に麗しい容貌なのか分かってしまう。
もう一人の美形である王弟のご子息コルネリオ・フェル=セルゲイト様も見惚れてしまう事があるけれど、そんな簡単な仕草でさえついジッと見つめてしまった。
「……なんだ、見とれたか?」
そう言うわりには、苦笑いとか。
自分に自信がないようにみせるのは、何というかほんと狡い。――だって。
「それでよく陛下やお父様に私を欲しいと直訴しましたね」
さっきの、僕がよく言うよと思ったのはまさにこれ。カイル様に対して告げた言葉とは裏腹に、この人はとある一件で、条件としてアルミネラを殿下から譲渡して欲しいと言い放ったのだ。
その場に僕もいたんだけど、謁見室があんな一瞬で凍り付いたのは、ミュールズ国史上類を見ないんじゃないかとさえ思ったほどだった。あの時も、この人は緊張感すら見せてなかった。
「君の切りこみ方は面白いな。まあ、そうだな、私にとってこれは切実な問題なのだから」
「……」
彼に初めて会ったのは、約二ヶ月ほど前。
僕たち双子の誕生日という事で、パーティーを催してもらった際に父上の部下として紹介してもらったのだ。あれは、ちょうど妹のアルミネラを探し回っている時だった。前世の常識と比べれば個人の家の庭とは思えないぐらいの広大な庭園で、たまたまマーガレットが咲き乱れる場所で彼と出会った。
僕はちょうど女装していたけど、彼は僕の顔を見ても父上の子供だと気付かなくて。そこへコルネリオ様がやってきて、彼が一年だけグランヴァル学院に入る事、そしてそれは何か大きな欠点があるがための事など教えてもらった。
あの時は、僕が父上の子だと分かった途端に丁寧過ぎるぐらい丁寧な、どこから見ても完璧過ぎる超人に見えたのになぁ。
アシュトンの言葉に何も言えず、廊下を突き進んで目的の部屋に着く。斜め上へと視線を走らせれば、ガラスで出来たお洒落なネームプレートには、『生徒会室』と文字が掘られている。
二年生になって、僕が引き受ける事となった責任の一つといえばこの生徒会の手伝いだろう。
まあ、元は僕の婚約者であるエルフローラ・ミルウッド公爵令嬢が生徒会に入る事を打診されたのがきっかけなんだけど。エルフローラは、僕の婚約者でもあり僕たち双子の幼馴染みで、良き理解者といえば分かりやすいかな。このグランヴァル学院へ来る際に、僕がアルミネラの変装をしていると直ぐに見破ったのだから、さすがエルと内心で称賛したのは言うまでもない。実際は、あちゃーって頭を抱えてしまっていたのはここだけの秘密。
そんな訳で、その瞬間から僕の女装生活を助けてくれる共犯者になってくれた。
この一年間までを思うと、エルには全く頭が下がる思いだよ。自分の婚約者が女装してる時点でないわーって思う人だっていると思うのに、エルは率先して淑女のマナーなどを僕に教えてくれたんだもの。
その愛しき才ある婚約者が、一年生であるにも関わらず生徒会へ入会を勧められるのは当然至極で。それを今まで断っていたのは、何より僕と一緒に居たいから――っていうね。自惚れてしまいそうになるぐらいの理由だった。
だから、僕はそれなら僕も生徒会へは入会しないけれども、いっそ補佐という役目を担って彼女を傍で助けていこうと決めたのだ。
そして、生徒会は近々ある新入生歓迎パーティーのための準備で大忙し。かくいう僕も、当然それにかり出されている状況で、カイル様に捕まったのはちょうど会議に向けての資料を持って戻る際にばったり遭ったからというわけだ。アシュトン・ルドーは、宰相である僕の父上に命令されて特例でこの学院へ入り、尚且つ経験を積むために生徒会にも所属する事にもなって、カイル様から仕事中なのでと助けてもらっている。……良いんだか悪いんだか。
その資料に使う紙の束は、ここへ戻る途中アシュトン・ルドーが代わりに持ってくれたので、手ぶらの僕はせめてと生徒会室の扉を開いた。
年内の更新は、多分無理そうです。書けたら載せる気なのですが。
書けたら更新というシステム、なかなかハードルが高いのですが頑張って行きたいと思います。
ですが、途中で軌道修正入る可能性があるので、その場合は作業報告にてご報告致します。




