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番外編 マーガレットにささやいて

いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。


番外編、別名をお誕生日会の回という。

そして、このシリーズの番外といえば、次の章のキーマンとなる新しいキャラの登場です。




 ――お願いだから。






「こんな事ってないよ」

 なんて、思わずため息混じりに呟いてしまったのは仕方ない。

 今日ばかりは、まさか妹のお遊びに付き合う羽目になるとは思わなかったのだから。

 というのも。

 普段より更に磨き上げられ、華やかな色とりどりの敷布に覆われた我らがお屋敷。簡単な立食形式というわりには、一介の貴族ならば手に入らないような食材で作られた豪華な料理の数々は、まるで宝飾品のように人々の目を楽しませている。

 鮮やかで上品なドレスコードを身に纏いながら談笑する人々の輪にいるのは、いつもと同じくあまり表情を崩さないこの国の現宰相、僕たちの父であるイルフレッド・エーヴェリー。その僅か離れた場所で、貴婦人たちと意見の交換とやらを行っているのが、若かりし頃は傾国の美女と謳われた今でも充分お綺麗な母であるエルメイア・エーヴェリーで。

 遠目から見ていても、本日のパーティのおもてなしに尽力しているというのが分かる。

 両親が、どうしてここまで本日のパーティに力を注いでいるのかというと。

「あ、あの、本日はお誕生日おめでとうございます」

「……ありがとうございます」

 つまりは、そう。


 今日が、僕と双子の妹アルミネラが生まれた日だから、である。


 去年までは、まだ良かったんだけどなぁ。お城に近いお屋敷じゃなくて、領地にあるお屋敷でのパーティだったし。まだ、来てくれていたのは両親の仕事の関係者や交流のある人たちだとか……まあ、コルネリオ様は毎年来て下さっているけども。

 それでも、まだ今日よりも少なかったから全然疲れる事もなかった。……あ、いや、でも去年はアルが、急に屋敷の中を森みたいにしよう!とか言い出して寒い中、外に飛び出した時は慌てて止めたような。

 それに一昨年は、何を思い立ったのかおばあ様を驚かそうよとか言って、獣の剥製を作ろうよ!とか言い出したから、そんな事したらおばあ様が別の場所に旅立ってしまうからと諦めさせたっけ。

 ……。

 そうだ。今日は、深く考えるのはよそう。うん。

 せめて、今年は何事もない事を祈るべきだ。

 だから、まあ、今年も領地の方でまったりとパーティをして欲しかったというのは僕の切実な願いだったけど。十四歳になった僕とアルがそれぞれ、進むべき道の為にお城に近いリーレン騎士養成学校とグランヴァル学院へ進学したのだから、これだけ盛大になったのは当然の結果ともいえるだろう。


 でも、開始始めはとても良かった。……本当に。

 双子らしくお揃いで、マルベリーのような深い紫色と前世で見た藤の花のような色合いの布をふんだんに使った落ち着いた感じのドレスとスーツは僕も気に入っていて、アルをエスコートしながら二人で登場した際には、たくさんの賛辞とまるでアンティークのように綺麗だと言ってもらえて嬉しかった。

 男の僕に対しては、おべっかやお世辞だって分かっているけど、アルが褒められるのは本当に嬉しい。お兄ちゃん冥利に尽きるってこういう事を言うんだろうな。前世では、小憎たらしい弟しかいなかったし。

 どうだ、うちの妹は可愛かろう!なんて言ってやりたいぐらいだけど、本気で惚れられても困るから言わないけどね。

 屋敷の当主である父が口上を述べて、たくさんのお祝いや挨拶も落ち着いた所で。

 ちゃんと男として、今宵も当たり前に綺麗な我が婚約者エルフローラとのダンスはここ最近の嬉しい出来事のトップに躍り出たんじゃないだろうか。僕の誕生日という事で、今日のエルは一段と綺麗なプリムローズ色を基調にしたドレスに身を包み、ネックレスに僕の瞳と同じ深い蒼色の宝石を使用していたりと、おしゃれをしてくれているのがとにかく最高のプレゼントで、何度顔が緩みそうになってしまったか。ああ、幸せってこういう事を言うんだなって実感したのは言うまでも無い。

 そんな幸せのひとときを味わって、かみ締めて、幸せに悶えていたら、急にお色直しをさせられる事になった。

 んん?どうして?――と。そこで、当然、僕は首を傾げた。

 だって、僕の侍女を務めてくれているサラからタイムスケジュールを聞いていた際には、お色直しなんていう単語は一言も耳にしてはいなかったのだ。

 けれども、アルミネラは嬉々としてそそくさと僕を引っ張っていくし、母上はニコニコと優しげな笑みを浮かべているし、父上に至っては相変わらず表情がなくて、ただただ困惑したけれど。

 着替えに入って、ようやくこれが今年のアルミネラのいたずらだという事に気が付いた。

 多分、母上は確実に知っている。というか、僕のスーツを仕立てる時に採寸を計ったその場に居たのだから、あの人もアルの共犯に違いない。でなければ、ここまで僕の身体にフィットするドレスを調達出来るはずはない。

 ったく、もう。してやられたという訳だ。

 道理で、前半はえらくアルがしおらしいわけだよ。珍しく、文句の一つも言わないで黙々と殿下とのダンスをこなしていた訳だ。アルが、殿下に対して謙虚だった事をもっと不思議に思うべきだった。はぁ。時既に遅しってやつだけど。

 この調子でいえば、多分父上も知っていておかしくはない。知っていて、傍観する事にしたのだろう。まあ、あの二人を止められる人間はそうなかなか居るはずがないけどさ。



***



 そんな訳で、僕は今、アルミネラと入れ替わってシンプルに白と黒を基調としたゴシックだけども歩く度にレースが強調されて揺れるドレスを着ている。薄紅色の背中部分を複雑に結わえたリボンが二つに分かれていて可愛いのが特徴だけど、そんな事はどうでもいいのだ。――今日だけは本当に。

 横を歩くエルが、必死に慰めてくれるけど、それでも今日ばかりは癒やされそうになかった。

 

 だって。

 誕生日にまで、女装だとか。

 

 そりゃあ、普段はアルといつでも入れ替われるようにって思って女装も受け入れられるけど。今日は、本当に女装をすべき理由もない。

 ああ、駄目だな。せっかくの誕生日パーティなのに、こんなネガティブになっていたらお客様に失礼か。えーと……それじゃあ、どうしたら。

「よっ。お嬢さん、今日は一段と麗しいね。一曲、俺と踊っちゃくれねぇか?それが嫌なら、ちょっと二人で休憩部屋にでも行こうじゃねぇか」

「……」

 うんうん。そうか、こうやってナンパしてくるような輩から、可愛い妹を守るために入れ替わってるんだって思えば良いのか。そうかそうか。

「おいおい、まさかの無視かよ。んじゃ、いいよ。お隣りのおじょ」

「ああ、フェルメールさん。今日は、出席して頂きありがとうございます。全く、気が付かなかったなぁ、あっはっはっ」

 ……ある意味、一番会いたくなかった。

 だから、敢えて無視をしていたというのに。どうすれば僕が反応するのか熟知されてしまっている気がする。まあ、ちょっとした嫌がらせに棒読みで歓迎してみたけどね。なんて、内心で舌を出す。

「良いぜ、俺は別に。お前のそういうトコとかすげぇ気に入ってるからよ」

「……っ」

 ああ、もう。本当に、この人相手はやりづらいなぁ。

 何故か、逆に顔が熱くなるこっちの身にもなってほしい。無言の抵抗というか、あまりにもジッと見つめられすぎて、その視線に耐えきれず目を逸らしてしまう。

「フェル、もう今日はその辺にしてあげなさい。それよりも、初めて間近でその姿を目にしましたが、さすがは『国色の花姫』と呼ばれる程の美しさですね」

「リーンハルト先輩までそんな事を言わないで下さい」

 ……そう。何も、フェルメールだけに会いたくなかった訳ではない。

 パーティが始まった頃から、イエリオスがお世話になっている学校関係者として、フェルメールたちが固まっているのを見かけていたのだ。

 あの時は、のんきに後で挨拶しに行かなくちゃなんて思ってたけど……まさか、女装をさせられるとは思いもしていなかったんだもの。

 なんていうか、フェルメールには会った初っぱなから女装を見られていたから、別に平気なんだけど、先輩たちとは今日が初めてだから余計に恥ずかしくてたまらない。

「ですが、本当の事ですよ?君があまりにも美しすぎて、先ほどからしきりにダンスに誘いたいけど恐れ多いというような視線があるのを感じませんでしたか?」

 何だ、そりゃ。

「え?そりゃあ、やけに見られているなぁとか思いましたけど……誕生日ですし。その、てっきり一緒に歩いている僕の婚約者にでも話しかけたいのかなって」

 せめて、エルの壁にならなければと思って一緒に行動を共にしていたぐらいだし。

「まあ!イ、イオ様ったら」

 そんな僕の言葉に驚いて、急激に頬を朱く染め上げたエルフローラが可愛くて、ついつい顔が緩んでしまう。

 ああ、やっぱりエルは可愛いな。

「なるほど。君が如何にそちらのご令嬢を想っているのか、ようやく把握出来ました。まあ、なんというか、学院ではそうやって人を誑し込んでいっているわけですね」

 ええ?人を誑すだとか人聞きが悪いなぁ。というか、今ので何でそんな風に思えたのかが分からない。

「分かって頂けますか!」

「ちょっ、エル?」

「あっ。申し訳ありませんわ、私ったらつい熱くなってしまって」

 淑女が、紹介もなしに知らない異性に話しかけるなんてお恥ずかしい、なんて言っているけど、そういう事じゃないからね?

「まあ、なんだ。お嬢に付くんなら、いつもこんな感じだから……って、お前どしたの?」

 僕たちの会話に相づちを打ちながら、フェルメールさんが今まで一言も話さなかったもう一人の先輩に振り返る。

「……」

 それは、言わずもがな、ずっと仏頂面をしたディートリッヒ先輩なんだけど。

「えーっと……統括長?もしかして、不快でしたか?すいません、僕」

「っんな事はない!」

 いやいや、否定するならどうしてそんな眉間に皺を寄せておられるのでしょうか。

 ううーん?なんて困惑していると、リーンハルト先輩が何やら楽しそうに口元を歪めながら、ディートリッヒ先輩の肩に手を乗せる。

「ちょっとしたギャップに驚いているだけですよ。ね、ディー?そんな事はどうでもいいとして、私としては君の婚約者殿にちゃんとご挨拶がしたいのですが?」

 えっ?それでいいんですか?

 フェルメールに視線を投げると、こちらもあっさり頷かれてしまった。まあ、先輩方がいいというならいいのかな?

「こちらは、僕の婚約者のエルフローラ・ミルウッド公爵令嬢です。エル、この方は先日僕がリーレン騎士養成学校の視察の際にお世話になったリーンハルト・ノルウェル公爵子息とディートリッヒ・ノルウェル公爵子息だよ」

「リーンハルト・ノルウェルです。こちらは、兄のディートリッヒですが、今は気にせず放っておいて下さい。それよりも、お会いできて光栄です、ミルウッド嬢。貴女の聡明さは、こちらの学校でも聞き及んでおりますよ。それに、噂に違わぬお綺麗な方ですね」

「ありがとうございます。こちらこそ、お会いできまして光栄でございますわ。先日はイエリオス様が大変お世話になりました、婚約者のエルフローラ・ミルウッドです。私など、まだまだ未熟者なのですが、そう言って頂けて大変嬉しく存じます」

 何だろう、普通に挨拶をしているだけなのに、ものすごく不安を感じてしまうは。

「お。もしかして、焼きもちでも妬いてんのか?」

「っ!ち、ちが」

 わあああああっ、もう!違わないけど、なんでそんなデリカシーのない事言うかな?けど、仕方ないじゃない!エルはこんなにも綺麗で賢い子だし。リーンハルト先輩だって、イケメンだし物腰が柔らかくて僕よりもずっと大人びていて聡明な人だから、エルが好きになってしまうかも、なんて。

「……っ」

 多分、今の僕の顔は再び朱くなっているだろう。

「おや。エルフローラ嬢も真っ赤ですね」

「……お恥ずかしながら」

 本当に、勘弁してよ。

 だから、この人たちとは会いたくなんてなかったのに!

 居たたまれない。というか、まさか僕たちで遊んでるんじゃないだろうかなんて考えてしまう。

 ああ、どうしよう、なんて考えていたら急に後ろから腕を引っ張られて、自分よりも背が高い逞しい身体にぶつかった。

「おい、着替えが終わったのなら何故来ない?」

 頭上から聴こえる聞き慣れた声と、王宮で嗅ぐ特有の匂い。

「ちょっと、何すんの?」

 勢いのあまり鼻をぶつけたので憤って見上げれば、そこには僕が今着ているドレスの配色と合わせた色合いの衣装を身に纏ったオーガスト殿下が、何故か不機嫌な顔で僕を見下ろしていた。

「お前は俺の婚約者なのだから、普通はまっすぐ俺の所に来るのが当然だろう?」

 どうして機嫌が悪いのかは分からないけど、正直に言えばわざわざこの状況下の時に遭遇したくはなかったよ。

「今日は、私とイオの誕生日なの。だから、あんた以外にもお客様の相手をしなくちゃいけないわけ。分かる?」

「……っ、そうだが」

「分かってくれたらもう良いよ。それで紹介するけど、この方たちはイオがお世話になってるリーレン騎士養成学校の先輩たち。さっき、挨拶させてもらってたの」

「そ、そうか。イエリオスの。なんだ、そうだったのか」

 はあ。よく分からないけれど、納得してくれたならもういいです。

 ……ああ。でも、やりづらい。この間、父上の前でアルミネラを演じた時もやりづらかったけど、生半可僕の事を知っている人たちの前で、殿下を無碍に扱うアルミネラを演じるのはかなり恥ずかしいものがある。しかも、春から学校を卒業して騎士になるフェルメールたちにとっては、次期国王ともなるお方なのだから、なるべく殿下を貶めないように言葉を選ばないといけないし。

 多分、リーンハルト先輩辺りはあの笑顔の裏でかなり面白がっているはずだ。ディートリッヒ先輩は、さっきから驚いてばかりいるみたいだけど。

 フェルメールは……、ああ、あの顔付きは終わった後に絶対にからかいにくるな。うん、間違いない。

 そんな風に、僕がかなり気を揉んでいる間に、フェルメールたちは、殿下に騎士としての拝礼をしながら自己紹介に進んでいた。

 何故か、未だに僕の腕を放さないまま殿下もそれに応えて、ようやく落ち着いたところで今度はまた別の爆弾が寄ってきてしまったのを視界に捉える。

 あれ?今日って、もしかして今年一番運勢が悪い日だったりするのかな?この世界に、そういう占いがあるのかは知らないんだけども。あ、目から水が。

「お話し中にすいません。オーガ、じゃなくて殿下が、アルさんを連れてくるって行ったまま戻ってこなかったので来ちゃいました!」

 えへへ、と見た目と同様に可愛くペロリと舌を出して愛想笑いを浮かべたのは、セラフィナさんで、その後ろから渋々といった感じで、何とマリウスくんまで僕らの誕生日パーティに出席してくれていたらしい。

 思わず、エルに次ぐ癒やしの存在に喜色を浮かべた僕の顔を見るなり、マリウスくんはやや照れながらも相変わらずのツンデレを見せてくれた。

「べ、別に、貴女の為に来た訳じゃありませんから。セラフィナがどうしてもって」

「でも、来てくれたんだよね?ありがとう」

「っ、お、おめでとうございます」

 よし。何か、頑張れそうな気がするよ。と、マリウスくんとの交流に細やかな癒やしをもらっている横で、公式の場では初めて会ったセラフィナさんとフェルメールが数秒ほど互いを見つめ合って頭を下げた。

「どうも」

「こんにちは」

 という挨拶に、食いついたのはこの場に居る中では三人の男たち。

「なっ!フィ、フェアフィールド嬢、彼と知り合いだったのか?」

 などと、もしかしたら恋敵になるかもしれないと慌てふためく殿下と。

「ど、どういう関係?」

 同じく新たなライバルかもと勘ぐるマリウスくん。最後は――。

「き、貴様、いつの間に学院の三大美姫と交流を持っていた!?」

「は?」

 何故か、フェルメールを羨ましがるディートリッヒ先輩だった。

 この場では言えない縁で知り合ったのだから、言葉を濁すしかないフェルメールにはご愁傷様としか言い様がない。

 とりあえず、言わせて欲しい。いい気味。……って、どうして僕がそう思ったって分かるかな?口パクで、後で覚えてろよ、なんて。うん、見なかったことにしよう。

 男連中がにわかにうるさいので放っておいて、今日はイエリオスの誕生日だという事でかなり気合いが入っているセラフィナさんに声をかける。

「今日は、わざわざ来てくれてありがとう」

「いえ!むしろ、この場に私を呼んで頂けて、こちらこそ感謝しております!さっきのお洋服もかっこよかったですけど、今のドレスもとても素敵です!だ、だから、あの、また、今度着て頂いたりとか、ああ、もうだめ」

「あらあら。フィナさん、ここで鼻血は我慢ですわよ」

 え?鼻血って我慢出来るものなの?っていうか。

「気になってたんだけど、いつの間にそんなに仲良くなってるの?」

 気がつけば、アルミネラとエルとセラフィナさんが、三人とも愛称で呼び合うほどの仲にまで発展しているようで、僕としてはそこに驚きを隠せないんだけど。

 あの気難しいアルミネラが、エルに続いてセラフィナさんまでも受け入れているのだから、兄としては嬉しくもある。

 首を傾げる僕に、セラフィナさんとエルがお互いの顔を見て、ふわりと笑った。

「えへへ。それは、私たちだけの秘密なのです!」

「はい」

「そっか。それなら、仕方ないね」

 こんな笑顔を浮かべるぐらいに親しくなってくれているのなら、僕にはもう口を出す権利はない。アルにようやくもう一人友達が出来た事を素直にただ喜ぼう。

 彼女たちの笑顔につられて、僕も嬉しくて笑みが出た。

「彼女たちは、君たちの事を知っているのですね」

「リーンハルトせ、様。どうして、そのように?」

 どうやら、先輩はセラフィナさんを巡る争いには興味がないらしい。女装をしている僕を含めた女性陣で話しているのをこっそりときき耳をたてていたのだろう。

 三人してキョトンとしていると、先輩は何が面白かったのかクスクスと笑った。

「あの?」

「ふふっ。いえ。こうして、あそこで無意味な牽制を受けているフェルには申し訳ないな、と」

「え?」

「ああ、こちらの話です。それで、どうしてそう思ったのかでしたね?先ほどのセラフィナ・フェアフィールド嬢の言葉ですよ。『さっきのお洋服もかっこよかったですけど、今のドレスも素敵です』と、おっしゃっていましたよね。確かに、最初の衣装も『かっこいい』という表現が似合っていましたが、同年代のご令嬢同士でそのような言葉は使わないだろうと思いまして」

 なるほど。

 言葉の差異だけで、その結論に至れるのが凄い。

「ま、まさか、そんな事で?くっ、これから言動には気をつけます!」

 イオ様の秘密は、誰にもばらさないわ!と変な所で執念に燃えるセラフィナはとりあえず置いといて。相変わらずだなぁと思っていると、口元に手を当てて何か考え事をしていたエルが真っ直ぐリーンハルト先輩を見据えた。

「ノルウェル様は、この入れ替わりをどのように思われますか?」

「……エル?」

 まさか、いきなりそんな事を聞くとは思わなかった。

 だって、今まで誰もそこに触れないようにしていたのだから。

 当事者の僕でさえ。

 エルが、そこまで僕たちの事を考えてくれていたという驚きもあって、先輩の沈黙がやけに胸をざわつかせる。

 先輩は、どう思っていたのだろう?――何手もの先が読める先輩には。

 ゴクリと唾を飲み込む。

ずっとエルの視線を受け入れていた先輩が、徐に困った笑みを浮かべて僕を見た。

「それを利用した私には、発言権はありません」

「……先輩」

 確かに、その通りではあるけど。

 この間の視察については、あまり思い出したくない出来事は数多にある。なにせ、リーンハルト先輩にこの入れ替わりを利用されて、僕は初めてのキスというものを失ったのだから。いや、ついでにいえば、セカンドキスは先輩にされたっけ。

 ……なんて。こんな事、口が裂けても絶対に言えないや。だから、あんまり先輩も言わないで欲しいんだけどな、と軽く睨み付ければリーンハルト先輩が苦笑した。

「貴女はやはり、とても聡明な方ですね。私が言うのもおかしな話ですが、これからも彼の傍に居てあげて下さい」

 視察での出来事は、襲われた事などを除けばエルには全て話してある。だから、エルもリーンハルト先輩に思うところがあったのだろうし、僕たちの事を尋ねてみようと思ったのかもしれない。

「ええ、ありがとうございます。不躾な質問をして申し訳ありません。……少なくとも、ノルウェル様がライバルではなさそうだという事が分かって、ホッとしましたわ」

 ん?ライバル?何の?

「心中お察し致しますよ」

「最近、異性よりも同性の方が一番危険かもしれないと本気で悩んでおりますの」

「ふふっ、確かに。気苦労が絶えませんね」

「まあ!おわかり頂けます?」

 何の話なのかも気になるけど、一瞬にして打ち解けてない?え?どういうこと?

 何故か、意気投合しだした二人に、今度は別のざわつきが心を揺さぶる。

 あー。やっぱり、会わせたくなかったな。リーンハルト先輩と会った時から、エルフローラと気が合いそうだなぁとは思っていたから。

 二人にその気がなくても、僕の心が狭い所為でなんとも言えない複雑な感情が湧いてくる。ああ、男の嫉妬って醜い。みっともないな。

「イオ様でも、そのようなお顔をされるんですね」

「セラフィナさん。……そりゃあ、ね。こんな格好ではなかったら、なんて思ったりしますよ」

 分かっていたけど、セラフィナさんには隠し事が出来ないな。伊達に、イエリオスを崇拝してない。

「ふふふ。さすがに、妹思いのイオ様でも婚約者が異性とお話をされると、そんな風に考えてしまうんですね」

 嫉妬している事がバレて恥ずかしくて顔を背けた僕に、セラフィナさんは意地悪そうに微笑んだ。

「ずっと、ゲームの中でもこの現実世界でも、イオ様の中心はアルさんだったから。エル様の事もちゃんと愛されているんだなって分かって嬉しいんです、私。イオ様は、ちゃんとイオ様自身の気持ちを大切にしてくれているんだなって」

「僕の、気持ち?」

「そうですよ。いつも、アルさんの事ばかり優先されているじゃないですか。けど、嫌な事は嫌だって言って良いんですよ。イオ様にだってちゃんと意思はあるんです」

「……意思」

 そうか。今日だけは、女装を避けたいなんて思ったのはいけない事じゃなかったんだ。



 これは、僕の意思だったのか。


 ――なのに。

 何故か、その言葉は酷く胸に刺さる。

 見たくないから見えないように蓋をした物を見つけた時のような――――感情。



「……あ。そういえば、アルはどこに行ったかな?ちょっと、探してくるよ」

「はい、分かりました」

 それを、今は捉えたくなくて。

 セラフィナさんからも逃げ出すように、この場に居るのが耐えきれなくなって僕は曖昧にはぐらかして背を向けた。



***



 城下町にある貴族が住む居住区の中でも、僕の家は広い方だと思う。大抵のお屋敷は、ちょっとした庭園であるのに対して、ここは野球が出来そうな程の広大な庭園となっている。

 だから、アルを探すのにも一苦労なんだけど。

「やっぱり、室内かなぁ」

 いつの間にか夜も更けて、月明かりを頼りに相変わらず季節感のない花々を観賞しながら歩いていると、月明かりを反射させたブルーのスーツを着た見知らぬ青年が背中を向けて立っていた。

 多分、今日は満月だから、夜空を眺めているのだろう。深海のような蒼い空から降り注ぐ柔らかな月光を受けて、彼の髪が銀色にキラキラと輝いている。……今日の招待客とは、ほとんど挨拶してきたと思ったけど。

 頭の中のリストを掘り起こしても、僕の知っている顔は出てこない。

 うーん……、声を掛ければ良いんだろうけど。

 真っ白なマーガレットの花畑の中で、一人佇む青年がとても印象深くて躊躇ってしまう。

 まあ、いいか。

 彼が何者なのかは、多分父上にでも聞けば分かるだろう。

 そう思って、静かに立ち去ろうと踵を返したところで、足下の小枝を折ってしまった。

 うわぁ、これって典型的。

 何気に、ドラマ好きの前世の知り合いを思い出しながら、思わず苦笑いを浮かべてしまえば、やはり青年が振り返ってしまった。

「……君は?」

 


 うん?ちょっと、待って。えーっと……ここって、僕の家だよね?


 

 まさか、他にも人がいるのかと思って辺りを見回してしまったけど、彼の碧い瞳は僕を見ているので他に該当者はいない。

「えっと」

 何でこっちがアワアワしなくちゃいけないんだろう。

「まさか、迷子?」

 違います。

「それとも、妖精かな?」

 と言って、クスクスと笑われたけど。

 冗句なの?やっぱり、知っていてわざと知らないフリをしたの?

 どう答えるべきか悩んでしまう……というか、全く関係ないけど、この人コルネリオ様に負けず劣らずかなりの美形でびっくりなんですが。

 見た感じ、年齢はフェルメールと同じぐらいかな?夜空を反映したような色合いのスーツが、彼の髪を引き立てていてよく似合ってる。

 けど、やっぱり知らない顔だなぁ。っと、いい加減返事をするべきか。

「あの、あな」

「こんな場所に居たのかい、アルミネラ」

「……っ」

 相変わらず腰が砕けそうな声音を背中越しに聞いて、思わず身体が反応する。

 ……このむやみやたらと色気を含んだ声の持ち主は。

「ああ、コルネリオ様ではありませんか。……では、アルミネラ様というのは」

「彼女の事だよ。相変わらず、君は一人が好きなようだね、ルドーくん」

 なんだ、コルネリオ様はこの人と知り合いだったんだ……って、何も僕の肩とか腰に手を添えることありませんよね?

 コルネリオ様の行動に内心で首を傾げていると、ルドーくんと呼ばれた青年が気まずそうに僕に頭を下げた。

「これは、大変失礼を致しました。まさか、貴女がアルミネラ・エーヴェリー嬢とは知らず、失礼な真似をしてしまい。……なにぶん、このような集まりにはまだ不慣れなもので。私は、最近よりエーヴェリー卿に従事させて頂いておりますアシュトン・ルドーと申します。この度は、おめでとうございます」

「まあ、そうでしたか。ありがとうございます」

「彼は、つい一ヶ月ほど前にお父上を亡くされて爵位を継いだ若者なんだよ。歳は、今年十八だったかな?文官だったお父上の後を継いで、本当にごく最近からイルフレッド様の下で働き始めているんだけど」

 いるんだけど?

 歯切れが悪いなぁ、なんて僕が思っている事を、当然お見通しであるコルネリオ様の何故か楽しそうな視線とぶつかる。

「彼には欠点があってね。今度、アルミネラが通っているグランヴァル学院で一年だけ学ぶ事になったんだ」

 コルネリオ様、絶対に内心で面白がってますよね。ええ、長い付き合いですから、いい加減、この僕にだって分かりますよ。

「グランヴァル学院に来られるのですか」

 若干、同情しながらもルドー卿に視線を戻すと、彼はそれに気付いておらず真面目そうな顔に羞恥を浮かべ俯いた。

「はい、お恥ずかしながら。学年は別になりますが、仲良くして頂けると幸いです」

「ええ、もちろん」

 こんな見た目も中身も完璧そうな青年のどこに欠点があるんだろう?十八歳だし一年だけという事は、グランヴァル学院では最高学年に所属するという事だろうけど。


 こんなに美形だったら、女子生徒たちが喜ぶだろうな。


 一学年の際に同じクラスメイトだった女子生徒たちを思い浮かべながら、宜しくお願い致します、と笑みを浮かべて頭を下げた。

「こちらこそ、宜しくお願い致します」

「さあ。それじゃあ、ルドーくんは、そろそろイルフレッド様に顔を見せに行った方が良いのではないかな?」

「そうですね……ここに到着した際、突然見知らぬご令嬢方に絡まれてしまって。ずっと、この場所に逃げ込んでいたので」

「それは、災難でしたね」

 ああ、だから僕たちの顔も知らなかったのか。

 こんなにも容姿が整っているんだから、仕方の無いことなのかもしれないけど、あの父上の部下である以上、礼儀や作法はしっかりしておいた方が良いだろう。

「では、私はこれで」

「じゃあ、また」

 去って行く後ろ姿を見送りながら、やっぱり彼に欠点が見えなくて不思議に思う。

 まだ、新米の公爵家当主とはいえ、コルネリオ様を前にしても物怖じしていない所とか比較的冷静に対応出来ているので、課題があるといえば公爵としての立場を知り、その地位を確立する事ぐらいのような気がするんだけど。

「彼が気になるかい?」

「そりゃあ、まあ」

 僕だって、いつかは父の爵位を受け継ぐ時がくるのだろうし他人事じゃない。

「ふふっ。イオは真面目だね。……まあ、君は昔からそうだったけれど」

 コルネリオ様には、僕の思考や行動は手に取るように分かっているに違いない。何せ、母上のお腹に居た時からの付き合いらしいしね。

 冷たい風が吹いて、スカートの裾を翻していく。

 アルミネラの髪で作られたウィッグの髪が幾筋かたなびくのを見ながら、そういえば妹を探しにきていた事を思い出した。

「コルネリオ様、アルミネラを見かけませんでしたか?」

「いや?この辺には居ないのではないかな」

「もしかして、コルネリオ様も探されていらっしゃいました?」

 この方が、アルミネラの事を憎からず想っているのは知っている。髪を抑えながらコルネリオ様を振り仰ぐと、何故か満面の笑みを返された。

 えっ?えっ?何か、恐い。それって、どういう意味なわけ?

 もしかして、聞いちゃいけなかった……とか?

「オーガスト殿下がグランヴァル学院を卒業されたから、本格的に公務の引き継ぎを始めるらしい。陛下と皇后様は、早くお世継ぎを望んでいるようでね。きっと、学院で会わなくなった分、頻繁に王宮への呼び出しがかかるだろうね」

「……」

 その声は、いつもと変わらずとても優しい。けれども、僕にとって警告にしか聞こえない。

「イオは、このままでいいの?」


 結局、アルミネラは悩んだ末に現状維持を望み、それを僕も受け入れた。


「いつかは、正すべきだと分かっています」

 もしかして、コルネリオ様はそれを言うためにわざわざ僕に声をかけたのかな?遊びはそろそろお仕舞いにすべきだと。

 怒られている訳でもないのに、釘を刺されたみたいで自然と地面に視線が落ちる。

 そんな僕の頭に、コルネリオ様の手が伸びた。

「ああ、そんなに沈まないで欲しいな。私は、何があっても君たちの味方であるし、何をしてでも君たちを守りたいんだ。いつも言っているだろう?君たち双子は、私にとってかけがえのない大切な宝物だと」

 綺麗に纏められたウィッグの髪を撫でながら、コルネリオ様はいつも通りの甘い言葉を僕に与える。


 それは、とても甘美だけれど。


「……ありがとうございます。けど、コルネリオ様に頼るのは、本当にどうしようもなくなったらにさせて下さい」


 同時に、僕たちをとらえる毒にでもなり得る。


 だから、気付かないフリをして僕はいつも通りの言葉を返した。

「そう。分かってくれているなら、今はそれで充分だよ」

 そう言って、微笑みを浮かべるコルネリオ様には、きっと全て見透かされているのだろうけど。今は、こんな茶番を繰り返すだけでいい。――今だけは。

 風に揺らぐマーガレットのように、冷たい風を受けて不意にクシャミが二度ほど出る。

「ああ。もうすぐ春とはいえ、まだ夜は冷えるね。イオは風邪を引きやすいのだから、そろそろ屋敷に戻ろうか」

 なんて、さり気なく上着をかけてくれるんだから内心照れてしまう。

 こういう事は、もっと女性にしてあげれば喜ばれるのに。いや、でもコルネリオ様にそんな真似されたら、その気になってしまうご婦人方が多いかも。

「ありがとうございます。……あ、でも、一つお願いをしても良いですか?」

 この場所に来た時に、ふと思いついた事があり、コルネリオ様だったら僕が必要としていたものを持っていそうな気がしたのだ。

「ん?何だい?」

「あのですね――」



 ***



 アルミネラが庭園にいないようなので、何となく居そうな場所という事で廊下を歩く。

 パーティは、そろそろ終盤にさしかかっていて、もうすぐお開きになるだろうから、そうなれば僕たちも顔を出さなくちゃいけないし早い所探し出さなければ。

 室内に居るとすれば、僕が予想出来る場所は一カ所だけだ。


 この屋敷でアルの一番のお気に入りの場所、それは――


「ノア」

 屋根裏へと続く階段前。

 エーヴェリー家の従僕の服に身を包んだノアが、まるでお姫様を守る従者に見えた。

 僕を睨み付ける様なんて、特にね。僕は、さながら悪魔かな?

「ッチ。やっぱり、来やがったか」

 うーん。あからさまな態度は、相変わらずだなぁ。ここ数ヶ月、サラにはだいぶ鍛えられたと思っていたけど。

 それとも、今は僕しかいないから?基本的に、僕は平和主義者だけども、この喧嘩ならいつでも買うよ?

「アルは、そこに居るんだね?」

「……」

 おおっと。今度は、無視ですか。だったら、こっちにも考えがある。

「僕が来たからには、君はもう必要ないよね。って事で、せぇーの、サ」

「わぁーーーーーー!!あの女を呼ぶなぁ!」

 ふっふーん。この数ヶ月で、ノアが如何にサラの事が苦手なのか分かっているのだ。

 息を荒げながら必死な形相で僕の口を封じたノアの手を引っぺがして、にっこりと微笑んでやる。

「アルミネラの駒になりたいのなら、その態度を改めようね」

「……くっ。卑怯者め」

「どうとでも言ってくれて構わないよ。君が僕を嫌っているように、僕も君が気にくわないという事は理解して欲しいな」

 多分、これはエルに想いを寄せているライアン・アンダーソンとは違う次元の話だろう。ライアンとは、お互いに嫌い合っているけれど、尊敬出来る部分があるのは確かだから。

 しかし、ノアは全く違う。

 自らアルの駒になることを望んだにも関わらず、彼女の気持ちを理解していない所が腹立たしい。それでアルの従者を気取ろうというのだから、余計に僕の神経を逆撫でしてくるのだ。

 そりゃあ、何度か危機を救ってもらってはいるけども。それとこれとは別だよね。

「俺は、あんたのそのどっちつかずの行動に反吐が出る」

「どういう意味かな?」

「それは、あんたが考えな。何にしても、これ以上彼女を振り回すな」

「……何?」

「ッチ。もういい。後は、頼んだぞ」

 一体、ノアは何が言いたかったんだろう?

 最後の方は、面倒くさそうにアルビノ特有の白い髪をかき乱しながら去って行ってしまった。



 僕が、アルを振り回してる?



 アルに振り回されているのは、僕の方だと思っていたけど。

 ああ、よく分からない。


 ……とにかく、今はアルに会わなくちゃ。

 と、目の前の階段を上がっていく。

 広さでいえば、前世でいう畳二十畳ほどの空間に使われていない美術品の数々や骨董品に絵画などが所狭しと並べられていて、アルミネラは小さな窓際に座って外を眺めていた。

「僕にこんなものを着せて、君だけ逃げるなんて酷いじゃないか」

「……イオ」

 今日のアルミネラは、いつもより大人しい。

 いつもなら、僕を見つけただけで喜んで抱きついてくるのに。

「アル、どうかしたの?今日は、元気がないね」

「そう?」

「うん」

 小首を傾げるアルに頷きながら、彼女の傍に歩み寄る。

「……イオ、それは?」

 視界を阻むものがなくなったアルが、少し目を丸くして僕の腕の中にあるものに気が付いたので、先ほどリボンで纏めたそれをすっと彼女に差し出した。

「君に、プレゼント。たまには、花束も良いでしょ?」

「……マーガレット、だね」

「うん。さっき、アルを探しに庭を探していたら咲き誇っていたからね、取ってきたんだ」

 実際には、コルネリオ様に頼んで摘んでもらったんだけど。

 女装をしているから、短刀みたいな物騒なものは隠しようがないので持ち合わせていなかったもの。

 だから、これは僕にとっての気持ちとして渡したのに――



「そっか、ありがとう」



 白い花束をぎゅっと抱え、煌々と放つ月明かりを受けて、アルは笑みを浮かべながらも涙を零した。

「……っ」

 その雫は、妹の白い頬を濡らしながらも月明かりに反射して光を放つ。

 それを、儚くて綺麗だと思ったのは不謹慎かもしれない。

 彼女の涙を見るのは、とても久しぶりのような気がした。

「アル?ご、ごめん、気に入らなかった?」

「ううん!違うの、嬉しくて……本当だよ」

 そんな事を言うわりには、どこか悲しげで胸が痛む。

 視察の件以降、アルミネラの心が離れてしまったようで、僕としても不安はずっと抱え込んだままなのだ。

「ねぇ、アル。抱き締めてもいい?」

「ん、良いよ?わざわざ聞いてくるなんて、変なイオ」

「……そうかな?でも、ありがとう」



 ――――アルの方こそ、僕が聞いた時に僅かに肩に力が入った癖に。



 でも、それは言わないでおこう。

 今は、この温もりを信じたい。


「ねぇ、イオ」

「何?」

「生まれてきてくれて、ありがとう」

「アルの方こそ。僕と一緒に生まれてきてくれてありがとう。愛してるよ、僕の半身」

「私だって、誰にも負けないぐらいイオを愛してるよ」

 アルの温度を奪うようにしばらく抱き締めてから身を離して、もう一度、大好きだよ、と僕と瓜二つの顔をした淡い蒼色の瞳に告げる。

「そんなの、とっくに知ってるもん」

 なんて、減らず口をたたいていつものように元気を取り戻した妹の頭を撫でて、そういえばとポケットに入れていた懐中時計を取り出した。

「ああ。パーティも、そろそろ終わる頃合いだから戻ろうか」

「そうだね。ねぇ、イオ。手を握って」

「仕方ないなぁ」

 どうやら、本当にいつも通りになった様子の妹の我が儘を受け入れて歩き出す。



 僕の数歩後ろを歩くアルミネラが、表情を隠すために花束に顔を埋めている事にも気が付かず。



 ただ、何となくアルミネラが何かを呟いたような気がして、僕は間抜けにもそれを普通に聞き返しただけだった。

「ん?アル?何か、言った?」

「ううん、何も。ねぇ、それよりお腹すいた!」

「それは、皆が帰ったらね。僕も、全然食べてないよ」


 繋いだこの手の感触が、これからも当たり前のようにあると信じて。




 その後、パーティが無事に終わってしばらくしてから、母上の兄であるブライアン・クレイスがわざと遅れてやってきて、自分を待たずにもう終了した事に腹を立てて喚き散らしたのをおばあ様にばっさり叱られていたのは、さすがとしか言い様がなかった。













『君からのプレゼントが、この花だなんて皮肉だよね。……心が裂けちゃいそうだよ、イオ』



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