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番外編 ジュリエットたちの夜

いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。


この番外編は、四章でアルミネラがセラフィナの部屋へ逃げた時のお話です。


『あっ、何をなさるんですか?』

 と、少年はその可憐な顔に憂いを浮かべる。

『っふふ。何って、ナニ』



「うーん、ちょっと待ってよ?あの人の性格だったら、絶対にこんな下世話な言葉は使わないわ!」

 夜中とは、人々を己の欲望を解放へと誘う自由な時間帯である。

 この時間だけは、誰にも奪われる事など決してない。不可侵に近い、まさに至福の時である。

 当然、この愛らしい見た目からは、想像もつかないぐらいの緩い顔をしている少女も、るいに漏れず己の妄想に浸っている真っ最中。

 机の上には、きっちりと授業の復習と予習を終わらせた後に、以前から書き溜めしている自作の小説の束を前に唸っていた。

 彼女に懸想している学生の数は、相知れず。どこか甘いシャンプーの匂いを漂わせながら、特徴のあるストロベリーブロンドの髪を軽く手で梳いたこの学院の三大美姫の一人でもある彼女の名は、セラフィナ・フェアフィールドという。

 綺麗というより可愛い部類に入る美少女なのだが、今現在の彼女はまるでだらしない顔でニヤけつき、うへへ……などとおかしな奇声を上げながら、ただひたすらに己の妄想を楽しんでいた。

「やばい、あの顔のイオ様最高」

 そんな彼女が、誰より愛し――否、神よりも崇め奉っているのが、同じ学院に在籍している同級生アルミネラ・エーヴェリーの双子の兄イエリオス・エーヴェリーだ。

 彼女は、常にイエリオスの口から零れる一言一句を忘れる事など無いし、彼が浮かべる僅かな表情でさえも彼女は網膜に焼き付けようと日々努力を続けている。

 

 彼女が、どうしてそこまでイエリオス・エーヴェリーに固執するのかというと、実は彼女はこの世界とは別の世界で歩んだ記憶を持っている、いわゆる前世持ちだからだろう。

 その前世では、今のような可愛い容姿ではなく逆に綺麗なお姉さん、などと称賛されるほどの美形で、家柄も現在は子爵家令嬢という貴族社会でも低い地位とは雲泥の差ほどある歴史ある良家のお嬢様だった。だからこそ、常に何か物足りなさを感じており、家族の反対を押し切ってまでテレビ局のお仕事を選んだのだが、そんな彼女に冷たい仕打ちが待っていた。

 それは、女同士の洗礼行事。

 今まで、何不自由なく暮らしてきた彼女にとって、先輩方からのイジメは辛く、ストレスの毎日を起こしていたのだが、そんな中で何気にとある友人から教えてもらったのが乙女ゲームという代物で。

 初めてハマったゲームだった。

 その名も、『あなたにまつわるエトセトラ』。

 彼女は、その美麗なイラストや乙女ゲームならではのドキドキ感を堪能し、全てのエンディングをコンプリートする頃には、一人の攻略対象者に強くトキメキを抱いたのである。

 それが、『イエリオス・エーヴェリー』というキャラクターで、気が付けば彼女はイエリオスを愛するあまりどんな些細な情報でも探し出し真夜中にネットの海を泳ぎまくりと、この泥沼にハマっていたのは言うまでもなかった。

 だから、この転生した世界が『あなたにまつわるエトセトラ』の世界だと知った時、どれだけ感極まって取り乱してしまったことか。それは、きっと彼女の両親とそのお屋敷で暮らす下男や下女たち以外は誰も知ることはないだろう。彼女が前世の記憶を取り戻したその日を、彼らが陰でこっそりと『ある真夜中の戦い』と密かに呼んでいる事も彼女は知らない。


 そんな世界に生きて、十四年。


 無事に、グランヴァル学院へと入学を果たした彼女がまずどういう行動をしたのかといえば、偶然を装ってのイエリオスとの邂逅だった。

 このグランヴァル学院に入学してくるのは、アルミネラ・エーヴェリーという現宰相エーヴェリー公爵の娘であるのだが、アルミネラという少女は騎士になりたいが為に、兄を騙してリーレン騎士養成学校へと旅立ってしまうのだ。

 そこへ、セラフィナがこよなく愛するイエリオスは、妹の為に我が身を犠牲にしてアルミネラに化けてこのグランヴァル学院へと入学してくる。

 セラフィナにとって、彼らの入れ替わりはゲームをしていた時点で既にお見通しだった。

 だから、敢えてアルミネラに変装しているイエリオスとお近づきになりたいが為に、彼女はその日、彼女にとっての第一歩を進めたのである。

 それからというもの、若干イエリオスに内心ではストーカーっぽいと思われつつも、ごく自然を装っては何かとつけ回していると自ずと話す機会も増えていき、彼がぶつかる様々な困難にも無理矢理共に立ち向かった結果、見事友達の座を獲得したのはセラフィナにとって一生得がたい宝であるのは言うまでも無かった。


 最近の楽しみは、とある事件で知り合った前世仲間の隣国の姫君との文通だった。

 彼女たちは、お互いの好きなキャラクターを相手に知って欲しいがために、どういう話の流れでそうなってしまったのか未だに不明ながらも、乙女小説と題してここ、ミュールズ国の王弟のご子息とイエリオスを題材にした妄想小説を送りあって楽しんでいた。

 だから、今日もセラフィナは日課の如く書き綴っている己の欲望に悦に浸っていたのだが――


 夜中とはいえ、時刻は既に九時を回り、そろそろお肌の為にも眠りにつかなければ、と思っていたら突然、部屋の扉を叩く音がして条件反射で身体がビクリと跳ねあがった。

「えっ?えっ?」

 一人部屋であるにも関わらず、私はやましいことなんてしてませんよ?という表情を装って、辺りをキョロキョロ見渡しながら紙の束を机の引き出しに隠す。

 そんな挙動不審さを露わにしながら、扉まで近づくともう一度ノックされたのでガチャリと開けた。

「あの、どち……をわぁ!?」

「セラフィナ!」

 あ、変な声出しちゃった、と思った時には、己と同じぐらいの体格の相手にギュッと抱きつかれて身動きが取れない状態になっており。

「ア、アルミネラ様?」

 戸惑いの声をあげてしまった。

 まさか、こんな時間帯に来客が、というよりも己より上位貴族のご令嬢であるアルミネラが単独で自分の部屋まで尋ねてきたという事が信じられず立ちすくむ。

「……えっと、アルミネラ様?このような時間にどうされたんですか?」

 何か、困った事が起きてしまったのだろうか、と以前にもイエリオスの専属の侍女サラが尋ねてきた事もあって、心配になったのだが。


 (というか、アルミネラ様に抱きつかれてるって事は!

 この大きさが、まるっきりイオ様と同じって事よね?つまり、私は擬似的にイオ様を……っ!)


 残念ながら、彼女は生粋のイエリオス教の信者なので、多少のアクシデントも直ぐにイエリオスに繋げる癖が出来てしまっていた為、そちらの方へと意識が傾いてしまう。

 ガクブルしながらむはーっと妄想を膨らませるセラフィナの心中など露知らず、アルミネラはようやく身体を離した。

「あのね、今日泊めてくれない?」

「え?今日、ですか?」

 妄想から落ち着いて、よくよくアルミネラを見てみれば彼女がどこか落ち込んでいる様子がうかがい知れる。


 (何かあったのは、間違いなさそうだけど、どうしよう……?)


「……だめ、かな?」

「……」

 双子とは、時にして彼女にときめきを与えてくれる。

 今、目の前に居るのはイエリオスではないと分かっているはずなのに、同じ顔でそんな事を問われてしまえば、彼女の返事はもはやたった一つしかない。

「喜んで!!」

 そんなどこかの安い居酒屋の店員のような返事をしたのは、前世から数えても生まれて初めてだったな、と後にセラフィナは思い返したという。

「じゃあ、アルミネラ様のお部屋より狭いんですけど、どうぞ中へ入ってください」

「……ありがとう」

 このグランヴァル学院の寮は、特別ルールが定められており、成績や年齢を問わず、防犯上の問題として家柄でどのような部屋を当てるのか決められている。

 だから、時期国王を継ぐオーガスト殿下の婚約者であるアルミネラの部屋は最上階の最奥にあり、子爵家の娘であるセラフィナの部屋は二階にあった。

 そんな距離であるにも関わらず、ここまで来たという意味に気が付かないセラフィナではない。

 それに、アルミネラにはセラフィナよりも、もっと頼れる友人がいるのだから。

 ダークブロンドのさらさらで真っ直ぐな長い髪の少女を思い浮かべながらも、今は変に聞かない方が良いと判断して、彼女はとびっきりの紅茶を用意した。

「どうぞ。最近のお気に入りなんですけど、お口に合うかどうか」

「ありがと」


 (さて、どうすれば。)


 基本的に、普段から誰ともなれ合わないセラフィナは、こういう時にどうすれば良いのか全く見当も付かない。


 (というか、私って女の子のお友達あんまり居ないしなぁ。)


 それも、前世から、と今更ながらにこういう事態では己が役不足である事を痛感してしまう。前世でも今の人生でもセラフィナとしては、女の子同士でキャッキャッしながら遊んでみたいのだが、何故か集まってくるのは異性ばかりなのだ。すると、必然的に女の子が寄りつかなくなってしまって、一人で動く事が多くなる。

 それを苦とは思ってはいないが、たまに寂しさを感じずにはいられなかった。

「こんな時間にごめん」

「いえ!ちょっと、驚きましたけど私は侍女も連れてきていないから、大丈夫ですよ」

 一応、子爵家の令嬢として貴族の末端にはいるものの、基本的に自分の出来る事は自分でしたいが為にセラフィナは昔から侍女や従者を連れ歩くような真似はしない。

 両親も初めは侍女を一人でも連れて行く事を薦めてくれたが、セラフィナが頑なに断ったので最終的に許してもらえたのである。

「じゃあ、セラフィナはずっとこの部屋に一人なんだ?」

「はい。アルミネラ様は……確か、あちらの寮では四人部屋でしたっけ?」

「そう。でも、一人居ないから三人だけ。いっつも、フェルに怒られてばっかだけどね」

 唇をとがらせながら愚痴るアルミネラに、セラフィナがクスッと笑う。

 フェル、とアルミネラが呼ぶのはリーレン騎士養成学校の監督生であるフェルメール・コーナーという上級生で、ルームメイトでもある青年の呼び名である。

 彼とは、以前に隣国クルサードへ短期留学をしている際に、イエリオスを拐かそうとしていた隣国の王子によって軟禁されてしまったのを助けにきてもらったというえんがある。

 だから、知らぬ仲でもないし、彼とアルミネラのやりとりも何度か見た事があるので思わず笑みがこぼれてしまった。

「そこ、笑うところじゃないけど」

「すいません。けど、アルミネラ様とフェルメールさんってご兄弟のように仲が良いですよね」

 まるで、本当の兄弟のように。

 言外に含んだ言葉に、アルミネラが再び頬を膨らませた。

「私のお兄ちゃんは、イオだけだもん」

「ですね、すいません」

 ああ、それは言っちゃ駄目なんだ、と何となく感じ取って、セラフィナは苦笑しながら謝った。

 リーレン騎士養成学校に、各国々から視察が入るとかで、イエリオスがかり出されている今、交代でやってきたアルミネラと関わっていて、セラフィナは彼女がどういう人間なのか多少は理解しているつもりだ。


 ――それは、アルミネラという少女はがさつなようで、意外と繊細な心を持ち合わせているということ。


 だからこそ、言葉の見極めが大事であるし、どこで止めれば良いのかという線引きも重要なのだ。

「紅茶、暖かい内に飲んで下さいね」

「……うん」


 (伊達に、女子アナ時代を生き抜いちゃいないわよ。)


 そういう意味では、あの前世での苦難は役に立ったと言わざるを得ない。例え、それを不快に感じてしまう人が居たとしても、セラフィナにとっては一種の防衛本能なのだから。

 この場をお茶でごまかして、さてこれからどうすれば、と思っていれば、どういう事か今一度来客を告げるノックが扉から鳴り響いた。

「……っ!」

 その音に反応したのは、部屋の主ではなくアルミネラで。セラフィナは、彼女がどうやら後ろめたい事をしでかしたのだなと予想づける。

「アルミネラ様、大丈夫ですか?」

「……うん」

「えっと、とりあえず出ても?」

「わ、私なら居ないって言って!」

「分かりました」


 (あらあら。何を、やらかしたのやら。)


 まるで、小さな生き物のように小さくなるアルミネラを視界の端で捉えながら、軽くため息をはき出して扉を開いた。

「どちら様でしょうか?」

「あの、夜分遅くに申し訳ございませんが、こちらにアルミネラが伺っていると思うのですけれど」

 そこに立っていたのは、先ほど思い浮かんだ一人の少女で、申し訳なさそうに憂いの表情を浮かべている様は、まさに純潔で可憐な乙女そのものだった。

「エルフローラ様」

 さらりとダークブラウンの髪が揺れ、小首を傾げる少女の名はエルフローラ・ミルウッド公爵令嬢。彼女こそ、アルミネラの最大の友であり、彼女の兄イエリオスの婚約者でもある。

 グランヴァル学院の三大美姫の一人として、生徒たちには白百合の姫と呼ばれている少女は、確かに外見でだけならば何も知らない白百合のようにたおやかで純白そうであるのに、実際関わってみれば、流石はあの天然人誑しキャラ、イエリオスを物にしただけの実力を兼ね備えていると理解出来る。

 イエリオスの前では少しばかり頼りなさを演じているが、実際には芯が強く、欲深いため、イエリオスの手綱をしっかり握っている事に気が付いてしまうのだ。

「えっと、アルミネラ様は居ないという事にして欲しいようですけど」

「でしょうね。けれど、こんな時間までセラフィナさんにご迷惑をおかけしてはいけないわ。私、連れて帰りますので呼んで下さっても宜しいでしょうか?」

「え……、あ」


 (そうは言われてもなぁ。素直に帰ってくれそうにないし……あ、そうだ!)


 せっかく、アルミネラの方から自分を頼ってくれた嬉しさもあって、セラフィナはふと妙案を思いついた。

「あの、もし良かったら、エルフローラ様もこちらにお泊まりに来ませんか?」

「え?」

 多分、アルミネラはエルフローラが説得しても今日はテコでも動かないつもりだろう。それなら、いっそエルフローラにも泊まってもらえば良いのでは?と考えたのだ。

 両手を合わせて、やや大きめの瞳をキラキラとさせながら期待のまなざしでエルフローラに問うてみる。

 セラフィナにとっても、この案はとても素晴らしい思い付きだった。


 (だって!)


「エルフローラ様、今日は一緒にパジャマパーティをしませんか!?」


 (前世から夢にまでみた念願の女子会を開けるんだもの!!)


 エルフローラによると、この時あまりにもセラフィナが必死過ぎて断るに断れない状況だった、と後に語る。そんないくつもの条件が重なって、彼女たちの初めてのパジャマパーティが開催されたのである。






 セラフィナから、パジャマパーティと言われて、エルフローラは何を言われているのか全く分かっていなかった。それもそのはずで、生粋のお嬢様であるエルフローラは、同じ部屋で誰かとおしゃべりをしながら眠るという習慣がまず無かったのだ。

 幼かった頃は、何度か両親の眠るベッドに潜り込みに行った事はあるのだが、それとは全く別の赤の他人と一緒に眠るという行為に驚きを隠せなかった。

 だが、だからといって決して彼女たちと共に眠るのが不快というわけではない。

 むしろ、その逆でセラフィナに教えてもらった女子会という存在に心が躍ったのは内緒である。

 初めてのお泊まり、しかもそのメンバーが大切な友であるアルミネラと、ここ半年でかなり親しくなったセラフィナの二人とあって、エルフローラは至って落ち着いた感じに努めながらもドキドキしていた。

「ベッドが狭くてすいません。眠る時は窮屈かもしれませんけど、それまではゆっくりして下さいね」

 パジャマパーティをする事が決まって、アルミネラが初めにした事はどこかしらに隠れて彼女たちを見守っていたノアを呼び出す事だった。

 ノア、とその場で一声かければ、さっと現れた黒服の青年にセラフィナとエルフローラは驚いた。彼がアルミネラを気に入って、エーヴェリー家の従者になる事は知っていたが、まさか自分たちを監視していたなんて思わなかったからだ。

 ノアが、アルミネラに対して従者以上の想いがあるのは何となく察していた所為か、その後に自分とエルフローラの侍女に話を通して寝間着を取ってくるように命令した時には苦笑いを浮かべてしまったほどだし。更に、彼が渋々命令を完了して戻った際には、まるでシンデレラの悪い姉のように「この瞬間から、明日の朝まで絶対にここを覗かないで。この部屋に近づいたら、クビにするから」と冷たい一言を浴びせたのだから、ますますお気の毒に……なんて思ったのは言うまでも無い。


「……で、アルは一体何を悩んでおりますの?」

 二人用のテーブルに並べられたお茶を見ながらエルフローラは、慎重に言葉を選んで問いかけた。

「……別に」

「いやいや、絶対に何かあったんですよね?だって、そうじゃなければアルミネラ様が一方的にイエリオス様を遠ざけるなんてしないでしょ」

 さきほど、ようやくどうしてアルミネラがこんな時間帯に自分の部屋へと押しかけてきたのか聞かされたセラフィナが、敢えて空気を読まずに笑う。

 自分一人だけだったのなら、慎重にもなっただろうがエルフローラという頼もしい人物が一緒に居る中、セラフィナは自分がどうすべきか理解しているのだ。

 アメとムチ。

 エルフローラが甘い砂糖菓子のように優しく問いかけて、セラフィナがばっさりと両断する役目を担う。

 こういう構図が出来たのは、この一年間アルミネラを演じるイエリオスに対して発揮されてきたのだが、こうしてその妹の方にも適応されるのは謂わば必然の理だった。

「……二人はさあ、女神の祝福ってもう始まってるの?」

 そんなチームワークが成り立っているとは知らず、まんまと嵌ったアルミネラがため息交じりに降参する。目の前の紅い色をしたカフェインに口をつけて、チラリと二人を見やった。

「女神の祝福ですか?私は、去年からですわね」

「私も似たような感じです」

「ふうーん」

 彼女にしては珍しく、その表情が憂いを帯びているために、エルフローラは心配そうに見つめる。

「これから、毎月一度はありますわ。こればっかりは、どうすることも出来ません」

 例え、それが煩わしく思えて憂鬱なのだとしても。

 エルフローラには、それがアルミネラにとっての悩みなのだと何となく察して助言する。

「ほんと、ほんと。こればっかりは、レディにしか分からない悩みですよねぇ。前世の私は、毎月腹痛に悩みましたよ」

「そうなんだ。どうして、女神様って不平等なのかなぁ?」

「アルらしい考え方ですわね」

 と、立てた右膝に頭を乗せてしょんぼりとしているアルミネラにエルフローラがクスリと笑う。

 普段であれば、片膝を立てて椅子に座っていれば叱ってくるエルフローラがこの日ばかりは大目にみてくれるらしい。自由きままなお茶会という名目は、今のアルミネラにとって確かに気楽に話を出来る場所であるようだ。



 ――だから、彼女は本当の悩みを心の奥底にしまい込んで、今の状況を楽しむことにした。



「女だけってほんと、酷いよ。それなら、男にもそれ相当の対価があるべきだと思わない?」

「えっ?何です?それ、面白そう!」

 こういうワクワクするような話に乗ってくれるのはセラフィナで、食いつきようが半端ない。

 その横では、エルフローラが呆れているが、その瞳に興味が湧いているのはアルミネラからすれば長年の付き合いからお見通しだった。

「例えば、毎月一週間だけ女の子になっちゃうとか」

「きたこれ、そこ詳しく!いや、でもイオ様ぐらい綺麗な方だったら性別が変わっても変化はないですけど、オーガストだったら、私毎日笑いすぎて耐えられないかも!」

「確かに」

「も、もう!アルもセラフィナさんも、殿下に失礼ですわよ!」

「そんな事言って、エルもちゃっかり想像して笑ってるよね?」

 この時、自室で読書をしていたオーガストが小さく一つ、くしゃみをしていたそうな。

 普段は、こういう気軽な話をする事がなかったので、彼女たちのトークは夜が更けると共にどんどん盛り上がっていった。

「じゃあ、この際にー聞いちゃいますけど、イオ様って何であんなに鈍いんですか?」

「あー、それね」

「昔からですわよね?」

 お茶も既に何杯目を入れ直したのかすら覚えておらず、しかしそんな事は全く意に介していない少女たちのもっぱらの話題は、やはりイエリオス・エーヴェリーという少年の事だった。

「ゲームの世界でも、イオ様って乙女心に鈍いお方なんですけど。この世界でも、本物のイオ様って自分の事にすら鈍い人だなぁって思ったんですよ」

 セラフィナにとって、ゲームと今生きている世界を混同して見ているわけではない。

 だが、前世からずっと想い憧れていたイエリオスという人物を様々な角度から見ていると、どういう訳か自分に向けられる感情に対して必要以上に鈍い気がするのである。たまに、故意ではないかと思えるぐらいに。

 だから、この機会に双子の妹のアルミネラに聞けるのではないかと思った。

「イオのそれはねえ、自分を守る手段だったんだよ。今思えば、イオが幼い頃によく熱を出していたのは前世の記憶っていうのがあったからなのかもしれないね」

 と、彼と同じ顔でアルミネラが懐かしさに目を細める。

「あの頃、イオは……そう、とってもとっても冷たい子供だった。意外でしょう?」

「それは、私ともまだ知り合う以前のお話ですわね?」

 という事は、五歳より前でしょうか?というエルフローラの言葉にアルミネラは笑って肯定した。

「多分、イオは覚えてないだろうけど……一度だけ、本気で怒られた事があってさ」

「ええっ!?イオ様が?」

「アルにすら怒るなんて」

 二人の反応に、アルミネラも思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「今だったら考えられないよねぇ、ほんと。けど、それがきっかけで、私はイオにもっと私を知って欲しくて必死で毎日お見舞いに行ったんだよ。イオに嫌な顔をされても、突き放されても」

「想像出来ません」

「イオが、このままだったら消えてしまうかもっていう恐怖もあって。だから、あの当時は毎日とにかく必死だったよ。何か無いかなって、イオをこの世界に引き留めておく方法はないかって」

「もしかして、それがびっくりさせるって事に繋がりましたの?」

 エルフローラの言葉に、アルミネラが正解だと大きく頷いた。

「でも、結果的には成功したでしょ?イオには悪いけど、私はこれからもイオを驚かせていくつもり」

「はい!はい!私もお手伝いがしたいです!」

「もう、セラフィナさんまで」

 エルフローラも、そう言って二人をたしなめながらも優しい微笑みを浮かべる。結局、エルフローラにとっても、イエリオスの存在は大きくて大切なのだ。

 彼が本当に嫌がるならば、それを止めるのは婚約者である自分の勤めだと決めているが、そうでないのならば彼女たちに振り回される彼を見ているのも楽しかったりする。

「やっぱり、私にとってイオ様が笑っているのが一番なのかもしれませんわね」

「私だって、そうだよ」

「私もです!」

 彼女たちはそれぞれ、イエリオスという少年に思いを馳せている。

 それは、深い恋情であり、親愛の情であり、敬愛の情であったり、と。

「多分、イエリオス様は私たちの思いなど気が付いていらっしゃらないのでしょうね」

 それは、言葉で表しても鈍さで囲った彼の心に届く確率もないのかもしれない。

 エルフローラが少し残念そうに呟いたのに、いきなり、セラフィナはそれとは逆に幸せそうな笑みを浮かべて立ち上がった。


「ああっ!」


「えっ?どうしたの?」

 いきなり何事?とアルミネラとエルフローラがたじろいだが、セラフィナは歩きながら構わず両手を広げてゆっくりと己の胸を閉じ込める。

 その動作で、何やら演技をしているらしいというのが分かった。

「ロミオ様、ロミオ様!どうして、あなたはロミオ様なの?お父様と縁をお切りなって。それが無理なら、せめてわたくしを愛すると誓って下さい。そうすれば、わたくしはキャピュレットの名を捨てましょう」

 突然の一人芝居であるにも関わらず、セラフィナの可憐な容姿も相まって台詞の切なさが充分胸に響く。

「それは、何かのお芝居でしょうか?」

 少しの沈黙の後、エルフローラがパチパチと小さく拍手を送り、小首を傾げる。

「えへっ、ありがとうございます!前世で、有名なお芝居の一つなんですよ。ロミオとジュリエットという敵同士の家に生まれたばっかりに悲しい恋として有名なお話なんですけど。ジュリエットは、恋の炎を抑えきれず、一人、部屋の中で彼への愛を独白するんです。……なんだか、今の私たちに似ているなって思っちゃって」

 そう言って、セラフィナは苺色のブロンドの髪をなびかせ、振り向きながらぺろっと舌を出して笑った。恥ずかしさの滲んだその笑顔を見れば、十人中十人の男性の心を鷲づかみに出来るような。

「悲しい恋って事は、結局二人は結ばれないの?」

 アルミネラにしては珍しく、そこが微妙に気になったらしい。

 セラフィナもエルフローラも、彼女が恋愛話に乗るなんて珍しいなと思いながらも、それを聞き返しはしなかった。

「どうなんですかね。二人は、若さ故に早まった行動を取ってしまい、死んでしまうんですけど。それを、教訓と取るべきか一つの壮大な恋愛の集大成だと捉えるべきか」

「セラフィナは、どう思ったの?」

「私ですか?うーん……前世での私は恋愛に対して冷たい人間だったから教訓だと決めつけていましたね。けど、今は、悲しいだろうけどロマンティックで羨ましいです。きっと、二人は今度こそ天上で結ばれたんだろうなぁって」

 前世では、あの乙女ゲーム以外の全てに対して、常に冷めていたはずなのに今の人生では全てに興味や関心がある。

 だからこそ、彼女たちともっと親しくなりたいとセラフィナは願望を抱いたのだ。

「そっか。私も、そうだったら良いなって思うよ」

「私なら、もっと慎重に行動してしまいそうですわ」

「ああ、エルフローラ様だったら、違うエンディングを迎えそうですよね」

「あら?どういう意味かしら?」

 急に笑顔のエルフローラの背中から黒いオーラが発したような気がして、セラフィナが良い意味ですから!と慌てて首を振る。

「ねえ、もっと聞かせてよ。他には、どういうお話があるの?」

 二人の傍らで、しばらく何か思いを巡らせていたアルミネラが、セラフィナを見上げてせがむ。その行動に驚いて、一瞬視線を交合わせたが、直ぐに逸らしながら喜びへと切り替えた。

「もう、アルったら」

「私なら良いですよ、前世の知識がお役に立てるのなら」


 アルミネラの中で、何かが芽生え始めている。


 それを、今は大事にしたくて彼女たちは再びガールズトークに身を投じた。

「じゃあ、同じ作者のお話で次は『お気に召すまま』というお話を――」




 真夜中は、彼女たちにひとときの自由を与える。







 後日、イエリオスに三人が愛称で呼び合うほど親しくなった事に驚かれ、こっそり笑い合ったのは乙女たちの秘密である。



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