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これにて、四章は最終話となります。
『――ねぇ、覚えてる?幼い頃に一度だけ、君に本気で怒られたことを。』
二週間ぶりの自室は、何だかとても懐かしくて暖かい太陽の匂いがした。
今日は、僕が戻ってくるというのを事前に知っていたからか、備え付けのテーブルでちょうどエルフローラとセラフィナさんがお茶を楽しんでいる所だった。
「お帰りなさいませ」
相変わらず、表情というものをどこかに置き忘れてしまったサラが丁寧に僕を労ってくれて。当たり前のように外套を脱ぐのを手伝ってくれて、お茶を用意するために部屋から静かに出て行った。
ああ、やっと帰ってきたんだなぁ。
なんて、感慨もひとしお。嬉しそうに歩み寄ってくる我が愛しの婚約者様の笑顔に癒やされ、セラフィナさんに至ってはどうやらこの制服姿が気に入ったようで、いつもながらにうっ!と呻いて鼻血を出していた。うん、よどみない通常運転。
「イオ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、エル」
ああ、良いなぁ。エルと結婚したら、毎日こんなやりとりが出来るんだろうなぁ。
ずっと周りを見れば男ばかりの生活だったから、久しぶりに会えたエルが何倍にも美しく輝いてみえて感涙してしまいそうだ。
「セラフィナさんも、久しぶり。その、なんていうか……アルが迷惑をかけてごめんね」
確か、僕に会いたくないなんて言った後、アルミネラはセラフィナさんの部屋に走って行ったはず。
「ふわっ!だっ、大丈夫でふよ!なんだか、アルちゃんとふごく仲良くなれた気がひまふひ」
「……」
セラフィナさんのアルちゃん呼びがかなり気になる所なんだけど。
むしろ、今の君の方が大丈夫じゃないよね?……さ行が言いづらそうなので、鼻血が止まるまでは話しかけない方が良いのかも。
制服の首元を緩めながら、部屋を見渡して目的を捕捉。エルもセラフィナさんも、僕と一緒についてきたフェルメールでさえも、敢えて指摘しなかった不自然な膨らみの出来たベッドへと静かに歩み寄り、ゆっくりと腰を落とした。
ギッと軋む音が鳴って、その塊がビクッと跳ねあがる。
……決して驚かしたつもりじゃなかったんだけどなぁ。
思わず苦笑いを浮かべつつ、彼女が顔を出さないのか待ってみる。――けど、どうやらそのまま隠れてやり過ごす方を選んだようだ。
……もう、馬鹿だなぁ。
こんな可愛い真似をする妹が愛しくて。
多分、背中を丸めて隠れているのだろうと安易に予想は付いていたので、そっと優しく両手を回して抱き締めた。
「……アル」
居心地が悪そうに、布擦れの音がする。
「アル。ねぇ、顔を見せて?」
いつもより甘く優しく話しかければ、どうやら逃げられないと観念したのかゆっくりと布団がうごめいた。
「……ってない?」
「え?」
「怒ってない?」
どうしてもそれだけは確認したいのか、ベッドの上に座った状態でも上半身は布団にくるまり、くぐもった声が中から聞こえる。まるで、布団がしゃべっているような。
それが何だか妙に可笑しくて、思わずふふっと笑ってしまう。
「……なんで笑うの」
「あっ、いや、ごめん。だって、布団がしゃべっているみたいだから」
素直にそのまま言葉に出せば、勢いよく布団が飛んで地面に落ちる前に、温かな体温がぎゅっと僕の身体に巻き付いた。
「イオのばかぁ!ううん、うそなの。違うから!ごめんなさい!イオ、ごめんなさい!」
久しぶりに味わう柔らかな感触。
妹の存在を確認するように、僕も抱き締め返してそっと瞼を閉じてみた。
――ああ、やっと帰ってきたんだ。
ずっと、迷子のままだった思いがようやく雪解けのように消えていく。
物心が付く頃から、いや生まれた時から常に一緒だった魂と再び分かち合えた喜びをかみ締めて、彼女の顔をそっと両手で包み込んだ。
情けない表情を浮かべた、今の僕と全く同じ顔に。
「……僕の方こそ、ごめん。アルの事、何も気が付いてあげられなくて」
「ううん、違うの。イオは全く悪くないよ。……ただ、あの時少しだけ気が立っていたから」
今にも泣き出してしまいそうなアルの顔は、見ているこっちが泣きたいほどに痛々しい。
「……本当に、ごめんなさい」
そう言って、頬に添えた手を握りしめて、そのまま彼女は視線と共に真っ白な布の上へと落としていった。
指先から伝わる温度を感じながら、これ以上は問うべきではなさそうだと諦める。
これは、兄としての直感になるけど。
多分、アルミネラはまだ何か心に隠し事をしていそうだ、と。
「……分かったよ。なら、一つだけ聞いて良い?」
アルが話してくれるまで追求はするまいとして、それよりも僕がずっと聞きたかった事を口にする。
会いたくない、なんて言われてから、ずっと、ずっと知りたかった彼女の気持ち。
目線を合わせてくれるまで待てば、さすがに妹も僕が緊張しているのが分かったのかキョトンとしながらも顔を上げた。
「なあに?」
「アルは、僕の事が嫌いになった?」
「っ、なに言ってんの!?そんなわけないじゃん!私が!いつ!イオを嫌いだって言った!?」
しまった。何だか、逆に怒らせてしまったかもしれない。
ずっと握りっぱなしの両手をブンブンと激しく振られ、二人して身体ごと揺れながらリンゴのように真っ赤な顔でアルはそれを否定する。
「ちがっ、もう!なに?ずっと、もしかして、ずっとそんなこと考えてたの!?」
「えっ、あっ、いや、うん。そのっ、ちょっ」
可愛いんだけどね。可愛いけど、このままだと僕の脳みそが酔っちゃいそう。
どうにか落ち着いてくれないかな、と悩んでいればそこはアルのお目付役、いわゆるスペシャリストが止めに入ってくれた。
「はい、ストップ。いい加減、止まろうな」
「ったい!」
見事、頭上にチョップを受けて、アルは頭を抱えながらフェルメールを睨み付ける。この光景も久しぶりだなぁ。なんて思って、つい苦笑いをしてしまう。
――だって。
フェルメールが卒業すれば、アルの行動を止める役は、ディートリッヒ先輩になるわけで。あの人には、きっとこういう真似出来ないだろうなぁ、とか。
どうなることやら。
それはそれで、ある意味楽しみだなと考えてしまう辺り僕も冷たい人間なのか。いや、もちろん僕もちゃんと止めにかかるつもりだけどさ。
「もう、フェルはさぁ!ちょっとは手加減ってものを知るべきだと思う!」
「人に心配かけといて、どの口が言ってやがる」
この口か!なんて言いながら、アルの口を片手で掴んでアヒル口にして戯れているフェルにも、今回は相当心配も苦労もかけたのだからこのぐらいは仕方ない。
「ひゃーめーへーよー!」
二人のやりとりを優しく見つめながらクスクスと笑うエルと、彼女の席の隣りに僕のお茶を用意するサラの姿。
鼻血の止血を終えて、新しいお菓子に目を輝かせるセラフィナさん。
そして、部屋の入り口では、ちゃんとした執事服を身に纏うノアが、少しむすっとしながらも僕たちを見ていて。
ここが、僕の守るべき大切な居場所なんだと素直に思えた。
一年前は、アルミネラがいつ入れ替わりを止めても良いように、なんて思って慌ただしい毎日を過ごしていたのに。
……勝手だなぁ。
この日常を失いたくないなんて、今更。
そもそも、いつ崩壊してもおかしくはないこの幻を、本物だと錯覚していること自体が間違っているはずなのに。
淑女として当たり前にドレスを身につけているアルミネラが、晴れた空のように楽しそうに笑う。
それを、今は見守っていたくて。
僕は、彼女に終極の選択肢を突きつけるのを、しばしの間飲み込んだ。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
明日からの予定。
四章の番外編が二つと、総まとめ的な番外編が一つ続きます。




