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いつも、閲覧&ブクマ&&評価をありがとうございます。
前回が長かったので、今回は短いです。
幼い頃、前世の記憶に怯えてはいつも読んだ色んな絵本の世界では、苦難にも負けず誰もが幸せに暮らしましたとさ、で終わっていたけれど。アルに読み聞かせをしてあげた時に、彼女が言った言葉が今でも忘れられず心に残っている。
『じゃあ、この悪い人は幸せになれたのかな?このカラスも、あの犬も、悪いオオカミも、みんな最後は幸せに暮らせたのかな?』
フェルメールに全てを白状して、僕がその次にしなければならなかったのは、責任として僕がネネ先生に今日の取引きを受け入れてもらうという事だった。
あの後、話をするにつれて、フェルメールの顔がどんどん険しくなっていって最後には何故か再び抱きしめられて、自分が代わりに報告すると言ってくれたけれども。
そこまで甘えた考えは持ち合わせていないから断った。
ただ、今も僕が頭を下げている横で、全く同じような状態のフェルメールが視界に入ったので、内心苦笑してしまう。彼は、どこまで僕に甘いんだろう、なんて。
最初は、いけ好かない人で絶対に反りが合わないかもと思ってた。だけど、付き合う内に僕らの事を分かってくれて親身になってくれる人だと分かった。それでも、貴族ではないフェルメールにメリットなんてないのにどうして?なんて思って不思議で仕方なかったけれど。僕を己の身内に取り込んでくれた懐の深さには正直嬉しいと思えてしまう。
アルにとって、血の繋がらない兄のように。
エーヴェリー家長男の僕にも、フェルメールは血の繋がらない兄のような存在として。
もう、認めてしまうべきかもしれない。
――どれだけアルと二人きりの世界を望んでも、フェルメールは僕たちにとって大切な人だということを。
今日の会議が無事に終わって、夕食前の空いた時間。
ネネ先生のお部屋を伺わせてもらって一息も付かないまま、ここに至る。
「は?」
「えっ?えっ?」
目の前で、きっと意味が分かっていない先生方の驚きの表情は想像に難くない。
「申し訳ないのですが、夕食後に相手方と取引きの席について頂きたく……僕の失態でこのような形で信頼を裏切ってしまって本当に申し訳ありません」
「私の監督不行き届きの所為です、このたびは大変申し訳ありません」
結局、こんな風にフェルメールに頭を下げさせてしまった。
それが悔しくて泣きたいぐらいだけど、それよりも今はネネ先生への謝罪が大事だという事は分かってる。頭を下げた僕たちを見て、先生方はどう思っているのだろう?
やっぱり、呆れてしまっただろうか。
それとも、憤っているのだろうか。
それすら、今の僕には確認する権利もないのでそのままの状態を続ける。
「エーヴェリー君の失態、という事だけど具体的には何を?」
あはは、やっぱりそこは気になりますよねぇ。
スローレン様の言葉は尤もだけど、キスされて脅迫されたなんて醜聞は言えないので言葉を濁す。
「深くは言えませんが、相手側に弱点を握られてしまいました」
うん、これは上手く誤魔化せたよね?僕も、やれば出来るんだってば。
「まさか、手込めにされたわけじゃ」
「ち、違いますよ!」
なっ、言うに事欠いてそれ聞いちゃう?
……いや、でもスローレン様だからまだ良かったのかも。これが母上だったら、確実に僕がお茶を飲んでる時に聞いてきてるもの。僕が油断した所を確実に狙ってくるから、実の親ながら凄腕のスナイパーみたいな気がしてる。はぁ、ここに肉親がいなくて良かったー。
それよりも、どうして皆そういう方向性に持って行くかな?そんなに僕ってか弱いイメージ?
ここは全力で否定しなければ、と思ったから思わず頭を上げて首を振り、先生方が視界に入る。……ん?っていうか、怒ってない?
いや、むしろネネ先生ってば、だらけてません?
「襲われたとかじゃないんだな?」
念には念を押してって感じなんだろうけど、気迫が凄い。逆に脅されてる気がするのは何故だろうか。
そんなに気にしなくてもいいのに。
「は、はい。断じて、違いますから」
首を振って否定する僕に、スローレン様がようやく納得したのかホッとしたのが伝わる。
そりゃあ、まあ確かに、先生方からしたら、僕なんてまだ十四の子供だけど。そこまで心配されるとは思わなかったよ。
「そうか、それならばいい。だったら、私は元々中立の立場の人間なのでな、この件に関しての謝罪は不要だ」
スローレン様なら、そういうと思った。思っていたけど、これは僕なりのケジメなのだ。
「ですが、今回の作戦の本筋を立てて下さったのはスローレン様です。僕個人で出来る事があれば、何でもおっしゃって下さい」
今日、アーリラ様の部屋に忍び込んで聖遺物の確認をすると言い出したのは確かにネネ先生だけど、元々作戦を纏めてくれたのはスローレン様だし、短時間でさっと軌道修正もしてくれたのだ。何気に、このお二方って良いコンビだなと思ってしまったのは言うまでもない。
お互い、自国の要人だからなれ合うことはないだろうけど、ビジネスパートナーとしては最高のコンビじゃないかな?
僕の言葉に、スローレン様は一瞬眉を寄せながらも、国家間の大きな問題まで広がらない為の予防策という僕の意図を汲んでくれて指で唇を撫でながら思案する。
まあ、そこはこの二週間親しくしてもらったよしみで甘えているのだけれど。
僕をお人好しだとか言う割に、この人もこうやって受け入れてくれるんだもんなぁ。……何とも、心がこそばゆい。
「よし、決まったぞ」
そうこうして考えている内に、ようやくスローレン様が下した結論は。
「是非とも、私の事を下の名で呼んでくれ」
「え?」
えーっと、何ですって?
「あの、もう一度おっしゃって頂いてもよろしいですか?」
「うむ。私の事は、是非ともウェンディと呼んで欲しい。ああ、敬称がいるというのなら、ウェンディさんと呼んでくれたまえ」
いや、そんなにも嬉しそうに意気揚々と……じゃなくて。
「下のお名前でお呼びする、だけでよろしいんですか?」
本当に、そんな事だけで良いのかな?
まさか、そんな要求をされるとは思わなかったので戸惑っていると、机に両手を伸ばしてだらけていたネネ先生が急に居住まいを正して姿勢良く何度も手を挙げてくる。
「はい!はい!はい!んじゃ、ボクも下の名前で呼んでよー!スローレン様だけずるい~」
いやいや、ずるいってそんな子供みたいな。
「何を言う。これは、私とエーヴェリー君の取り決めなのだから、君も下の名で呼んで欲しいのならば、話し合いをするべきだろう」
正論だけど、言い得て妙です。
それに、ネネ先生にこそクルサードとの取引きの席に座ってもらわなくちゃいけないのだから、むしろそんなの対価に入らないよね?
「ぐぬぬ。明日の出発までに絶対呼ばせてやりますよー」
……えっと、どうして僕はそんな風に恨めしそうな目で睨まれているのかな?
スロ、じゃなくて、ウェンディさんへの妙な対抗意識からか、じーっと見つめられてどういう表情をすれば良いのか分からない。
多分、変な笑顔になっているに違いない。ウェンディさんが肘でネネ先生の腕を突いて、ほら、困っているじゃないか、とかおっしゃってるけど。……せめて、そういうやりとりは本人に聞こえないようにして下さい。さすがに、目の前だと恥ずかしいです。
だけど、そういう事もさすがに言えないので内心で激しく悶えていると、フェルメールが僕の真横に立ち並び、ウェンディさんに頭を垂れたので僕ももう一度深く頭を下げた。
「スローレン様の寛大なお心遣い感謝致します」
「いや。私の部下にも、彼と同じような真面目な性格の男がいるのでな。もっと、気楽に考えろと言いたくなるのだ。それと、君も良かったら、私の事は下の名で呼んで欲しい」
朗らかに微笑んだウェンディさんの瞳に、労りが含まれていると感じるのは気のせいか。フェルメールは、笑顔で受け入れながらも、ゆっくりと首を振った。
「ありがたいお言葉、誠に嬉しいのですが。私がスローレン様を下の名で呼ばせて頂くのは、次の機会という事でお願い致します」
「ああ、これは軽率な事をした。君の立場は、視察団を平等に扱わなければならないのだったな。では、また何かの縁があればその時は気軽に下の名で呼んでくれ」
「ありがとうございます」
これで、ウェンディさんとは事を収められたけれど。ネネ先生とはどうしたものか……って、拗ねてるし。ああ、なんだかアルに似てるかも。なんて思えば、机にだらけた状態のまま上目遣いのネネ先生と眼鏡越しに目が合った。
「ネネ先生、あの」
ここは、もう一度お願いすべきだ。――と思って、声を掛ければ。
「いいよー」
「えっ?あ、あの」
「だから、あちらさんとの取引きでしょ。いいよーって」
「ほ、本当ですか?」
深く考えたにしては、あまりにもあっさりすぎて逆に戸惑う。なんだか、気の抜けた炭酸みたいな了承だったから余計かも。
「ほんと、ほんと。っていうかさー、聞いてくんな~い?せっかく、皆に手伝ってもらって悪いんだけど。それがさぁ、ぜんっぜん見つかんなくって!あの人、きっと持ち歩いてるんじゃないかなー」
もう、ほんとやだーめんどいよー、などと言いながら艶やかな黒い髪をさらりとさせて今度は両手で顔を覆う。
ここまでやる気のない大人を見たのは初めてだけど、ネネ先生に関してはこういう人だもんなぁ、なんてつい納得してしまう。
元々、この取引きに関しては後ろ向きな考えのようだし。
「だから、エーヴェリー君が気負うことないよー。どっちみち、相手先とはそういう場を設けなくちゃいけなかったんだからさー。むしろ、セッティングしてくれたことに感謝してるぐらいだよ~」
「そんな、けど」
「いいから、ね?」
「……う、はい」
頬杖をつきながら、にっこり笑うネネ先生は有無を言わさぬ圧力があって、僕は渋々ながらに頷いてしまった。
何気に普段は緩い感じの先生だけど、たまにこういう強引さを持っているみたいで、この二週間の視察期間中にも何度かこんな風に応じた事がある。さすが、宣教師にして枢機卿という事なのか。多少の強引さはその国では必要な事なのかもしれないな。
それに加えて、腹の内を隠すのがとても上手い。
「監督生君も、自分をそんなに責めちゃ駄目だよー」
「え……、あ、分かりました」
ネネ先生に意表を突かれたようで、困った表情で笑みを浮かべるフェルメールをのぞき見れば。僕の方を決して見ようとはしない辺り、あれからフェルメールはずっと自分を責め続けていたのだろう。
あの時、アーリラ様とリーンハルト先輩から受けた事を包み隠さず話して以来、フェルメールはずっと固い表情のままだった。責任感が人一倍強いから、フェルメールは自分で自分を罰しているのかもしれない。
だからこそ、ずっと秘密にしておきたかった……なんて、あとの祭りか。僕があの時、嘘をつけば、フェルメールはもっと傷付いていただろうし。
――きっと、今より。
「監督生なんて、責任の塊みたいなもんなんだからさ。何でもかんでも抱えちゃったら、潰れちゃうよー?」
「そう、でしょうね」
ネネ先生の言葉に、フェルメールは苦笑いで答えた。
そういえば、フェルメールにとって、監督生という冠は重荷だって言ってたっけ。もうすぐ卒業するけれど、監督生である限り全校生徒から卒業式まで羨望の目で見られ続けなくちゃいけないんだもの。せめて、この学校にいる間だけでも、フェルメールの疲れを軽減するお手伝いが出来れば良いんだけどな。
「だったら、今回の件はボクに任せなさいってば!」
「いや、そもそもこの件はミュールズ国で行われるだけであって、彼らに責任はないだろう?」
「うっはー。きびしーご意見ありがとー」
ウェンディさんに、はっきりばっさり言いのけられて、ネネ先生は再び両手を広げながらがっくりうなだれてしまった。
もう、ほんとう相性が良いなぁ。
思わず苦笑いを浮かべた僕に、フェルメールが視線をよこす。
それに対して、僕は笑みを作って頷いた。




