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もし、僕たちが双子で生まれてこなかったら、今頃どんな生活をしていただろう?もし、僕が宰相の息子ではなかったら?今までイフという可能性を考えた事がなかったといえば嘘になるけど、仮想の現実に羨望を抱いた事はない。
「ねーねー、監督生くーん。この後の予定って、なぁーにー?」
午前中の視察を終えて、ちょうどお昼ご飯の時間帯。
食事を終えた視察団の方々を迎えにきた僕たちを見て、ネネ先生が上手いこと眼鏡がずれないように机に突っ伏しながら眠そうな顔でフェルメールに問いかけた。
「視察も残り三日間となりますので、午後からは学校長との会議に入ります」
そう、この学校の視察も残り三日間となって、後は会議に続く会議が始まる。
彼らがランチを楽しんでいる間に、僕たち補佐役の一年生が先に会議室の準備をして僕はフェルメールに終わった事を知らせたんだけど。
そうだった、午後からはコルネリオ様も参加する事になってたんだ。
うーん……正直に言えば、今はコルネリオ様に会いたくないな。あの方には、直ぐに嘘を見破られてしまうもの。と、思い浮かぶのはバックにキラキラとした演出が付いた彼の人で。
それこそ、母上のお腹にいる頃からの付き合いになるけど、いまだに緊張してしまうのは僕だけだろうか。アルは、全面的に信頼を寄せてるから距離感がまともじゃないし。はっきり言って、参考にならない。
「あそこまで容姿が整っている者は、我が国にはなかなかいないのが残念で仕方ない」
「あれれ?めっずらしいですね~、スローレン様がそういうお話をされるなんてー」
そういえば、そうかも。なんて、ネネ先生に同意してしまう。
女傑といえば失礼に当たるのかもしれないけど、真面目な女性でもそんな軽い話をしてくれるとは思わなかった。
「そうか?私は、綺麗なものが好きなのでな。人でも、建物でも、音楽でも、心を揺さぶられるような美に出会えるのが素直に嬉しい。だから、私がリーダーを務める事になった今回の視察はミュールズ国とあって、とても楽しみにしていた」
「芸術の国と呼ばれるだけあって、ただの学校でも建物自体が装飾の入ったおしゃれな作りになってるよねぇ」
「ああ。とても素晴らしい」
やっぱり、自国を褒められると嬉しいなぁ。これって、僕はちゃんとこの世界に馴染んでるって事になるのかな?
フェルメールと共にお礼を告げて、午後から使う会議室の方へと移動し始める。他の視察団の方々とお話をされていたディートリッヒ先輩とリーンハルト先輩も当然一緒に。
纏まって歩けば、相変わらず注目の的なんだけど。これも、あと数日で終わりかと思うと頑張れそうだ。
アルミネラと入れ替わって、二週間。
久しぶりに身に纏う、きちんと性別に合ったこの制服は新鮮だった。この一年、ほぼ女装ばかりしていたからか。それが苦痛という訳じゃないけど。
アルはどう思ったかな?
やっぱり、ドレスよりこの制服の方が良いって思ったのかな?
そうじゃなければ、今度こそアルには淑女を目指せとか言わないからグランヴァル学院でそのまま勉強に励んでもらいたい所だけど。
そうなった場合、僕は何を目指そうか?
ここ最近、ずっとそんな事ばかり考えてしまってる。本来ならば、僕が通う場所だったこの学校でも最後まで頑張り通す事は出来るだろう。けれど、きっと僕はここでも立ち止まってしまうに違いない。フェルメールの背中を追って、ディートリッヒ先輩の力強さに圧倒されて、リーンハルト先輩の知略に恐れをなして。
こんな非力な腕で、何を守ろうっていうんだろう?と。
かといって、後悔はしたくない。……ああ、駄目だ。今は、何を考えても直ぐ滅入る。
アルに嫌われて、目の前の案件には逃げ出したいほど窮地に立たされて。
どん底に居る状況で、前向きに将来を検討するのが間違っている。
会議室へ入ると、既にコルネリオ様が着席をして視察団を待っていた。
他の人に気づかれないように、こっそりと僕にウィンクをしてくる辺り、さすがとしか言い様がない。相変わらず、背景がキラキラしているコルネリオ様に僕も軽く会釈して視察団にお茶を出す。
これから、フェルメール達は、引き続きコルネリオ様のお手伝いへと移行するけど、僕たちはどうすれば?
戸惑いながら所在なさげにしていたら、リーンハルト先輩が手招きをしたので近寄っていった。
「会議室の準備、ありがとうございました。君たちは、お昼ご飯を食べて隣りの準備室で自習でもしていて下さい」
という事は、どうやら同席は免れたのかな。
内心ホッとして、グスタフ様ともう一人の学生と共に頭を下げる。
とにかく、コルネリオ様にあまりお会いしたくなかったので、僕は早々にこの部屋から逃げ出した。もう本気で文面通り、に。後ろから続くグスタフ様が首を傾げるぐらいには。
「叔父上とは久方ぶりだろうに。珍しいな、貴殿が叔父上を避け」
「避けてません」
「いや、でも」
「避けてません」
「そ、そうか」
この間のお昼ご飯の時から、グスタフ様の僕に対しての突っかかりが軟化されたらしく、最近では少し話し方もマシになっていた。まあ、上から目線なのは変わらないけど。
オーガスト殿下も初めの頃は、アルミネラを演じている僕を視界に入れるだけで不機嫌になっていたものの、最近じゃあ何かと干渉してくるから王族というのはそういう気質の持ち主ばかりなのかもしれない。最初は噛みついてきて慣れてきたら交流が持てるとか、動物だってそんな変わり者いないだろうに。
「お腹が空きましたね」
王族の特異性って凄いなぁなんて、ぼんやりしていたらリーンハルト先輩の補佐を務めていた子が、ぐうと鳴り出すお腹を押さえて恥ずかしそうにはにかんだ。
今まで自分から話しかけてくるようなタイプじゃないので、ちょっと意外。実は、いつも、人の目に付かない所で何かしら災難に遭っていたので僕としてもかなり気にはなっていたのだ。野球の時にはデッドボール、魚捕りの時にはタコにひっつかれた上に墨まみれ。ディートリッヒ先輩が、フェルメールに対して不満を露わにした時も確か間に座ってたっけ。
とにかく、目立たないだけでこっそりと被害に遭ってる彼がいつも不憫で気になっていた。ただ、残念な事に彼の名前が思い出せない。
「食堂は閉まっているが、私たちの分は置いてくれている手筈になっている」
「そうですか、安心しました」
なんて、小さく笑うのであちらの学院のランチでは必ず隣りに座るマリウス・レヴェルくんを思い出してしまった。
ああ、そうか。この子、黒髪に黒い瞳でおまけに背が小さいから余計にマリウスくんを彷彿させちゃうんだ。違うのは、マリウスくんが素直になるのはセラフィナさんの前だけで、この子は常にぽわーんとしてる感じ?
二人を比較したら、つい面白くて僕もつられたように笑ってしまう。
「あ。エーヴェリー君、やっと笑った」
「……え?」
そんな訳ない……と思うんだけど?
首を捻った僕に、彼はああ、えっと誤解です、と言って両手を振りながら取り繕った。
「最近、エーヴェリー君の笑い方が固いなぁって思ってたんです。視察が入る前は、いつも心の底から楽しい!って感じに笑いながらグスタフ様と学校中を走り回って元気だったから」
そうだろうね。いまだに、顔を合わせるだけで素敵な反応を見せる先輩方や同級生を見てたら、僕もそうだろうなぁって思えるよ。……お兄ちゃんは、もう何も言いません。
「うむ。そうだろう!この男についていけるのは、私ぐらいなものだからな」
もしかしなくても、さり気なく自分アピールされてますよね、グスタフ様。
「お二人は、とても仲がよろし」
「そんなわけないだろう!どこに目を付けているのだ」
「え?そうなんですか?失礼しました」
いやいや、それって理不尽ですよ!なるほどね。アルが、どうしてこの人を面倒だと思うのか分かってしまったかもしれない。あの子は、いつも僕を振り回してる自覚がないから、自分が振り回される側だとどうすればいいのか分からないんだろうな。実に、アルらしいや。
それにしても、グスタフ様に翻弄されても話を続ける事が出来ちゃうなんて、面白い子もいたもんだ。
「心配をおかけしてしまってすいません」
素直な事は美しきかな。じゃないけど、とりあえず謝ってしまおうと思うのは、やっぱり日本人としての性なんだよね。この事なかれ主義を止めるべきなんだけど。
「いえ!僕だって、いきなりすいません。お恥ずかしながら、実は入学当初からずっとエーヴェリー君の事を見てたんですよ」
思わず、そこにドキリとしてしまうのは、某残念系美少女を思い出してしまったからかもしれない。
「……というと?」
ここで、聞かなきゃ良かったと思ったのは後のこと。これは、もしかしたらアルの普段の行動を知る良い機会なのかもしれない……なんて、興味を持った僕が間違っておりました。
「入学当初、上級生というだけで僕たち一年生を虐めていた先輩の机を、分厚い本を何重にも重ねて並べて天井近くまで高くしたり、足が速いと自慢する同級生の収納箱に、まるで惨殺されて切られた足首に見える精巧な仕上がりの小枝を集めた芸術品をいっぱい詰め込んだり、妹さんに懸想してる同級生達の鞄の中に一週間連続で不幸の手紙をこっそり入れていたの、あれって全部エーヴェリー君ですよね」
うぁぁぁああああああああああっ、アル!!!!!!!!!!!
なんてことをしてくれてるの!?というか、この子の観察力が何気に恐いな!
どこに行っても、アルはやっぱりアルらしいなって思ったけど!お兄ちゃんは、もうちょっと君に落ち着いて欲しいと願う!
グランヴァル学院の方には、リーレン騎士養成学校の噂なんて流れてこないから今まで全く知らなかった。いや、もしかしたら僕だけいまだにのけ者にされている気も……いやいや、それならエルやオリヴィアが教えてくれるはず。
ああ、もう。でも、さすがにそれはやり過ぎじゃないかなぁ?……頭、痛い。
久しぶりに、アルの破天荒さを思い知らされて額を押さえる。そこで、はたと気が付いた。
……ちょっと、待って。そういえば、いきなりしゃべらなくなったけど、ここに一人、『イエリオス・エーヴェリー』に対して最初から敵意を持ってる人がいるはずだ。
アルが……あの、復讐にかけては容赦のないアルミネラが、その人物を見逃しているはずはない。
戦々恐々としながらも、その該当者に視線を向ける。
「……」
ううっ、こーわー。
というか、沈黙、ダメ、絶対。ど、どうしようかな?息してる?怒りが急に爆発しない?
「あ、あの、グ」
「私の鞄に不幸の手紙を入れていたのは、貴殿だったのか!!」
ひっ。
「そ、そ、そそそそうですね」
「毎日、十人に手紙を書くのは大変だったが、相手が貴殿だと分かって安心したぞ」
書いちゃったんだ。グスタフ様、手紙をちゃんと書いちゃったんだ。意外と信じやすいタイプなんですね。
しかも、どこか怒りの論点がズレているようだけど。指摘せずに、素直にその節は申し訳ありませんでした、と頭を下げたら大仰に頷かれた。
「うん。もう良い。手紙を書く等という機会はあまりなかったのでな、良い経験となった」
それで良いんだ。凄いな、この人。
「はあ」
「ごめんなさい、余計な事を言ってしまって。けど、他にもエーヴェリー君の武勇伝ならもっと僕は覚えてますよ、例えば」
「わーっ!わーっ!もう、いいですって!それは、えっと、なんていうか、僕の黒歴史のようなものなので、秘密にしておいていただけると助かります!」
天然か!天然なのか!
……この雰囲気といい、この率直さといい、何となく僕は最近、こういう感じの子と知り合った気がしてるけど……誰だっけ?うーん、と悩み出した僕を置いて、二人きりでも話は続く。
「えー?そうですか、残念です。僕、軟弱だから精神を鍛える為にって、この学校に入らされたんですけど、本当は夢があるから姉と同じグランヴァル学院に行きたかったんですよ」
「ほう。確かに、貴殿は私やこの男のように体力も運動神経もない気もするな。兄弟がいたのか。ちなみに、姉君のお名前は?」
「グスタフ様のお目に入らないほどの地味な容姿ですけど、アリーシャ・グルナムといいます。実は、僕たちもエーヴェリー君と同じで、二卵性ですが双子なんですよ」
「!!」
そうか、アリーシャ・グルナムさんだ!
あぁ……なるほどね。喉の奥にあったものが消え去ってスッキリした気分。
アリーシャ・グルナムさんといえば、先日オリヴィアが巻き起こした騒動の渦中にいたピューター嬢の取り巻きの子だった。確か、子爵家の子で、黒目で眼鏡をかけていて、クリーム色の髪を二つ分けてお下げにしている。
確かに、言われてみれば顔つきも少しだけ似てる気がする。それに、性格だって。あの姉にして、この弟ありという感じだろうか。大人しい見た目と違って、意外と大胆な所とか。
「そうなんですね、統括長と準監督生も確か双子でしたよね。双子って珍しいかなって思っていましたけど、結構居るものなんですね」
「アリーシャ・グルナム子爵令嬢といえば、エルフローラ・ミルウッド公爵令嬢に次ぐ才女だと噂にきく。素晴らしい姉君ではないか」
「わーい、褒められちゃった!ありがとうございます」
以前、お会いした時も思ったけど、グスタフ様ってなにげにグランヴァル学院の情報通なんだよね。どこで、そんな情報を仕入れてるんだろう?
でも、僕もエルを褒められたからちょっと気分的に嬉しいな。
三人で話していれば、思いのほか話が弾んでいたようで、いつの間にか食堂までやってきた。
いつもの事ながら、リーンハルト先輩に脅されてからというもの、やっぱり精神的に参ってきているようでどんどん食欲は失せてしまっている。
せめて、メインだけでも食べきれるといいけど。そう思いながらも食堂に残っていた店員さんに言って、僕たちの分を出してもらった。
配膳されたメニューは、パンとサラダとオニオンスープ、それから白身魚のソテー。
……とにかく、頑張るしかない。
――と、目の前のご飯にいざ勝負と見つめていれば。
「き、貴殿は何をしているのだ?」
グスタフ様が、ギョッとしてグルナムくんに声をかけたので視線を走らせた。
「……えーと、何をしているんですか?」
うん、この子はやっぱりあの子の弟で間違いない。などと思うのは、アリーシャさんとはとある件で一緒に暗躍した際に、彼女の不思議な行動を目にする事が多々あったからなんだけども。
この学校に在籍している生徒の大半は、貴族の子弟ばかりというのは周知の事実。いや、それよりもグルナムくんだって子爵家のご子息だから当然、彼も貴族の一員あるのだ。
本当に。僕は、嘘など言っていない。
「えぇ?あー、お見苦しい所をお見せしちゃってすいません。僕、学校内の散策が好きで放課後うろうろしてるんですけど、何かよくわかんないですけど、動物がついてきちゃうんですよ。犬とか猫とかリスとか牛とか、あと、何だか知らない大きい生き物」
「……大きい生き物」
そこ、一番重要じゃないの?グスタフ様もリピートしてる場合じゃないでしょ、訊きましょうよ。
「だから、こうやって差し入れを持っていってあげてるんです」
そう言いながら、どこから取り出してきたのか蔦のようなもので編まれて出来た箱に昼食を詰め込んでいた。その手慣れた手つきといったら、もう。この子、本当に貴族なんだよね?と何度も疑いそうになるぐらい、彼は綺麗に箱の中に詰めていった。
「そ、そうなんですね」
もう、これしか言えない。
「……」
うん、グスタフ様にいたっては口を閉ざしてしまうのも頷ける。だって、王族の血筋だっていう上流階級に誇りに思ってるぐらいだもの、グルナムくんみたいな突飛な行動はあり得ないよね。
格差社会における典型的な亀裂だろう、と思っていたらグスタフ様がいきなり立ち上がり、拳を握りしめて泣き出した。
……えーっと。なんていうか、僕はこんな展開にはついていけませんからね。はい。
「素晴らしい!これぞ、青春ではないか!」
……ん?それ、違う。っていうか、絶対に違うけど、僕はもう何も言わない。
いや、それよりも。これって、僕にとっての好機かも。
「あ、あの、では良かったら僕のご飯を食べて下さい。今日は、あまり食欲が湧かなくて」
せっかく作って頂いていますし、是非に、と言えばグルナムくんは目を輝かせて受け入れてくれた。
あー、良かったぁ!ご飯を粗末にしなくて済んだ。
隣りから、痛いぐらいに視線を感じるけど敢えて無視。
いやあ、円満に済んで良かった、良かった!
そうやって、わざと僕が全く自分を見ないので、グスタフ様もようやく諦めてくれたようだ。内心ガッツポーズをしながら、とぼけた顔をして水を飲んでいると、食事を再開しながらグスタフ様が正面の同級生を見やる。
「そういえば、貴殿には夢があると言っていたが、良かったら私に教えてくれないか?」
「僕も、是非知りたいです」
同じ十四歳なのに、既に夢があるなんて羨ましい。ここ数日の間、自分の将来についてずっと悩んでいるからか、他の人の話を聞いておきたい。
「えっ、あー……僕のような小さな人間には壮大な夢なんですけど」
と、一度断りを入れて、彼は照れながら語った。
「世界中を飛び回って、各国々で纏めた冒険譚や史書の作家になりたいんです」
「ほう!」
「作家ですか。素敵ですね、頑張って下さい」
この学校には珍しいタイプの人間だったから、身体を使うお仕事ではないなとは思っていたけど……そっか、作家なんだ。作家も、前世のような便利な電子機器がある訳ではないから、それこそ過酷な職業の一つといえる。しかも、世界中を飛び回るなんて。
さっきは、安易に羨ましいな、なんて思っていたけど、生半可でなれるものじゃないのに申し訳ないな。
「はい!リーンハルト先輩にも、同じ事を言われました」
ああ、そういえば彼は先輩の補佐役だっけ。
「世界中を飛び回る作家になりたいって言ったら『それはとても素敵な事ですね。同志よ、頑張りなさい』って」
「……同志?」
「あっ、あわわ!これは、ここだけの秘密にしといて下さい」
手をバタバタと振りながら慌てる同級生に笑って頷いてから、もう一度先ほどの言葉を反芻してみる。
『それはとても素敵な事ですね。同志よ、頑張りなさい』
リーンハルト先輩は、どうして彼にそんな言葉を贈ったのか?
「グルナムくんは……、リーンハルト先輩とはどのように知り合ったんですか?」
そこに、何か重要な事が隠されている気がして、心臓が激しく奏でる。
「図書館ですよ。そこで何度か同じ棚の所で鉢合う事があって顔見知りになってから、話すようになりました。今回、近隣諸国からの視察が入るので見聞を広めるために補佐役をしませんか、とおっしゃって下さったんです」
そうか。
先輩はもしかしたら――
一つのキーワードが頭に閃いて、思わず席を立った。
「どうした?」
グスタフ様が勢いで立ち上がった僕を、訝しんで見上げてきたけど。
「あ。……えっと、僕、先に戻っていますね。お二人は、ゆっくりとお食事をなさって下さい」
「ああ、分かった」
「エーヴェリー君が譲ってくれた食事を残すわけがありません!」
今は、脳裏に浮かんだ情報を纏めたくて、僕は軽く会釈してその場を離れた。
どうでもいい予備情報。ちなみに、彼の名はクレフ・グルナム君(14)です。
人間社会だと影が薄く、主人公にすら名前を覚えてもらえない不憫な少年。
そして、作者にすら名前さえ出してもらえませんでした。




